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神の怒りに触れた一族の末路

作者: 恋いなり

初めまして、恋いなりです。

ホラーチックな小説は初めてですが

良かったら評価ボタンをお願いします\( ˆoˆ )/

 今から約500年前の出来事。

仏様の前で強く願うと願いを叶えてくれる奇跡の寺があると言われていた時代––––。


「……あぁ、やっと見えてきたな」


 現在の時刻は丑三つ時。

辺りは真っ暗闇に加え、叩きつけるような暴風雨が周辺地域を襲っていた。


 そんな悪天候の中、必死に長い木の棒を杖代わりにして一歩ずつ前へ進む30代前半くらいの若い男がいた。

男の肌は赤黒く日に焼けており、着物は色褪せて裾の部分がボロボロになっている。更には足の爪が剥がれ、(すね)や腕には細かい傷が沢山付いていた。


「ハァハァ……ここまでたどり着くのに一ヶ月も掛かってしまった。

途中、野生動物や野盗にも襲われそうになったが、どうにか生きたままここに来る事ができた。噂が本当なら、どうか俺の願いを叶えてくれ」


 男はゼェゼェと息を切らしながら、階段上を見上げた。

もうすぐで目的の寺に到着する。後もう少しの辛抱だと自分を鼓舞しながら、一段ずつ石造の階段を這いながら登っていった。


「あぁ、くそ……身体が不自由じゃなきゃ、こんな惨めな思いをせずに登れるっていうのに!

何故、こんな身体になってしまったのだ!」


 男はいう事をきかない身体に苛立ちを募らせながら一段ずつ登っていく。

服や身体が汚れようが関係ない。自分の目的を果たせるのであればそれでいいのだ。


「やった……ようやく天辺まで辿り着いたぞ」


 階段を登りきり、そのまま這いながら境内の一番奥にある仏殿へ入ってみる。


 一番最初に感じたのはほのかに香る線香の匂いだった。

そして、蝋燭の火を消したような匂いも漂っている。


 次にジッと見られているような感覚がした。

だが、不快な感じはしない。むしろ長旅を労ってくれているかのような視線を男は肌で感じたのであった。


「ここが……噂の千手観音像が祀られている寺か」


 蓑でできた雨具を脱ぐと男の顔が露わになった。

男の頬には刃物で切ったような小さな切り傷があり、切長の黒い目。そして、この時代では珍しく長い髪は後ろで纏められていた。


「ハァハァ……左半身が動かないのがこうも辛いとは。

毎日、刀を打っている俺でも疲れてしまったな」


 無礼と承知で大の字で寝転がった。

長旅の緊張からようやく解放された男はフーッと息を吐いて目を瞑る。


 ……どの医者も使い物にならなかった。

山の泥水をすすりながらここまで来たんだ。どうか俺の願いを聞き届けてくれよ? 仏さんよぉ……!


 男は心の中で悪態をつきながら右手を支えにゆっくりと上体を起こした。

そして、本尊である千手観音像の前で額を床に擦り付け、仏殿にビリビリと反響するような大きな声で自分の願いを口にし始めたのであった。


「仏様、お願い申し上げます!

私は刀鍛冶を営む一族の長、堀部虎徹と申します!

私は一週間程前に謎の高熱にうなされた結果、このように左半身が動かないようになってしまいました! このままでは家族を養ってはいけません! どうか……どうか、この私に貴方様の手を一本、貸していただけないでしょうか!?」


 顔面の左側も全く動かす事ができないので、滑舌が悪く以前のようなハキハキとした口調で喋れないのが苦痛でしかない。


 その証拠に願いを口にしている途中で、悔しさに似た感情が胸の内を支配し涙が込み上げてきたが、堀部どうにかグッと堪えた。


「どうか……どうかお願い申し上げます!

私がこの世を去る前に必ず貴方の元にお貸し頂いた腕を返しに参ります! お礼もしにこちらへ参ります! 貴方の腕を私にお貸しください!」


 土下座したまま、ギュッと目を瞑る。


 ……暫く経っても何の変化もない。

外で激しい雨が建物を打ち付ける音が響いているだけである。


 あぁ、そうか……やはり噂は噂でしかなかったのか。

藁にもすがる思いできたものの、やはり神はいなかったか。途中で死にそうになりながら這いつくばってここまで来たってのに……とんだ時間の無駄だった。クソがッ!


