第3話 素敵な太陽
「「「 朝3時の出撃ぃい? 」」」
と20人の部下たちは目を丸くした。
ややぽっちゃり体型のベスターニャは眉を寄せる。
「予定では5時出発ですよ? 2時間も早いです」
「どうしても早く出たいんだ。頼むから協力してくれ」
「暗い夜道を馬で走るのは危険です。ましてや武装しているのですよ。重い荷物を持ったままとなると余計です」
私は地図を指差して説明した。
「ここに20人の村人がいる。なんとしても助けてあげたいんだ」
彼女らは私の説明に同調してくれた。
「それなら仕方ないわね」
「人助けとは、流石は団長だ!」
「がんばって早起きしないとね!」
誰一人として文句を言わなくなった。
ありがとう、みんな。
村に到着するのは10時ごろ。
ゴブリンとの決戦は12時予定だから2時間は余裕がある。
なんとかその間に避難させるんだ。
しかし、私の思惑は打ち砕かれた。
村の近くに辿り着くと、そこは火の海になっていたのである。
「どうして!?」
高台を見ると何者かが火の付いた矢を放っていた。
その背は子供のように小さく、全身は青い肌。
耳は尖り、目は吊り上がっていた。
ニヤリと笑うと尖った歯が見える。
「ゴブリンだ!」
自国であるアーネストの尖兵が高台を占拠しているはずなのに!?
「団長! みんな殺られています!」
ゴブリンの進行が早かったのか!?
本軍が到着するには、あと2時間はかかるだろう。
ゴブリンを倒して消火するには時間がかかり過ぎる。
あの炎の先には20人の村人がいる。
助けに行きたいが、まずはゴブリンの駆逐が先決だ。
「 薔薇騎士団!! 戦闘開始ぃいいいいッ!!」
私の号令で部下たちが雄叫びを上げた。
けたたましい蹄の音が鳴り響く。
跳ね上がる土と、燃え盛る森の焦げた臭いが鼻腔をついた。
今、戦いが始まったのだ。
5時間が経った頃。
ゴブリンは駆逐された。
森の火を消したのは、アーネストから送られた魔法使い。
黒焦げになった木の枝は、霜が付いて白くなっていた。
氷魔法で消火をしたのだろう。
森を進むと大きな樹木が3本立っていた。
根本には大きな穴が空いていて、人が住んでいた形跡がある。
「ここに……」
20人の村人が住んでいたんだ。
穴の中は丸焦げで、真っ暗。
見渡しても人の気配はなかった。
ふと、足元にある遺物を拾い上げる。
それは焼け焦げた女の子の人形だった。
「子供がいたんだ……」
きっと、女の子。
ああ、助けられなかった……。
涙がポタポタと落ちる。
人を守るために騎士をしているというのに……。
私はなんて無力なんだ……。
「ごめんね」
私は人形に謝るとその場を去った。
「いやぁーー、流石はロォサ騎士団長だなぁ! 今回の活躍は凄まじい! 圧勝できたのは貴女のおかげですよ!!」
と、喜ぶのは第二騎士団長のベレーギン。
顎髭が特徴の明るい男だ。
「まさかゴブリンの進行がこんなに早いとは誰が予測したでしょうか! 貴女が早くに現場に来てくれたおかげで、アーネストの不利が逆転しましたよ! 流石です!!」
怪我の功名か……。
本当の目的は達成できなかったがな。
幸いなことに、我が 薔薇騎士団に死者はいない。
軽い傷だけで済んだのは、日頃の訓練の賜物だろう。
私たちはアーネストに帰る道を進んでいた。
もう暗いな。
「今日は野宿をして、明日、アーネストに帰ろう」
と、野営の場所を探していると、開けた場所に明かりが見えた。
きっと、後衛の騎士団が野営しているのだろう。
その隣りで野営をさせてもらおうか。
私が馬を降りると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「やぁ」
え?
この声……。
眼前に立っていたのはアリオス伯爵だった。
太陽のような、満面の笑みを浮かべている。
しかし、その前身は煤まみれで真っ黒だ。
「ど、どうしてあなたが?」
「ははははは」
いや、笑ってないで答えてよ。
その時である。
「きゃははは!!」
彼の後ろに、笑いながら走り回る小さな女の子がいた。
え?
子供??
