たんぽぽライオン・ポポラ
ポポラが生まれた時、世界中から、花が無くなりかけていました。
コオリ姫が、きれいな花を嫌ったからです。
「雪よ! 氷よ! 吹雪よ! 花の咲く世界を凍らせてしまえ! 美しいのは、わたくしだけ!」
コオリ姫は恐ろしい魔女です。
千年も万年もとけない氷が魔法の卵になって、その魔法の卵から生まれたのです。姿は美しいけれど、冷たい心の魔女でした。
美しいのは自分だけでいいと思うコオリ姫は、きれいな花々を憎みました。花は季節ごとに咲いて、コオリ姫よりも、世界や人々を美しく彩っていたからです。
コオリ姫の強い魔法で、雪と氷が、世界の全てを包もうとしていました。
ポポラは、たてがみが、たんぽぽの花びらになっている、たんぽぽライオンです。てのひらの上で丸くなると、レモンみたいです。花が大好きな魔女・フローラさんが、魔法で守る家の中で育てた、鉢植えのたんぽぽから生まれました。たんぽぽのつぼみが開いた時に、中から、ぽろんところがり落ちてきたのです。
フローラさんは、ポポラを花の神さまのお使いだと思って、大切に育てました。
ある日、とうとう、フローラさんの家から、花の種が無くなってしまいました。
ポポラのご飯が、花の種だったからです。ポポラは、アサガオの種もヒマワリの種も、どんな花の種も大好きでした。好き嫌いしないで、どの種もおいしく食べました。
フローラさんは、コオリ姫の雪や氷から守っていた、たくさんの花の種を、毎日、少しずつ、ポポラに食べさせていました。
ポポラは、自分が食べていたのが大切な種だと知って、しょんぼりしました。
「…かぉ〜ん……」
「いいのよ。ポポラがおなかをすかせてしまうほうが、私は悲しいわ」
魔法で守られた家の中には、たくさんの鉢植えがありましたが、今は何も咲いていません。植木鉢にまくつもりだった種も、おなかをすかせるポポラに食べさせたからです。
フローラさんの家には、もう花が咲きません。
「かぉ〜ん、かぉ〜ん……」
「大丈夫よ、ポポラ。探せば、家のどこかに、花の種があるかもしれないわ。家になくても、世界のどこかに、必ず花の種はあるはずよ」
フローラさんは笑って、明るく歌いました。
「やさしさは 花の種
歌声は お日さまの光
心に咲く花は
神さまの国の花」
歌に合わせて、暖炉やランプの火が踊るように赤々と燃えました。家を守る魔法もオレンジ色の熱を放ち、周りの雪と氷をとかしました。
悲しかったポポラも、あたたかい気持ちになりました。
「さぁ、花の種を探しましょう!」
コオリ姫の吹雪でも、フローラさんやポポラの心を、凍らせることはできません。
フローラさんの歌を、吹雪がコオリ姫に伝えました。
コオリ姫は、雪と氷で閉じこめた世界で、まだ凍らないものがあることを知りました。そして気がつきました。
フローラさんの笑顔は、歌声は、ポポラを励ます、くじけない心は…どんな花よりも、コオリ姫よりも、美しかったのです。
「フローラ……許さない!」
怒ったコオリ姫は、氷のお城を飛び出しました。吹雪の風にのって、世界でいちばん、あたたかい場所を目指しました。
いくつもの山や氷原を越えて、凍る海を越えて…コオリ姫はオレンジ色の魔法のベールの中に、フローラさんの家を見つけました。
「許さない…許さない…許さない……!」
吹雪く空から明るい家を見下ろして、コオリ姫は暗い声で繰り返しました。
暗い呟きが呪いのように広がって、コオリ姫の周りに、たくさんの氷の塊ができていきます。氷の塊は大きくなり、無数のつららになりました。
「こんな土が残っていたら、わたくしの氷のドレスが汚れてしまうじゃないの!」
コオリ姫の怒鳴り声で、つららが次々と、フローラさんの家に降り注ぎました。
最初のうちは、オレンジ色のベールが、つららをとかして防いでいました。けれども、つららは、コオリ姫の周りで、どんどん増えていきます。
魔法のベールが、つららをとかすよりも先に、つららがベールを切り裂いていきました。
そして、とうとうオレンジ色のベールは、ちぎれて消えてしまいました。フローラさんの家に、たくさんのつららが落ちていきます。
冷たく鋭いつららは屋根や壁を壊して、あっという間に家を崩してしまいました。
「かぉ〜ん……」
「私は大丈夫よ、ポポラ」
がれきの真ん中で、魔法のベールに守られたフローラさんが立ち上がりました。ポポラはフローラさんの肩から、心配そうに見つめます。
つららも吹雪も静かにさせて、空中に浮かぶコオリ姫は言いました。
「フローラ…おまえは、わたくしの氷の世界を汚すだけの存在よ。わたくしの氷をとかして、輝く白銀の世界を土で汚した。…おまえのほうが美しいのかもしれない…だなんて、わたくしの心を乱して穢した。…とても不愉快だわ」
コオリ姫がフローラさんに右腕をのばしました。すると辺りの雪から、トゲのついた氷の蔓が生えて、フローラさんに襲いかかりました。
「ポポラ、危ない!」
フローラさんは、とっさにポポラをつかんで、蔓のない方へ投げました。
「かぉ〜ん!」
氷の蔓に何度も何度も叩かれて、フローラさんの魔法のベールは、オレンジ色の花びらのように散ってしまいました。
「ああっ!」
魔法の守りを無くしたフローラさんは、氷の蔓に弾き飛ばされて、冷たい雪の上に落ちました。