 堀部はただの噂に踊らされたのかと、苦虫を噛み潰したような表情で爪をグッと床に突き立てた……その時だった。


『……其方は自由に動かせる手が欲しいと申すか?』


 堀部はハッと息を呑んだ。

すぐに顔を上げて辺りを見渡すが、誰もいない。


 だが、ハッキリと言葉を認識したのだ。


「い、今のは……もしや、仏様の声?」


 もしかして、自分の願望が具現化した幻聴だろうか?

いや、違う……今の声は耳で聞こえた訳じゃない。


 男とも女とも言えぬ声が頭の中で響いたのだ。

この寺には住職がいるらしいが、住職は男だ。


 しかも自分は仏様に対して一生で一度の願いを伝えている……となれば、この問い掛けに答えてくれる者は仏様しかいない。


「仏様……なのですか?」

『その通り。其方の願い聞き入れたぞ。

私の腕を其方に一本貸そう……だが、私の腕は必ずお主が返しにくるように。これを必ず守れるのであれば、私の腕を貸す。どうだ? この約束、必ず守れるか?』


 仏様の問いに虎徹は弾かれたように「は……はいっ、勿論です!」と返事をし、また額を床に擦り付けた。


『ならば、お前と約束を交わそう。約束が果たせなければ––––––』


「待て……いえ、待って下さい!

最後なんと言ったのかもう一度、教えて下さい!」


 虎徹は叫んだが、仏様は答えてはくれなかった。


「おい、大丈夫か!?」

「––––ッハ!」


 今度は誰かに肩を強めに三回叩かれたので反射的に右後ろへ振り向くと、ここの住職であろうお方が困ったような顔をして背後に立っていた。


「これ、ここは仏殿になる。このような所で寝るでない。夏とはいえ山の朝はかなり冷える。このままだと風邪をひいてしまうぞ」

「は…………?」


 堀部は何が起こったのか分からず、キョロキョロと辺りを見渡し、扉から差し込む一筋の光を見た。


 朝になっている……だと?

自分がここに辿り着いた時には夜だったはずなのに、どういう訳なのか一瞬にして朝に変わっている。


「一体、何が起こったんだ……?」


 いつの間にか寝ていたのか?

まさかあれは夢だったのか? それにしてはやけに生々しい夢だったぞ。


 住職は堀部の汚れた服と足を見て「あぁ、土足同然で入ってきたのか。昨日の夜中の嵐は凄かったからな。だが、そんな汚い格好のまま仏像前にいるのは良くないぞ。それに血もでてるし––––」と心配してくれたが、虎徹は住職の言葉を無視して一人で考え込んだ。


 確かに仏様と話をした––––それは覚えている。

あれが夢であるはずない……そう思った堀部は寺の奥に鎮座する千手観音像を見つめ、試しに動かないはずの左手に力を込めてみた。


「う、嘘……だろ?」


 驚きのあまり絶句してしまった。

なんと、あれだけやっても動かなかった指が動いたではないか!


 その事実に虎徹は心臓が跳るくらい驚いた。

次に手首を動かし、腕を上げてみた。そして、肩を真っ直ぐに天井に向かって上げた後、グルグルと肩を回してみたのである。


「……なんと面妖な」


 堀部はこの事実にとても歓喜した。

やはり、あれは夢ではなかったと千手観音像を見つめ、涙を流しながら「仏様、ありがとうございます! ありがとうございます!」と土下座しながら、ひたすら感謝し続けたという。


 それから、自由に左手を動かせるようになった堀部は数々の武将の為に刀を研いだ。

そして、かの有名な城の城主に刀を献上するような腕にまで上達し、日本一の鍛治職人として名を馳せるまでに成長したという。


◇◇◇


 ––––時は進み、時代は平成。


「お弁当持ったし、寝癖もなし……いつも通りね!」


 知らない人もいるので軽く自己紹介しよう。

私の名前は月城雅、高校二年生。日本人にしては珍しい蜂蜜色の少し長い髪に光の加減でオレンジ色に近い茶色の目をしている。背は148センチ、胸は……まぁ、大きい方かな。


 人とちょっと違うのは、モノノ怪の類を引き寄せやすい霊感体質って所かな?

