episode1:出会い
連載はじめました。
皆様宜しくお願いします!
俺は佐枝 湊。
現在大学の三回生だ。一浪して何とか合格した大学だったが、将来に夢がある訳では無い。
そんな俺も来年で卒業するにあたって、卒業論文のテーマを考えていたんだ。
だが中々これと言ったテーマが浮かばなかった。
そこで趣味であるゲーム・アニメ・ラノベの知識から、あるテ-マを導き出したんだ。
それは「フルダイブ技術」だ。
アニメやラノベでは当たり前の様に描かれているが、未だにそう言ったゲーム等は出ていない。
それは何故か? 1つの要因は脳への影響が考えられるだろう。
という事で、自分なりに脳について調べてみたんだ。
大学の図書室で調べてみると、脳の機能には「一次機能」と「高次脳機能」の二つがあるらしい。
「一次機能」は目や耳等の「感覚受容器」で感じた光や音を脳に伝える知覚機能、或いは「運動効果器」である手足を動かす運動機能等の事。
そして「高次脳機能」は、一次機能から得た情報をより高等な命令に変換する機能を指す。
日々の生活の経験や知識、記憶や言語を関連付けて理解する「認知」、それを言葉で説明する「言語」、新たに記憶する「記憶」、目的を持って行動に移す「行為・遂行」、社会的な行動が出来る「情動・人格」等の能力なのだ。
「書いてある事は理解出来るんだが、チンプンカンプンだなこれは」
「ほう。珍しい人物を見かけたと思ったら、小難しい本を読んでいるのだな」
思わず独り言を呟いた俺に話しかけて来たのは、寝ぐせの付いた黒髪を背中まで伸ばし、度の強そうな丸眼鏡を掛けた身長の低い女性だった。
白衣を着ている様子から、この大学の学生か或いは教授? なのだろうか?
「女の身体をジロジロと見るとは、お主変態か?」
「す、すみません! 見た事の無い女性だったので!」
「おい! 私の講義に出ているだろう! 佐枝 湊!」
「へ? ん? も、もしかして黒岩教授⁉」
俺は目立つ事が嫌いな為、講義を受ける教室では常に最後列に座るんだ。
だから各講義の教授の顔も何となくしか覚えていない。
そんな俺でも女性の教授だけは、覚えているつもりだったんだよ。
まぁ目の前の人物は分からなかった訳だが。
「はぁ。まぁ良いわ。私も自分の講義に来る生徒は、殆んど覚えて居らんしな!」
黒岩教授は両手を腰に当てて、キリっとした表情を作る。
「それって自慢する事じゃ無い気が......ってそれなら何故? 俺を覚えてるんですか? 俺って目立ちませんよね?」
「私の講座を受ける学生はそれ程多くない。な・の・に! 空席の目立つ教室で、常に最後列に座る奴に興味を持ったのだよ。佐枝 湊」
「ああ。逆に目立ってしまったって事ですか」
いちいちフルネ-ムで呼ばれるって何だか新鮮だとか思うんだが?
それにしても今の大学に入って、初めて女性と会話した気がする。
実家からの仕送り少ないから、普段は大学とバイト先の往復しかしてないんだよ。
そのバイト先も小さい居酒屋の厨房だから、周りは店長のおっさんと男のバイトだけだからなぁ。
「こらこら。私と会話しながら物思いにふけるとは、良い度胸だな?」
「はっ⁉ すみません! あまり女性と会話した記憶が無くてですね」
「何となく察した。佐枝 湊は残念男子だという事がな」
「軽くディスるの辞めて貰えません⁉」
「それよりもだ。何故? 脳について調べておったのだ?」
黒岩教授にそう聞かれた俺は、正直に卒論のテ-マについて話した。
時折相づちを打ちながら聞いていた教授は、暫く考え込んだ後に俺に言ったんだ。
「佐枝 湊よ。私の研究室で、その卒論のテ-マについて学ぶ気はあるか?」
「え? 黒岩教授の講義って構造心理学でしたよね? それが俺の卒論テ-マに何の関係が?」
「何を言っておる。そもそも構造心理学とは......」
それから小一時間にわたり、黒岩教授の話は続いたんだ。
研究者って話し始めると止まらないんだよ。
最初こそ真面目に聞いてはいたんだが、途中からハッキリと覚えていない。
ふと気が付いた時には、俺の研究室入りが決まっていたんだよ!
