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第二話 紅蓮の姫

「紅花、おい紅花」


私は仲間に肩をたたかれ起こされた。私が目を開けると


「紅花、どうしたんだお前が寝るなんて珍しいじゃねぇか。疲れてんのか?」


深紅の羽織を着た男が軽い口ぶりで言った。


「えぇそうかもしれないわね。でも助かったわ、あの日の夢はあまり好きじゃないの」


紅花。それはあの日彼が私に付けた名前。


あの日以来私は自分の名を捨てた。故郷での名前はもう誰も知らない。


「そうか……そりゃ俺はいいことをしたな。隊長を悪い夢から覚ましてやった。まるで王子様みたいじゃないか」


男は大げさな身振りと無邪気な笑顔を向けてそう言った。


「そのことについては礼を言うわ。だけど私は隊長じゃない。隊長はあの人……私が隊長になることは絶対にない」


私は焚き火を見つめながら、あの日私を連れて行った青い目の人のことを想った。


「んなこと言ったってあいつはもういないんだから、お前が隊長をやるしかないんだよ」


男は私にあきれながら言った。


「私は……」


と言葉を続けようとしたとき


「奴らだ!黒の月が攻めてきたぞ」


仲間が声を上げるのが聞こえた。私はすぐさま臨戦態勢に入り兵士に指示を出す。


「慌てるな!体制を整え迎え撃つ。武器を持って配置に付け!」


兵士たちは素早い動きで配置に着く。


 この場所での戦闘を想定し、あらかじめ陣形を伝えておくことで、迅速な対応ができる。


「じゃ俺も行くかな、頼りにしてるぜ紅花」


隣でしゃべっていた男は走り出した。私は銃を構え集中する。敵の気配を探り確実に仕留められるように。


「向こうか……」


 私は駆け出した。敵の人数、陣形、指揮官の位置。私にはすべてわかる。この隊の隊員たちは複数人で行動するようにいつも念を押しているが私は別だ。


軍隊において指揮官を殺せば指揮系統が乱れ、隊はバラバラになって壊滅する。


私は真っ先に指揮官を殺しに行く。そうすればこちらの被害は少なくて済む。


それに私は一人の方が自由に動ける。仮に私が死んでもこの隊を指揮しているのは私ではない。


「今回の敵の人数はおよそ四十、いつも通り私が敵軍の指揮官を殺しそのまま中に潜り込む」


私は戦場の様子を無線を聞いている仲間に伝える。


「了解」


 私は仲間の返事を待たずに銃声を響かせる。真っ黒な軍服を着た男の頭を打ち抜き、敵の隊に潜り込む。


「な……なんだこいつ?!どこからっ」


敵の一人が声を上げる。その直後私はその男の頭を吹き飛ばした。血しぶきが舞い、私の羽織に返り血が付く。


「ま……まて、おまえは……その紅い目はまさか……紅蓮の姫!」


私の紅い目と深紅の羽織が彼らを地獄へといざなうとして、私は彼らにそう呼ばれている。


私は銃から短刀に持ち替え敵をなぎ倒していく。


至近距離では銃よりこっちの方が扱いやすい。


奴らは指揮官を失い、体制を立て直すこともなく、ただただパニックになり銃を振り回し撃ちまくる。


戦場を自らの血で赤く染めていくその様子は彼らにふさわしい。


『ここまで統率が取れなくなったらもうこの軍は壊滅する』


私は飛び交う銃弾を避けながらパニックになって、統率の取れていない軍を抜け出し遠くから様子を見る。


『おかしい……いつもなら各々の判断でこの軍を殲滅しに来るはず』


私はいつもと違う様子に違和感を覚えた。


無線に手を当てようとするとノイズが聞こえてきた。


「どうしたの?なにかあったの?」


私は無線の向こうの仲間に問いかける。


ノイズが聞こえるばかりで返事は帰ってこない。


「聞こえてる?返事をして!」


私はさらに呼びかける。


「や……げ……ろ」


かすかに無線から声が聞こえた。私を隊長と言った声だ。


「なに?どうしたの?状況を説明して!」


私は声を荒げて問う。耳を澄ませ無線の声に耳を傾ける。


「にげ……ろ、こいつは……や……ばい」


「は?」


私は彼が何を言っているのか分からなかった。


『にげろ?やばい?何が?私は向こうの軍を壊滅に追い込んだ。後は皆で殲滅して終わるだけだったはず……いったいどういうこと?』


考えを巡らせる私の背後に誰かが立っている気配がして、反射的に体を動かした。


水平に振られた刀をよけ前方へ飛ぶ。体を反転させて後ろを振り向き、私は銃を構えた。


「誰だ!」


私はそいつに問いかけた。


他の敵と同じく真っ黒い軍服を着ていたがそいつは他のやつとは明らかに違っていた。


至近距離に来るまで私が視ることが出来なかった。


「へぇ……今のをよくよけたね。すごいよ」


