6話 最強と有利不利
岩陰を利用し、オーディンは慎重に山を登っていく。
既に毒ガスは1段階目の白い線まで行き、2段階目の白い線が表示されていた。
その白い円は南西側が大きく入るようになっており、4つの山もすべてが入るように存在していた。
ひとみからの質問に答えつつも歩みは止めない。
気が付けばオーディンは頂上付近までやってきた。
だが、ここまで登って来ても敵と遭遇するとこは一度も無かった。
『戦闘タイムって言った割に何にもないねぇ』
「今は戦闘するための準備段階なんだよ。敵が居るから適当に突っ込めば良いってもんじゃねぇ。特にSRの場合はな」
山の頂上から、オーディンは南方面にある工場を【バレットM82A1】に付いたスコープで覗いた。
そのスコープの先には8倍にまで拡大され、工場に設置された開かれている扉がまで見て取れる。
「このゲームに存在する扉は全て閉まった状態で存在する。つまり工場の扉が開いてるって事は誰かがそこに居たって証明なんだ。そうなると、時間的に工場を一番最初に出現する地点に選択したチームが居たって考えるのが一番在り得る」
『でも、最初に漁ったならもう漁り終えて移動してるかもよ?』
「だな。だがーー」
そう言うと、この山と工場の間にある家屋にスコープを向けた。
次に隣の山と工場の間に存在する家屋を覗く。
「向こう側の山との間に存在する家屋が漁られてるな。で、こっち側の山との間に存在する家屋が漁られてないってことは向こう側の山に居るな」
四角形の右下にあたる向かい山の頂上から、ゆっくりと斜面を下るように見ていく。
『本当に居た……』
そうすれば山の中腹ほどに3人の人影を発見することが出来た。
急な斜面、更に言えばそんなに岩や木も存在しない急斜面だ。
視線の先の3人がゆっくり登るのがはっきりと見て取れた。
「山が、というよりも高所が強い理由、其の1。こんな風に遠くまで視界が通るから敵を見つけやすい」
オーディンは膝立ちになると、【バレットM82A1】を構える。
そして、深呼吸をしながら段々と呼吸を落ち着けていった。
呼吸と合わせるように、腕の微妙な揺れも小さくなっていく。
「先に見つければ先に撃てる。先に撃てるって事は落ち着いて初弾を撃てるって事だ。距離は300mちょい、敵の構成はSR1、AR1、SMG1。長距離射程持ちはSR持ち一人だな」
SR使いの少し左上に来た段階で彼は引き金を引く。
ひとみの眼には外れるように見えたその照準だったが、SR使いの頭に命中し、その身体を半透明へと変化させた。
「高所が強い理由、其の2。俺様はいくらでも相手の姿を見れるのに、相手は俺様が少し移動するだけで姿を見失う。まぁ、場所によっては例外があるがな」
【バレットM82A1】の横に付いたレバーを引きながら、オーディンはその場に伏せた。
その伏せただけの動作で相手の視界からオーディンの姿を確認できなくなる。
そして、再び膝立ちになり、AR使いに狙いを定めた。
AR使いは必死に隠れようとしているのだろう。
地に伏せ、周りの様子を伺っている。
だが、その様子は手に取るように見ることが出来た。
例えば背の高い草に覆われた茂みだったり、なだらかな下り坂のような場所だったらそれで姿を隠せていたのだろう。
しかし、そのどちらでもない向かいの山の中腹だ。
容赦なく引き金を引き、AR使いに向かって弾丸が飛んでいく。
『やった、当たってる。倒した!?』
「いや、まだだ。狙いが少し下だった。当たったのは胴体だからまだ生きてる」
頭を狙っていたが、その弾丸は僅かに下に飛んだ。
その結果AR使いはまだ生存している。
そして、立ち上がると共にこちらに向かってやみくもに撃ってきた。