もしかして、黒岩教授って催眠術とか使うんだろうか?
なし崩し的に決まった話であったが、不思議な事に嫌な気持ちにはならなかったんだ。
◇◇◇
そして翌日。午前中しか講義の無かった俺は、黒岩教授の研究室へ向かった。
この大学の構内は非常に広い。地方の大学だからかもだけどね。
目的の研究室は、その広い構内のほぼ最奥にあった。
「昨日簡単に書いて貰った地図によると、ここなんだろうけど。本当に合ってるのか? クッソデカいし、人の気配がしないんだけど」
「コホン。よく来たな! 佐枝 湊! 入るが良い!」
ボケっと大きな建物を観察していた俺だったが、黒岩教授の声で我に返る。
右手を腰に当て、左手で俺を指差すポ-ズで立っている女性。
身長が低いせいか威厳は感じない。
俺は175センチなんだが、黒岩教授は150センチぐらいだろうか?
そんな事を思っていたら、黒岩教授がズカズカと俺の前に歩いて来た。
そして......おもむろにボディ-ブロ-!
「グハッ。な、何するんですか⁉」
「ん? お主が良からぬことを考えていた気がしてな」
「エ、エスパ-ですか⁉」
「馬鹿か! 顔に書いてあるのだ! そんな事より早う入らんか!」
小さいくせに良いパンチをお持ちだった訳だが、とりあえず教授の後に続いて建物に入った。
その際、1枚のカ-ドを渡されたんだ。
ICチップが入っている様で、全てドアにあるセンサ-にかざせば良いと教えられた。
今思ったんだが、もしかしてこの馬鹿でかい建物全てが研究室何だろうか?
「お主の考えは間違っておらんよ。この建物全てが私の研究室だ」
「や、やっぱりエスパーなんじゃ?」
「だからお主は顔に書いてあると言うとろうが。ほれこの部屋に入り給え」
案内された部屋は応接室の様だったが、必要最低限の物しか置いていない為、何だか寂しい印象を受けた。
俺は促されるままソファ-へ座り、その対面に教授が良い香りのコ-ヒ-を持ってやって来た。
うん。タイトスカ-トって何だが良いね! 大人の女性って感じがする。小さいけど。
「ほう。まだ殴られ足りないようだな」
「ご、ごめんなさい! こ、拳を握らないで!」
「......ミナト。これからはそう呼ぶことにしようか」
「何故いきなり呼び捨て⁉ ま、まぁ新鮮で良いですけど」
「私の事は胡桃様と呼べ。年上には敬意を持って接するように」
「ん? それは良いんですが、どっちかと言うとクルミちゃんって感じが......」
「あ?」
「何でもありません! クルミ様!」
この教授って面白いかも知れない。
名前も黒岩 胡桃って今初めて知ったけど。
「まったく。話が進まんでは無いか!」
「あはは。なんかすみません。そ、それでですね。何でこの研究室ってこんなに大きいんですか? もはや研究棟じゃ無いですか!」
「ミナトは人の話を聞いておらんようだな。それについては昨日説明したでは無いか!」
「昨日? そんな事言ってましたっけ?」
「お前と言う奴は! そんな事で良くこの大学に入れたものだな」
「学業はそれなりに頑張ってますから!」
「......簡単に説明する。そもそも人の精神は何処にあると思う?」
「精神? えっと心って事ですよね? 何処だろう? この胸のあたり?」
「ふむ。ミナトは純粋なのだな。心のメモにポエマ-を追加しておこう」
「そ、それだけは勘弁してください! 何かが失われた気がするんで!」
ジャンピング土下座を決めながら、必死の懇願をした。
そんな俺にため息をつきながら、黒岩教授改めクルミ様は精神について説明をしてくれた。
