表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極東救世主伝説  作者: 仏ょも
五章
110/111

4話 密談と言えないこともない会話

色々間違えていたので修正しています

「さて、どこからお話ししましょうか……」


俺との話し合いをする場として武藤さんが選んだのは、一部の生徒以外は一度もお世話になることはないであろう部屋、即ち生徒指導室であった。


ここは軍人の卵の()()に使われるということもあって、学内にあって校長室に次いで防音性能が高い部屋だ。


そのため、大きな声を張り上げても声が漏れ出ることはないし、場所が場所なだけに普段は生徒が近寄ることはない。


当然、呼ばれた生徒以外の誰かがいれば、すぐに呼び止められることになるので、会話が盗み聞きされる心配もしなくていい。


防諜機能に優れている反面、犯罪や特定の生徒に対する教師の横暴を防止するため、いくつもの監視カメラが付いているので、密会や密談には向かないときている。


そういった理由から、この部屋は学校内に於いて後ろ暗いところがない会談を行う場としては、非常に優れている場であった。


そんな部屋に連れ込まれた以上、武藤さんの用事は『それなりに秘密にする必要はあるものの、教師陣には隠す必要がないモノ』だと思われる。


まぁ、ボスが参加する時点で秘密もなにもないのだが、それはそれ。


どこにでもいる一般生徒でしかない俺からすれば、面倒なことにならない――もしくは責任を丸投げできる相手がいる――ならそれに越したことはないのである。


「最初からだ、武藤。私はともかく大尉は何も知らされていないのだからな」


……なにやらボスの機嫌がよろしくないようだが、俺のせいではない、はずだ。


―――


(この非常時に……)


事前に呼び出しを受けていた静香は控えめに言っても不機嫌であった。


それはそうだろう。

啓太が入学してからこのかた、面倒ごとばかりが舞い込んでくるのだ。

事あるごとにその後始末を押し付けられている彼女が、不機嫌にならないと考える方がおかしい。


それでも、夏くらいまではまだ我慢できていた。

平民出身の啓太が防衛線で八面六臂の大活躍をしたことには驚いたし、皇族である浅香から直々に『彼の扱いには気を付けるように』と仰せつかったのも、まぁ我慢できた。


だが、その後は駄目だ。


部下であり、監視対象でもあった啓太が、第三師団の流れをくむ国防政策局運用政策課の策謀により、自分があずかり知らぬ間に極東ロシアへ飛ばされたのを皮切りに、その啓太が文化祭にて現れた魔族と量産型で戦わされたり、なぜか自分を含む未熟者たちで編成された部隊がベトナム遠征に帯同させられたり、現地で量産型のテストパイロット兼大隊指揮官として万単位の魔物を相手に戦わされたり、その後始末やら報告書の作成やら機士としての意見書やら教導大隊の活動方針に関する提案書の提出やらをしつつ、教師としての仕事も割り振られているのは、どう考えてもおかしかった。


本来、教師も大隊指揮官もテストパイロットも、兼業でやっていいものではないし、できるものでもない。


これまで曲がりなりにもそれができていたのは、静香の能力はもちろんのこと、大隊が発足してからまだ数か月しか経っていないため、一つ一つの任務に厚みがなかったからだ。


(今までは教師として監督する生徒が一〇人だけで、部隊の規模も大隊とは銘打っているものの実質的には小隊規模で、テストパイロットとしての成果もそれほど求められていなかったからこそ回せていたが、これ以上は無理だ。絶対にボロが出る)


自分の限界を理解している静香は、致命的なミスが生じる前に最低限の対策を講じようとしていた。


最低限の対策、即ち配置換えである。


(今更教導大隊の大隊長は降りられまい。量産型のパイロットもな。しかし教職は降りられる)


