episode8:また家族が増えた
仮想世界での生活も5日目を迎える
ミナトが仮想世界に入ってから、五日目の朝を迎えた。
また知らぬ間に眠ってしまったので、起きた時は何時ものように驚いた。
だって厳ついクマの顔が目の前にあるんだもん。慣れないっての!
寝起きで心臓止まっちゃうよ? 昨日から心臓あるんだからさ!
「なんでぇミナト! いちいち俺様の事忘れんじゃねえよ!」
「あはは。つい忘れちゃうんだよ。てへっ」
「ミナトは臆病なのだ。生きる上で恐れる事は大切な事だよ? コーディ」
「でもよぉ、俺もヴァナルの姉御も、大抵の奴に負けないだろうがよぉ」
「うむ。その姉御と言う響きは嫌いでは無いな。コーディの言う事も分かるが、慢心は危険だぞ」
「何時の間に姉御呼び!? ヴァナルも何か悟ってるみたいだし! そしてコ-ディは俺の発言はスル-なの!?」
そんな騒がしい朝だったが、ちゃんと心を通わせてるのが分かるんだよね。
出会って間もないんだけど、この感じはとても心地良い。
この日の朝ご飯は、既にコ-ディと子オオカミ達が集めてくれていた。
俺は朝から生魚は遠慮したいので、果物を食べておいたよ。
コ-ディに頼めば昨日の様に、火は熾せるんだけどね。
特に寒い訳でも無いので、早く出発する事を優先したんだ。
出発を急いだのは、昨日に距離を稼げていないのも理由のひとつだ。
新しい発見があったからさ。周辺の探索を優先したしね。
という訳で食事が終わると、直ぐに移動を開始した。
◇◇◇
移動する事数時間。昨日の様な発見は無く、俺達は一旦休憩をとる。
進むに連れて、明らかに勾配が緩くなって来ていたんだけどさ。
コ-ディが「お腹が空いた!」ってうるさかったんだよね。
まぁ俺もヴァナル達もそれは同じだったから、はやる気持ちを抑えたんだよ。
そして今日も今日とて食料調達だ。
俺はまた木に登り、果物を採るつもりだった。
現実の知識はあっても、俺は皆より力も身体能力も劣る。
移動速度も皆が俺に合わせてくれているし、疲れるのも一番早い。
ヴァナル達は勿論、コ-ディもデカい図体に似合わぬ瞬足だしね。
それでも皆は俺に、何も言わないけどさ。
ちょっと悔しいとは思ってるんだ。一応男の子だし!
はっきり言って他の皆より優れている部分が、木に登れる事だけだったんだよ。
「よし。あの果物は食べれそうだ」
俺が見つけたのは、赤い実の付いた木だった。
少し高い位置にあるが、これまで食べた事の無い種類の果物。
落ちない様に慎重に登り、目的の果物まであと少しの距離まできた。
その時、俺の視界にある物が映る。
「ん? あれってもしかして鳥の巣?」
果物の近くに小枝を集めて作った、野鳥の巣の様な物を発見したんだ。
この時の俺は、飛び去った黄色い鳥の姿を思い出していた。
鳥が居るのは間違いないんだし、もしかしたら卵があるかも知れない。
何も無くても、どうせ上まで登るつもりだ。
ちょっとワクワクしながら登り、そっと巣を覗き込む。
そしたら......巣の中に思ったより大きめの卵を発見したんだ!
「うわっ! あったらラッキ-と思ってたけど、本当にあったよ!」
心の中でガッツポ-ズの俺だったんだ。
皆に自慢してやろうなんて思ってた。
でもそれを直ぐに、後悔する事になる。
⁈ 何だ!? 今動いたら駄目な気がする!
その感覚には、覚えがあった。
全身がゾワゾワする様な感覚。
「これってコ-ディと出会った時に感じた?」
ゆっくりと視線を上にあげると、俺の目の前にソレは居た。
登っている間、気配は何も感じなかったハズなのに。
いつの間にか、目の前に居たのだ。
俺はソレを見たまま動けなかった。
コ-ディの時と同じだが、相手はそんな俺から視線を離さない。
今度こそ駄目かもしれない。助けを呼ぼうにもこの高さは誰も登れないんだ。
そう考えると身体の力が抜けていく。
もう諦めよう。これはもう無理だよ。
そして俺はまた、死を受け入れてしまったんだ。
「おいミナト! 何やってんだ! 逃げろ!」
その声と同時に、俺の近くを何かが通り抜けた。
コ-ディが大きな石の様な物を投げたんだ。
すると先程まで固まっていた身体が、力を取り戻していく。
俺はそのまま木から飛び降りる事を選択した。
普通ならあり得ないが、下には信頼できる相手が居るんだ!
結構な高さだが、俺の友達なら絶対受け止めてくれる!
そう信じての行動だった。
「危なかった。でもコ-ディちゃんと受け止めてよぉおお!」
俺は助かった気でそう叫んでいた。
でも甘かったんだ。
間もなくコ-ディの腕の中というタイミングで、俺の身体は何者かに攫われた。
え!? 何で!? どう言う事!?