トゲのついた氷の蔓がフローラさんに巻きつきます。そして空中に高くのびて、フローラさんをぶら下げました。
ポポラは雪の上を走り、蔓のトゲをジャンプして渡って、フローラさんのもとへ行きました。
「かぉっ、かぉ〜ん!」
フローラさんを縛る氷の蔓を、ポポラは懸命に、かみちぎろうとしました。かたくて太い氷の蔓は、ポポラの小さな牙では傷もつきません。
そんなポポラを見て、コオリ姫は楽しそうに笑いました。
「バカな使い魔ね。ちっぽけなおまえに、フローラを助けることなどできないわ」
コオリ姫が、かるく手をふると、冷たい風がポポラとフローラさんに吹きつけました。
ポポラは飛ばされないように、氷の蔓に爪をたてます。
「ポポラ…逃げて……」
フローラさんが囁きました。必死に体をよじって、冷たい風からポポラを庇おうとしています。
「かぉっ、かぉ〜ん……」
ポポラは首を横にふって、何度も氷の蔓にかみつきました。何度も何度も、かみついたけれども、やっぱり、かみちぎることはできません。
コオリ姫は、がんばるポポラをバカにして、くすくすと笑っていました。
「使い魔のおまえが無力だから、フローラは、いなくなるのよ。見苦しいものがなくなるって素敵ね。美しいのは、わたくしひとり」
それでも、あきらめないで、ポポラは氷の蔓にかみつきました。
どんなにバカにされたって、ポポラの心の中は、フローラさんを助けたい気持ちで、いっぱいだったからです。ポポラの真心が、体中を熱くしました。
「かぉ〜ん!」
ポポラが氷の蔓に牙を突き立てると、ついに、蔓にヒビが入りました。ポポラの熱で、氷の蔓は、ひび割れながら、とけていきました。
崩れる氷の蔓から放り出されたフローラさんは、ポポラを抱きしめました。自分たちを魔法のベールで守って、雪の上に下りました。
「ポポラ、ありがとう」
あきらめないポポラは、凛々しい姿でした。
助けあって寄り添うフローラさんとポポラは、コオリ姫よりも、ずっときれいでした。
「ちっぽけな使い魔の分際で…ポポラ…許さない……」
コオリ姫は、フローラさんだけでなく、ポポラにも腹を立てました。
「遊びは終わりよ! 雪よ! 氷よ! 吹雪よ! フローラもポポラも凍らせてしまえ!」
コオリ姫の命令で、激しい吹雪が二人を襲いました。
フローラさんは、魔法のベールで、なんとか吹雪を防いでいます。
「かぉ〜ん! かぉ〜ん! かぉ〜ん!」
フローラさんの肩の上で、ポポラは歌うように鳴き、体を左右に揺らしました。
「ポポラ…歌ってほしいの……?」
「かぉ〜ん!」
ポポラは嬉しそうに、フローラさんの頬に頬ずりしました。そして肩から飛び降りて、オレンジ色のベールの外に出ようとしました。
「ポポラ! 離れちゃダメよ!」
振り向いたポポラは、フローラさんを見上げて明るい声を上げました。
「かぉ〜ん!」
そして、ポポラは吹雪に顔を向け、魔法のベールの外へ走っていったのです。
「ポポラ!」
吹雪に隠されて、すぐにポポラの姿は見えなくなりました。
ポポラは、フローラさんを守ろうとしています。フローラさんを守るために、コオリ姫に立ち向かおうとしています。
ポポラがフローラさんを守りたいと思うように、フローラさんも、ポポラを守りたいと思っていました。フローラさんは、ポポラを逃がして守ろうとしたけれど、ポポラは立ち向かう強い心を持っていたのです。
心を決めたポポラを止めることは、誰にも…フローラさんにも、できませんでした。
フローラさんは、ポポラを大切に思う気持ちをこめて、歌いました。
「やさしさは 花の種
歌声は お日さまの光
心に咲く花は
神さまの国の花」
フローラさんの歌声は、あたたかい魔法のベールになって、辺りに広がりました。今までで一番強いオレンジ色の光が、吹雪を消していきます。
「フローラぁ…わたくしの吹雪を、よくも……」
コオリ姫は、顔の前に腕をかざして、まぶしさを避けようとしています。突然、強い光を浴びたので、空中で、ふらついていました。
吹雪に埋もれそうになっていたポポラは、フローラさんの歌で元気になりました。心が熱く、強く、燃えました。雪にも氷にも負けない勇気です。
「かぉ〜ん!」
雪の上を走り出したポポラの体は、金色に輝きました。ポポラの背中に、たんぽぽの葉っぱの形をした、緑の翼がのびました。
緑の翼で羽ばたいて、輝くポポラは空を翔けました。光で目がくらんでいるコオリ姫の胸に、体当たりしました。
コオリ姫にぶつかったポポラは、太陽の光になって、世界を包みました。
「キャアアアアッ!」
コオリ姫は、とけてしまいました。
世界を凍らせていた魔法の雪と氷も、とけていきました。
ポポラのたてがみの花びらが、たんぽぽの白い綿毛になって、青空に舞い上がっています。綿毛についているのは、たんぽぽの種だけではありませんでした。アサガオの種やヒマワリの種や…ポポラが食べた、すべての花の種でした。
綿毛は風にのって、世界中に花の種を運んでいきます。
「ポポラ……」
青空の綿毛を見上げて、フローラさんが呟きました。その声が聞こえたのか、綿毛のひとつが、フローラさんの肩に降りてきました。
フローラさんは、ポポラがまいた花の種を育てます。
神さまの国の花が、咲くでしょう。
(終わり)