31話 戦後の始末
5月10日、書籍版が発売となります。
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啓太が自爆したことを確認し、急いで現場に急行した教導大隊と第四師団の援軍が最初に目にしたのは、半径五〇メートルほどもあろうかというクレーターと、その中心部に残っていた魔物だったナニカと、自爆した機体の残骸であった。
これでは生存の可能性は……と絶望した彼ら彼女らだったが、直後にクレーターから少し離れたところにポツンと残っていた盾らしきモノの残骸と、その陰に人の形をしたナニカが存在していることを確認すると、その表情を一変させた。
一縷の期待を抱き大隊の面々が駆け寄ってみれば、そこには気を失ってはいるものの、大きな負傷をしているようには見えない啓太の姿があった。
急ぎ啓太を確保した教導大隊はそのまま戦場から撤退。
残った第四師団が戦場跡地を確認したところ、狙撃された大型の魔物や、戦闘に巻き込まれたり自爆の衝撃で吹き飛んだと思しき中型や小型の魔物の死体は多数あったものの、魔族が存在した痕跡は発見できなかった。
間違いなく三人いたとされる魔族がどこにいったのか。
自爆に巻き込まれて吹き飛んだか、はたまた撤退したのかは不明のままであったが、藪を突いて蛇を出す気がなかった伊佐木の指示でそれ以上の捜索と検証は打ち切られた。
その後遠征軍は防衛陣地の周囲の掃除とベトナム帝国内の都市に分散していた魔物の駆逐を優先し、二日ほどでそれを終わらせた。
この残党処理が終了したことにより、年末に引き起こされたベトナム帝国の伯爵にして将軍、グエン・リュウ・インが仕掛けた戦争はようやくその幕を下ろすこととなる。
そして第四師団内に於いて作戦終了の宣言が出されてから二日後の一月四日。
静香を筆頭とした教導大隊の面々はベトナム帝国の首都ダナンにて行われている式典へ参加していた。
それも『勝利に貢献した若き英雄』として。
―――
「……なぁにが『いや~。死ぬかと思った』よ。そこは死んでおきなさいよ、人として」
「あ~さすがに不謹慎ですよぉ。……気持ちはわかりますけど」
「そうだな。確かにこの場で口にするべき内容ではない。気持ちはわかるが」
「うん。もう少し空気を読もうね。気持ちはわかるけど」
「ぐっ……」
ふと先日目が覚めた少年が発した第一声を思い出して思わず口走ってしまった呟きに全員から苦言を呈され、内心では複雑な感情を抱きながらも、笑顔を崩さぬよう表情筋に力を込める翔子。
呟いた内容自体には全員が賛同しているのだが、彼女が時も場所も場面も弁えていなかったのは事実なので、反論のしようがなかったともいう。
実際今回行われている式典は、名目上は戦勝を謳うものではあるものの、その内実は魔物によって殺された兵士たちの葬儀に近いものである。
厳粛に行われるべき葬儀の場で『死んでおけ』はさすがにない。
そう考える程度の冷静さは今の翔子にもあった。
また周囲にいる面々も、普段であればそれなりに空気を読む翔子が思わず憎まれ口を叩いてしまう程度にはイラついている理由に見当が付いていたうえ、多かれ少なかれ翔子と同じ気持ちを抱いていたこともあって、あくまで注意に留めたことも翔子に冷静さを取り戻させる要因となっていた。
では、人並みに場の空気を読むことができるはずの翔子が人目も憚らずにイラついている理由とはなにか。
それはもちろん、彼女らの隊長こと川上啓太が式典に参加していないことである。
「……あの馬鹿がいないのに私たちだけ表彰されるのはどうにも気に喰わないわ」
「あ~。それねぇ」
「諦めろ。事前に説明を受けているだろう?」
「そうそう。試作機に乗っていた五十谷さんと量産型に乗っていた田口さんはまだマシでしょ。私と橋本さんは完全に場違いなんだから」
田口那奈は理解を示したものの、橋本夏希と綾瀬茉莉からすれば翔子の愚痴は我儘にしか聞こえなかったため、先ほどよりも返す言葉は厳しいものになっていた。
それはそうだろう。砲兵として魔物を斃しまくった那奈や、新型の機動力を駆使して時間を稼いだ翔子は間違いなく勝利に貢献した存在と言えるが、直掩として強化外骨格を纏って小型や中型と戦っていた夏希と茉莉はそこまで大きな功績を上げたわけではない。
襲い来る魔物の数が多かったこともあって部隊の撃墜数はもちろんのこと、単独での撃墜数もそれなりに稼いでいることは自覚しているが、同時に、自分が勝利に貢献したと胸を張っていえるほどのものでもないということも自覚している。
そんな自覚があるのに、周囲から『若き英雄』などと囃し立てられているのだ。
それが同盟国から派遣されていた遠征軍に自国の失態を尻拭いをさせてしまったベトナム帝国が、せめてもの償いとして遠征軍を英雄として囃し立てているだけならまだよかった。
しかし現実はそれよりもひどいもので……。
