episode4:ボッチな被験者1号
仮想空間で一夜を過ごしたミナトだったが......
夢の中で眠るなんて出来るわけが無いと思っていた。
それに安定の悪い木の上だけに、落下の恐怖もあった。
でもさ。気が付いたらぐっすり眠ってたみたい。
「ふぁあ。ここ何処!? ってまだ夢の中!?」
簡単に作った木のつるロープは、切れる事も無く結ばれたままだった。
俺は身体に縛ったロープを外し、側に生っている果物を頬張る。
柑橘類だと思うのだが、とにかく甘いんだよね。
寝起きだったけど、身体は問題なく動いた。
もう頭が理解したんだろうか?
現実では意識して身体を動かす感覚は無い。
動くのが当たり前だもんな。
でもこの夢の世界では全ての行動を、自分で意識しなければならないんだ。
まぁそれも昨日1日で、頭が慣れてしまったみたいだけど。
そう考えると現実では無いというのを実感する。
「これ本当に夢なのか? 夢で一日が過ぎるなんて聞いた事ない。あれ? もしかして......」
そこまで口に出して初めて思い出した。
昨日、フルダイブ技術の実験に参加したんだよな?
そして......寝ても目覚めない。
「うわぁっ! もしかして仮想世界かよっ! 最高じゃん!」
そう思い至ってみると、この非現実も違う様に見えて来る。
見える景色が全て作られた物と考えると、確かにおかしいと思うんだ。。
普段当たり前に感じる感覚が無いのだ。
一番の違いは物に触った時に温度を感じない事。
ただ単純に物が存在しているだけなんだよな。
水は味こそ感じたが、冷たさを覚えていない。
硬いのか柔らかいのかと言う感覚も無いんだ。
それに俺以外の生物が居ない事が変だ。
川にも小魚さえ居なかったし、これだけ木があるのに昆虫も見当たらない。
もしかして人も居ないんだろうか?
「チョット待って。俺って仮想世界でもボッチ確定!? それは無いわぁ」
喜んだのも束の間、まさか仮想世界で孤独感を感じるとは思わなかった。
せめて動物の一匹でも居れば良いのに!
そんな風に考えてしまうと、何だか動く事すら億劫になってしまう。
その時、耳慣れない音が聞こえたんだ。
「い、今何か聞こえたよな? 誰か居るのか?」
絶対聞き逃すものかと、俺は耳に意識を集中する。
ピュルルルル。
微かに聞こえる音。
それを聞いた俺は、すぐさま行動に移った。
絶対に見つけてやるんだ!
「俺はボッチではなぁぁぁぁいっ!!!」
叫びながら身軽に木から降り、聞こえた方向へ向かって走る。
幸いな事に進もうと考えている方向と同じ川下。
行く手の木が邪魔に感じるが、ぶつからない様に走る事数分。
ピュルル-。
その音はハッキリと耳に届いた。
方向は上空だ。俺は覚悟を決めて空を見上げた。
あれは......鳥だ! 間違いない!
上空を気持ちよさそうに飛ぶ、小さな黄色い鳥。
それも一羽じゃない。隊列を組む様に飛んでいたんだ。
しかもその周辺木々にも同じ色の鳥を発見した。
「よっしゃー! ボッチ卒業だぁ! やったぜ!」
嬉しさのあまり叫んでしまったんだよ。
その瞬間、バサバサッと一斉に飛び去ってしまう黄色い鳥達......うそ-ん。
「ちょ! ごめんなさい! お願いだから1人にしないでぇー」
がくりと膝をついた俺は、しばらくフリ-ズした。
折角見つけたお友達候補が、居なくなってしまったんだよ!
何やってんだよ俺! 大声出したら逃げるだろう!
そのまま1時間、地面にのの字を描き続けたとさ。
「ふぅ。と、とにかく。動物が居る事は分かった。これなら人も居るかも知れない!」
そんな訳で思いっきり失敗したのだが、俺は頭を切り替えた。
俺は切り替えの出来る男だ。同じ失敗はもうしない......はず。
特に汚れてもいないズボンの膝部分を叩き、もう一度俺は立ち上がる。
そして予定通り街か村を見つける為、川下へ向かって歩き始めたんだ。
◇◇◇
歩き始めてから、かれこれ数時間。
未だ何も発見できない。
やはり山だった様で、下っている感覚はあるんだ。
でも景色は全く変わらない。川以外は同じ様な植物と木々。
途中空腹を感じたので、見つけた柑橘類を食べた。
そして水分もしっかりと補給した。
この時、ちょっと確認したんだ。
食べ物を食べるんだから、排泄もあるはずだよね。
そう思い大事な部分をこっそりチェック。
うん。見慣れた相棒は健在だった。でも尿意は感じない。
この仮想世界では排泄は必要ないんだろうか?
