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作者: 五十鈴

「雨の音ってホワイトノイズとも言うらしいよ。」



雨の日。頭に痛みを感じて教室の後方窓側の席で外を眺めながらふと思い出す。誰が言ったんだったか。もう記憶にはない。ノートも教科書も不機嫌の様だ。少し湿気ている。


終わりのチャイムが鳴る。北斗は椅子から立ち上がり、机の上にある少し湿気った教科書やノートを閉じないまま、乱暴に椅子を突き飛ばし、そのまま早足で教室から出る。


走る。

廊下を走る。

何度か人とぶつかりそうになりながらも小走りで。

教室から出た瞬間、スイッチか何か入った様に。

向かう場所は決めていない。

ゴールの無い長距離走を北斗は始めた。



暫く廊下を1人走っていると、今日は人気の無い場所に行きたい気分になってきた。


仕方が無い。気分は気分だ。探す事としよう。


そして最初に思いついたのが校庭だった。

何故か?それは、雨が降っていれば誰も使わないと考えたからだ。しかし、北斗は靴を履きながらある事を思った。

良く考えれば、自分の教室から校庭が見えるので普通にクラスの人に目撃されてしまうでは無いか。と。


だから校庭に行くのは辞め、次は旧理科室に行く事を考えた。

今度は何の問題も無い自信があった。教室からも見えなければこの場所は普通人は立ち入らない。だから正真正銘1人になれる場所なのだ。


ただ、この考えにも抜けがあった。

実際旧理科室までは誰にも目撃されず、特に何の問題も発生せず辿り着いた。しかし問題はその先だった。

薬品が集められている旧理科室の鍵が開いている訳が無いのだ。北斗はその場で小さく舌打ちをし、溜息を着くとそのまままた別の場所の方へと足を進める事にした。


そして北斗は最後の選択肢として残しておいた屋上を選んだ。ただ、現実の屋上はアニメの屋上の様に先生の監視無しで、自由開放される事なんて滅多に無い上、鍵は常に総務部の先生達が持って居るのだ。仮に鍵が空いていたとしても後で大問題になる。所謂他の場所とは遥かにレベルに違いがあった。

ただ、北斗には並外れた好奇心が存在していた為、行かないという選択肢は彼の中に存在はしていなかったらしく、やはり彼は屋上の方へと足を進めていた。


湿った空気の中、一段一段あまり埃の積もっていない階段を上る。試しに手摺に触れると、手摺からは雨の日特有の湿っけを感じられ少し手に埃が付着した。

どうやら掃除当番もここまで掃除はしていないようだ。それもそうか。こんな階段滅多に使わないし………。


階段を登り切った後、試しに屋上のドアノブを回してみる事にした。


「開いてる。」


ドアが開いている。何かの手違いだろうか?それとも誰か屋上を使用しているのだろうか。

北斗はドアの扉を思い切り前に押し、開いた。


ギギギギギッ。


金属が擦れ合うような耳障りな音が周囲に響いた。

そんな耳障りな音を立てたにも関わらず、人の声や足音はおろか、人の気配すらも感じなかった。



北斗はそのまま前に進む。

すぐに屋根が無くなるのは知っていた。

それでも何も言わずにただ前に進む。

朝よりも大粒になった雨に振られながら進む。


手に付着した埃を洗い流し、教室で感じていた頭痛も冷たい雨に打たれ感じ無くなっていた。どうやら雨が全て流してくれたらしい。



北斗は気が付けばフェンスの向こう側に立っていた。

別に何を意識した訳では無い。

ただ誰に何か言われた訳でも、そうしなければならない理由があった訳でも無いのに自然とそちらの方へと足が向き、気が付けばフェンスを乗り越えていたのだ。


「何してるの?」


声が聞こえた。聞き覚えのある、いや、よく聞きなれた声だった。

勿論、どれだけ見渡してもここには自分以外誰もいない。

どうやらここに来てより一層鮮明に思い出してしまったらしい。


「さぁね。」


これ以上行く場所も無い北斗は、教室に戻る気にならず、もうこれ以上どうにもならなさそうだったので、暇つぶしにでもと思い声に返事をした。

声は困っているのだろうか。黙りこくってしまった。



「君は誰だったかな。」


「私はあなたの1番大切な人です。」


声は笑った。湿った笑いだ。

耳元で。という訳では無く、ずっと遠くで。

雨の音に紛れる様に本当に遠くで。


「じゃあきっと君は僕の1番大嫌いな人だ。」


声はまた笑った。乾いた笑いだ。

どうやら正解の様だ。


「なぁ、七海。そうだろ?」


どうやら図星の様だった。

声は笑う事を辞め、黙りこくってしまった。

どれだけ頑張って耳をすまして聞こうとしても、もう一言も声は喋らなかったし自分の存在をアピールする事さえもしなかった。



暫くして北斗はまた頭に痛みを感じ始めた。

それは、声が北斗の目の前から立ち去って数分の事だった。


そして北斗は頭痛と共に寂しさを感じた。

言葉に表せないような寂しさ。

突如心に穴が空いてしまったかのような寂しさ。

少し寒気もする。



前に進まなければ。



雨に打たれ、濡れた黒髪。

肌に張り付いた気持ちの悪い白いシャツ。

黒く染った制服のズボン。


「もしもし。」


北斗はポケットから携帯を取り出し、唐突に誰かに電話をかけた。


「雨の音ってホワイトノイズとも言うらしいよ。」


内容はそれだけだった。

それから北斗は、携帯電話を屋上のフェンスの向こうへと放り投げ前に進む事にした。






『次のニュースです。今日午後、12:30頃 ○○高等学校の屋上から 生徒の 七海 北斗 さん 17歳が飛び降り自殺を図り、先程搬送先の病院で死亡が確認されました。現場にはーーーーーーーーーー。』

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