episode6:焦る中の人達
今回は現実世界の研究室の様子をどうぞ!
第4話と第5話の内容が入っていますので、軽く読み流してくださいませ。
ジリリリリリ!!!
研究室の建物内に響き渡る警報音。
仮想空間内で一日目を終えたミナトを見届けたクルミは、一度自身の部屋へ戻っていた。
クルミは大学の教授でもあるので、ずっと実験に立ち会う訳には行かないのだ。
しかしある程度の仕事を終えた頃、突然警報機が作動した。
慌てて実験室へ向かうクルミ。
「どうした九条! 何か問題が起こったのか?」
「クルミさん。すみません。もう治まったんですが、被験者1号の身体に異常が起きまして」
「どう言う事だ? それにもう治まったと言う事は、処置が終わったという事なのか?」
「はい。直ぐに医療スタッフが対処しましたので、今は問題ございません」
「そうか一体何が原因だったんだ? ミナトの身に何か起こったんだろう?」
「はい。それについては録画映像を見て頂くと分かります」
九条はそう言うと、一日目を終えたミナトの録画映像をクルミに見せた。
映像はクルミが退室した頃から流れて行った。
だが特に問題がある様には見えない。
画面に映るミナトは、微動だにせず眠っている様だ。
しかしここでクルミはある異常に気付く。
「九条。睡眠はこちらで取らせているのだろう? だがミナトが呼吸をしていないようだが?」
「クルミさん。脳への負担を減らす為、強制的に眠らせています。しかしそこまで精巧に作って無かったんですよ。身体は被験者1号の検査結果を基に、忠実に作成しております。ですが内臓などは存在していません」
「そうか。まぁ必要は無いのかも知れない。だがそれでは詳細なデ-タが取れないのでは無いか?」
「はい。ですので医療関係者協力の上で、グラフィックデザイナーにデザインを依頼しております」
仮想空間内のあらゆるものはデータである。
しかしそこに存在させる事を目的としている為、土、水、植物、動物など現実に近い物を目指しているのだ。
だが人体は今の所そこまでの精巧さはない。
何故なら今の時点では、どこまで可能なのか分からないからだ。
被験者の意識を仮想空間に繋げる事は成功した。
そしてその被験者は身体を動かすことも出来た。
更に被験者1号は食事を摂る事、空腹を感じる事も出来る様になった。
だが睡眠中に呼吸を行うという意識を持つ事は難しい。
仮想空間内は意識する事が重要なのだから。
「そうか。ミナトは順応性が高い。彼なら普段と変わらない生活を行うかも知れないからな」
「そうですね。彼は我々の予想を超えた行動をしますしね」
少し映像は早送りされ、夜が明け朝が来る。
意識を取り戻したミナトが挙動不審になっている。
どうやら仮想空間であることを忘れていた様だ。
そして当たり前の様に食事を摂りだした。
その動きはとても自然でまるで違和感がない。
「ん? また何か言っているな。何? まさかミナトは夢を見ているつもりなのか?」
「どうやらそうみたいですね。長い夢を見ているつもりの様です」
「言ってる側から気づいたようだ。そうか。仮想世界。ミナトにとってあの空間は、世界なのだな」
「仮想世界と言う表現良いですね。我々もそう呼称しましょうか?」
「うむ。実験中にどんどん世界が出来上がっていくのだ。どうだろう。この世界に名前を付けては?」
「それはクルミさんに一任します。私は特にそう言うセンスが無いので」
クルミと九条が話をしている間、ミナトは色々と考え始めている様だった。
何か動きがコミカルで、自然と見ている側は表情が緩んだ。
「アハハ。何やら悩んでいるかと思ったら、プププ、ボッチは嫌だとな。アハハハ」
「くくく。難しい事は考えていない様ですね。まぁ確かに今は彼しかいないんですがね」
「だが2日目なのだから、そろそろ例の物を配置するのだろう?」
「はい。もうそろそろ出てくる頃かと。どう言う行動をするか楽しみです」
それから暫くすると、ミナトが動き出した。
耳に手を当て何かを聞く仕草をしている。
そして木の上から素早く下りて走り出す。
どうやら実装された動物に気が付いたようだ。
走るという行為も、昨日と同じく非常にスム-ズだ。
走りながら木を避ける動作も機敏だ。
「もうコイツ面白すぎるだろ! 鳥を見つけてボッチ脱出宣言とか! 私を笑い殺すつもりか!」
「アハハ。あっ! 鳥が逃げちゃいましたね。あらら。絶望してますよ」
「アハハハ。も、もうコイツ勘弁してくれ! 地面にのの字書いているぞ!」
映像を見ながら九条とクルミは、もう笑いすぎて疲れていた。
その後ミナトが長い時間動かないので、映像は更に早送りされた。
そして再び歩き出し、途中で水を飲んだり食事を摂っている。
そしてこの時何を思ったのか? ズボンを引っ張り中を覗き出した。
「何をやっているのだ? ゴミでも入ったんだろうか?」
