23話。予期せぬ大攻勢(中)
評価が5000ptを超えたので本日2話目の更新です
(戦って勝てるか? ……無理だ)
脳内でシミュレートを行った芝野は、展開した部隊が一斉砲撃を行った次の瞬間、生き残った中型からの反撃で大多数の砲兵が蒸発する様を想像してしまった。
元々棺桶砲などと揶揄されていることからもわかるように、砲士が使う機体は防御力も移動力も存在しない。ただ攻撃力のみが与えられている機体だ。
それも一撃で中型を討伐できるような火力はなく、数発当ててようやく一体討伐できる程度の火力しか持っていない。
そのため彼らは通常の襲撃であっても最初の砲撃から生き延びた魔物からの反撃で消し飛ぶことが多い。
第二師団ではそれをさせないために常に敵より多くの砲士を集め、バラバラに広がるよう展開させた上で一斉に砲撃を行い、敵に反撃をさせないことを第一に。次いで反撃をされるにしてもその方向性をばらけさせることを念頭に運用してきた。
翻って今回はどうか。
砲士よりも敵の方が多い時点で反撃を免れないことが判明してしまっている。
(これではまともな砲撃は期待できん……)
砲兵や狙撃手の常識として、身を隠せる遮蔽物、もしくは反撃を防げる装甲の後ろから狙撃を行うのと、身を護る術がなにもないところから狙撃を行うのでは前者の方が圧倒的に命中率が高いことは広く知られている。
そしてそれは棺桶砲を扱う砲士にも同じことが言える。
(それなりに身の安全が保障されている状況でさえ火力と命中率に難があることで知られている機体なのだぞ。反撃が免れない、つまり高確率で死ぬことになる状況下において正常な成果を上げることを期待する方が間違っている)
芝野は指揮官として部下を信頼しているが、過度に信用したりはしない。如何に気合があろうと不可能なことは不可能と割り切ることのできる人間であった。故に芝野は今の段階で戦端を開いても無意味に終わることを理解してしまっていた。
そしてそれは芝野だけではない。現場で魔物の数を確認していた機士や砲士たち、戦車隊や付き従う歩兵たち、つまりこの場にいる全員がそう認識していた。
(戦っても勝てないのであれば退くしかない)
冷静な部分ではそれしかないとわかっている。
だがそれがわかっているからといって実際に退けるかどうかは別の話である。
(退くのはいい。だが一度も戦わずに退けるか?)
芝野が懸念しているのは、自分が敵前逃亡などの罪で査問委員会にかけられること……ではない。
芝野の上司である第二師団の上層部にいる面々は、勝てない敵を前にした際には撤退して力を蓄えることも一つの戦術だと理解しているからだ。
故に芝野が考えるのは、無傷のまま退けるか否かにあった。
孫子の教えに『三十六計逃げるに如かず』という言葉があるが、そもそも撤退は戦場に於いて最も難しい戦術とされている。特に、敵に捕捉されている最中の撤退は至難の業だ。
(魔物は総じて目が良い。俺を含む将官が敵の数を認識できている以上、連中は俺たちの存在を認識しているとみるべきだ)
希望的観測は捨てろ。冷静な部分がそう訴えてくる。
(方向転換して撤退? その前に向こうから射撃が来る。一方的に射撃される中で隊列を維持したまま後退できるとは思えん。射撃によって混乱しているところに小型の魔物たちが突撃をしてきたら、そこで部隊は全滅する。なんとかして機士と機体は無傷で逃がしたいのだが……)
小型とはいえ敵は1メートル~3メートルほどある野生の獣だ。機体に乗った機士からすれば殊更苦戦するような相手ではないし、通常兵器も通用するので戦車隊であっても正面から戦える程度の敵である。
……それが1対1や1対3くらいであれば。
いくら小型だろうと、500もの数に襲い掛かられれば機士とて満足な抵抗もできずに呑み込まれてしまうことになる。まして機体は大きいので魔物からも狙われやすいということを考えれば、一目散に撤退しようとしたところで彼らが無事に逃げ切ることができると考えるのは楽観的にすぎるだろう。
