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第4話 明るいランチ

 私が伯爵の屋敷に来た、その経緯を説明せねばなるまい。


 あの戦いから後日。

 国王から褒賞金が出た。

 

 ゴブリン討伐の活躍をしたからだ。


 城内は私の活躍に大絶賛。

 会議の時に私を笑っていた者たちは随分と罰が悪そうにしていたっけ。

 部下たちは、私のことを誇らしげに自慢した。


 これは結果論であって、私の目的は村人を助けることだった。

 村人を助ける為に早くに出撃した。それが功を奏して、戦いで活躍できたのだ。

 国に対する奉公と思えばそれでいいのかもしれないけれど。

 なんだか複雑な気分である。


 それに、村人を救ってくれたのはアリオス伯爵の活躍だ。

 彼がいなければ、今頃、20人の村人はゴブリンに殺されていただろう。


 あれから彼と顔を合わせたのは、報奨金を受ける授与式が終わった直後だった。

 なんとも気恥ずかしい、最高に気まずい空気。

 なにせ、泣き顔を見られた上に、彼に抱かれてワンワン泣いてしまったのだから。


 しかも、無視をするわけにもいかない。彼の行動は私を救ってくれたのだ。

 もしも、村人を助けられなかったら、私は、その罪の重さに生涯悩まされていただろう。


「あ、あの時は……。ありがとうございました」


 彼は、


「領主だから、領民を守るのは当然です。ははは」


 などと、私の気も知らずに呑気に笑っていた。


 戦いは私が専門なわけで。


 本来は、ゴブリン戦如きで領主を動かしていいわけではないのだ。


 しかし、


「今回は君のおかげで僕の領土が守れたよ。強いては特別にお礼がしたい」


 などと言うので、私は今、彼の屋敷の前に立っているのだ。

 勿論、激しく断ったのだけれど。

 どうしても、と言うので、仕方なくそうなった。


 しかも、


「鎧は窮屈でしょうから。私服で来てくださいね。お互い気楽にいきましょう」


 ということで、私服のスカートを履き、彼の屋敷にやって来た次第。


 本日は彼の家でランチを楽しむことになった。





 彼の屋敷は変わっている。

 一面、緑色。レンガが緑のペンキでも塗られていいるのかと目を疑うほどだった。


 よく見れば、植物がびっしりと生えているのだ。


 随分と綺麗に生えているので、そういった専門の植物なのだと思う。


 たくさんのメイドが私を出迎える中、彼は屋敷から出て来ていつもの人懐っこい笑顔を見せた。



「やぁ。よく来てくれたね」



 うう。

 どうやったらあんなに笑顔でいられるのだろう?


 私は万年眉間に皺があるタイプだからな。

 父親譲りの太い眉と合わさって、怒っているように見えるんだ。


 本当に、彼とは真逆の人間なのだと思う。


「や!? 私服のスカート。似合ってます!」


 う!

 この野郎。サラリと言いやがる。

 女には相当慣れているな。


 喜んでなんかやるもんか。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 定型文で返す。


 さっさと食事をして帰ろう。


「僕の両親は別宅に住んでてね。気楽な隠居暮らしなんだ。だから、今日は気を使う必要はないからね」


「そうなんですね」


 と、覇気のない受け答えとともに、植物に覆われた屋敷を見上げる。

 ここまでビッシリと緑色なのも珍しい。


「屋敷、変わっているでしょ?」


 うん。

 緑一色だもん。


 とは言えないわよね。


「……素敵な屋敷だと思います」


「ふふふ。僕のお気に入りなんです。あの緑はなんだかわかりますか?」


「うーーん。花の葉っぱとか?」


「苔です」


「こけ?」


「スギ苔を繁殖させたんです」


「へぇ……。じゃあ、ここは日当たりが悪いんですか?」


「ははは。苔はジメジメしてるイメージありそうですけどね。スギ苔は逆なんです。日当たりが良い方がよく育つんですよ。しかも、これは僕が見つけた新種の苔だったりします。日の光を吸収してわずかに輝くんですよ」


