第45話 『消速転』
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
「彼女の名はユースティア。新しく選ばれた聖女だ。シオン、挨拶しなさい」
花咲き誇る麗らかな春の日。シオンはユースティアと出会った。その時の衝撃をシオンは今でも覚えている。この世の全てを見下し、世界の全てを憎んでいるかのようなその瞳。憤怒、憎悪……ありとあらゆる負の感情をユースティアはその瞳に宿していた。
その瞳に、シオンは心を奪われたのだ。
そしてその日から、シオンの世界の中心はユースティアになった。
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「行くよティア」
シオンが最後にユースティアとまともに戦ったのは聖騎士になった時が最後だ。それ以降はユースティア自身が避けているということもあり、会うことはあっても真剣勝負をする機会は無かった。シオンにとって今はまたとないチャンスでもあったのだ。
「『帝剣技——虎砲』!」
ユースティアから距離を取ったシオンは剣を二振りする。魔力の込められた剣撃が空気を裂いてユースティアに襲いかかる。シオンにとって剣撃を飛ばすなど朝飯前だ。そこにシオンの魔力を込めることで、威力、速度、共に飛躍的に上昇しているのだ。
「子供騙しの児戯だ」
しかしユースティアはその剣撃波に対して何もしない。そして剣撃波がユースティアに届こうかというその瞬間、背中の羽が伸びて衝撃波を叩き落とす。
【聖天明星】に備わる能力の一つ。自動迎撃。ユースティアの意思に関係なく、ユースティアに害なすものだと判断した攻撃を自動で防御するのだ。しかしだからこそ
「もちろん。ティアならなんなく対応してくるってわかってたよ。だからこそボクも次の行動を決めやすい」
ユースティアに防がれることなど想定内。二つの剣撃波でユースティアは十二枚の羽の内二枚を使った。つまりそれだけ防御が薄くなったということだ。この二枚の差はシオンにとって非常に大きなものだ。
次の瞬間、シオンは空を蹴ってユースティアに肉薄する。シオンの視界はまるで時が止まったかのようになっている。目に映るもの全てがコマ送りのようにスローに見えていた。
本気で動くとこうなってしまうのだ。速すぎるシオンの動きに、世界がついてこれなくなる。しかし、そんな世界の中でユースティアだけは違った。
「さすがだティア。君にはちゃんとボクが見えているんだね」
背後を取ろうとしていたシオンだが、ユースティアがそれを許すはずもない。シオンに背後を取らせまいと残っている羽で迎撃してくる。シオンを貫かんと伸びてくる羽を滑るように避け、剣で防ぎ、シオンはユースティアに近づくことに成功する。
そして下からの袈裟斬り。首をめがけて放たれたそれをユースティアは『零閃』で防いだ。それはまさにシオンの速さにユースティアが対応している証でもあった。
「羽だけじゃボクは止められない。ボクを止めたいなら君の手でちゃんと止めないと」
「別に羽だけで止められるなんて思ってない。まぁ、ここまであっさり切り抜けられるとムカつくけど。でもそれだけだ」
「冷たいなぁ。でも、これなら君を驚かせられると思うんだ」
そう言って不敵に笑うシオン。その姿が不意にユースティアの目の前から消える。先ほどまでとは違う。ユースティアはシオンから意識を逸らしておらず、またしっかり見ていた。だというのに、見失ったのだ。
「言っただろ。ボクの速さは君を超えるってさ」
「っ!」
その声はユースティアの背後から聞こえた。反射的に『刻限』で背後を撃つユースティアだが、シオンに簡単に防がれてしまう。そして反撃と言わんばかりに蹴り飛ばされる。それは初めてのまともなダメージだった。ユースティアも黙って蹴られたわけではない。蹴りの勢いを空中で緩和しつつ、シオンに向けて続けざまに二発撃つ。
「おっと」
追撃をしようとしていたシオンだが、ユースティアの撃った弾丸で足を止められてしまう。その間にユースティアは体勢を立て直し、空へと飛びあがる。
(どういうことだ。本当に速さが上をいかれた? 違う。それだけじゃない。気配も感じなかった)
そのことがユースティアには不可解だった。しかし、思い当たる節はあった。ユースティアがレオンに向けて銃を撃ったその時。ユースティアは近づくシオンの気配すら感じることができていなかった。別の何かで誤魔化しているのとは違う。完全に無だったのだ。
「わけがわからないって顔だね」
「っ! この!」
