episode3:驚く中の人達
ミナトが仮想空間へダイブした頃。
「クルミさん。ミナト君に会わなくて良かったんですか?」
「九条。彼が私に会えば変な先入観が生まれる。だからこれで良いのだよ」
「そうですか。責任者であるクルミさんがそう仰るなら、これ以上は言いません」
「では研究者諸君。実験開始と同時に、ミナトの健康状態のチェックを開始しなさい」
ミナトが研究室を訪れた時、クルミは自身の部屋に居たのだ。
しかし九条や他の研究者には、ミナトに伝えない様に厳命した。
この研究に際して人間を実験に使う事は、秘匿されなければならない。
何故なら、この実験による最悪の事態を想定しなければならなかったからだ。
クルミ自身、ミナトに特別な感情は持ち合わせていない。
しかしだからと言って学生の生命を脅かす事は出来ない。
その為、実験中のミナトの身体は医療スタッフが掛かりきりで診ている。
「どうだ? 無事にミナトの意識は仮想空間へ向かったのか?」
「ええ。システムは正常に作動しています。間もなく映像が届きますので、しばらくお待ちください」
ミナトが大型の機械であるZORAに入った後、直ぐに医療スタッフが点滴などの処置を行った。
BMIと呼ばれるプログラムを内蔵し、小型の物と違いより多くの機能を備えるマシン。
これまでにもBMIを搭載した機器は多く生みだされて来た。
脳波を利用して物を動かしたり、カメラ映像等を脳へ直接刺激を与える事により感覚器を通さず入力を可能にする技術は既にあるのだ。
だがこの技術も情報の流れが一方通行の片方向インターフェースしか実現できていない。
それを覆し双方向インターフェースを実現させたのが、ZORAと呼ばれるマシンなのだ。
「クルミさん。映像来ました」
「あれが仮想空間のミナトか。だが動いていないようだが?」
「時間を早めている影響でしょうか? 意識は間違いなくあるはずなんですが」
「そうか。仮想空間では現実の7倍の速さで進んでいるのだったな」
この時、ミナト自身はそう言った感覚は無い。
より多くの実験デ-タを得る為に、現実世界とは違う時間設定を行ったのだった。
「あっ。起き上がりましたよ! しかもこの脳波を見て下さい! 既に彼は仮想空間に順応しています!」
「脳が若いと順応性も高いのか? それともミナトだからなのか? 今後は新たな被験者も欲しいな」
「凄い。極めてスム-ズな動きだ。えっ⁉ 水を飲んだ⁉」
「何!? まさか味覚や空腹感まで感じているのか?! 一体どう言う感性を持っているんだ奴は」
九条やクルミが驚くのも無理はない。
これまで何かを動かすという事しか想定していなかったのだ。
なので仮想空間内で動いた事だけでも、実験は成功と言っても良かった。
「これは凄い事になりました。彼の行動を24時間体制で確認する必要が出てきました」
「ああ。直ぐに人員を確保する様に。全く驚かせてくれる」
「ん? どうしたんでしょうか? 川下へ移動し始めましたね」
「ほう。もしや人里へ向かうつもりか? 面白い! 九条。AI搭載の人型は用意出来ているのだろう?」
「はい。この仮想空間自体はそれ程広くありませんが、今後拡張等も想定して用意は出来ています」
ここまで早くミナトが動き回る事は、完全に想定外だった。
初めての実験なので、あわよくば動ければ良い程度の認識しかなかったのだから。
「あれ? ミナト君の動きが悪くなりましたね」
「ちょっと待て。もしや空腹で思ったように動けないのではないか?」
「いやいや。クルミさん。まだそんな設定していませんよ?」
「食料になる物は用意しているのか? あれば至急仮想空間に用意しろ! アイツはやらかすはずだ!」
仮想空間内での飲食は、この時点では想定していなかった。
動物や人型にはAIを搭載し、成長を促す事は考えていた。
なので実験の進み具合に合わせて食料なども随時設定する予定になっていたのだ。
しかしそれも今後の課題として準備していた物だったのだが。
「と、とりあえず果物系は準備出来ました! 流石に動物系は間に合いませんが」
「それで良い。見て見ろ。動き出したぞ」
「は、早い! もう見つけましたね。ええ⁉ 彼が木に登っています!」
「何をするつもりだ? ちょっと音声データを聞いてみようか」
「直ぐに準備します! そう言えば何か喋ってましたね。まさか声も出せるなんて......」
誰にも予想できない速さで順応するミナト。
喋ると言う行動も普通なら出来るはずが無いのだ。
「アハハハ。こいつ面白すぎるだろ。仮想空間の水飲んで腹を壊す訳がない!」
「クルミさん。俺もお腹が痛いです。彼って何も分かってないですよね。お腹壊すって!」
「確か私がサインを急かせたから、仮想空間の設定も読んでないのだろうよ」
「それ本人に言ったらだめですよ。彼は知識なく実験を開始したんですから」
「それにしても予想通り人里を目指したようだ。それにこいつ木の上で寝るつもりだ」
「その様ですね。普通に眠っても襲われる事は無いんですがね。なんせ動物はまだ準備してませんから」
そうとは知らないミナトは、木のつるから作ったロ-プで身体を縛り眠りに入った。
それを確認した九条達研究者は、慌てて街や村のデ-タ入力や仮想空間の拡張を急いだのだった。
研究者も驚く速さで順応するミナト。
既に何かやらかすと思われている様です。