「高所が強い理由、其の3。有効射程の差だ。このゲームは重力を再現してる。なら、放たれる弾丸も重力の影響を受けるんだよ。さて、ARの有効射程は300mほど。つまり平地でギリギリ狙える距離だが、高いところに向かって撃つ場合はその射程が落ちる。同じ距離でも下にあるゴミ箱と上にあるバスケのゴールポスト。狙いやすいのはどちらかな?」
高さの差だけでなく、元々AR以上の有効射程を持つSRだ。
AR使いの弾丸はオーディンに一発も当たらずに、オーディンの放った弾丸は容易にAR使いの胴体に風穴を開けた。
合計2発の弾丸を胴体に喰らったAR使いは、半透明となる。
3人目のSMG使いはオーディンとは逆側に走っていた。
「っち、味方を捨てて逃げたか。一番面倒だな」
SMGはAR以下の射程、近距離用の武器である。
この距離で撃ち合いは不可能、更に遮蔽も無いので【蘇生薬】を使って味方を助けるのも不可能と判断をしたのだろう。
その判断は正しいと思う。
思うからこそオーディンにとって一番嫌な選択であった。
4発目となる弾丸を放つが、弾が当たる直前にSMG使いは走る方向を変えた。
『避けた!?』
「当たらずとも遠からずだ。撃ってから命中するまでに少し時間がある。つまり走ってる敵が居るところを撃てば、既にそこから敵は居なくなってるわけだ。だから遠くの敵を撃つときは数瞬後の敵が居るところを撃つ。だから、ああやってジグザグには知られると当てにくいんだよ」
『どうすんの!?』
「当てにくいだけで、当てられない訳じゃない。例えば曲がった瞬間とかを狙えば……、当てることもできる。」
放った5発目は狙いを少し逸れ、左肩に命中した。
だが、その命中した衝撃でだろう。
SMG使いは崖から足を踏み外し、下に落ちて行った。
オーディンは引き金から指を離さず、目線を左腕に付けた時計のような物、【バトルウォッチ】に向ける。
そこには赤字で
【0d1n バレットM82A1 ヘッドショット YUUKAN
0d1n バレットM82A1 RYOTIN
落下死 TONTON】
などと表示されていた。
『この文字は?』
「キルログだ。誰が、誰を倒したかを表示する。戦闘でダウン状態なら黒字、蘇生不可能な状態までいったら赤字でここに名前が刻まれる。これはさっきのやつらだな。最後のやつは崖から落ちて落下ダメージで倒れたから全滅したようだな。それより急ぐぞ」
オーディンは【バレットM82A1】を急いで背負い、来た道をなぞるように戻る。
「今、一番不味いことは何だと思う?」
『えっと、崖から滑り落ちる事?』
「確かにそれは嫌だが、違う。漁夫の利を狙ったチームが来ることだ」
オーディンは走りながら、頂上付近を気にして走る。
「銃声を聞けばそこに敵が居ることは分かる。そしてキルログを見ていれば決着したことも分かる。決着ついた瞬間に仕掛ければ、そこには傷ついたり、弾を込めなおしてるボロボロの敵。大して漁夫を仕掛けた側は万全の状態。どっちが有利だと思う?」
『漁夫を仕掛けた側……』
「正解。更に言えばSRは近距離戦に向かない、今仕掛けられたら十中八九負ける。このゲームは身体能力や体格に差はない。距離によって武器の強い弱いはあるが、選べる元々の武器は同じ。反射神経とか多少は差はあるが、基本的に敵も味方も同じ能力だと思え。全て同じ能力値ならば、何処で差を付ければいい?」
それは今までの言動にヒントが隠されていた。
ひとみは今までのオーディンのセリフを思い出す。
答えは直ぐに出すことが出来た。
『…………有利な状況で戦う』
「そうだ。だから不利な状況では勝負せずに、一回引いて自分が有利になる状況を作り出す」
だが、全てが上手く行くわけでは無かった。
最悪の状況は実現し、それを回避することが出来なかった。
背後から連続した銃声が響く。
「っち、思ったよりも早かったか」
幸いにも初撃は全てオーディンから逸れていた。
だが、それは攻撃が終わったことを意味してはいなかった。