「へぇ……。だから明るく見えるんだ……」


「苔は空気を浄化したりもするんです。ほら息を吸ってみてください。すうーーっとね。いい匂いですよ」


 ふむ。

 すぅーー。


「……確かに。森林浴をしているような。いい匂いですね」


「そうでしょう。ふふふ興奮するでしょう?」


 興奮はしないな。


 変わり者だなぁ……。

 怪しい植物を研究してるって噂は本当だったんだ。


「そうだ! 僕のことは、アリオスと呼び捨てで呼んでください」


 いきなりだなぁ。

 そこまで親しくなりたいと思ってないのよね。


「伯爵様を流石に呼び捨ては流石にできませんよ。世間の目もありますしね」


 世間体を考えればわかるわよね?


「僕は気にしませんよ。ロォサ。敬語もやめて気軽にざっくばらんにいきましょう」


 う!

 このぉ。私はうんって言ってないのにぃい!


「ロォサって素敵な名前だと思います。ふふふ」


 向こうが呼び捨てでこっちが敬語なんて馬鹿らしいわ。


「じゃあ、アリオス、これ」


 そう言って、バスケットを渡す。

 中にはクッキーがたくさん入っていた。


「うわぁ美味しそう。ロォサが作ったのかい?」


「……ま、まぁね」


 半分はベスターニャに手伝ってもらったのよね。

 というか、クッキーを焼くのは初めてなのよ。


 手作りにしたのは、村人を助けてくれたお礼なのだけど……。

 言いそびれてしまった。


「では、これは食後の楽しみにしましょうか」


 こうして、私とアリオスの昼食会が始まった。


 それは豪華な料理の数々だった。

 肉、魚、野菜、どれをとっても一級品。


「凄い……。伯爵っていつもこんな料理を食べているの?」


「ははは。まさか。豚になっちゃいます。特別なお客様だからね。奮発しましたよ」


 ふふふ。

 本当に変わってるな。

 村人の女の子が、彼のことを「お兄ちゃん」と呼んでいたけど、なんとなく意味がわかる。

 言葉遣いはとても丁寧だけど、親みがあるんだよな。


 豪華な料理を食べながら、お互いのことを話す。

 どんな家柄で、どんな風に育ったか。


 彼は長男で、22歳。

 若くして家督を継いだものの、まだ独身らしい。

 変わり者だけれど、博識だ。

 領土経営の力が相当にあるように感じる。 

 地頭が良いというのだろうか?

 

 あのゴブリン戦の会議でもそれは証明されている。

 飄々とした雰囲気だけれど、彼は相当なやり手だ。


 小さな事件はメインディッシュが運ばれた時に起こった。


 中年のメイドは自慢げに話す。


「立派なオバケエビが手に入りましたので、一人一匹でお楽しみください」


 それは50センチを超える大きなエビだった。

 太さなんか私の腕より太い。

 硬い殻は茹でられて真っ赤である。


「僕はこれが大好きでね。君は、エビ、好きかい?」


「ええ。でもこんな大きなエビは初めてよ」


 ナイフとフォークが通らない。


 殻が硬すぎるんだ。

 どうやって食べるの??


「殻は手で剥いてね。手で掴んでそのまま身に被りつくんです。あぐ!」


 て、手で掴む?

 流石に行儀が悪いのでは?


「ふふふ。モグモグ。これはもう至福の時間」


「あなたのご両親もその食べ方をするの?」


「まさか。母は厳格だからね。こんな食べ方したら怒られちゃいますよ」


 やっぱり。


「でも、オバケエビはこうやって被りつくのが、あぐ! モグモグ。……一番美味しい」


 はぁ……。

 呆れた。

 本当に変わり者だ。


「あ、君のは、メイドに剥かせましょうか」


 と気を使ってくれた。


「いえ、結構です。せっかくのご馳走なんだから」


 一番美味しいっていうんならそうするわよ。


 私は素手でエビの殻を剥いて、そのまま手掴みで被りついた。


カブッ!


「モグモグ」


 うん! 