困惑する俺だったが、何とか首を回して正体を確認。
すると空中で俺の身体を奪い取ったのは、先程まで睨まれていた相手だった。
「畜生! ミナトを放しやがれ!」
「ミナトを放しなさい!」
「「「「ウォオオ-ン」」」」
コ-ディ達が追いかけて来るんだが、それをあざ笑う様に木に飛び移り移動するソレ。
俺も何とか抜け出そうとするのだけれど、その度に身体が締め付けられる。
くそっ! まさか木と木を飛んで移動するなんて思わなかった。
俺は飛ぶなんて習性知らなかったんだよな。
「ちっ! しつこい奴らだ!」
「ぐっ。お、お前喋れるのか!?」
「ん? 何だ人間。アタシと会話できるのか?」
「出来るも何も今してるだろ! それに苦しいっての!」
まさか喋るとは思わなかった。と言うか発声器官があるのかよ!
そんな会話をした後、いきなり木に登りだすソレ。
そして太い枝の上で俺の拘束を緩めた。
結構長い時間締め付けられていたから、身体が痺れている。
ソレは俺を逃がす気は無いらしく、俺を中心にとぐろを巻いた。
「お前は何者なの? 本当に人間?」
「自分で言ってるじゃ無いか! 人間だよ!」
「人間がアタシと会話出来るわけないでしょ! そんなの初めて見たわよ!」
「そんな事言われても知らないっての! コ-ディやヴァナルとも喋ってるし!」
「コーディ? ヴァナル? 誰よそれ? もしかしてあのクマとオオカミ?」
「そうだよ。名前は俺が付けたんだけどな。俺の大切な家族だ」
「何よそれ! ずっこいわ! それなら私の名前も付けなさいよね! ほら早く!」
「はい? 何言ってんの? お前は俺を喰おうとしてたんじゃないのか? 何でそんな相手に名前付けなきゃいけないんだよ!」
「それはアンタが、私の卵を盗もうとしたからよ! 泥棒!」
え? あの卵ってコイツのだったの?
それなら怒っても仕方ないのか? 今は敵意を感じないけど。
......とりあえず謝ってみようか。
戦って勝てる気もしないし、逃がしてくれないだろう。
それと気になる発言もあったよな?
人間が会話出来るわけ無いって。という事は人間と会った事があるのか?
「そ、その卵の件については謝る。すいませんでした。まさかお前の卵だなんて知らなかったんだ」
「フ、フン。分かれば良いのよ。分かれば! あそこは穴場なんだからね!」
「ん? ちょっと待て。穴場ってどう言う事?」
「あの巣を見張ってたら獲物は勝手にやって来るし、卵も食べ放題なのよね!」
「ちょ! それって狩場って意味だろ! それならやっぱり俺も獲物じゃ無いか!」
「人間は食べないわよ! 飲み込むの面倒くさいでしょ!」
「そんな理由!? じゃ、じゃあ俺を喰う気は無いんだな?」
「だからそう言ってるでしょ。そんな事より早く名前を付けなさいよねっ」
何なんだこいつは。真っ白で赤い目をした蛇のくせにさ。
体長もコ-ディよりデカいんじゃないか? それで人間を飲み込むの面倒くさいとか。
口調からして雌に違いないだろう。だから卵産むと思ったんだ。
それにしても名前かぁ。白蛇って俺の親の実家の方では、神様の使いって言われてるんだよね。
目の前のこいつは、そうは見えないけど。
白蛇ねぇ。ホワイトスネーク......ならこれかな?
「長い名前は呼びにくいし、デールってどうかな? 因みに俺はミナトだ」
「何? デール? それがアタシの名前。そうね! アタシはデール! 今日からデ-ルよ!」
「き、気に入ってくれたのか? ならもう良いだろ? 謝罪もしたし」
「そうね。今回は許してあげるわ。ミナトは特別なんだからねっ!」
「......蛇のツンデレとか需要あるのか? ま、まぁ許してくれるなら何でもいい。あっ、一つだけ教えて欲しんだけど良いかな?」
「ん? 何ミナト? 今は気分が良いから許可するわ」
「お、おう。デ-ルって俺以外の人間見た事あるのか? あるならその場所を教えて欲しい」
俺のその問いに対しデ-ルは、何かを見定める様な目をしていた。
そして教える代わりに、1つ条件を出してきたんだ。
その条件は......「私も仲間に入れなさい」だった。
俺は驚いたんだが、一存では決められないと返事した。
今回の件はコーディとヴァナル達も怒ってると思ったしな。
もし反対されたら諦めるつもりだったんだよ。
情報は惜しいけどさ。大切な家族の気持ちを優先したいしね。
◇◇◇
「ミナト! ほら早く行くぞ!」
「ほう。デ-ルと言うのか。私はヴァナルだ。よろしく頼む」
「「「「ウォオオン」」」」
「なぁミナト。何時もこんな感じなのか?」
「ああ。色々心配するだけ無駄だった」
あの後、デールと一緒に皆の元へ帰ったんだけどさ。
俺が名前を付けた事を知ると、それだけで受け入れられてしまったんだ。
コ-ディ曰く「俺もヴァナルもそうだったじゃねぇか」って事らしい。
まぁ怪我もしてないし、俺も不用意だったんだけどね。
これで良いのか? 俺の家族!
結局この日は、日暮れまで移動して五日目は終了した―――
白蛇デ-ルの名前は、あるミュ-ジシャンに由来します。
気になる方は調べてみてくださいませ(笑)