クルミ様曰く人の精神(心も含む)は、脳にあるのだと言うのだ。
だから心理学を勉強するにあたり、脳の仕組みについて研究を行っていると。
そして数年の研究成果を学会に提出した所、日本政府から打診が来たと言うのだ。
「もしかしてクルミ様って凄い人なんですか⁉」
「うむ。私は偉い! そして可愛い! 崇めたまへ若人よ!」
「ははぁ-! お代官様!」
「誰がお代官様じゃ! ノリの良いのは好きだが、いちいち脱線させるな! その打診と言うのが......」
日本政府からの打診は、クルミ様の研究を様々な分野に活かせないか? という話だった。
クルミ様自身、研究費を得る事が出来るのでメリットが大きかった。
大学の研究室は多い。その中でも目に見える成果が無いと、予算は中々下りないらしい。
「その打診の中には、フルダイブ技術に関する物もある。故にこの研究室には、その分野の専門家が派遣されておる。勿論それだけでは無いがな」
「成程! 話は理解出来ました。でも俺は何をすれば? 技術も知識もありませんよ?」
「そんな事は分かっておる。ミナトには研究チ-ムの協力をお願いしたい。なに、タダとは言わん」
「え!? お金貰えるんですか⁉ やります! 是非やらせてください!」
「良し分かった! ならこの契約書にサインするのだ! 今すぐに!」
この時の馬鹿さ加減を後々後悔する事になる。
だって碌に内容も確認しないまま、サインしてしまったんだから。
俺はとにかく貧乏を脱出したかったんだよ! バイト代も安いし!
そして契約書にサインした後、応接室を出て別の部屋へ案内されたんだ。
その部屋には白衣を着た大勢の男女と、部屋の中央に大きな機械が置いてあった。
部屋に入って来た俺達を見て、その中の1人がこちらへ歩いて来る。
「クルミさん! もしかしてその人が協力者の方ですか?」
「九条君。そうだ。名前はミナトと言う。ミナト。こいつは研究者の九条だ」
「ミナト君! よろしくお願いしますね!」
「は、はい。九条さん? こちらこそよろしくお願いします」
とても嬉しそうに俺の手を握りながら挨拶をする九条という男性。
若干引き気味な俺は、その勢いに圧倒された。
「そ、それで俺は何をすれば?」
「それじゃあ今から健康診断をします。隣の部屋で先ずは採血をしてもらって、後は順番に指示通り動いてください」
何が何やら分からないまま、俺はいきなり検査を受ける事になった。
検査自体は一般的な健康診断と同じ。ただMRIや胃カメラまであったのは驚いた。
全ての検査を終えるまで、かなりの時間が掛かった。
お昼過ぎに訪れた研究室だったんだが、建物を出る頃には日が暮れていた。
「うわぁぁぁ!! バイト間に合わないよ!」
「ミナト。そのバイトだがな。私が連絡を入れておいた。本日をもってミナトにはバイトを辞めて貰った!」
「はい!? じょ、冗談ですよね⁉ そんないきなり辞めるって! お世話になった挨拶もしてないのに!」
「大丈夫だ。店長も喜んでこちらに任せると言っていたぞ。だからミナトは安心してここに通いたまへ」
「そ、その分もお金貰えるんですか? 正直バイト代が無いと生活に困るんですよ!」
「うむ。何も問題は無いぞ。大学を卒業する迄、ミナトの生活は保障しよう。だから安心して家に帰り、明日また顔を出す様に。診断結果は明日出るのでな」
「マ、マジですか! やったぁあああ」
何度も言うが、この日の事を後悔する事になるんだよ!
そんなうまい話あるはずないって言うのに! 大バカ者だよ。この日の俺!
誤字などは見つけ次第、随時訂正します。