アリオスは結婚していたのかな?
いや、でも、自分の子供をこんなところに連れてくるわけないわよね。
彼は照れくさそうに頭をかいた。
「戦いが終わりましたらね。伯爵はいつも屋敷で結果報告を聞くだけなんです。いつもは戦場には出向かないんですけどね」
「え?」
「君に言われてね。はっとしたんですよ」
「え? え?」
混乱する。
彼の後ろには家族が立っていたのだ。
その数20人はいるだろうか。
「そ、その人たち……。ま、まさか……」
アリオスの後ろから、村長らしき老人が顔を出した。
「わしらはアリオス伯爵に助けられたんじゃよ。馬車を4台も出してくれてのう。本当にお優しい伯爵様じゃ」
し、信じられない。
「お兄ちゃんが私たちを助けてくれたんだよ」
「これ、お兄ちゃんじゃありません! 伯爵様です!」
ああ……。
子供が助かっている。
アリオスは照れくさそうに笑った。
「みんな無事です。安心してください」
ジワリと目頭が熱くなる。
凄く安心してる。
同時に混乱してわけがわからない。
だって、2時間も早く来た時には火の海だったんだから。
つまり、ゴブリンの攻撃はもっと前から始まっていた。
わ……。
「私より、早く着いたってこと?」
「ははは。夜道はスピードが出せませんからね。到着するのに10時間以上もかかっちゃいました」
「か、かかっちゃいましたって……」
もしかして、
「あの会議の後、直ぐに?」
「ええ。馬車の準備をして出ましたよ。もっと早くに到着する予定だったんですけどね」
「…………」
「おかげで、この有様です」
そう言って、煤汚れた体を見せる。
「護衛の準備は最小限でしたからね。逃げるので精一杯でしたよ。ははは」
呑気に笑ってる。
「ねぇお兄ちゃん抱っこして」
「これ、伯爵様になんてこと言うんだい」
「ははは。いいよ。それ!」
「きゃはは!」
彼は女の子を抱っこして笑っていた。
会議の後に出発したってことは……。
「ね、寝てないですよね?」
「……別に、1日くらいなんともないですよ」
「戦場に寝不足で行くなんて自殺行為です」
「戦うつもりはありませんでしたからね。僕はあなたと違って勇敢ではありませんから」
私が言ったことを気にしているんだ……。
あの時の、
『あなたは黙っていてください! どうせ戦場には行かないんだから!!』
皮肉まみれのあの言葉。
彼はそのせいで寝ずに馬車を走らせて、村人を助けてくれた。
私は混乱していた。
村人が助かって嬉しい気持ちと、皮肉を言ってしまった申し訳ない気持ち。
そして、彼に対する感謝の気持ちが入り混じる。
どれから伝えていいのかわからない。
そんな時に、彼はニコリと微笑んだ。
「怪我はありませんか? ロォサ騎士団長」
私の中で何かが弾けた。
張り詰めていた気持ちが崩れる。
複雑な感情が雪崩の如く押し寄せた。
気がつけばボロボロと涙を流して泣いていた。
「や!? これは!? 怪我が痛むのですか? ロォサ騎士団長!」
「私は大丈夫。あなたの方こそ、そんなに煤汚れて……。うう……」
もう、彼を気遣う労いの言葉すら出てこない。
ただ、混乱して、ボロボロと泣いてしまう。
「うう……。あ、ありがとうございます。村人を助けてくれて」
彼は私に近寄って、泣き顔を腕で覆った。
まるで、周囲からその涙を隠すように。
「あなたがご無事でなによりです」
彼の優しい言葉で、私の嗚咽は更に増した。
ああ、もうわけがわからない!
なんでこんなに泣けるんだ!!
男の前でなんか、1度だって泣いたことがないのに!
ぎゅっと、彼は私を抱き寄せた。
胸が熱くなる。
悔しい!!
ああ、また泣けてきた!!
もう、わけわかんないぃーーッ!!
◇◇◇◇
数日後。
私は大きな屋敷の前に馬車を停めた。
馬に乗らなかったのはスカートを履いているからである。
ああ、
「来てしまった……」
バスケットには手作りのクッキーが入っている。
村人を助けてくれたお礼だ。
それを渡すために来たのだ。
ここは、アリオス・アポロンダル伯爵の屋敷。