なんと彼女らは実際に防衛陣地を活用して戦闘を行い、少なくない犠牲を払った第四師団の面々からも英雄として囃し立てられていたのだ。
さして活躍したという実感がない上に、第四師団に所属している茉莉からすれば最早罰ゲームである。
居心地が悪いなんてものじゃない。
それでも夏希や茉莉は一言も文句を言わずにこの状況を受け入れていた。
何故か? 彼女たちも”負け戦にこそ英雄が必要だ”と理解しているからだ。
今回の戦闘は、公式には『魔族が大量の魔物を率いてベトナム帝国に攻め込もうとしているという情報を得たグエン将軍が、先手を打って攻勢を仕掛けた。しかしながら、ベトナム帝国を代表する精鋭部隊を率いたグエン将軍であっても数倍の敵を前にしては苦戦を免れなかった。そこでグエン将軍は、命を懸けて敵の大多数を道連れにする代わりに、残った分を同盟国である日本から派遣されていた遠征軍に処理して欲しいと依頼した。グエン将軍の忠義に心を打たれた日本軍は快くその依頼に応じ、無謀にもベトナム帝国に攻め込んできた魔物たちを撃滅せしめた。これによってベトナム帝国を狙っていた魔族の目論見は潰えたのである。我々がこの戦いに勝利できたのは、日本軍の協力もさることながら、国家と臣民を護るために命を懸けた名将グエン将軍の忠義と彼に従って魔物と戦った兵士諸君の奮闘あってこそのもの。ベトナム帝国は彼らの忠義と献身を決して忘れない』という感じで発表されている。
噂によると、この戦いと前後して大量の魔物が中華連邦に向かったそうだが、これが単なる偶然なのか、はたまた調子に乗った魔族が二正面作戦を企てたのかは今もって不明である。
何故か中華連邦から抗議があったようだが、今回の戦いはあくまでベトナム帝国を護るために行われた防衛戦であり、中華連邦は徹頭徹尾関係ないので抗議自体がなかったことにされているそうな。
国同士のあれこれはさておくとして。
この戦いを語る上で重要なのは、この戦いが”魔族から攻められたために発生した防衛戦である”ということと、”彼女らが所属している教導大隊が敵の主力を討ち取ることに成功したからこそ、戦いに勝利できた”ということである。
言葉だけを並べれば、なるほど、嘘は言っていない。
戦闘部隊としてハンマーとしての役割を果たせたかどうかは微妙なところだが、少なくとも教導大隊に所属している面々が多くの魔物を討伐したことは事実だし、教導大隊に所属している機士が多数の大型や中型の魔物を討伐したこともまた紛れもない事実である。
前者はともかく、後者はたった一人の機士によって行われたことではあるものの、それを馬鹿正直に吹聴する必要はない。
もちろんこれは、彼の功績を奪うとかそういうことではなく、単純に情報管理の問題だ。
確かにベトナム帝国は日本と同盟を結んでいる。
しかしその内実は決して一枚岩ではない。
どこで誰が聞き耳を立てているかわからない中、元々英雄として名が知られ始めている啓太だけを『英雄』とするのは、引き抜きという意味でも、暗殺という意味でも危険過ぎる。
同時に、学生である翔子らが命を懸けて戦ったのも事実。
それらを勘案した結果、上層部が『もうあの連中を纏めて英雄として評価しよう』と考えたのも無理はない。
こうして――啓太も自分が英雄として囃し立てられることを厭うタイプの人間だったこともあり――晴れて翔子ら教導大隊に所属している少女らが『若き英雄』として囃し立てられることとなったのである。
ここまではいい。
翔子だって情報や英雄の重要性は理解できるし、戦闘に於いても”自分が活躍していない”なんて謙遜を超えた嫌味を口にするつもりもない。
では彼女が何を不満に思っているのかと言えば、偏にこの式典に啓太が参加していないことだった。
『英雄』を一箇所に集めれば、共生派によるテロの標的になるかもしれない。
一番有名な『英雄』がいなければテロを起こそうという意欲も薄れるだろう。
川上啓太だけでなく、少女らを護るためにも『英雄』は分散させるべし。
そういった理由から、啓太は式典への不参加を許可されていた。
名目は『療養中のため』である。
ここで最初に翔子が呟いた『死ぬかと思った』云々に繋がる。
実際自爆の影響からか啓太の全身には打撲や捻挫の形跡はあったので、まったくの嘘ではない。
しかし静香から『今回は式典に出なくていいぞ』と言われたときに彼が吐き捨てた台詞は、居心地が悪い思いをしつつも式典に参加せざるを得ない翔子らの感情を逆なでする分には十分すぎた。
「……覚えてなさい」
「協力しますよぉ」
「もちろん私も協力しよう」
「私にも殴らせてね」
この後、式典に参加せず昼寝に興じていた少年が、式典によって多大なストレスをため込んだ翔子らに襲撃され、有無を言わさずシミュレーターに叩き込まれることになるのだが、それはまた後のお話である。
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