1話 最強は追放される
木の根のように連続した凹凸のある山道。
多くの木、倒木、岩などがあるその道を彼は駆け抜ける。
その背には毒ガス。
毒ガスは刻一刻と範囲を広げていた。
だが、彼が走っているのは毒ガスから逃げるためなどではない。
敵を倒すためだった。
目の前からは複数の銃撃音。
左腕に付けられた腕時計のような形のモニターを見れば幾つもの個性的な名前が表示されていた。
そして、今新たに名前が表示されるとともに銃撃音が止まった。
「っち。1キル分のがしたか」
そうぼやきつつも足は止めない。
背中に背負った鉄の塊を取り出し、構える。
アサルトライフルと言う種類の【AK-47】と呼ばれる銃だった。
先ほど聞こえた銃声の一つ、目の前の小さい稜線から顔を出せばそのにはうつ伏せになりながら自身の身体に注射器を刺す男だった。
その男に向かって、一切の躊躇いなくAK-47の引き金を引く。
幾つかの弾丸が男を捉えると、男の手から銃が消え半透明となる。
「1ダウン」
結果を確認する前に直ぐに後ろに飛びのいた。
その瞬間だった。
先ほどまで立っていた場所に、二つの方向から無数の弾丸が降り注ぐ。
少しでも留まっていればその弾丸は彼をハチの巣に変えていた事は想像に難しくない。
だが、彼が顔に浮かべるのは恐怖ではなく笑みだった。
先ほどは上まで登り切った稜線から、顔だけだす。
そして目の前に構えたAK-47の引き金を少しだけ引いて、先ほど聞こえた左側の銃声に向かって発砲する。
結果を確認するより先に再び稜線に隠れ、山の上から降り注がれる弾丸を無視して山のふもと側に走り出す。
まだ弾の残るマガジンを外し、新たな弾を装填する。
目指すは先ほど撃ち込んだ稜線だ。
「ッチ」
しかし、目指していた稜線から同じようにアサルトライフルを抱えた少女が飛び出して来た。
お互い同時に認識すると、手に持った銃を相手に向ける。
胴に一発重い感覚。
しかし、次の弾が彼の身体を貫くよりも早く少女の身体を頭、腕、胴と彼の放った弾丸が貫いた。
先ほどの男同様に、少女の手から銃が消えて半透明となる。
「 2ダウン」
そして再び山の頂上側から降り注ぐ弾丸。
半透明状態になったのを確認した直後に伏せたので被弾はない。
最後の一人は、少女と戦ってる時に近寄っていたのだろう。
今回の銃声は、最初に撃たれた時にした銃声より近い位置だった。
一つ行動が遅れれば負けている。
そのことを認識すれば、小さな微笑みが獰猛な笑みへと変化していた。
「強いな」
ーーピン。
極々小さくだが、そんな音が聞こえた。
「あぁ、最高だ」
伏せてる状態から一気に飛び出す。
見れば倒木を盾に様子を伺っていたようだ。
慌ててその手に持つものを投げてくる。
しかし、問題ない。
投げられたものは後ろに転がる。
そのまま相手は銃を構え、撃ってくる。
だが、既に極々至近距離まで来ることが出来た。
スピードを殺さずに、後ろに上体を倒す。
いわゆるスライディングだ。
相手の放つ弾丸は対象を見失い、彼はスライディングしたままAK-47を撃った。
無数の弾丸が驚きの表情の相手を貫き、そして相手は半透明となることなくポリゴンが砕けるように消えていく。
彼こそが相手チームの最後の一人だったのだ。
そして、もう彼以外にこの空間に立つものは居ない。
『|You are the Survivor crown《君こそ生存者の王だ》!』
背後から聞こえる爆発音とともに、機械的な音声と共に目の前にそう表示された。
ピンを抜いてから5秒。
先ほど相手が投げた手榴弾が、時間経過で爆発したのだ。
偶然にも勝利演出と同時。
それは彼、プレイヤーネームOd1nの勝利を称える様であった。
足元から金色の光が身体を包み、そして一瞬視界が光で埋め尽くすとそこは多くの銃やトロフィー。そして、一際目立つ巨大なモニターがある部屋に居た。
モニターには赤いLIVEという文字と、ゲーム内の自分の姿を映された映像、そして彼を称える多くの称賛コメントだった。
オーディンはプロゲーマーとして収入は存在した。
しかし、まだ世間に認められてるとは言いずらいプロゲーマーとしての収入だけでは心許なく、とある配信サイトにて話題性のあるFPSゲームをプレイしていた。
今回プレイした【Alles Battle Royale Online】もその一つだ。
FPS業界最強の呼び声もあって、幸いにもそれなりに視聴者とお金を稼ぐことが出来ている。
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カリヨン スゲェ‼‼‼‼‼‼
ニヒル GG
ざっぎょ GG
†Zer0† オーディン最強 オーディン最強
クロバー 1VS3勝利!⁉
Xx KaZu xX おい、みたかよ!