「いえ。多分違います。男の性と言いますか。触れないで上げて下さい」
「そ、そうか。ま、まぁそう言う事なら聞かないでおこう」
「あっ。被験者1号が仮想世界の事に気づきましたね」
「うむ。データで出来ている事に気づいたみたいだな」
「ぷっ。アハハ。ス、ステ-タスオープンって! アハハハ。ゲ-ムのやり過ぎだ。馬鹿者め」
「くふふ。まぁあの年代なら仕方ないですよ。ですが将来的にはゲームでもこの技術を使うんですから、時代の先取りとも言えるかも知れませんよね」
この会話中にも仮想世界の時間は進み、時間は夜になる。
とその時、この日の目玉と言える事象が発生した。
それは、AIを搭載した大型動物の出現だ。
あらかじめ用意された事象ではあるが、実際に動く姿は初めて見る事になる。
しかし此処で九条やクルミは驚愕する事になる。
「ふむ。ミナトは何かを感じている様だな。音だけじゃ無く」
「はい。感受性が豊かなんですかね? それとも脳波が感じるのでしょうか?」
映像で見るミナトは耳を澄ませると同時に身構えているのだ。
腰が完全に引けていて、情けない姿なのだが。
そしてミナトの前にクマが現れる。
赤茶色のクマは体長4メ-トルのヒグマをモデルにした動物だった。
その巨大なクマは、ゆっくりとミナトへ向かい歩き出した。
「クルミさん。ここです。この場面で実験室内の被験者1号の身体に異常があったんです」
「ふむ。これは恐怖で身体が硬直しているのか? だがそれが現実の身体に影響するのか?」
「ええ。まだ完全に意識が切り離されていない様ですね。この時、心拍数が急激に上がってしまい、過呼吸に近い症状が出たんですよ」
「そうか。それで警報が鳴ったのだな。それで? この対応は出来ているのか?」
「はい。システムの調整は行いました。以後は同じ不具合は出ないと思います」
「分かった......ちょ、ちょっと待て! どう言う事だこれは!」
ミナトとクマの出会いは、用意されたものだった。
しかし此処であり得ない事が起こる。
何とクマとミナトが話し始めたのだ!
しかし九条やクルミには何を話しているか理解できない。
と言うのもクマは「グワァ」としか声を出していないのだ。
にも拘らず、ミナトはクマと会話している。
「このクマは何なんだ? AIを搭載しているのは分かる。だが生体は自然のクマがモデルだろう?」
「はい。そのはずなんですが......襲う気も無いみたいですね。この場面の想定は、身体に被害が起きるか被験者1号が逃げるはずだったんですが」
「私もそう聞いていたが、何がどうしてこの様な状況になったのだ?」
九条とクルミは首を傾げながら状況を見守った。
クマがミナトの側に座り込んだ瞬間、ミナトが意識を失ったようだ。
クマはそんなミナトを見ながら、側にある果物を食べている。
そして固まるミナトに何かを言った。
するとミナトが突然意識を取り戻し、クマに喋りかけた。
その様子は何処か微笑ましい光景に見える。
再び意識を取り戻したミナトの表情は、この状況を楽しんでいる様にさえ見えた。
「ミナトの言葉を聞くと意思の疎通が出来ている様だ。何故ミナトはクマの言葉が理解出来るんだ?」
「分かりません。もしかすると、動物の言語を理解しているのかも」
困惑するクルミと九条の事を知らないミナトは、クマを置いて動き出す。
一体何をするつもりなのか?
するとミナトが何時ものように果物を取り、クマの元へ戻って来る。
それを当たり前の様にクマが受け取り、二人が楽しそうに食事を始める。
それも会話をしながらだ。もう何が何か理解が追い付かない。
「おい! このクマは特別な自我を持っているだろう? ミナトの発言の通りなら!」
「何やらクマに教えているようですね。実に興味深い。しかも名前を付けるようですよ!」
「あははは。もう私は驚かないぞ。ミナトはおかしい。私の予想を斜め上に覆していくしな」
クルミは白目になってそう言った。
対する九条も想定外の連続に呆れると同時に、新たな事象に期待もしていた。
その後、コーディと名付けられたクマとミナトは行動を共にする。
この時点でお腹いっぱいの二人を、更なる事象が襲う。
次の日に現れたオオカミを模した動物と、ミナトが再び会話を始めたのだ。
襲われる事は想定していたのだが、あろう事かクマがミナトを庇った。
そして更に戦う事も無く、またも名付けまでしてしまったのだ。
「九条。絶対この映像は消すな。そして必ずデ-タを精密に取りなさい」
「クルミさん。ここまで興味深いデ-タは消しませんよ。今回の実験は世界を変える発見になると確信してますから!」
クルミはミナトと獣達が楽しそうに語り合う姿を見て、何だが異常に疲れを感じていた。
だがこの被験者1号は、まだまだ何かをやらかす予感があるのだ―――
コ-ディとヴァナルは研究者にも想定外だった様です。
ミナトはやらかしの常習犯認定されるかな?