第54話 別れの言葉
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イミテルは全てを思い出した。思い出してしまった。
「あ、あぁ……」
絶望などという言葉では生ぬるい。視界が眩み、立っていられなくなったイミテルは膝をついて顔を手で覆う。
「イミテル、おいイミテル! お前、イミテルに何した!」
「クハハ、何をしただと? 別に、ただ思い出させてやっただけさ。この小娘の記憶を全てな」
「記憶を?」
「そう。ただ記憶を思い出しただけ。それだけでこの小娘はこの様だがな」
そう言って魔人の男は笑う。
「私は……私はっ……」
「『立て』」
「っ」
魔人によって強制的に立たされたイミテルはその瞳に絶望を宿し滂沱の涙を流していた。先ほどまでと違って抵抗する様子もない。
「これでわかっただろう。貴様がどういう存在かということは。貴様は誰かの守られる価値などない。むしろその逆だ」
「……はい」
魔人の言葉にイミテルは静かに頷く。
「どういうことだよ。イミテル、いったい何を思い出したんだ!」
「それは……」
「言ったであろう。記憶と罪だとな。この小娘はようやく自覚した。この小娘は貴様ら人間ではなく、魔人にとってこそ価値ある存在なのだ。言い換えるならば……この小娘は貴様らの敵だ」
「敵?」
イミテルが何を思い出したかわからないレインには魔人の言うことはまったく理解できなかった。しかし、イミテルの様子は先ほどまでとは明らかに変わっていた。全てを諦めてしまったような。そんな目をしている。
(記憶を思い出した? それだけであんなに絶望するのか? どんなことを思い出したらあそこまで絶望できるんだ。それに敵ってどういうことだよ)
必死に頭を働かせるレインだがそれどころではない。
イミテルは涙を流し続けたまま、小さな声で「ごめんなさい」と呟き続けている。その表情に生気はない。
「お前の居場所は我々魔人族の側にしかないのだ。たとえ貴様がどれほど望んだ所で、その力を持つ限り貴様は人の傍にはいられない」
「…………」
「ならばいっそ楽になってしまえばいい。さぁ我らに覚醒したその力を見せるのだ。下準備は終わっている。あの村の人間を全て、我らの仲間にしてしまおうではないか」
「……私の……居場所……」
「博士のお言葉を伝えよう。『記憶が戻ることで実験は最終段階へ移行する。どうするかは自由だけど……聡明な君なら、どうすればいいかはわかってるよね?』とのことだ。どうすべきかはわかっているんだろう?」
「……はい」
一瞬俯いたイミテルだったが、次に顔を上げた時には涙も引っ込み、いつも通りの……否、いつも以上に人形めいた無表情へと戻っていた。
「よろしい。では行こう」
「っ! おい待て!」
「貴様はもう用済みだ。兄よ、そいつのことを殺して——」
「待ってください」
「ん? どうした」
「私に任せてください」
「なんだと」
「それが私なりの……けじめです」
「……その言葉に偽りはないな」
「ありません」
「ふむ。ならいいだろう我らは先に移動している。その男を始末して疾く追って来るがよい」
「フハハ、村の者どもの絶望する表情を見るのが楽しみだな」
「これで後は報告をして東大陸へと戻るだけ。実に簡単な任務だった」
「我らもやればできるということよ。これであの御方も我らのことを評価してくださるだろう」
イミテルから奪い取っていたナイフを返し、魔人の兄弟は高笑いしながら去っていく。そうしてその場に残されたのはレインとイミテルの二人になった。
「イミテル……」
「すみませんレインさん」
ナイフを片手にイミテルはゆっくりとレインに近づく。そしてナイフを振りかぶり——レインを縛る鎖へと振り下ろした。ガキン、と音を立てた鎖は砕けることはなかったが、それでも拘束は緩んだ。レインが本気で暴れれば解くことができそうな程度に。
「これで逃げることはできるはずです」
「いや、俺のことは今はいい。それよりお前が」
「私のことはもうどうでもいいんです。私は……誰かの傍にいていいような人ではなかった」
「何言って……あ、ぐぅ」
ドクン、とレインの胸が跳ねる。その感覚にレインは覚えがあった。レインの中にある罪が、激しく騒めいていたのだ。
「っ! 私の罪が……増幅してる。もうあまり時間はありませんね」
「つ……み……?」
「私は罪を犯していました。決して許されることのない罪を。そして私の力は……人に仇なす悪しきものだった。誰かを救える聖女様のような力じゃなかった。私はもう誰かの傍にいることは許されない。私は……私は存在そのものが罪なのです」
「イミ……テル……」
「少しの間でしたが、本当に楽しかったです」
「待て……待ってくれ」
立ち去ろうとするイミテルをレインは必死に呼び止める。そうしている間にもレインの中で罪がどんどん膨れ上がっていた。
「さようなら、レインさん」
薄れゆく意識の中で、レインが最後に見たのは泣きそうな顔でレインのことを見つめるイミテルの姿だった。
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「んふふー♪ さーて、今頃イミテルはどうしてるかなー」
薄暗い部屋の中で博士——ドートルはジッとモニターに流れる数値を見つめながら記憶を消して送り出したイミテルのことを考えていた。
「記憶を消して人里に紛れ込ませる。そうして知らないうちにイミテルは人に罪をばら撒いて……気付いた時にはもう手遅れ。完璧な作戦だよね」
今回の作戦を立案、決行したのはドートルだった。なかなか認めようとしない魔人の老害達を無理やり黙らせ、強行した。
「まぁイミテルは試作品だから不安な要素も多いけど、聞く限りは順調そうだし」
イミテルは本人が意識していようと、意識していまいと罪をばらまき続ける。意識して罪を植え込むこともできるが、大事なのは本人の意思に関係なくという部分だ。
「そしてイミテルがイリスの記憶を取り戻した時、その罪が真価を発揮する」
ばら撒かれたのはイミテルの罪。それは他の誰かの中にあっても同じことだ。イミテルが己の罪を自覚し、その罪の意識に苛まれた時、罪は一気に膨れ上がる。
「気づいた時にはもう手遅れ。魔人も魔物も大量に生産できるって寸法……あぁ、楽しみだなぁ」
それこそが今回の作戦の概要の全てだ。
失敗しても成功しても、ドートルはどちらでもいいと思っている。
大事なのはデータが取れること、それだけなのだから。
「頑張ってね、聖女さん達。わたしを満足させるためにさ」
そう言ってドートルは楽し気な笑みを浮かべるのだった。
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