(前略)追放された商人だけど(中略)もう遅い(以下略)
「え? 冗談だろ? 俺はまだまだ、お前らについていけるぞ!?」
俺は商人だ。
魔王を倒す勇者パーティの仲間で、パーティ結成当初からいた古参。
だが戦士は言う。
「お前の戦闘力じゃ、もうここからは無理なんだよ」
「待てよ。魔法使いも僧侶、スカウトも、同じ意見なのか!?」
皆に意見を求めると、皆が俺と視線を合わせずに、肯いた。
「お前の力ではここからは無理だ。だから後は、俺たちだけで行く」
「お前は地元に帰って商売でもしていろよ」
「お前ら、なんだって今更そんなこと言うんだよ! お前たちの装備だって、軍資金だって、人間の各勢力をまとめるカネだって、今まで全部俺がなんとかして来ただろうが!」
「それはありがたいが、もうフェーズが変わった。『戦えないお前』は、もう戦場では用済みなんだよ」
「足手まといについてこられたら困る。お前の護衛や、お前を助けるために戦力を割いていられる期間は、もう終わりなんだ」
「だからお前は地元に帰って商売をやれ。そうすりゃ死ななくて済む」
「待てよ。それが……俺が今までこのパーティに、どれだけ貢献してきたか知ってるだろ!?」
「今までの貢献は知っているし、ありがたい。だが、もう『今後の貢献』を考える時に来ている。正直……お前はもう邪魔だ」
「それは皆の総意なのか!?」
勇者、戦士、魔法使い、僧侶、スカウト。皆が少しした後、肯いた。
俺は今までの全てを否定された気分になった。
頑張って台所事情をやりくりし、生活費をなんとかし、カネを稼ぎ、高価な装備を手に入れ、賄賂なども手渡してきた。そんな俺の役割を、誰一人として評価していないのか!?
「もういい! 俺の方からこんなパーティ抜けてやる! 後は知らねーからな!」
*
あれから二年が過ぎた頃だろうか。
あの後、ほどなくして魔王は「勇者パーティ」に打倒され、世界は平和になった。
そう。こうなった時こそ、商人である俺の働きどころだ。
『もと勇者パーティ』の看板は顧客にとって魅力的だった。
俺は数々の国と貿易をし、産業を栄えさせた。
貧困地方には俺の弟子を送り込み、農業や牧畜、加工業などの基礎を教えている。当然、ロイヤリティは俺の元に入る。
無敵。
まさに無敵だった。
魔王なき今、復興でカネは幾らでも入る。
当初は手持ちのカネなどなかった俺が、商人として、これだけの規模で活動できる。こんなこと、かの勇者御一行も想像してなかったんじゃなかろうか。
そんなある日。俺がいつもの業務をしていると俺の部下が興奮しながら部屋に入ってきた。
「すんません、旦那。最近『もと勇者パーティ』ってのが凄く盛り上がると思ったら、なんとなんと、新しく本が出版されていました」
「本?」
「魔王を倒す勇者御一行の人が書いた物語なんですけど……旦那、バッチリ物語に描かれていましたよ。いやぁ、私も鼻が高い」
あの勇者……俺を追放したヤツらが書いたという、ちょっと気になる本だった。
「なあ、その本。貸してくれないか?」
「いいですよ」
俺はその日の仕事も忘れ、その本を読みだした。
そう……始まりは、魔王に怯える村の中の、勇者のアイツが一人旅をしているところからだ。
カネも実力も社会経験もなく、なんとか城へ辿り着くも、宿に泊まるカネもなく路上で寝ていたアイツ。
そんなアイツに声をかけたのは……俺だった。
本の中では「偶然声をかけられた」的に書かれていたが……実際は違った。よく憶えている。もしアイツがカネを持っている酔っ払いなら、財布でもスッてやろう、ぐらいに考えたのだ。
だが話しているうちに、アイツの瞳に負けた。
『平和な世の中にしたい!』
その一言が、一番刺さったのは、憶えている。
だがそんな意気込みだけではどうしようもないと提言したのも、本の中の俺だった。
しかしアイツは言う。『この城に、戦士として勤めている幼馴染がいる。彼の力を借りれば、戦力は大幅に上がる!』
そうだった。確かにそんなことを言っていた。だが城勤めの戦士が急にフリーランスになるなんてことはないだろうと俺はたしなめたのだが……実際、アイツの幼馴染の戦士は、アッサリと仕事を辞め退職金でアイツはおろか俺の装備まで買ってくれたんだった。
