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極東救世主伝説  作者: 仏ょも
1章・入校~夏休みまで
19/111

19話。簡単なOHANASHI

罠を仕掛けるとか報復をするとか言っても、俺も妹も学生である。


特務尉官とはいえ少尉となったのだから一人前の軍人と言えなくもないが、社会的にはもうすぐ16になろうかという少年でしかない。故にどれだけ背伸びをしたところで、社会的地位がある存在を後ろ盾としている連中からすれば俺なんて一山いくらの小僧にすぎないのだ。


……その油断を利用してちょっかいをかけてくるやつを全滅させるつもりだが。


そもそも俺にちょっかいをかけようとしている第三師団閥など、他から見れば落ち目も落ち目の派閥でしかない。勿論お偉いさんが軒並み死んだからと言って実家の資産が無くなるわけではないので金持ちは金持ちのままだが、その資産は彼らの関係者が軍の上層部に影響を持っていたからこそ保たれていたものでしかない。


その影響力を失った以上、彼らはこれから貯め込んで来た遺産を食いつぶしていく一方となる。

数年は持つだろう。だがそれだけだ。それがわかっているからこそ、彼らは復権を急ぐのだ。


俺としてはその焦りを狙って罠を仕掛けるつもりなのだが、問題はその罠で子供や部下を失うことになるであろう権力者たちの反応が読み切れないことだろう。


いや、俺としては先述したように『不法侵入したら仕掛けられていた罠のせいで怪我をした。責任を取れ』なんて言われることはないと思っていたのだが、妹様は違う意見を持っていた。


妹様曰く『本当の事を馬鹿正直に言う必要はないでしょ。『何もしていないのにやられた!』って冤罪をおしつけてくるんじゃないの?』とのこと。


言われてみればその通りとしか言いようがない。


落ち目とは言え、言い換えれば彼らはまだ権力や財力を所持しているのだ。そんな彼らからすれば、俺のような何も持っていない子供を嵌めることなど簡単なはず。


ただでさえそうなのに、自業自得とはいえ手下や子供を傷付けられて逆上した連中が手段を選んでくれるか? と言われれば、その可能性は極めて低いと言わざるを得ない。


強硬手段に訴えて来るならまだいい。こちらも暴力で制圧するだけだ。だが社会的な手段で嫌がらせや圧力をかけてきた場合、自爆覚悟で第三師団の関係者を闇討ちする以外に抗する手段がなくなってしまう。


もしそれをやった場合、俺は満足して死ねると思うが、残された妹様が犯罪者の身内扱いされてしまう。それはいただけない。


そこで俺は考えた。そもそもの原因は何なのか、と。


(うん。考えるまでもないな)


結論。何もかも第三師団の関係者が悪い。つまり連中さえいなくなればいい。


孫武(孫子)さんはこう言っている『百戦して百勝することが最良なのではない。最良は戦わずして勝つことだ』と。


もとより俺にとっての勝利とは相手を罠に嵌めて倒すことではない。ちょっかいを出されないことだ。


連中が逆恨みしてちょっかいを掛けて来なければ誰も傷付かないのだ。それに気付けば話は早い。俺の周りには第三師団閥の出だが、それなりに仲が良い相手がいるではないか。


「そんなわけで第三師団の関係者から襲われないようにしたいんだが、何とかならないか?」


「急にそんなこと言われましても……」


困ったような表情をしながらそう返してきた彼女こそ、この数か月で普通に世間話をする程度に仲良くなったクラスメイトのお嬢さんにして第三師団閥出身の武藤さんだ。


主席で入学したことで派閥からも注目されているであろう彼女が連中に釘を刺してくれれば、少なくともクラスメイトは抑えてくれるだろう。


俺はもちろん向こうにも被害が出ない素晴らしいアイディアだと思うのだが、どうにも反応が鈍いような気がしないでもない。


(もしや武藤さんも向こう側か?)