少しでも身軽にならなければ、潰れてしまう。

指揮官に余裕のない部隊が辿る末路は総じて悲惨なモノだ。

そうならないためには”自分である必要がないモノ”を捨てて軽くなるしかない。


静香にとって、それが教職であった。


無論、静香とて国家の未来を担う子供たちを導く『教職』という仕事を軽んじているわけではない。

軽んじているわけではないが、それよりも大事なモノがあると考えているだけだ。


未来より大事なモノ、それは今日。


『未来とは、今日を生き抜いた先に訪れるモノ』そう考えている静香は、未来を創る子供たちのために、教師ではなく、軍人として戦場に立つことを決めたのである。


そして、軍人が今日を生き抜くためにやるべきことはただ一つ。

徹底した訓練。

それだけだ。


数年前であれば、静香の決意は『指揮官に求められるのは機体の操縦ではない』と鼻で嗤われて否定されただろう。


しかし昨今――特に機士の数が激減した今――は、違う。

静香の決意こそが軍の総意となっている。


そのため指揮官であると同時にテストパイロットでもある静香に、機体の性能を引き出すための訓練を怠るつもりはなく、空いた時間があれば率先してシミュレーターに乗り込んで訓練を行っていた。


(もう時間がない。一分一秒も無駄にはできんと言うのに)


ベトナムで魔物の在り方を知った静香にとって、春に再開されるであろう――それも、間違いなく自分たちも徴用されるであろう――戦闘に備えるのは、当たり前のことであった。


だからこそ、とでも言おうか。


上層部の都合で、生き延びるための訓練を邪魔された彼女が不機嫌になるのも当然のことであった。


―――



『どこから話すか?』と悩む武藤さんに対し『こいつは何も知らないから最初から全部話せ』とストレートに命令するボス。


些か以上に口調が強く感じるのは、八つ当たりとかではなく”俺がなにも知らない”という事実を弱みにさせない強気の交渉術なのだろう。おそらく、多分、きっとそうに違いない。


「え? 今回の件、大尉には情報が回されていないのですか?」


「……なんのことだ?」


いや、本気でなんの話よ?


「……」


俺の返答を聞いた武藤さんが絶句しているが、そもそもまだ何も聞かされていないのだから、話の内容を理解していないのは当然ではないか。


俺としては至極真っ当な意見だと思うのだが、そう思っていたのはどうやら俺だけのようで。


「わかったな? 最初からだ」


「了解です。では、少し長くなりますが……」


「……頼む」


素直にお願いした俺を見て『しょうがねぇなぁ』と言わんばかりの苦笑いを浮かべる武藤さんと、それを当たり前のように受け入れているボスに対し、なんとも釈然としない気持ちを覚えた俺はナニカ間違っているのだろうか? 


そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、武藤さんは口元を引き締めてから語りだした。


「現在、国防軍が置かれている状況については川上さん……失礼、川上大尉も理解できていると思いますが、どうでしょう?」


状況? 


「第二師団を筆頭に、国防を担当する戦力がガタガタになって再建計画が急がれていることくらいは理解しているが……詳細は知らないし、派閥云々に関しては予想すらできないから、そっち方面の知見は期待しないで欲しい」


俺が知ることのできる範囲内のことに限ればそれなりに理解しているつもりだが、派閥の事に関してはさっぱりわからない。

あまりにもわからな過ぎて、敢えて拘わらないようにしているから、尚更情報が入ってこないという悪循環に陥っているまである。


「それはそうでしょうね」


「あぁ、大尉の出自を考えれば当然のことだな」


この部分を怠慢と指摘されると弱いのだが、武藤さんもボスも、俺にその方向の知識がないことは知っているので、そこは問題ないとのこと。


正直、助かる。


「では、本当に始めから説明しましょう。大尉がご承知の通り、去年の大攻勢によって、第二師団を始めとした各師団の主力が甚大な被害を受けました。これを受けて現在、軍には早急に戦力を回復させることが求められています」


「あまりの状況に、つい先日まで軍縮を訴えていた自称穏健派の議員も危機感を抱いたようでな。今では積極的に『早く戦力を立て直せ』と唾を飛ばしている状況だ」


「まぁ、そうなりますよね」


今までそいつらが軍縮を叫んでいられたのも、自分たちが安全なところにいるって前提があったからだ。


その前提が崩れた今、軍の足を引っ張れば自分の身が危うくなると自覚したら、平然と手のひらの一つや二つくらいグルグル返すだろうよ。それはわかる。


ただ、それ自体は軍にとってプラスにはなってもマイナスにはならないのでは?