パチパチと手をたたきながら男は笑った。


「誰だと言っている」


私は銃をそいつに向けながら観察した。


見たところ年は二十後半、背丈はそこまで大きくないがまとっている雰囲気が異常だ。


濃い血の匂いが男から漂ってくる。


「あぁごめんよ。自己紹介がまだだったね。私の名は紫黒。この世を黒く染める黒の月の統率者だ」


手を大きく広げ、見下すようにこちらを向く。


帽子で隠れていた紫の目が私の視線と交差する。


「なん……」


私はやつの目を見て言葉を失った。三年前、あの人を殺したあの目。


『逃げなきゃ』


そう思ったが体は言うことを聞かない。


足の指でも手の指でも少しでも動けばこの体の硬直は解けるはずなのに、全く動かせない。


『なんで……』


私は茫然とするしかなかった。


「あれ?君はどこかで見た気がするなぁ」


やつは私の顔をよく見ようと近づいてくる。二歩目を踏み出した時、やつの背後から銃声が聞こえ、頬に傷をつけた。


「ん?」


男は首を傾げ背後を振り向いた。


「おい紅花……なに……してんだ」


 無線の向こうにいたはずの男が血みどろになりながらそこに立っていた。返り血ではなく自身の血で赤黒く染まった羽織をはためかせながら。


「君……?その出血量でよくここまで来たね。もう死んでいてもおかしくないよそれ」


男は笑みを浮かべた。


「あぁ……俺もなんで死んでねぇのかわかんねぇよ……でもてめぇの顔は覚えている。あんたはあいつを……蒼月を……。ハハッ、二度も俺たちの隊長を殺されるわけにいかねぇんだよ……」


息を切らして目も虚ろになっている。傷口を左手で抑えながらももう片方の手で銃を構える。


「隊長?」


やつは首をかしげる。


「その羽織……あぁ、あの青くきれいな目をした男のことか。もう一人は……この子か?」


やつは彼の羽織をちらっと見てから私を見つめる。


「あぁ……そうだ……てめぇには殺させねぇ。おい!紅花!おまえなにしてんだ?!さっさと逃げろ!ぐっ……」


傷口から血が流れ出る。いつもは軽く無邪気な口調で私としゃべるのに今はきつく私を鼓舞するように叫ぶ。


彼の叫びで指先が動く。体も動かせるようになった。でも……


「でも……!」


彼らをおいていけない。私は仲間を置いて自分だけ逃げるなんて出来ない。


「でもじゃねぇんだよ!おまえが生きてりゃこいつはいつか殺せんだ!蒼月が言ってたんだよ。おまえが黒の月を止めるカギだって!分かったらさっさと行け!蒼月の想いはおまえが受け継ぐんだ!」


彼は必死で私に訴える。


その様子は普段の彼とは似ても似つかなかった。


「ハハッ、なんだい?それ?そんなの聞いたらこの子を殺すしかなくなるじゃんか」


やつは不気味な笑みを浮かべながら私の方を振り向きこちらに駆け出そうとした。彼は引き金を引き、男の足元に弾丸を放つ。


「行かせねぇって言ってるだろ」


左頬の口角を上げて笑いながら彼は片手で銃口を紫黒に向ける。


「チッ……邪魔くさいなぁ」


やつは方向転換し彼の方へと走り出した。


「まって!」


私は声を絞り出す。


「じゃあな紅花……生きろよ」


彼は最後にその言葉を残し、男の刀に貫かれた。


「紅……月……」


 私は彼に手を伸ばし嘆いた。だけどそんな暇はない。


彼の言葉を思い出し、私は後方へと駆け出した。深い森の中、やつをまくために全速力で駆けた。


「紅月、それが君の名か。覚えておくよ、君は私に傷を負わせたんだからね。さてと……あの子のとこに……」


紫黒は刀を抜いて紅花を追いかけようとしたが、紅月の腹から刀を抜くことが出来なかった。


「ん?なに?」


紫黒は一瞬動きを止めた。


「ぐっ……ハハッ……そんな傷じゃ……足りねぇだろ?持って行けよ……」


紅月は刀を手で握りしめながらにやりと笑った。紅月の腹に括られた爆弾が紫黒を巻き込み爆発を起こした。


 あたりに爆音が響き渡る。私はその音を聞き、足を止めた。さっきまでいた場所が炎に包まれ赤く染まる。


「こう……げつ……紅月ぅぅぅぅぅ」


嘆いている暇はない、分かっている。ただ少し立ち止まるのを許してほしい。





 炎に包まれた森の中、紫黒は一人たたずむ。


「チッ、最後まで邪魔しやがって。う~ん?ここまで離れたらさすがに追えないな」


軍服を少し焦がした紫黒は、紅花が向かった方向を見て言った。


「まぁいい。次会ったときに殺せばいいだけだ」


紫黒はくるりと回り紅花が向かった先と逆方向へと、鼻歌を歌いながら歩いて行った。

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