第18話 ロイツ男爵
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
ロイツ男爵の屋敷へとやって来たユースティアは客室へと通されていた。使用人の持ってきた紅茶を飲みながらユースティアはロイツ男爵がやって来るのを待っていた。
(特段屋敷で変わった様子はない。使用人も何かを隠すような仕草は無いか。後はロイツ男爵が来るのを待つだけだな)
客間に通されてからずっと油断なく観察を続けるユースティア。屋敷で働いている使用人達は真面目に働いているが、ユースティアに近づくようなことはせずどこか避けているような雰囲気だった。
持ってきていた【悪魔の瞳】を横目でチラリと確認しても瞳は閉じたままで全く反応は示していない。
(使用人の動きは気になるけど、こいつは反応しないし。私の考えすぎか? いや、でも私の予感が告げてる。この屋敷には何かある)
表面上は穏やかにしながらもユースティアは警戒を解くことなく使用人達の動きを見続ける。それからほどなくして、壮年の男性が使用人と共に部屋に入って来る。
「いやぁ待たせてしまったね。仕事が予定外に長引いてしまったんだ。聖女様をお待たせしてしまうなんて一生の不覚だ。おっと。まだ名乗ってなかったね私が領主のリエラルト・ロイツだ」
「私は贖罪教の聖女を務めているユースティアです。こちらこそ時間をずらしてもらって申し訳ありません」
「ははは、聖女としての責務を果たされたのでしょう。こちらとしては領民を救っていただいたこと感謝しかありませんよ」
「いえ、当然のことをしたまでですから。本当に領民を大切にされているんですね」
「もちろんですとも。領民あってのナミルですからね。何より大切な存在ですとも」
「……そうですか」
領民を何より大切だと語るリエラルトの目に偽りは見えない。心からそう思っているのだということはユースティアにも伝わってきた。
いかに領民を大切にしているかということについて語るリエラルトは、ふとその表情を物憂げなものへと変える。
「しかし、最近はその大切な領民を脅かす存在がいます」
「魔物……ですね」
「はい。魔物が出現する度に贖罪官の方や断罪官の方が対処してくださっているのですが、それでも少なくない被害が出ています。しかも咎人も見つかっていないという。私はそのことが悲しくて、悔しくてならない!」
ダンッと拳を握りしめて机を叩くリエラルト。その衝撃で机の上に置いてあったカップがガチャンと音を立てたほどだ。
「っ! すいません。つい感情が昂ってしまって」
「いえ。ロイツ男爵の思いもわかりますから。それに咎人が見つけることができないのは私達の落ち度ですから。こちらこそ申し訳ありません」
「そんな、聖女様が謝られることなどありません! こうして直々にナミルまで足を運んでいただけたのです。これでもう万事解決したようなものですよ」
「そうなるよう全力を尽くします」
領民のことを思い、胸を痛め憤る。それはある意味領主としてあるべき姿の一つなのかもしれない。しかし、本当にそれだけなのかとユースティアの直感が告げる。
(いや違う。こいつは絶対に何かを隠してる。でもなんだ? 一体何を隠してる)
引っかかるものを感じながらも、その正体が判然としない。得体の知れない気持ち悪さがユースティアの中に広がる。その時だった。ユースティアは一瞬得体の知れない雰囲気を感じてハッと周囲を見渡す。
「っ!」
「……何か気になることでも?」
「……いえ。気のせい……でした」
改めて周囲の気配を探ってもその正体を掴むことはできなかった。気持ち悪さを感じつつも、ユースティアはリエラルトに聞こうと思っていたことを質問する。
「そういえば、ロイツ男爵は領民のことを大切に思っておられるようですが、それは他の領地から移動されてこられた方でも同様ですか?」
「……もちろんですとも。たとえ他の領地からの移民であろうとも。私の領地内に住むのであればそれはもうナミルの領民。私にとってかけがえのない存在です」
「そうですか。すみません。変なことを聞いてしまって」
「いえいえ。私にお答えできることであればなんでもお答えしますとも。あぁ、それでどうでしょうかユースティア様。このナミルに咎人はいるのでしょうか? 以前に来ていただいた贖罪官の方は見つけられなかったと言っておりましたが」
「そうですね。いるのは間違いないと思っています」
「なんと! それは本当ですか!」
「はい。しかしどこにいるかがまだ掴めていません。何か心当たりはありませんか?」
「うーむ、すぐに思い当たるようなものはありませんな。力になれず申し訳ない」
「いえ、気になさらないでください。ロイツ男爵、あなたの心労を取り除けるよう私達も全力を尽くします」
「ははは、聖女様直々にそう言ってくださると心強いですな」
そう言ってリエラルトが笑い声を上げたその時だった。どこかからドガンッ、と何かを殴りつけるような音がすると同時にバタバタと使用人達が慌てふためくような声が聞こえてくる。
「今の音は?」