でも食べたい欲求はあるんだよね。何か不思議だ。
疑問はそれだけじゃ無いんだ。
最も重要であるはずの心音が感じられないんだ。
俺の身体はどうやって動いているんだろう?
「良く考えたら、ここは仮想世界なんだよな。それなら俺も含めて全部データになるのか?」
自分の身体を触りながら思い出す。
そう言えば健康診断した意味って、俺の身体のデ-タを取る為だったんじゃ無いか?
だから現実の俺と変わらない背格好なのか。
どうせ仮想世界ならさ。チョットぐらい容姿いじってくれたら良かったのに!
アニメやラノベだったら、色々いじれるのになぁ。
まぁゲームじゃ無いんだけどさ。
「ステ-タスオ-プン! とか言ったら何か出たり?」
悲しいかな何も出ませんでした。とっても残念です!
そんな馬鹿な考え事を終わらせて、再び歩き出す俺だった。
でもさ。全く景色が変わらないんだよ。
陽はどんどん傾いて行くけど、延々何も変わらない。
そうなると流石に、このまま歩く気持ちも失せて来る。
「もう今日はこの辺で休もうかな。夜は歩きたくないし」
決めたら行動は早い。素早く食料の果物をゲッツし、川辺に座る。
今日も空に妖しく輝く月っぽい物を見ながら夕飯を済ませた。
その時だ!
ガサガサ。
辺りが暗く良く見えないのだが、何かが動いている感覚がする。
この感覚も不思議で、頭がそう感じているんだよな。
でもこの感覚って何か変だ。
表現しにくいんだが、ザワザワする感じなんだよ。
そんな風に考えている俺だったが、次の瞬間に思考停止した。
不意に近くの暗闇から大きな物が現れたのだ!
ソレはゆっくりと、こちらへ向かって来る。
パキッ。
⁉ やばい。完全に詰んだぞこれ。
新しいお友達候補には、なりそうもない。
「ク、クマだよな? クソッ。何で昨日みたいに木に登らなかったんだ俺」
ソレは赤茶色のクマだった。
鋭い目でこちらを見ながら歩いてくる。
直ぐにでも走って逃げたいが、俺の知っているクマならそれは悪手でしか無い。
クマは時速40キロ程のスピ-ドで走ると言われているんだ。
あっちがその気なら、あっという間に捕まるだろう。
それにさっきから身体が動かないんだ。
人は恐怖を感じた時に動けないと言うが、本当にそうだった。
今の場合は頭が恐怖を感じているんだろうけど。
もう既に俺達の距離は数メ-トル。
ここで俺は諦めた。
本当に死ぬわけじゃ無い。ここは仮想世界なのだ。
そしてその時は来た......!?
「え!? 素通りした? 何で?」
そのクマは俺の横を通り、川の水を飲み始めたんだ。
絶対に喰われると思っていた俺は、今の状況に困惑した。
どうすれば良い? 今のうちに逃げるか?
いやいや。追いかけてきたら捕まる。
「おい人間。お前は何でこんな所に居る?」
「へ? だ、誰?」
「面白い人間だな。俺以外誰も居らんだろうが」
「い、いやチョット待って! 思考が追い付かない。え? マジで? 喋るの? クマなのに?」
いきなり話しかけて来たクマに、再び混乱する俺。
動物が話せると言う衝撃は、そう簡単に受け入れられない。
そんな俺を不思議そうな顔で見ているクマ。
するとあろう事か、クマは俺の横に座り込んだんだ。
壊れた人形の様にギギギと首を回す俺。
この出会いが今後の実験生活に、多大な影響を与える事になるとは想像もしていなかったんだ―――
あるぅ日♪森の中♪クマさんに♪出会たぁああ!!
果たしてミナトの運命や如何に。