第30話 イミテルとの夜
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
その日の夜。夕食を食べ終え、サレン達と翌日の予定を話し合ったレインはイミテルと会うために昨日と同じ場所へとやって来ていた。今回はちゃんとロゼに許可を得ての行動なので怒られる心配はない。あまり遅くなりすぎないようにとだけ釘は刺されたが。
「場所がわかんないから昨日と同じ場所に来たけど……ホントにイミテル来るのか?」
イミテルと約束したはいいものの、レインはイミテルとどこで会うか決めていなかった。だからこそ昨日と同じ場所にやってきたのだ。時間も決めていなかったためいつ来るかもわからない。
「……そう考えたらだいぶ無計画だな。ちゃんと場所とか時間決めとけばよかった。まぁ昨日いきなりだったしなぁ。ま、いいか。体動かしながら待っとこう」
レインはそう決めて体を軽く動かし始める。夜に村の中で本格的な訓練をするわけにもいかないが、どうせやるならとレインは空想上の相手を作っての模擬戦をすることに決める。実在するわけではないので、傍から見ればレインが一人で体を動かしているだけなのだが。相手を強くするのも、弱くするのも自分次第だ。
想像するのはユースティア。ユースティアの強さも、戦い方も、レインは近くで見続けて来た。一番身近にいて、一番強い人。それがユースティアだった。
「っ……」
レインが集中力を深めれば深めるほどに、居ないはずのユースティアの姿がはっきりと目に見えてくる。仮想だというのに感じ取れてしまう威圧感。レインの前で仁王立ちする仮想のユースティア。ただ立っているだけなのに、どこにも隙が無かった。
いつまで経っても踏み込んでこないレインに対し、仮想のユースティアは指をクイッとしてかかって来いと挑発する。
「このっ」
その挑発に乗ったレインは一気に踏み込み、仮想のユースティアとの距離を縮める。そしてそのまま突き出した拳は掠ることもなく容易く避けられる。しかしその一撃で終わるはずがない。二度、三度と止まることなくレインは攻撃する。時にはフェイントも織り交ぜ一矢報いろうとした。だが、仮想とはいえユースティアはそれに引っかかるほど甘くはなかった。レインの連撃は全て見きられ、避けられる。
「はぁ、はぁ……」
たった一度の攻撃。それだけでレインの精神は疲弊していた。そしてその疲弊は体にも影響を及ぼし、想像以上にレインの体力を削っていた。格上の圧倒的強者に意思を持って戦いを挑む。それは驚くほどに疲れるものなのだ。
すでにレインの額からは汗が流れていた。それを手で乱暴に拭いつつ、レインは再び拳を構える。
(ティアがやる気なら今の間に反撃をくらって終わってた。もっと言うなら、ティアなら俺程度の攻撃なら避ける必要すらない。攻撃する間も無く終わってる……もっとだ。もっと忠実に想像しないと。本気のティアを)
目を閉じ、さらに集中を深めたレインはさらに強い本気のユースティアを想像した。そして次に目を開けた時、そこにいたのは完全武装のユースティア。【戦闘聖衣】を身に纏い、【罪姫】を携えたユースティアだった。魔人と戦う時のユースティアの姿だ。その圧倒的迫力にレインは息をすることすら忘れそうになった。
勝てない。レインはそう直感した。不意を衝こうが、何をしようがユースティアに触れるビジョンすら見えなかった。
そうして硬直している時間を、目の前にいる仮想のユースティアが見逃してくれるはずも無かった。レインが瞬きをしたその刹那に、目の前にその姿があった。
レインはとっさに防御姿勢を取ろうとして、そして——。
「何してるんですか?」
「へ?」
不意に現実に戻された。レインに肉薄していた仮想のユースティアは霧散霧消し、代わりにそこに現れたのは怪訝な顔をしたイミテルだった。
「……イミテル?」
「はい。あなたの恋人、イミテルです」
「いやいつ恋人になったんだよ!」
「え、そんな……昨日あんなに激しく私に突っ込んだじゃないですか!」
心底悲しそうな表情をしてイミテルは訴えかける。その表情はレインの罪悪感を刺激するには十分で、たじろぐレインを見たイミテルはさらに瞳に涙を浮かばせてさらに言葉を重ねる。
「……そうなんですね。レインさんにとって私とのことはただの遊びだったんですね」
