14話。クラスメイトの思惑(後)
本日二回目更新
「では、最初に彼女と仲良くなりましょうか」
啓太と距離を縮めることを決意した武藤沙織。彼女がその為に必要な人材と判断したのは、第4席として入学した五十谷翔子であった。
沙織が彼女を選んだ理由はいくつかある。
まず彼女の家が所属している派閥が第六師団閥だということ。
近畿地方を担当している彼ら第六師団と元々有事の際は関東や近畿をバックアップする役割を持っていた第三師団閥との仲は悪くはない――決して良いわけでもないが――ため、お互いの実家が敵対する可能性が低いと沙織は判断していた。
次いで彼女の性格。基本的に己が優秀であることを自覚しているものの、それを鼻にかけるようなタイプではない。むしろ上を目指す為に努力を怠らないタイプの人間だった。
尤も、入学の時点で自分よりも成績優秀な生徒が三人もいれば調子に乗ることなどできないというのもあるだろうが、世の中には散々下駄を履いたくせに9席でしか入学できなかった癖に何故か自分が一番優秀だと錯覚できる人間もいるのだ。
それに比べれば、自分をライバル視しながら努力を続けている娘さんと仲良くしたいと思うのは当たり前のことではなかろうか?
武門のお嬢様として鍛えられてきたが故に対外的に愛想を振りまくことに慣れている沙織とて、出来るのであれば関わる相手は選びたい。特に、関わるだけで精神的な疲労を覚えるような相手とは関わりたくないのだ。
最後に、彼女の啓太に対する態度だ。
沙織を含め皆が川上啓太という異物との距離を測りかねていた中で、彼女だけは彼に真っ直ぐぶつかっていた。まぁ見方によっては喧嘩を売っていたようにも見えなくもないが、当の啓太がやんわりと受け入れていたところを見ればそれなりに良好な仲なのだろうと推察できる。
「いきなり『仲良くなりましょう』と言ったところで警戒されるだけでしょうしねぇ」
元々興味があったことは決して嘘ではないのだが、啓太からすれば『昇進したら急に擦り寄ってきた輩』としか見えないはず。
(実際そう言う点もあるんですけど、その評価はちょっと、ねぇ)
お嬢様であり武門の人間でもある沙織の気位は高い。それでも本人の性格上、多少の不快感は我慢することができるのだが、同年代の異性から浅薄な人間だと思われることを我慢できるほど沙織は老成していないのである。
もちろん五十谷とて馬鹿ではない。これまで特に接点の無かった沙織がいきなり接触してくればその意図を探ろうとするだろうし、すぐに沙織が啓太との接点を求めていることには気付くだろう。
「というか、気付いて貰わなければ困るんですけど」
沙織の行動の意図が読めたなら、五十谷はどう動くだろうか?
第三師団閥の重鎮たる武藤家に貸しを作る? それとも隠ぺいする?
普通なら前者を選ぶ。なにせ沙織と啓太は同級生なのだから。
もちろん最初はぎこちないかもしれない。
だが、3年も同じクラスに居ればそれなりに親しくなることもそれほど難しいことではない。
そう考えれば、五十谷にしてみれば自分が介入してもしなくても結果は同じということになる。
で、あるならば介入して武藤家に恩を売った方が得。普通ならそう判断するだろう。
どれだけさっぱりしている性格をしていようとも、五十谷は派閥の若手を代表してこの軍学校へきているのだ。派閥の利益を忘れることなどありえないのだから。
「まぁもしかしたら少しの間でも情報を独占するよう五十谷家のご当主から指示が出るかもしれませんがその時はその時。まずは接触してみましょうか。丁度話題には事欠きませんし、ね」
傍から見たら、その生まれと外見から沙織は俗世の疚しいことなど何も知らない深窓の令嬢に見えるかもしれない。事実同じ派閥に所属している笠原辰巳や小畑健次郎も彼女の事をそのように扱っている。
しかしその内面は全くの逆。総参謀長であった父親に鍛えられた沙織の本質は、己の外見を自覚し、時に自分自身を駒として利用することさえも厭わない冷酷な戦略家である。
「ふふ。どのように動くかわからないというのも楽しいものですねぇ」
沙織は上品に微笑みながら、その明晰な頭脳をフル回転させて『お友達である五十谷翔子とより仲良くなるためにはどうするか?』ということと『それが成功した際にどうやって啓太へ接触するか』を真剣に考えるのであった。
―――
周囲が啓太とどう接するかに頭を悩ませる中。五十谷翔子は上機嫌であった。
「ふふん。ふふふーん。ふーんふふん」
思わず鼻歌を奏でる程度には上機嫌であった。
「翔子様。絶好調っすね」
「わかる? わかっちゃう?」
「そりゃわかりますよ」