(……殿が必要だな)
考えに考えた芝野が出した結論は『撤退』だった。それもできるだけ機士を無傷で逃がすための殿を残すという非情の決断である。
芝野が考える殿は、通常兵器しか持っていない戦車隊や歩兵隊だ。当然自分だけが逃げるなどということは考えていない。元々最後まで残って指揮を執るつもりだ。
(通常兵器では中型以上の魔物が持つ障壁を貫けないから、中型も大型も無傷のまま残ることになる。しかし最も数が多い小型を減らせば被害は最低限に抑えられるはず。今の段階で他の師団に援軍を要請し、俺たちが戦っている間にできるだけ準備をしてもらう。元々俺たちの支援をする予定だった第六や第八ならそれほど時間もかからないはずだ。三師団が合同で当たれば勝てる。あとは俺がどれだけ時間を稼げるか……)
芝野という男は、もしも自分が連中の前で無様を晒すことで少しでも時間が稼げるというのであれば、パンツ一丁になって敵の中に乗り込んで、下着の中に用意したダイナマイトで自爆する程度のことはできる男であった。
「よし。全軍に通達だ」
この国の未来のため自分と共に死んでくれ。
ただでさえ絶望に沈んでいるであろう部下たちを地獄に突き落とすが如き命令である。
殺したくはない。死んでほしくもない。だが諦めろ。俺も諦めた。
そんな覚悟をキめた芝野が命令を発しようとしたときのことであった。
『時間になりました。2099特務小隊。状況を開始します』
「「「は?」」」
部下と共に死ぬ覚悟をキめた芝野を含め、指揮所にいた面々全員が思わず声を上げた。
この場に展開している迎撃部隊は全員が芝野の指揮下にある。
故に砲撃さえも芝野の許可がなければできない状態だ。
本来であれば恐怖のあまり暴発してもおかしくはないのだが、じっと命令を待つ忍耐力は第二師団に所属している将兵の忍耐強さと優秀さを証明している。
そんな中でいきなり状況開始の宣言を行った者がいるのだ。
たとえここにいるのが芝野でなくとも呆けた声を上げてしまっていただろう。
問題はその命令違反ともいえる宣言をしたのが誰か、という話だが……。
「2099特務小隊?」
「軍学校のコードだな。実習はまだ受け入れていないはずだが……」
「……例の試作機だな」
「馬鹿な!」
「学生が命令違反だと!」
「恐怖で狂ったか!」
気持ちはわかる。精鋭とされる第二師団の将兵でさえ恐怖で暴走するかもしれない状況なのだ。学生が耐えられないのも無理はない。指揮所の面々はそう考えたが、それは勘違いである。
「……いや、彼はこう言ったはずだ。『時間になりました』とな」
「「「「「あっ!」」」」」
特務小隊に所属する啓太は、大まかに言えば芝野の指揮下にあるが、本来の上司は第二師団の師団長である。故に芝野からの発砲命令が出ていない状況で発砲したとしてもそれは命令違反ではない。むしろ事前に決められていた時間に行動を起こさない方が命令違反となる。よって啓太はどれだけ怖かろうと、どれだけ目の前の状況に絶望していようと予定されていた時間がきた以上、動かなければならなかったのだ。
それを止めるのであれば、芝野が啓太に対して『状況が変わったので予定を変更する。別命あるまで待機せよ』と命令をしなければならなかった。
なんのことはない。啓太は、指揮所の面々が予想外の出来事で狼狽している間に予定されていた時間がきたから動いただけ。つまり軍務に忠実に動いているだけの話である。
「なんということだ……」
己の覚悟のなさが護るべき子供を殺してしまった。さらに敵からの反撃によって芝野から命令が出されていないが故に、戦うことも退くこともできていない迎撃部隊にも被害が出てしまう。
(全ては命令を出さなかった自分の失態ッ!)