「なんでそうなんだよっ!」
「いいんです。遊びでも。私はその思い出を胸に強く生きていきますから」
「俺を罪悪感で殺す気か!」
レインはぜぇぜぇと肩で息をしながらイミテルに突っ込む。仮想のユースティアと訓練していた時と同じか、それ以上にレインは精神的に疲弊する結果となった。
それを見たイミテルは目に浮かんでいた涙はどこへやら、一転して楽しそうにクスクスと笑う。
「ふふ、そのツッコミの仕方は間違いなくレインさんですね」
「俺以外の誰に見えるんだよ」
「万が一という可能性がありますから」
「どんな万が一だよ」
「でも安心しました。レインさんはレインさんでしたね」
「当たり前だろ。でもまぁ……俺もちょっと安心したよ」
「え?」
「倒れたって言うから心配してたけど、まぁなんていうかいつも通りな感じで。体調はもう大丈夫なのか?」
「……心配してくれるんですね」
「はぁ? 当たり前だろ」
「当たり前……なんでしょうか」
「イミテル?」
「いえ、なんでもありません。体調はもう大丈夫ですよ。何の問題もありません。この通りです」
イミテルはその場でクルクルと回転して自分が元気であることを証明しようとする。回り過ぎたせいで転びそうになったったイミテルをレインは咄嗟に支えた。
「危ないだろ。また倒れるぞ」
「すみません……大丈夫だってことを伝えたかったんですけど」
「それはもうわかったから。まぁとにかく一回座ろうぜ」
「はい」
レインとイミテルは昨日と同じ場所に座る。座った二人は何を言うでもなく、ただ黙って夜空を見上げる。
てっきりイミテルから話題を切り出してくるものだと思っていたレインはイミテルが何も言わないことに若干戸惑っていたが。そんな沈黙がしばらく続いた後、イミテルがポツリと口を開く。
「レインさんのこと……聞いてもいいですか?」
「俺のこと? 別にいいけど……あんまり面白い話とかないぞ」
「それを判断するのは私ですよ。レインさんはどうして贖罪官になったんですか?」
「どうしてって言われると……難しいけど。俺の場合色々と特殊だったからなぁ」
「そうなんですか?」
「どこから話せばいいやらって感じだけど……ホントに面白くないぞ?」
「聞かせてください、レインさんのこと。私、レインさんのことが知りたいです」
「……はぁ、まぁいいか。俺さ、昔魔人に襲われて家族を亡くしたんだよ」
「っ!? す、すいません。私知らなくて……」
「いいって。別にひた隠しにするようなことでもないし。それに……ある程度は受け入れたから。そんでまぁ、その時に俺も死にかけたんだけど……その時に救ってくれたのがユースティア様なんだ」
「……そうだったんですね」
「そんで、身寄りを失った俺は本来なら孤児院に行くことになるはずだったんだが……なんの気まぐれか、ユースティア様に拾われて、贖罪官への道を進むことになった。そんで今はこうしてユースティア様の従者になったわけだ」
「ずいぶんとざっくりしてますね」
「俺でもそう思うけど……俺の人生なんて言葉にするとこの程度だからな。まぁ何回も死にかけたけど……」
今までの人生を振り返ってレインは少し遠い目をする。レインの死にかけたという言葉は大げさなものではない。レインは何度も死線を彷徨っている。その度にユースティアの手で連れ戻されているわけなのだが。
「ホント、めちゃくちゃな人だよ。ユースティア様は。世間ではすごい人だーなんて持ち上げられてるけど、傍にいる身としては命がいくつあっても足りないっていうか……」
毎日大変だよ、と言ってレインは笑う。
「……好きなんですね。ユースティア様のことが」
「はぁ!? な、なんでそうなるんだよ」
「ユースティア様のことを話してる時のレインさん、少し嬉しそうでした。どこか誇らしげだなって、思ったんです」
否定の言葉はいくつも浮かんでいたが、そのどれも言葉として発されることはなかった。
「ちょっとだけ……羨ましいです」
「え?」
「レインさん。もしも……ですよ。もし私が——」
一瞬の逡巡。しかし、迷いを振り切るようにしてイミテルは続きを口にした。
「もし私が……人殺しだったらどうしますか?」
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