付き人として補佐をする為に軍学校の門をたたいたものの、少しだけ成績が及ばずBクラスに振り分けられた幼馴染にして友人の坂崎恵美が(不機嫌になるよりはマシっすけど正直ちょっとウザいっす)と軽く引くくらい上機嫌であった。
それもむべなるかな。なにせ前々から自分だけが目をかけていた(彼女の中ではそうなっている)相手が実戦に出て武功を立て、だれよりも早く、それこそ先輩たちよりも早く昇進したのだ。
勿論それが自分でないことには悔しい気持ちもある。しかし五十谷翔子という少女は、友人が昇進したことを素直に言祝げる性格の持ち主であった。
それだけではない。これまで他のクラスメイトたちは啓太と距離を取っていたため、彼ら彼女らは同級生でありながら啓太のことを何も知らない。
だが翔子は違う。
Aクラスの中で唯一啓太と距離を詰めて接していたが故に、翔子だけが第二師団の隠し玉にして最上重工業が造った秘密兵器の使い手こと川上啓太の情報を集積することに成功しているのだ。
これは普段から厳しく翔子に接している両親も満面の笑みを浮かべて称賛するほどの成果である。
啓太が実績を挙げた以上、これから他のクラスメイトも彼の情報を集めるために距離を詰めようとするだろう。だが、翔子が見るところ、啓太は脇が甘いところはあるものの決して馬鹿ではない。
故に自分が昇進してから近寄ってきた面々に対してはしっかりと警戒し、情報を渡さぬよう接するだろう。尤も、啓太の性格や三年間顔を合わせるクラスメイトであることを考えれば、いずれは警戒を解いて友人扱いしてくれるかもしれない。というか敵対関係にならない限りは友人付き合いすることになるだろう。
(でも他の連中がアイツの警戒をかいくぐるのにどれだけ時間がかかるかしら? 一か月? 三か月? 半年? もしかしたら一年以上かかるかもね)
啓太はアレで慎重なのだ。そして翔子はクラスメイトを含めた周囲の連中全員が軍閥に所属する人間であることを教えている(もちろん自分が第六師団閥の人間であることも伝えている)。
そのため啓太は、これから自分に接触してくる連中全員が全員軍閥の紐付きであることを踏まえた上で友人付き合いをしていくことになる。
畢竟、他の面々が啓太と仲良くなるためには、極めて高くなったハードルを越えなければならない。
だが翔子だけは違う。むしろ今まで通りの距離感を保つだけでいい。そうすれば啓太は、自然と『自分が昇進したあとで擦り寄ってきた連中』と『昇進した後も態度が変わらない翔子』を比べるだろう。
両者を比べた場合、どちらの方が好感度が高いか? など論ずるまでもあるまい。
(啓太が注目を浴びれば浴びるほど周囲は啓太の情報を欲する。だけど周囲から擦り寄られれば擦り寄られるほど啓太の警戒は増す。絵に描いたような悪循環ね。そして私はタイミングを見て助け舟を出せばいい。舟を出す先が啓太か、それとも他の派閥の連中になるかは、まぁお父様からの指示と連中の態度次第かしら?)
他派閥との交渉に関係することなので、当然大まかな方針は当主である父が出す。だがその父とて現場での細かいところまで指示を出せるわけではない。故に翔子にも多少ではあるが決定権が認められている。
そしてその『多少の決定権』を使った結果が、啓太の情報を独占することに成功するという実績に繋がっている以上、よほど間の抜けたことをしない限り、五十谷家は翔子の決定に異を唱えるようなことはないだろうと思われる。
「つまり今のところ主導権を握っているのはこの私! 主席の武藤沙織でも、次席の藤田一成でも、三席の啓太でもなく、この私、五十谷翔子よ!」
(うわぁ。めっちゃアレな顔してるっすよ。この顔を啓太って人に見せたらヤバイことになりそうっすから、学校では止めて欲しいっす)
啓太も認める素直な性格の持ち主ではあるものの、それとは別に人並みの出世欲と承認欲求も合わせ持つ人間でもある五十谷翔子は、これから自分に接触して来るであろうクラスメイトたちの態度と表情を想像し、側近である坂崎恵美がドン引きするような表情を浮かべて一人悦に浸るのであった。
――なお、これまでぜんぜん男に興味を示さなかった自分の娘が、軍学校に入った途端に同年代の男と接触し、あまつさえその男との会話を楽しそうに報告してくるようになったという事実に対して悶々とした感情を抱いている五十谷家の当主がいるらしいが、それは翔子には与り知らぬことである。
お嬢様だけでなく沙羅双樹さんもそれなりに腹黒いもよう。
そうじゃなかったら家を乗っ取られるからね。しかたないね。
ただし啓太と接触している時の彼女は、素が8で打算が2くらいの割合で接しているとかいないとか。
 