「いや、罠で殺すとか自爆覚悟で闇討ちするって言われた後にそんなこと言われたら、いくら武藤でも困るでしょ」


本格的に対処するべきだろうかと悩んでいると、横で話を聞いていた五十谷さんがフォローを入れてくれた。


「そんなもんか?」


「そんなもんよ」


「まぁ。そうですね」


どうやらそんなもんらしい。


「一言で第三師団閥と言っても色々あるのよ。……これは言っても良いかしら?」


「えぇ。むしろお願いします。私の口からでは言えないこともありますので」


「わかったわ」


俺としては武藤さんの口から直接聞くのが一番早いと思うのだが、それだと武藤さんが身内の情報を漏洩したということになるのだろう。なので五十谷さんの口から説明するということらしい。



それはそれでいいのか? と思わなくもないが、下手に口をはさむと面倒ごとになりそうなので、とりあえず黙っておくことにする。


「いい? まず一言で第三師団閥と言っても、今の彼らは一枚岩じゃないのよ」


「ほほう」


「まず牟呂口家の関係者と彼らに復活してもらいたい連中。これはAクラスでいう小畑と笠原ね。第三師団閥の大半、まぁ7割くらいがここに所属しているわ」


確か9席くんが先代当主だった牟呂口大将の次男の子供だったか。で、5席くんがその家臣。

数が多いのも他の派閥からちょっかいを掛けられたくない人たちの集まりと考えれば妥当なところだと思う。


「ついで牟呂口家と関わりのない家に第三師団を立て直してほしいと思っている連中。これが大体2割くらいかしら?」


「そうですねぇ」


「ふむ」


他の派閥に所属していながら第三師団の人たちと何らかの関係がある家や、第三師団の再編に協力している家が大体この派閥になるらしい。


数だけ見れば第三師団閥の中では少ないと思われるだろうが、外部の協力者はほとんどがこっちの意見なので、実際の影響力は非常に強いのだとか。


考えてみれば、どうせ第三師団は支援を受けたうえで再編されるというのであれば、できるだけ支援をして自分たちの影響力を強くしたいと思うのは当然だわな。


ちなみにこの五十谷さんの実家を筆頭に、Aクラスに所属している面々のほとんどの実家がこの方針に賛同しているそうな。


「最後が『この期に及んで家とか関係ないから、とにかく武功を稼ぐぞ』っていう連中ね」


「それはまた、なんというか」


勇ましいと言うべきか単純と言うべきか、これはもうわかんねぇな。軍人として考えれば潔いと思うけど、その後の政治のことを考えれば無責任とも言えなくもない。


「それでね。沙織の家は最後の方針を踏襲している家なのよ。他の連中の争いには関わらないからこっちにも関わるなって感じかしら? 政治に関係なく『勝者に従う』って感じの方針ね。他の派閥からすれば自分たちが政治闘争をしている間、勝手に武功を稼いでくれるってことになるからそれなりに自由はあるんだけど、そのかわりに他の連中からは距離を置かれているのよ。ね?」


「そうなんですよ」


「なるほどなー」


五十谷さんからの確認に対して食い気味に肯定する武藤さん。


他の家が掲げる方針に関わらないって方針だからこそ、釘を刺すこともできないわけだ。


「もちろん私の実家を通じて彼らに意見を言うことはできます。ですが効果のほどを聞かれますと……」


「微妙にならざるを得ないわよねぇ。そもそも純粋に一番武功を求めているのは彼女の派閥だもの」


「……はい」


「そうか。そうなるのか」


武藤さんの実家からすれば重要なのは第三師団閥の人間が武功を上げることであって、そこに『派閥の中でも誰が』って意見はないんだもんな。


だから彼らは武功を上げるために量産型の情報が欲しい。なんなら試作機のパイロットである俺の情報も欲しい。そのためには俺の家に侵入することも厭わない。そんな感じの人もいるかもしれない。


それを念頭に置いて考えてみれば、さっき俺が言った『ちょっかいを掛けてくる奴は消すし、侵入者は家に仕掛けた罠で殲滅する』という意見は『来たら殺すぞ』っていう挑発に聞こえなくもないかもしれない。


もちろん俺にそんなつもりはない。本心から面倒がなければいいと思っているだけだ。


だが俺がいくら言っても実際に利害が存在している以上、向こうが簡単にあきらめることはないだろう。というか、このままでは俺が挑発した形になってしまう。


(まさか武藤さんの実家が一番ヤバいとは思っていなかったわ。あぶねぇあぶねぇ。まずは彼女の実家を止めなきゃな。だが止めると言っても、何をどうしたらいいのやら)


一介の学生には厳しすぎる状況に頭を抱えたくなる。


「あの、状況を好転させるために一つ提案。といいますか、お願いがあるのですけど」


如何にして武藤さんの家を説得するかを考えていると、その武藤さんの方から声を掛けてきた。しかもなにやら『お願い』があるらしい。その気になれば拉致監禁……までは無理だろうが、様々な嫌がらせができる武藤さんからの『お願い』である。それが意味することはただ一つ。


(あえて貸しを作ってくれるってことだろうなぁ)


うん。心優しいお嬢様とクラスメイトで良かった。

そんな優しいお嬢様が見せてくれた心遣いに対する返事は一つしかあるまい。


「俺にできることなら応じますよ」


情報漏洩とかは無理だけど。俺にできることなんてほとんどないけど。まぁ多少はね?