だが若造に出る退職金などたいした額ではないので、じきに生活費に支障をきたす……そう分析した俺たちは、危険な森の中などに分け入っては薬草や毒消し草などを採取しては……街で売るようになった。
当初は街の道具屋と険悪になったが、それはすぐに終わる。採取は俺たちのチームが行い、販売は今まで通り道具屋が行うことになったからだ。
そして俺たちの採取してくる物は、段々とレアな物が増え、なんとか生計を立てることができたし、余剰のカネも多くなった。
これだけカネがあれば万全だ。『次の街へ行こう』アイツは言った。
……そうだ。昔はこんなことがあったんだ。それが、仲間が増えるにしたがって、いつのまにか俺の居場所は小さくなっていったのだ。
ペラペラとページをめくっていく。
『商人との別れ』
という章があった。
俺はその章を、食い入るように読み始めた。
*
魔王を倒した勇者は今、ある国のお城にいるらしい。
俺はしばらくの間の仕事は部下に任せて、その国に行った。
当初は門前払いだったが、名乗り、勇者へとその名前が教えられると、俺は城の中に通された。
豪華な一室。使用人も二人いる。
その中で椅子に座り、目を閉じ、色々なチューブが身体に張り付いている姿を、俺は見つけた。
「お、おい、お前……?」
すると彼の顔が、明るくなった。
「商人の君かい? 久しぶりだね!」
「目、悪いのか? 足も……」
「戦いで両目を失った。片足もね。実は右手も義手だ。内臓もやられていて、この魔法の道具からチューブで流れてくる魔法を浴びていないと、すぐ死んじゃうらしい」
「そ、そんな……」
「君の活躍は聞いているよ。戦後復興で大活躍らしいね」
「……。戦士とか、どうしてるんだ?」
「この城の地下に慰霊されている。死んだよ。首を刎ねられ、身体も原型を留めていなかったが」
「魔法使いも僧侶もスカウトも!?」
「禁呪法を何度も使ったからね。魔法使い組も死んだ。スカウトは生きてるが……僕と似たような状態だと聞いたな」
「なあ。あの時、俺をパーティから外したのって、こうなるのがわかってたからか?」
「そうだね。君は戦いの訓練をあまり積んでいない。あのまま連れてけば、真っ先に死ぬのはわかってた……むしろ君の活躍場所は市場だろうし、戦後復興の今だろう」
「お前、なんだって、そんな貧乏くじ引くような真似を……」
「僕が……僕らが戦いしかできないからさ。でも君は……違うよね? そう、僕らの中で経済に詳しいのは君だけだったんだ。だから戦後復興に必要だと思った」
「なんだか俺だけ、命かけてないみたいじゃないか……。正直言うと、パーティを外された時、そして俺が『あの本』の中でお前たちが凄く俺のことを評価してくれたのを知った時……泣いたよ。最初は悔しいと思ったが、本を読んだ後は『俺は皆に必要とされていたんだ』って、本気で思えた。こんなことならもっと早く会いに来るべきだったんだが……もう遅いんだな……」
「僕らのパーティで君を嫌ってる人間なんていなかったさ。ただ適材適所。君は命のやり取りをする人間ではない。商売をやって、初めて世界中に貢献できる人間だ」
「そう、なんだろうか……」
「さて。僕の命も、長くはない」
「え!?」
「わかるよ。魔法はどんどん効かなくなっているし、本来死ぬくらいの人間を無理やり延命させているだけだから。だから商人の君……お願いだ。僕たちは『平和』を創った。君は『繁栄』を、そう、世界中に作って欲しい……無茶な願いかな?」
「いいや、それは俺が金儲けをしているうちに、勝手に起きる現象だと思う。だからそれは任せてくれ」
「そうか。ありがとう」
「一つ。……お前と会ってさ。これから死んでいったパーティの皆の、私生活やらエピソードを本にして出版しようと思うんだ。いいかな?」
「ふふっ……それ売れるのかい?」
「わからないけど。それが俺の使命な気がするんだ」
それより長くの時間を経て。
商人の戦後復興は誰からも称賛されることになる。
当時、勇者パーティの私生活やエピソードをまとめた本は出版され、そこそこの売り上げを記録したが、後の戦史家たちには見向きもされない。
それでも、商人は『俺の最高の偉業は、その本を書いたこと』と言って憚らなかったと言う。