自分が死ぬ覚悟はできていた。だがそれは生かすべき味方を生かすことが前提である。無駄死にさせるつもりも無駄死にするつもりもなかった。だがもうそんなことは言っていられない。
「こうなったら仕方がない! 少しでも敵を削るぞ!」
部隊は大損害を被るだろう。自分のせいで後に残された者たちは苦労することになるだろう。だがそんなものは関係ない。
「我らは国家の防人たる精鋭第二師団。護るべき子供に戦わせておきながら後ろを見せるような弱輩者などおらん!」
「「「「はっ」」」」
軍人として、否。大人として護らねばならぬものがある。
どうせ死ぬのであればそれを抱えて死ぬべきではないか。
先ほどまでとはまた違った覚悟をキめた芝野が号令を出そうとした次の瞬間、指揮所の面々は己の常識を超えたモノを目の当たりにすることになる。
「全部隊、攻撃準「30M級沈黙しました!」……は?」
「特務少尉です! 試験機の狙撃で大型が沈黙! さらに回避行動中に狙撃!? に、20M級、沈黙しました!」
「は?」
「狙撃後にジャンプで反撃を回避し、回避中に一撃、さらに着地と同時に一撃。後方へ飛びながらさらに一撃を加えています! 30M級と25M級が続けて沈黙!」
「は?」
「さらに25M級、沈黙!」
「……恐ろしく早い狙撃だ」
「反撃に反撃していやがるぞ」
「向こうの反撃が……あたらない! ジャンプ中に急加速しました!」
「なんでさ」
「おそらくアンカーを使って引っ張っているモノと思われます!」
「さらに狙撃!」
「連中は攻撃態勢に入っているため回避も防御もできん。そこを狙っているのか」
「いかに大型と言えど120mm滑空砲から放たれる魔力込みのテルミット徹甲弾を頭に受ければ死ぬわな」
「理屈はわかる。だが意味が分からん」
「20M級沈黙!」
(強い。いや、一撃で大型を討伐する火力もそうだが、それ以上に心が強い。……彼はこの絶望的な戦いの中でもあきらめてはいない。勝つために戦っている!)
「30M級と20M級が続けて沈黙! 残る大型は10M級が2体のみです!」
「10M級だけ? あぁなるほど。彼は大型の中でも特に大型の魔物を優先的に狙っていたのか」
当然のことではあるが、区分としては同じ大型であっても10M級の魔物と30M級の魔物ではその脅威度はまるで異なる。自然界に於いて存在する『重さ(または大きさ)=強さ』という方式は魔物にも当てはまる。
故に10M級と30M級の魔物では、筋肉の量が違う。装甲の厚さが違う。威圧感が違う。内包する魔力が違う。繰り出される攻撃の威力と規模が違う。
(30Mの巨体が放つ反撃の規模を想定して怯えていた者たちもいただろう。しかし彼のおかげでその心配は払拭された!)
10M級であれば問題はない。とまでは言わないが、少なくともあの規模の魔物の攻撃であれば機士も砲士も経験している。対処法も弁えているはずだ。
なにより30M級をあっさりと葬った彼が10M級に手古摺るとは思えない。
その証拠に……。
「10M級2体沈黙!」
(ほらな)
ついでとばかりに告げられた撃墜報告に苦笑いをこらえきれなくなる。
「大型10体の討伐に10分もかからぬとは……」
「被弾もなし。消費したのは弾薬と焼け付いた砲身くらい、か?」
「なんという機体だ」
「いや、あれは機体の性能だけでできることではないぞ!」
「そうだ。機体と機士、双方の実力があって初めて成しえたことだ!」
(彼の戦いに中てられたか。わからんでもない。いや、むしろ俺が一番熱に冒されている自覚がある。本来であれば指揮官に熱などいらん。だが今だけは別だ!)
「今なら勝てる。そう思っているのは俺だけか?」
「「「「大佐!」」」」
先ほどまで指揮所を覆っていた悲壮感に塗れた空気などもはや存在しない。
「子供が、いや、特務少尉が大型を殲滅してくれたのだ。これから中型も片付けるだろう。で、我々は何をしている? ここで少尉の活躍を見ているだけか?」
「まさか!」
「ありえません!」
「行きましょう!」
「彼の力は堪能させていただきました! 次は我らが精鋭たる第二師団の力を見せる番です!」
「よく言った! 俺も同じ気持ちだ! 前線で命令を待っている連中も同じ気持ちだろう! そうに決まっている!」
「「「然り!」」」
「全軍に伝達! 攻撃準備を急がせろ!」
「「「了解!」」」
――数分前とは180度違う覚悟をキめた芝野以下第二師団は、殿を残して撤退するのではなく全面攻勢を選択した。これにより魔族もニンゲンも予期していなかった魔物による大規模攻勢は、新たな局面を迎えるのであった。
 