「では……あの機体を動かすコツのようなものがあれば教えていただけませんか?」


「ん?」


すっごく申し訳なさそうに言ってくるからどんな面倒ごとかと思えばそんなこと?


「ちょっとアンタ!」


「不躾、いえ、非常識なお願いであることは重々承知の上です。ですがそれを教えて頂ければ、他の家の方々も啓太さんに構っている暇はなくなります。……いかがでしょう?」


「……なるほど」


動かせないなら動かせる奴に聞けばいい。当たり前の話である。


まして機体の動かし方など、普通に授業でも意見交換をしているので秘匿するようなことでもない。俺だって最上さんに聞かれたときに教えているし、最上さんも軍関係者に聞かれたときはそのまま答えているくらいだ。


武藤さんが申し訳なさそうな顔をしていたり五十谷さんが声を荒げているのは、機体の操作方法が秘匿技術だと思っているからだろう。


確かに『世界で唯一の機体を動かす方法』と言い換えれば貴重な情報かもしれない。


(だけど、俺としては別に秘匿しようと思ってないんだよなぁ)


最上さんも『ざまぁ』と愉悦しているが、決して日本が負けることを望んでいるわけではない。

また量産型を使いこなせる人間が増えるということは、俺の重要性が薄まるということでもある。


コツを教えることで第三師団閥や軍部に貸しを作れるうえ、量産されたアレが俺に先行して戦場に出てくれるようになる可能性もあるわけで。


武功を独占することと身の安全。どちらが大事? そんなの聞くまでもない。

そもそも武功の独占なんて面倒しかないし。


つまり俺からの答えは一つ。


「かまいませんよ。なんなら俺と最上重工業の技術者さんたちで考えているアイディアをいくつか進呈しましょう。それを使えば少なくとも『動かせない』なんてことはなくなると思いますよ」


いやまじで。代わりに融通が利かなくなるけどな。

その辺はそっちでなんとかしてくれ。


「アンタ!?」


「……よろしいのですか?」


「えぇ。それにこれは日本のためでもありますからね」


「……感謝いたします」


「代わりに、俺にちょっかいをかけないようにしてくださいよ?」


「もちろんです! できる限りのことをさせていただきます!」


「結構。取引成立ですね」


「……」


五十谷さんはナニカ言いたそうにしているが――武藤さんを睨んではいるものの――口を噤んでいる。元々俺と武藤さんの取引だし、なにより御国のためと言われては反論できないようだ。


一応言っておくと、俺だって何も考えていないわけではない。


大前提としてこの取引は五十谷さん。つまり第三師団閥以外の人間の立ち合いのもとで行われた取引であり、対外的には『第三師団閥の逆恨みを抑えるだけの為に貴重な情報を渡した』ということになる。


これによって第三師団閥の連中にしてみれば身の程知らずな一般人が大人しく従った形になるわけだからある程度の溜飲を下げることになるだろうし、他の師団からすれば俺は第三師団閥に脅された被害者という形に見えるだろう。


その評判は今後の俺の為になる。


まして量産型が動かなくて困るのは俺も一緒なのだ。故に俺は元々提供する予定だった情報を差し出して身の安全と将来を買ったのだと思えば安いもの。


(まずはこんなものだろうな。さて、と。どれから伝えたもんかねぇ)


そうこうして俺は、俺と妹の身の安全を確保できたことに内心で喜びつつ、目の前で嬉しそうにしている武藤さんと仏頂面のまま身じろぎ一つしない五十谷さんを見比べながら、彼女たち――せっかくだから五十谷さんにも伝える――に提供する情報の選定を行うのであった。


お嬢様とも仲良くなったもよう。

……ボッチ?


提供する技術については次回。



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