後はちょっと変わった住み込みのアルバイトをしてるって事以外は至って普通の女子高生だ。


 え、なんで女子高生が住み込みのアルバイトをしているのかって?


 実は私の両親は数年前に他界しちゃってるの。

だから、こうして住み込みで働いても心配されないし、なにより大好きな人と一つ屋根の下で暮らせる事がとっても嬉しくて堪らない!


「よーっし、行くぞ〜!」


 私は玄関でローファーの爪先を床でトントンと蹴ってから靴を履き、玄関をガラッと開けた。


「信介さん、行ってきまーす!」

「あぁ、気をつけてな」


 玄関の前で箒を掃いているのは私の雇い主、信介さんだ。

雇い主とアルバイトという関係だが、いつかはお互いを思い合うようなお付き合いを彼としてみたいと密かに願っている。


 はぁぁぁぁ……今日もカッコいいです、信介さん♡

涼しげな目元がまたカッコいいし、サラサラの黒髪も風に靡いていつも以上に美しいです♡


 そんな彼の職業は退魔師だ。

私の体質を生かして、よくモノノ怪の餌として仕事に駆り出されたりもたま〜にする。本当にたまにだけど。


 そんな化学が発達した現代でも、モノノ怪や心霊現象の類の祓ってほしいという依頼が絶えない。

占いもできるから女性からの依頼も多いんだけど……私としては、ちょっと複雑。


「雅、このままだと遅刻するんじゃないか?」

「……へ?」


 信介さんにそう言われてスカートのポケットに突っ込んでいたスマホを取り出し、時間を見てみる。


 現在の時刻は……8時過ぎ!?


「ひゃ〜〜〜〜、ヤバイヤバイ!

どうしよう、走らなきゃっ! こうなったら近道しちゃおう!」

「転けるなよ」

「はーーい、行ってきます!」


 信介さんに手を振ってから猛ダッシュで私は通い慣れた道を駆け抜けた……そう、ここまでは良かったのだ。


「うぅ〜〜、せまぁぁぁぁいっ!」


 私は鞄を頭上に掲げたまま、大きな声を発した。

今、細い路地を蟹歩きで通り抜けている最中だ。


 この狭い路地を出れば、学校の正門近くに出る。

人が通らないようなこの道はマタタビ酒と引き換えに猫又(ケット・シー)に教えてもらった道で、最短で学校に行ける私だけの秘密の通路なのだ!


「急げ急げ〜〜〜〜!

一限目は……あぁっ、歴史のマツケンじゃん! あの先生、ネチネチネチネチ嫌味を言うから嫌いなんだよなぁ〜〜〜〜!」


 私はブツブツと文句を言いながらも、なんとか狭い路地から抜け出す事ができた。

スカートに付いた埃を軽く払い、気を取り直して顔を上げる。


「よぉーーし、いくぞ…………って、大丈夫ですか!?」


 壁に寄りかかる同じ制服を着た女子生徒がいた。

手に持っていたであろう通学鞄は地面に落ち、中身が散乱している。

彼女の顔色は真っ青で、私の問いかけにも返事が出来ないくらい体調が悪い様子だった。


 彼女は黒縁眼鏡をかけて長い茶色の髪を三つ編みのおさげにしているのだが、なんだか左右のバランスがおかしい。

編み込みも部分的に緩かったり、途中で毛がピョンと出ていたりしていたから不器用な子なのかな?って勝手に思っていた。


「ねぇ、大丈夫!?

凄く顔色が悪いわ……もしかして、女の子の日?」


 私はすぐさま女子生徒に駆け寄った。

顔色が悪いから生理痛なのかと思ったのだが、女子生徒は小さく顔を左右に振った。


「……違うの。身体の……左側が痛くて」

「左側? 左側がどうかしたの……」


 彼女の左半身を見て私は絶句してしまった。

私は彼女の右半身しか見えていなかったから、左半身に何が起こっているのか気付くことが出来なかったのだ。


「……なんなの、コレ?」


 彼女の左半身は黒いモヤで包まれており、特に左腕は肌が見えないくらいに真っ暗に染まっていたのだ。


 恐らく何かの呪いの類だとも思った。

直感的にコレは私が触っちゃダメなヤツだ。コレに触れたら最後、信介さんでも対処出来ない気がしてならなかった。


「……うっ」


 女子生徒はついに立っている事が出来なくなり、頭を押さえてその場でしゃがみ込んでしまった。


「あ……ちょっと待ってて!