 確かに、


「美味しい!!」


「ふふ。ロォサ。君のほっぺに、殻、付いてます」


「あなただってアリオス。ほっぺに殻がくっ付いてるわよ」


「「 はははは! 」」


 と笑っていると、彼はしんみりと私の顔を見つめた。


「なによ。まだ殻が気になるの?」


「いえ」


「じゃあ何よ? あぐ! モグモグ。ふふふ。本当に美味しいわね。これ」


「…………」


「もぉ、何よ?」


「安心しました」


「何が?」


 彼はニコリと微笑んだ。



「笑うんですね」



 私の手は止まる。

 

 そう言えば笑っていた。


 カベルに婚約破棄をされてから、こんなに楽しく笑ったことなんかなかったっけ。

 元々、怒り顔の性質もあって、笑うことを忘れていたな。


 彼は楽しそうに私を見つめた。


「ふふふ」


「わ、私だって人の子よ。笑うに決まってるじゃない」


「素敵な笑顔です」


「!?」


 くぅうう!

 そういうセリフがサラリと出てくるんだから腹が立つわ!


 イケメンだからって、私の心は動かないんだから!!


 きっと、何人もの女を屋敷に連れ込んでるのね!


 今日だって、ランチだから来たんであって、ディナーだったら絶対に断っていたわ。


「ふん!」


「ありゃ? 怒らせてしまいましたか?」


「別に。怒ってません」


 そう言って、オバケエビに被りついた。



 こうして私たちの食事は終わった。

 なんだか、あっという間に過ぎたように感じる。

 悔しいけど会話は楽しい。

 女慣れしてると思う。クソ。


 食後。


 彼の用意したお茶と、私のクッキーがテーブルに並ぶ。


「ふむ。随分と歪なクッキーですね? でも半分は上手に焼けている」


「そ、その……。部下と一緒に作ったの」


「ほぉ」


 歪な形をしたクッキーは私が焼いた分だ。

 初めてにしては上手くできたと思うけど……。丸い形は一つもない。

 スライムのようなクッキーである。


「手作りなんて嬉しいね」


「その……。あの時、あなたには失礼なことを言ってしまったから……。そ、そのお詫び」


「お詫び?」


「ほら……。あの、会議が終わった時よ」


 私は彼にとんでもない暴言を吐いてしまった。



『あなたは黙っていてください! どうせ戦場には行かないんだから!!』



 皮肉混じりの最低な言葉。


「は、反省はしているの。本当に……。ごめんなさい」


「……気にしてませんよ。あの言葉がなければ、僕は人に任せていたと思う。指示を出して、兵隊に村人を助けるようにしていたよ」


「私のせいで、あなたは一睡もせずに現地に行ったわ」


「それが良かったんだよ」


「え?」


「兵隊に任せていたら、きっと間に合わなかった」


 確かに。

 ゴブリンの侵攻は予想より遥かに早かった。

 彼じゃなければ、あそこまで迅速な対応はできなかったかもしれない。


「君の言葉が村人を救ったんです」


 そう言われても、素直に喜べない。


「それに、僕も君に失礼なことを言ってしまった」


「……何か言ったっけ?」


 そう言えば、会議が終わった後。

 彼が私を呼び止めた言葉は、



『下手だな』



 だったわね。

 私はそれに腹が立ったんだったっけ。


「戦場は本当に大変な所でした。命懸けです。ゴブリンの奇襲に村人の女の子はワンワン泣いてね。あやすのに大変でしたよ」


「そういえば、女の子があなたに懐いていたわね」


「僕はあなたを軽んじていたのかもしれない」


 彼は突然、頭を下げた。





「申し訳ありません。失言でした」




 え?


「い、いいのよ! 気にしてないし!!」


「あなたに失礼な発言をしてしまった」


「わ、私の方こそ、ほ、本当にごめんなさい」


 彼はニコリと笑った。


「じゃあ、お互いにスッキリしましたね」


「……そ、そうね」


「「 はははは 」」


「ではクッキーをいただきましょう」


「ええ……」


 うう。

 なんだか、アリオスのペースにハマっている気がする。


「さぁて、どれがロォサの焼いたクッキーかな?」


 ドキッ!!


 うう……。


 どうしよう。

 言うべきか隠すべきかぁ……。

本日連投します。

ブクマしてお見逃しなく。

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