シオンは気付けば再びユースティアの正面に居た。そして大きく上段から振りかぶり、剣を振り降ろしてくる。『零閃』で受け止めるユースティアだが、不利な姿勢であることに変わりはない。なんとか振り払おうとしても、シオンはさらに体重をかけてきてそのままユースティアを地へと引きずり下ろす。
「初めて君に膝をつかせることができた。どうかな。ボクが強くなったって……わかってくれた? 君を超えられたかな」
「お前が私を超えた? 寝言は寝て言え」
「でも現に君はボクの速さに対応できてないじゃないか」
「速さ……いいや、違うな。速さじゃない」
「? どういうことだい」
「ただ速いだけなら問題なく対応できる。でもお前は、その気配を完全に無にした。肝はそこだ。少し考えればわかることだった。私は気配で位置を探るのが癖になっていたから。その気配が突然ゼロになったら、そしてそこにお前の今の速さを合わせたなら。まるで消失したかのように見える」
「……さすがだね。まさかこんなに早く見抜かれるとは思ってなかった。名づけるなら『消速転』かな。ティアの言う通りさ。速さと気配。この二つを融合させることにボクは成功したのさ。東大陸で生き抜くには常に気配を消しておくことが大事だったからね。気付けば常に気配を消すことをできるようになった。それだけじゃない。その気になればボクを見ている人の視界から、ボクを消すことだってできる」
朗々と語るシオン。まさしく驚異的な能力だった。戦いの最中でその姿を見失うことほど恐ろしいことはない。ましてシオンの速さはユースティアにも引けを取らないのだから。
「でもこれは気付いたからってどうにかできるものじゃないよ」
その宣言通り、シオンは再びユースティアの視界から姿を消す。しかしタネが分かった以上、ユースティアの中に焦りはない。
「ふっ」
ユースティアは誰もいないはずの右側に向けて剣を振る。しかし、そこにシオンは居た。シオンが動き出すよりも速く、ユースティアを先制攻撃を仕掛けたのだ。
「……へぇ、どういう理屈だい」
「理屈もなにもない。ただの予測だ」
「予測?」
「そう。ただお前の考えを読んだだけ。どこに移動するかを先読みしただけだ」
「本気で言ってる?」
「当たり前だ。私を誰だと思ってる」
シオンが驚くのも無理はない。ユースティアの言っていることはおよそ正気とは思えないからだ。ユースティアは見えないならばと、シオンの行動を先読みすることで対応した。しかしそれはあまりにも危険だ。もしその予測を外せばユースティアは大きな隙を晒すだけ。リスクとリターンがあまりにも釣り合っていなかった。
「私は外さない。なぜなら私は最強だからだ」
「ははっ、いいねぇ。ならボクは君の予測を裏切ってみせるよ!」
そこからユースティアとシオンは激しく斬り結ぶ。ユースティアの先読みと予測を裏切ろうとするシオンの攻防だ。
さらにユースティアは先読みでシオンに移動先に『刻限』で攻撃を仕掛けるが、シオンは撃たれた銃弾を斬り落としお返しとばかりにユースティアに剣撃波を放つ。
二人の戦いは止まる所を知らず、加熱していく。周囲の地形への影響などまるで考えない。ユースティアの放つ魔法で地面は抉られる。シオンの剣圧に耐え切れず周囲の木々は斬り倒されていく。
山の中にいた獣たちはとうの昔に逃げ出した。ユースティアとシオンの殺気に当てられて。今まさにこの山は、ユースティアとシオンの戦いの場でしかなかった。
何度目かの鍔迫り合いの際、シオンは不敵な笑みを浮かべてユースティアに言う。
「ねぇ、ティア。気付いているかい。君がずっと嬉しそうにしてることにさ」
「私が?」
「あぁそうさ。君はずっと求めてたはずだ。その強すぎる力を発揮できる場を。その機会を。そして今、その力を思う存分使えることに君は歓喜している。隠し切れないほどにね」
「そんなこと——」
「無いって? そんなこと言えないよね。だって君はさっきから、ずっと笑ってる」
そう。ユースティアは笑みを浮かべていた。力を揮えることが楽しいと言わんばかりに。そんな自分に気づいた瞬間、脳裏を過ったのはレインの姿だった。
「——違うっ! 私はそんなの求めてない!」
「いいや! 君は求めてたはずだ。その力を発揮できる場所を! そして、ボクが。ボクだけが君の全力を受け止めることができるのさ!」
「黙れ!」
シオンを弾き飛ばすユースティア。
その時だった。ユースティアの持つ魔導通信機にサレンからの連絡が入ったのは。
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