Typeee 1v3を当たり前に勝ちやがった
Ron あの状況で勝てるのかよ!
ちょびすけ ソロトリオでのサバ冠!!
きのしいたけ オデンやばすぎる!!
りおん GG
Yamato さすがは最強無冠の男
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一つの言葉が目に入り、勝利の余韻から現実に引き戻される。
【最強無冠の男】
数々の大会で名を馳せたオーディンであったが優勝経験は存在しない。それを称賛と共に蔑称として何時しか呼ばれ始めた二つ名だ。
『無冠じゃ終わらねぇ』などと思いながらも、実際に実績が物語ってるいるのも事実。
怒りの言葉を飲み込み、視聴者に向かって慣れない笑顔を向ける。
「これからイクスペンタゴンの練習試合があるから今日の配信はこんぐらいだ。また時間のある時にABOをやって行くんでチャンネル登録、高評価をよろしく。んじゃ」
配信を切り終わった後も、少し【アレス・バトルロワイアル・オンライン】のロビーに残っていた。
「強くなりてぇ。俺様は世界一強く、ホトケさんが見れなかった世界一の景色を見るんだ」
誰も見て無いからこそ、己に言い聞かせるように言う
この部屋にあるトロフィーはダメージ量やランキングに乗るなど、条件を満たす事によって手に入るものだ。
その多くが彼の強さを証明するものではあるが、オーディンの心は満たされることはない。
ゲーム内のトロフィーではなく、現実でのトロフィーを獲得しなければこの飢えは満たされることは無いだろう。
「こんな所でくすぶってる場合じゃねぇんだ」
その呟きと共にゲームからログアウトし、【VRカプセル】の外に出た。
【VRカプセル】
横倒しにされたこのカプセル型の機械こそが、意識ごとVR世界に入れるフルダイブ型のVR機器だ。
立ち上がると、寝転がったことでずれたニット帽を直す。
睨むような三白眼で鏡を見つめ、ここがゲームではなく現実だと再認識する。
VRゲームをプレイするようになった時からルーティンだ。
特に今日はいつもより気合を入れたいと思っている。
大会シーズンが終わり、次の大会は遠い。
とはいえ、今日は強豪と呼ばれるチームとの練習試合だ。
なにか掴めるものも多いだろう。
時間は無駄にできないと、手首をほぐす。
体や体調に異変が無いかを確かめ、扉を開けた先にある練習場へ向かった。
5対5のチーム戦。
練習試合の結果から言えば惨敗だった。
その事実はオーディンの心に重くのしかかった。
「おい、ゴヨウ。今回お前カバー遅くないか?」
「はッ? オーディン無茶を言うなよ。俺一人でB守ってるんだぞ、その距離間に合うかよ⁉」
「お前がやられて、俺様がお前の役割に変わった際カバーは間に合ってたんだ。俺様がやれたんだから出来るはずだろう?」
だからこそ、顔を伏せたまま淡々と低い声でチームメイトに告げる。
「エコー。お前はA地点の1on1負け過ぎじゃないか?」
「俺が相手してたのは敵チームのエースだぞ⁉ 仕方ねぇだろ。時間は稼いでいたし、仕事はしただろうが」
「仕方無いじゃねぇよ、俺はそいつにだって高確率で勝ってるんだ。ただの練習不足って事だろ? なら、もっとAIM練習しろや」
視線は下に、思考は先ほどの試合に。
だからオーディンは気づかなかった。
チームメイトから向けられる視線に。
「なぁ。オーディン、これはオーナーを含めて皆でずっと話し合ってきたことなんだが……」
チームのリーダーであるTachanが意を決した様に言ってくる。
「お前、もう明日から練習来なくっていいよ」
このチームで最強だった筈の俺は戦力外通告を受けた。
Tips
【E-Sports】
エレクトロニック・スポーツと呼ばれ、コンピュータゲームを競技、スポーツとしてとらえた際の名称である。
一人称の銃撃戦「FPS」、三人称の銃撃戦「TPS」、モブキャラを引き連れて敵本陣を破壊する「MOBA」、殴り合いなどの相手のHPを0にする「格闘ゲーム」、ゴールまでの速さを競う「レースゲーム」、実際のフィジカルスポーツを基にした「スポーツゲーム」、対戦を目的にしたパズルを解く「パズルゲーム」、カードを用いて勝利条件を達成する「カードゲーム。他にもRTAや音ゲーなど様々なジャンルが存在する