一人のSR使いが上に残り、二人のAR使いがオーディンに向かって走り出していた。
既に逃げ切れる距離ではないと判断し、【バレットM82A1】を構える。
オーディンはゆっくり狙っていた先ほどとは違い、スコープを覗いた瞬間に撃つ。
その銃口の先に居たSR使いの頭から赤い飛沫が飛んだ。
『凄ッ⁉』
「まず、一人」
オーディンの動きにひとみは思わず声を上げる。
しかし、敵はそれでは終わらなかった。
直ぐに放たれる無数の弾丸。
オーディンは姿勢を丸め、なるべく身体を小さくする事で被弾を減らす。
そして、直ぐに【バレットM82A1】の横のレバーを引いた。
多くのSRはこのレバーを引かなければ、次の弾丸を放つことが出来ない。
SRが近距離戦に向かない、次弾を放つまでに時間が掛かる一番の理由であった。
次弾を放つ準備が整う前に肩と、腕に一発ずつ被弾する。
撃つ準備の整ったオーディンは先ほどと同じように、スコープを覗いて一瞬で引き金を引く。
その弾丸は頭に向かうはずだったが、その前に微妙に突き出た胸板に吸収された。
ヒット判定は頭ではなく、胸。
防具を着込んだ相手はそれでは死なない。
返礼とばかりに、2方向から降る弾丸がオーディンの頭を貫いた。
『You are annihilated《君たちは全滅した≫』
次の瞬間には視界がモノクロに変化し、このメッセージが視界に表示されている。
オーディンは負けたのだった。
「高所の有利な理由、其の4だ。このゲームは弾が当たる場所によってダメージが変わる。そして、高所からは頭が全部見え、下からなら若干頭が他の部位で隠れる。微妙な差だが、それでも決定的に有利不利が出る大きな差だ」
「でも凄かったよ! 一人目は一瞬で倒したし、二人目もあわや倒せるんじゃないかと思った。オーディンって本当に強いんだね、凄く惜しかった」
全滅後、出てきた【ロビーに戻る】ボタンを押した。
戻ってきたロビーは色が存在し、そこにはひとみの姿もあった。
「惜しかったは励ましに言っても、強くなりたいのなら言ってはダメなセリフだ。さっきのは最初のパーティを倒す際に、AR使いを倒した時点で漁夫が近づいてないかを確認するべきだったな。そうすれば有利位置を取ったまま戦えていたかもしれない……」
先ほどの一瞬でSR使いを倒した力は、不利な状況でも敵を倒す神業とも言える力を発揮していた。
言葉にすれば、予め頭に当たるだろう場所に構えておいて、スコープを覗いた後に微修正を加えて撃っただけだ。
言うは易く行うは難し。
あれほど早くやることは誰にもできることではないし、オーディンにとっても毎回出来る事ではないスーパープレイだ。
それでも最強に至るために、どんな不利な状況でも負けた以上は反省点を探す。
そして、同じ状況が訪れた際に勝てるようにするのだ。
ただ、オーディンが反省するその雰囲気は、とても重く近寄り辛かった。
「まぁ、でも次は私も戦って良いんだよね?」
それでも、ひとみはそんなの関係ないとばかりにオーディンに向かって能天気な声をかける。
配信の雰囲気を暗くさせないためか、ただ単に恐れ知らずなのか。
それは、ひとみ自身にしか分からないだろう。
「そうだな」
「次は私も居るし、2対3なら勝てるでしょ?」
「ひとみ、貴様が足を引っ張らずに一人分の活躍をすればな」
唯一つ言えるのなら、オーディンは彼女の態度を不快には思わなかった。
これはデスゲームではない。
だから次も存在する。
オーディンは反省はしつつも、次の戦いに望むべく再び【ゲーム開始】と書かれたボタンを押した。
Tips
【ヘッドショット】
ほとんどのFPSゲームでは弾の当てた場所によってダメージが変化する。
ヘッドショットは一番ダメージ倍率が高く、威力の高い武器なら一発で倒せることも珍しくない