俺は訝しんだ。


「議員さんたちの都合はともかく。議会の承認を得て大規模な予算を得たことで、軍の再建計画は予定よりもかなり前倒しで行われることになりました」


「民意と予算の折り合いがつき、軍が本気で動けるようになった。加えて、軍は損害を受けたが、生産拠点は無傷だった。その上、ベトナムから大量の素材を手に入れることができたからな。おかげで機体の新規製造はもとより、これまで素材の問題で後回しにされがちだった強化外骨格の大量生産も可能になったわけだ」


「ほほう」


ここまで聞けば良いことのように思えるのだが。


「こうして官民一体となって軍の再建にあたることになったのですが、ここで問題が発生しました」


「だろうな」


そうじゃなかったら、こんなところで内緒話はしないよな。


「まず俎上に上がったのは、利権がらみの問題でした」


利権、利権ねぇ。


「大規模な生産計画は、それそのものが強大な利権となる。それは分かるだろう?」


「そうですね」


機体の製造には一機で数十億円、強化外骨格は一体で最低数百万円かかる。当然売却額はそれ以上だ。

これだけでも巨額の利益が発生するのは確定しているのに、それらが使用する装備や消費される弾薬だって膨大な数になる。


支払い元が国ということもあって、造ったら造っただけ売れるだろう。

故に、それらの受注を引き受けることができれば、大儲け間違いなしだ。

どの企業だって、自分たちが生産を受注できるように動くわな。


「ただ今回に限っては、限られた企業に受注を依頼するのではなく、いくつかの財閥と地方の企業に分散させる形で話が進んでいます」


「母数が母数の上、状況がコレだからな。一つの財閥に任せた結果『生産が間に合いませんでした』では話にならん。財閥側も欲を張って自分たちが滅んでは意味がないと考えたのか、今回に限っては受注の独占をしないと明言している」


利益の独占よりも生存を取った、か。

意外と言えば意外だが、別に損をしているわけではないからな。


「良いことのように思えますが?」


企業の思惑はともかく、未曽有の国難を前にして挙国一致の態勢が構築できたことは良いことだよな?


「えぇ。最大の問題と言える利権関連の問題が片付いたのは間違いなく朗報です。しかし、この結論に至るまで少なくない時間を使ってしまいました」


確かに、貴重な時間を潰したのは問題かも。


「ただでさえ再建が急がれる状況下にあって、この遅れは致命的なモノになりかねません。そう考えた皆さんが急いで軍の再建に向けて動き出そうとしたのですが、ここで新たな問題が発覚したのです」


「発覚? 発生ではなく?」


「はい」


発覚って、使い方としては隠していたモノが見つかったって意味だよな?

現状でそんな言葉が使われるってことは。


「大規模な不正か、もしくは共生派による妨害、か?」


不正はわからんが、共生派にとっては最大の好機だからな。

邪魔をしてきても驚きはない。


むしろ軍の方でも、連中が手を出してくることを見越して罠を仕掛けるくらいのことはやっていそうだが?


そう思っていた時期が俺にもありました。


「それ以前の問題だ」


ため息交じりに吐き捨てるボス。

なんだ? なにがある?


「予算はある。設備もある。物資もある。人も揃っている。しかし……」


「しかし?」


「……何を造るかが決まっていないのです」


「はぁ?」


利害関係を調整して挙国一致の態勢を構築したものの、向うべき方向が決まっていないとか……この国、大丈夫か?


閲覧ありがとうございました。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