「あぁ。気になさらないでください。少し暴れているだけでしょうから」
「暴れている……ですか?」
「はい。お恥ずかしい話なのですが、娘が病気にかかってしまいまして。時折あぁして発作が出るのですよ。ですが安心してください。一時的なものですから。すぐに治まります」
「……そうですか」
そしてリエラルトの言葉通り、少ししてから暴れるような音はしなくなった。リエラルトの言葉を信じるのであれば、発作が治まったのだろう。しかしその答えで納得できるほどユースティアは素直ではなかった。
「娘さんに合わせていただくことは可能ですか?」
「……申し訳ありませんがそれは……。もしまた発作が起きて聖女様に危害を加えないとも限りませんから。それに娘も今の病気に罹ってから人を会うことを避けております。私や使用人以外とは会おうともしません。ですのでユースティア様にも会いたがらないでしょう」
「……わかりました。不躾なことを言ってしまってすみませんでした」
「いえ。それよりも聖女様はこの後何かご予定でも? もしよろしければ夕食でもご一緒にいかがですかな?」
「せっかくですがこの後まだ予定がありますので。今回はこのあたりでお暇させていただきます」
「そうですか。残念ですがそういうことならば仕方ないですな。またいつでもいらしてください。私にできることならなんでも協力させていただきますので」
「えぇ。ありがとうございます」
そう言ってにこやかな笑顔でユースティアのことを見送るリエラルト。そのまま屋敷を出たユースティアは少し離れた所で屋敷の方を見る。何の変哲もないただの屋敷。フェリアルの屋敷ほどではないが、それなりの大きさの屋敷だ。
(あの屋敷の中に何かある。それは間違いない。でも【悪魔の瞳】が反応してない以上無理やり介入するわけにもいかない)
【悪魔の瞳】が反応していたならば聖女としての権力を行使して屋敷を強制的に捜索することもできる。しかし【悪魔の瞳】がうんともすんとも言わない以上それはできないのだ。ユースティアの聖女としての勘は紛れもなくリエラルトの屋敷に何かあると告げているが、それだけでは足りないのだ。
「あー、面倒だな。いっそ無理やり……ってわけにはいかないか。何か方法を考えないとな」
ただ単に咎人と魔人を見つけ出して片付けるだけで良かったはずの仕事。しかしその前に領主という問題が立ちはだかったことにユースティアは面倒くさそうにため息を吐くのだった。
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ユースティアが屋敷から離れていくのをリエラルトは客室から見ていた。
「帰ったか……」
「旦那様、ルナ様の発作が治まったようです」
「そうか」
「……本当に良かったのですか? あの場で聖女様に話していれば……」
「それができないことはお前も良くわかっているだろう」
「しかし……」
「そーそー、君達は何もせずに僕の言うことを聞いてればいいのさ」
「「っ!」」
突如として聞こえた子供の声にリエラルトと使用人の男は身を固くする。周囲にいた使用人達もビクッと身を竦ませる。
そこに立っていたのは一人の子供だった。褐色の肌に黄金の瞳。それは魔人の持つ特徴だった。黄金色の瞳が楽し気に歪む。無邪気な雰囲気を纏いながらも、それと同時にどこまでも邪悪な雰囲気を放っていた。
リエラルトはその子供を見て憎々し気に表情を歪める。
「魔人め……」
「はーい。そうです。魔人でーす。あの女が聖女なんだねー。一回見つかりそうになったのはビックリしたけど、まぁこの道具が使えるって証明にもなったよね」
そう言って魔人の少年はケラケラ笑いながら指に嵌めた指輪を眺める。飾り気のない漆黒の指輪。しかしその指輪には見ている者を引き込むような不思議な魅力があった。
「【幽幻の罪禍】。聖女の目も【悪魔の瞳】も誤魔化せるなら十分でしょ」
「貴様の言う通り聖女様をここまでお呼びしたのだ。約束通り娘は解放してもらうぞ」
「まだダーメ」
「なんだと!」
「ねぇ、聖女にはさ。仲間がいるんでしょ?」
「……あぁ。従者や他の者と共にナミルに入ったと報告を受けている」
「ならそこから狙おうか」
「なんだと」
「勝つためには下から狙っていかないとね。君にもしっかり協力してもらうから」
「ふざけるな!」
「ふざけてなんかないよー。娘と領民を守りたいなら僕の言うことちゃーんと聞かないとね」
「くっ……」
「それじゃあご飯食べよっか。僕お腹空いちゃった。使用人さーん。用意してくれる?」
「は、はい! わかりました!」
まるで自分が主であるかのように振る舞う魔人の少年。しかしリエラルトは何も言えない。悔し気に表情を歪めながら、好きなようにさせるしかない現実に血が滲むほどに手を握りしめる。そんなリエラルトのことを見て魔人の少年は再びケラケラと笑う。そしてすでに姿の見えなくなったユースティアに向けて言う。
「さぁ聖女さん、ゲームの始まりだよ。君の大切なモノを……僕が奪ってあげる」
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