第7話 決闘
武闘会を1週間後に控えた。
その練習に余念がない。
「「「 おーー! やーー! 」」」
と、 薔薇騎士団は木の剣で素振りをする。
大きな木製剣を両手で持って練習するのだ。
「さぁ、残り100回!」
パンと手を叩いて「おーー、やーー!」と掛け声をかける。
武闘会は2人1組での決闘形式だ。
チーム戦なのは、戦場の混戦を意識したのだろう。
私はベスターニャと組んで出場することが決定している。
午後の練習が一区切りついた頃。
1台の馬車が止まった。
顔を出したのはアリオスである。
「やぁ」
いつもながら、太陽のように明るい笑み。
彼にはクッキーの件がある。
それを思うと恥ずかしくて死にそうになるな。
顔なんか直視できない。
今すぐ逃げ出したいくらいだ。
部下たちは大はしゃぎ。
「きゃあああ! アリオス様だわぁあああ!!」
「カッコいい!!」
「伯爵様、素敵です」
やれやれ。
誇り高き 薔薇騎士団がこれか。
女ばかりの組織はイケメンに弱いんだ。
団長の私がしっかりしなければ!
きりり〜〜。
「お前たち、落ち着いてくれ」
冷静に対処しよう。
「差し入れを持ってきたんだ。ふふふ」
と、出してくれたのが、大きな木箱。
その中には牛乳で作った飲み物が、氷に冷やされて入っていた。
「うちの牧場で取れた牛乳を使っているんです。ヨーグルトと掛け合わせてます」
それはひんやりと冷たい飲み物だった。ほんのりとしたヨーグルトの酸味と甘さ。うう、これは美味しい。
「アリオス様。こんな美味しい飲み物は初めて飲みました!」
「流石は伯爵様です!」
「練習の疲れが吹っ飛びます!」
アリオスはニコニコと笑う。
「君は……。ベスターニャですね?」
「え? どうして私の名前をご存知なのですか?」
「ふふふ。ロォサから聞いている特徴にそっくりです」
「まぁ! 光栄です!!」
「他の人もわかりますよ。ドリス。サキエラ。ニーチェにルルだ」
彼は20人もいる 薔薇騎士団のメンバーを全員言い当ててしまった。
勿論、全員、初対面である。
もう、みんなの目はハートマークで、メロメロだった。
うう、士気が下がる。
クッキーの件は後回しだ。
私は彼を呼んで、木の影に隠れて話すことにした。
「どういうつもりよ? 訓練中に来るなんて?」
「君に逢いに来たんじゃないか」
う!
そういうことをサラリと言う。
よ、喜ぶもんか!
「わ、私になんの用事よ?」
「顔を見たかっただけです」
んぐ!
こ、こういうセリフを飄々と言うんだから腹が立つわ!
この女ったらしめ!
「じゃ、じゃあ。もう顔も見たんだし用は済んだでしょ。あなたがいると部下の士気が下がるのよ」
「うーーん。話題が必要かぁ……」
「そういうんじゃない!」
あなたがいると、私の思考が混乱するのよ!
「君は武闘会に出るんでしょ?」
あ、そうだった!
そのことは話したいと思っていたんだ。
「あ、あなたもでしょ、アリオス」
「ええ。選ばれてしまったので。メイドのマーナと出ようと思います」
「メイド? そ、その人は強いの?」
「いえ。普通の女性です。年齢は47歳。結婚して子供がいます」
「そ、そんな人と組んで出るの??」
「ええ。戦うのは僕だからね。彼女には後衛で待機してもらおうかと」
お、お気楽ぅ……。
たんなるお祭りだと思っているんだわ。
王室は真剣に魔物対策の一環としてやっているというのに。
やはり、温室育ちのお坊っちゃんね。
「あなたって……。その……。どちらかというと頭脳派じゃない。無理して出なくでも、伯爵領で強い戦士を出せばいいじゃない」
「僕の家、アポロンダル家は昔から王室と密接でね。兵力は王都直属の兵団の力を借りているんです。だから、強豪に勝てるほど、強い戦士がいないんですよ」
なるほど。
つまり、選抜された理由はそこだ。
この機会に、強い兵をスカウトして領土の兵力を上げて欲しいのが狙いなんだ。
アポロンダル家の兵力の増強。それが王室に選抜された理由。
「だから、僕が出ようかと」
「なんで、そうなるのよ! 武闘会は木の剣を使うけど、当たれば骨が砕けることだってあるんだから!」
「当たらないようにがんばります」
「がんばってどうにかなる問題じゃない!!」
「僕のことより、君の方が心配です」
「な……!」
なんですってぇ!?
「あなたに心配されるほど、私は弱くありません!!」
「でも、武闘会に出るのは男ばかり。女性は君一人だよ」
「侮辱するのもいい加減にして!!」
「いや。そんなつもりじゃないよ」
「いいえ! 私は 薔薇騎士団の団長です! 誇り高きアーネストの戦士!」
「うん。それは十分にわかっています」
「挑まれた戦いに、背を向けることはできません!!」
「ロォサ……」
私を心配するその視線。
それが侮辱しているというのよ!
「アリオス・アポロンダル伯爵! あなたに決闘を申し込みます!」
あなたを倒す。
そして、私の強さを知らしめる。
私はあなたが思っているような、か弱い女じゃないのよ!
男よりも強い戦士だ!
「ふぅ……仕方ないな」と言ったあとに、彼は胸を張った。
「受けよう、その決闘!」
団員たちは大混乱。
「え、え? どうしてロォサ様とアリオス様が戦うの!?」
「やめてください2人とも!!」
「ロォサ様ぁああああ!!」
私とアリオスは木の剣を構えて対峙した。
審判を務めるのはベスターニャだ。
「ほ、本当に始めるのですね。ロォサ様?」
「ええ」
きっと、これが最善の方法。
アリアスが武闘会に出れば負けてしまう。
会場には大勢の観覧客が来るだろう。そんな場所で負ければ大恥だ。
だから、
「約束してアリオス。この試合に負けたら、武闘会には出ないことを」
「……なるほど。そういうことか。君は優しいな」
「そ、そんなんじゃないわ! いいから約束して!」
「わかった。約束しよう。この試合に負けたら僕の領土から代表選手を選びます」
よし。
上手くいった!
「その代わり。君も約束して欲しい」
「え?」
「この戦いに僕が勝ったら、乗馬に付き合って欲しい」
「乗馬?」
「アーネスト高原は綺麗な野花が咲いているんです。一緒に見に行きましょうよ」
う!
そこは男爵のカベルとデートした場所だ。
うう、アリオスには彼のことは話していないからな……。
カベルのことを思い出すから、できれば行きたくないのよ。
「君だけが条件を提示するのは狡いよ。僕の条件も飲んでもらいます」
ま、勝つのは私だからな。
別にいいだろう。
「わかったわ! 約束する!」
ベスターニャは高々と掲げた腕を振り下ろした。
「始め!!」