第38話 襲撃
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「準備はいいか」
まだ日も昇りきっていない早朝。黒ずくめ集団がルーナルの屋敷の周辺に集まっていた。それはルーナルに殺害予告を出した魔人崇拝の集団だ。その人数は合計で七人だ。
「くくく、予告の手紙を出してからすでに三日。いつ来るかわからぬ我らの影に怯え、ろくに眠れぬ日々を過ごしていたことだろう」
七人いる集団の中で一際大きな男がルーナルの屋敷を見上げながら不敵に笑う。予告をしてから三日以内に遂行する。それが男達の流儀だった。しかし今回はギリギリまで襲撃を遅らせた。理由は単純で少しでもルーナルのことを疲弊させるためだ。
命を狙われた状態で日々を過ごすというのは、相当に精神を疲弊するものだ。周囲にいる人間が全て襲撃者に見え始め、疑心暗鬼に陥ってしまうだろう。
男達もそれを狙っていたのだ。だが、それは普通の人であればの話だ。そんな男達の思惑とは裏腹にルーナルは平時と何も変わらぬ生活を送っていた。命を狙われている程度で揺らぐほど弱い精神はしていないのだ。
「ジーナス様、準備が整いました」
「よし。ならば行くとしよう」
ジーナスと呼ばれた男は魔人崇拝集団の一つである『降魔救罪』という組織の幹部だった。
「いつまでたってもお前達が女の首一つ持ってこないから。こうして私が来ることになったのだ。そのことをよく理解しておけ」
「はい……申し訳ありません」
すでに数度ルーナルへ手紙を送り襲撃を加え、ことごとく全て失敗してきた。それも怪我一つ負わせることなく撤退を余儀なくされたと聞いて、ジーナスは怒り狂っていた。だからこそこれ以上の醜態を晒す前に自ら出て来たのだ。
「ですが、いつも妙な罠がやめっぽう強い人形兵器が設置されておりまして」
「言い訳はいらん。できん言い訳など無能のやることだ。そんなことではいつまで経っても魔人様の領域にたどり着くことはできんぞ」
「も、申し訳ありません!!」
「いかにして殺すかを考えよ。罠など所詮臆病者のすることだ。突破してしまえばどうとでもなる」
何度もされた言い訳だ。しかしジーナスからすれば全てくだらない言い訳にすぎない。本気で魔人のことを崇拝していれば、罠などすべて踏み越えて任務を遂行できるはずだからだ。失敗するということはすなわち、魔人への信仰心が足りないということになる。
「行くぞ。今度こそ我らの信仰心を示すのだ!」
そしてジーナスは部下を引き連れルーナルの屋敷へ向かって歩き出した。
しかしジーナス達は知らなかった。ルーナルの屋敷に誰がいるのかということを。自分達が今まさに、破滅への一歩を踏み出したのだということを。
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屋敷の門へとやって来たジーナス達だが、いつもなら仕掛けられている罠が無いことに部下たちは怪訝そうな表情をしていた。
「うろたえるな。良いことじゃないか。罠がないんだ。案外向こうの今までの襲撃で手詰まりだったのかもしれないな」
「ジーナス様、そう安易に考えるのは……」
「ふん、わかっている。つまらん奴らめ。しかし罠がないなら話は簡単じゃないか。さっさと仕留めるぞ」
ジーナスは部下を引き連れてルーナル邸へと踏み込む。いつもなら襲って来る魔導人形もない。罠もない。そのことにジーナス以外の部下たちは違和感を覚えつつも、何も言えずに進むしかなかった。
「どこにいるのかわかっているのか」
「はい。手に入れた見取り図によればこの奥に開発室があり、そこにいるはずです」
「よし。ではさっさと終わらせるぞ。暗殺に時間をかけるなど論外だからな」
いくら人通りがほとんどないルーナル邸周辺とはいえ、ダラダラと時間をかけるのは論外だ。ジーナスは持っていた短剣を抜き放って足音を殺して進む。
余裕を持って進んでいたジーナスだが、進むにつれて妙な圧迫感に襲われる。ジワリと背に汗が滲み、呼吸が苦しくなる。こんなことは初めてだった。
(なんだ……この感覚は。いや、落ち着け。何度も失敗しているという先入観。この屋敷の雰囲気。それに呑まれているだけだ。恐れることなど何もない。俺は今まで何度も乗り越えてきただろう)