先生を呼んで来るから生徒手帳見せてね!」


 堀部真琴(ほりべまこと)さんっていう名前なのね。

同じ学年の……え、嘘。同じクラス?


 初めて見る子だった。

転校生かと一瞬思ったのだが、どうも違うみたい。もしかして、ずっと休んでた子なのかな……?


「……あ。そんな事考えてる場合じゃない!

先生ッ、先生ーーーー!」


 謎は残ったままだが、私は手を振りながら少し向こうの校門の前に立つ先生を大きな声で呼んだのであった。


◇◇◇


 あれから堀部さんは保健室に運ばれた。

やはり、先生達の目には彼女の黒く染まった左半身は見えないらしい。


 私も付き添ってあげようかと思ったが「後は先生達に任せて教室に行きなさい」と促されたので、私は遅れて教室に入ったのだった。


「えー、この戦国武将の日本刀は名匠・堀部虎徹の手によって作られ……」


 今は歴史の授業の真っ最中であるが、私は彼女の左半身にかかってたあのモヤが気になり、授業が始まった今でも集中できずにいた。


 ノートの端に今朝あった出来事を簡単にまとめながら頭の中を整理していたが、謎は深まるばかりだった。


 あの黒いモヤは一体、何なの?

色的に良くないモノだっていうのは分かってはいるけど、なんなのかハッキリとよく分からないし。


 はぁ……素人の私が考えても無駄か。

帰ったら信介さんに聞いてみよう。


「……城……月城ッ!」

「は、はいッ!」

「お前……今、何の話をしてるか分かってるか?」


 歴史教師のマツケンにチョークで黒板をカンカンと叩きながら問われた。


「す、すみません。ちょっと考え事をしてまして……。

今朝、介抱したクラスメイトの堀部さんの事を考えてました」


 ゆっくりと起立し、小さな声で素直に謝る私を見た歴史教師のマツケンは頭をガシガシと掻きながら盛大な溜息を吐いた。


「そうか……お前が堀部を助けたんだったな。

堀部は元々身体の弱い生徒じゃなかったんだが、高校一年の頃に身体の不調を訴えるようになったんだ。

ま、高校に入ってからそうなったっていう話だし、医者によれば、環境の変化によるストレスだろうって言ってたからきっと良くなる。そんなに心配しなくても大丈夫だろう」


 マツケンは私を安心させようとそう言ったが、私は絶対に違うと感じていた。


 ……きっとストレスなんかじゃない。

原因はきっとあの黒いモヤだ。普段、信介さんが側にいないと幽霊が見えない私でも見えるだなんて!

よっぽど悪いモノが憑いてるに違いない。


 帰ったら信介さんに言わなきゃ……!


「クラスメイトの心配もいいが、ちゃんと授業は聞いておくように。いいな?」

「はい、すみません」

「分かればよろしい。じゃあ、続けるからなー」


 マツケンは黒板の方を向き、カンカンと音を立てながら文字を書き始めたのだった。


 私も着席したが、胸騒ぎが止まらなかった。

太腿の上で握った手に汗がじんわりと滲む。


 信介さん……色んな難事件を解決してきた凄い人だって分かってるけど、今回は駄目な気がする。なんでか分からないけど、そんな気がするの。


 あぁ、駄目駄目ッ……!

マイナスな方向に考えたら本当にそうなっちゃう! 今は授業に集中しよっと!


 私は顔を上げた。

そして、無理やりマツケンの授業に意識を向けたのだった。


◇◇◇


「よし、急いで帰るぞ!」


 授業は終わり、友達に「また明日〜!」と手を振ってから校門を出た。


「ハァ……ハァ……」


 あれ……なんだか、身体がおかしい気がする。

なんだろう……ひ、左半身が重い?


 左……?

まさか……あの黒いのが私に憑いてる!?


