花澤さんが書いた恋愛小説の登場人物のモデルが、どう見ても僕と花澤さんなんだけど!?
「お、小野くん、これ、新作の原稿です。……読んでもらえるかな?」
「うん、拝見します」
斜めに陽が差す放課後の図書室。
そこで僕は、クラスメイトの花澤さんから小説の原稿を手渡された。
今から一ヶ月ほど前、花澤さんが図書室で小説を書いているところを偶然見掛けた僕。
元々本の虫だった僕は、すぐに花澤さんと意気投合した。
それ以来、花澤さんが新作の小説を書くたび、こうして僕が最初の読者になって感想を言うのが恒例になったのだ。
花澤さんと過ごす放課後のこの時間は、今や僕にとってかけがえのないものになっていた。
「あれ? 今回は手書きなんだね?」
いつもはプリントアウトした原稿なのに、今日のは珍しく手書きだった。
花澤さんの字、凄く綺麗だな。
「う、うん、ちょっといろいろあって……」
「そうなんだ。じゃあ、早速読ませてもらうね」
「よろしくお願いします!」
ペコリと丁寧に頭を下げる花澤さんに軽く頷き返すと、メガネをかけて原稿に目を落とす。
さてと、今回のはどんなお話かな――。
「これ、新作の原稿です。……読んでもらえるかな?」
「うん、拝見します」
斜めに陽が差す放課後の図書室。
そこで私は、今日も君に小説の原稿を手渡した。
「あれ? 今回は手書きなんだね?」
「そ、そうなの。今回はどうしても手書きにしたくて」
「そっか。では早速読ませてもらうね」
「よろしくお願いします!」
ニッコリと優しく微笑み掛けてくれたかと思うと、すぐに真剣な表情になって原稿を見つめる君――。
その凛々しい横顔に、私はいつもドキドキさせられているのを、君は気付いてるのかな……?
……ん?
何だかこの冒頭、今の僕らのシチュエーションに似てないか?
しかもこの主人公の女の子、相手の男の子に、こ、恋してる感じじゃない……?
思わず花澤さんのほうを窺うと、花澤さんは頬を赤く染め、もじもじしながら俯いていた。
……まさか、な。
ま、まあ、とりあえずもう少し読み進めてみよう。
案の定、程なくして君は露骨に狼狽えた素振りを見せる。
そりゃそうだよね。
明らかに自分たちをモデルにしたと思われるキャラが小説に出てきて、しかもそれが恋愛小説っていうんだから。
こんな遠回しな告白方法、本当は卑怯だってよくわかってる。
でも臆病な私には、この方法しか思いつかなかったの。
どうか許してください。
こ、告白!?!?
確かに告白って書いてあるよねこれ!?!?
念のため何度もその部分を読み返すも、どう見ても『告白』と書かれている。
チラリと横目で花澤さんを窺うと、花澤さんはさっき以上に耳まで真っ赤にして、滝のような汗を流していた……。
これは……!
い、いや、待て待て。
まだそう決めつけるのは早いぞ僕。
もう少し。
もう少し読み進めてから――。
私が初めて君を意識したのは、今から二ヶ月くらい前。
放課後の図書館で本を読む君を見掛けた瞬間、私の心臓がドクンと大きく跳ねたのを今でもよく覚えている。
普段はメガネをしてないのに、本を読む時だけメガネをかけているというギャップ。
そして華奢な体型とは裏腹に、ページをめくる指はゴツッとしていて、やっぱり男の子なんだなと思ったら、余計心臓の鼓動は早まった。
しかも読んでる本が『ドグラ・マグラ』!
普通の高校生が読む本じゃないよね!?(私は大好きだけど)
私の目は、すっかり君に釘付けになった。
何とかして君と話す口実を作りたかった私は、いつもは家でしか書いていなかった小説をわざと図書室で書いて、君に気付いてもらえるのをずっと待っていたの。
一ヶ月くらい前、初めて君が私が小説を書いていることに気付いて話し掛けてくれた時は、嬉しくて心臓が止まっちゃうかと思った。
そうだったんだ……。
まさかそんな前から見られてたなんて、全然気付かなかったな。
そーっと花澤さんを窺うと、両手で心臓を押さえながら、祈るような顔でハァハァと唸っていた。
受験の合格発表を今か今かと待っている人みたいだ……。
こ、これはあまり待たせるのは悪いな。
早く最後まで読もう。
君ももう完全に確信したよね、これが私からの遠回しなラブレターだって。
本当はちゃんと自分の口で言わなきゃってわかってるんだけど、どうしても勇気が出なくて……。
でも君のことを好きだって気持ちだけは、正真正銘本物です。
私は君のことが、ずっと大好きでした。
もしよかったら、私と付き合ってください!
返事を君の口から直接聞く勇気はないから、もし返事がイエスなら右手で、ノーなら左手でメガネを外してくれないかな?
よろしくお願いします。
かしこ
「フー」
花澤さんの小説――いやラブレターを読み終えた僕は、大きく一つ息を吐いた。
心臓が自分のものじゃないみたいに、ドクドクと早鐘を打っている。
そりゃそうだよな。
こんな真剣な告白をされて、ドキドキしない男なんていないだろう。
――だからこそ、僕も真剣に返事をしなきゃな。
「――花澤さん」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
ビクンと大きく跳ねて、ぎこちなくこちらを向く花澤さん。
その顔は、今にも泣き出しそうだ。
そんな花澤さんに対して――。
僕は右手でメガネを外してみせた。
「――!! あ、ああ……、小野くん、本当に? 本当なの小野くん?」
花澤さんは大粒の涙を零しながら、口元をわなわなとさせている。
「うん、こんな僕でよかったら、これからよろしくね、花澤さん」
「う、うわああああああん!!! 小野くん大好きだよおおおおお!!!!」
「ちょっ!? 花澤さん!?」
花澤さんは号泣しながら、僕にギュッと抱きついてきた。
あんな遠回しな告白をした割には、意外と積極的だね???
「図書室ではお静かにッ!」
「「あ、すいません……」」
図書委員の先輩に叱られ、途端に我に返った僕たち。
花澤さんと目を合わせると、堪えきれずお互い吹き出した。
お読みいただきありがとうございました。
普段は本作と同じ世界観の、以下のラブコメを連載しております。
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