短剣を握りしめ、道を進み続けるジーナス。この短剣を突き刺すだけで全てが終わる。それだけをジーナスは考えていた。
「……おいお前達」
後ろにいるであろう部下に声を掛けたジーナスだったが全く返事が返ってこない。
「……おいっ、返事を——」
「はーい。どうかしましたかー」
その瞬間、ジーナスはまるで心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に陥った。その声は、連れて来たどの部下の声とも違ったから。
反射的に振り返るジーナス。そこに立っていたのはジーナスにとっては初めて会う人物。しかし怨敵と言っても過言ではない存在だった。
「せ、聖女——っ!?」
「はい静かにしてくださいねー。あー、眠い。今何時だと思ってるんですか。ルーナルもまだ寝てるんですから。起こさないでください」
声を出そうとしたジーナスだったが、口が動かない。体もまるで縫い付けられてしまったかのように動かない。どれほど力を込めても、魔力で体を強化しても結果は同じだった。
それはユースティアの【黒影魔法】によるものだったが、そんなことをジーナスが知るはずもない。
「どんな手段で来るかと思えば真正面から警戒もせずに入ってくるなんて。正直拍子抜けですよね。まぁ、楽でいいですけど」
「んーーーっ、んーーー!!」
「……あぁ、そういえば話せないようにしてましたっけ。聞きたいこともあるので解除しますけど、あまり大きな声を出さないでくださいね」
「——ぷはっ、はぁはぁ……貴様、俺の部下をどこへやった!!」
「大きな声を出さないでくださいと言ったばかりなんですけど……まぁいいです。期待はしてませんでしたから」
ジーナスの背後にいたのはユースティアだけ。六人いたはずの部下は誰一人としていなかった。
「知りたいですか? でも残念教えてあげません。教える理由がありませんから。それに教えたところでどうにもできないですしね」
「この……」
「そんな目で見ないでください。私だってこんなことはしたくないんですよ。でもあなた達から来たんです。後悔するなら、ルーナルを狙ったその浅慮を後悔することですね。まぁ、魔人崇拝なんていう気の狂った人間に何を言っても無駄だと思いますけど」
「我らのことを愚弄するか!」
「……そうですね。愚弄してますし、心底軽蔑してます。魔人なんていう存在を信仰する人の気持ちなんて一ミリも理解できません。する気もないですけど」
自らの信仰をけなされたことに怒り狂ったジーナスは、必死にもがいて短剣をユースティアに突き立てようとする。しかし、どれほど暴れても拘束が解除されることはなかった。
「さて、私から質問です。素直に誤魔化すことなく答えてくださいね」
「誰が貴様の質問に答えるものか!」
「……言い方を変えましょう。質問に、答えろ」
「っ!」
それは殺気だった。息ができなくなるほど、死を錯覚してしまうほどの殺気。意識が飛びそうになるのをa必死に堪えて、ジーナスはユースティアのことを睨み返す。
「ほぉ、今ので意識を飛ばさないのは流石だな。まぁ、起こす手間が省けて楽だ。もう一回だけ言うぞ。お前は私の質問に黙って答えればいい。それ以外のことは一切口にするな。これは命令だ」
「だ、誰が——」
「返事は「はい」か「わかりました」だけだ」
「あがぁっ!?」
右太ももに激痛が走ってジーナスは視線を向けると、そこは撃ち抜かれたように穴が空いていた。とめどなく血が溢れ、痛みがジーナスの脳を焼く。
しかしそれは一瞬のことだった。
「これから余計なことを一度言うたびに足か腕を撃ちぬく。でも安心しろ。殺しはしない。死なせもしない。すぐに治してやる」
「貴様……」
酷薄な笑みを浮かべたユースティアの狙いを理解してジーナスは顔面を蒼白にする。
「あ、悪魔め……」
「悪魔? ……クク、アハハハハッ! そうだな。お前達が魔人を神のように崇拝するなら、それと敵対している私達はまさしく悪魔だ。上手いこと言うじゃないか。さぁ、それじゃあ、悪魔との楽しい話し合いを始めよう」
そして、ジーナスにとって地獄のような時間が幕を開けた。
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