 そう思ったら背中がゾワゾワし始めた。

何かが私のすぐ後ろにピッタリとくっついている。そして、殺気のような視線も。


 ……これは絶対に振り向いたら駄目だ。


 私は息を呑み、早歩きで歩き出した。


「怖いけど、足は絶対に止めちゃダメだ……早く、早く帰ろう!」


 恐怖を紛らわせるようにブツブツと大きめの独り言を漏らす。

早く、早く信介さんの元へ! 信介さんの元に帰れば、きっとどうにかしてくれる!


「早く……帰らない……と……ウッ……」


 猛烈な目眩と吐き気が襲ってきた。

加えて視界が回り出していく。もしかして、堀部さんと一緒の症状!?


「ぅあ……重い、意識が……遠のいていく」

「雅、大丈夫か!?」

「しんすけ……さん?」

「あぁ……今度はかなりデカイの憑けてきたな。

コイツは祓いがいがある……なッ!」


 信介さんは指をポキポキと鳴らした後、何かを握りつぶすように拳を握った。

すると、私の左半身を覆っていた黒いモヤが霧散していくのがハッキリと見え、すぐに信介さんの背後に隠れた。


『ワタシノウデ、ワタシノウデ、ワタシノウデ、ワタシノウデ!!

……イッポンタリナイ。ワタシノウデヲカエセッッ!!』

「落ち着け。この子はお前の怒りの対象じゃない。

ほら、お前の腕を持つ人間の気配が向こうからするのが分かるだろう? そっちだ。この子はお前が呪う対象の一族じゃない。これ以上、続けるなら消す。俺の言ってる意味が分かるだろう?」


『………………』


 金切声のような耳をつんざくような女とも男ともいえない声がした後、黒いモヤはスゥゥゥ……と完全に消えて無くなってしまった。


「……あの黒いモヤは消えましたか?」

「黒いモヤ? あぁ、雅の目にはそう見えていたのか。

あのモヤの正体はな、神様なんだ。長い間、拝まれてなかったうえに貸したモノを返していないから相当怒り狂ってたな。

お前に憑いてきたのは呪いの対象の臭いが微かにしたからだろう。雅、誰かと会ったのか?」


「じ、実は……」


 堀部さんという女の子の左半身が先程のモヤで覆われている事。

体調が優れなくて登校途中で倒れてしまい、介抱した事を詳しく話した。


「……という訳で、なんとかしてあげられないですか?」

「無理だな」


 珍しくキッパリと断言されてしまった。

いつもならその子自身から依頼があれば、助言くらいはしてあげるのに。


「これは神障りだ。下手に関わると命を落とすぞ」

「で、でも! 堀部さんは苦しんでるんですよ!?

どうにか––––」


 私は信介さんの少し怒ったような表情を見て押し黙った。


「雅。もう何もかも手遅れだ。

その子に何があったのか霊視してみたが、その子の先祖が神様に貸してもらった左腕を返してない。神様との約束は契約でもある。契約違反したからこうなってるんだ。今回の件は完璧に人間側が悪いよ。

それに仏様のあの荒れようはかなりヤバい。

あの様子だと長い間拝まれてないという事だ。恐らく、どこか閉山された山奥の寺にそのまま放置されてる神様だろうな。

 ……どちらにせよ、だ。俺には救う事も擁護する事も出来ない。退魔師とはいえ、俺だって万能じゃないんだ……さぁ、帰るぞ」


 信介さんは半ば強制的に私の手を引いた。

対して私は腑に落ちないといった表情で堀部さんの身を案じながら、帰路へついたのだった。


◇◇◇


 その翌日––––。

学校の朝礼で堀部真琴さんが下校中、大型トラックに轢かれ逝去したと伝えられた。


 彼女の左半身は凄惨なものだったらしい。

そして、事故で腕と足が煎餅のようにペシャンコになったという噂が出回ったのだ。


 それを聞いた私はただ一人で静かに泣いていた。

信介さんは手遅れだと言っていたのはこの事だったのだ。


 もう少し……もう少し私と出会うのが早ければ、助けられたかもしれなのに。


「……」


 私は自分の無力さと後味の悪さに思わず目を伏せてしまったのだった。

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