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秋の桜子の物語集

ましろとハクは山桜の元で眠る

作者: 秋の桜子

 邪を、はね除けると云われる、香り高い、かしの木の枝を抱え込む。チクチクと、肌に刺さるかやの木も……


 山の集う精霊の力を、僅かながらにその身に取り入れる為に、それを携える。


 柑橘の香りがするかしの木、ざらざらとした樹皮、裏白の淡い灰緑の細長い葉、さらさらとした姿。


 対して細かいとげがたつような、焦げ茶色の木の皮、ムカデを思い出させる、濃い深いツルツルとした姿の葉のかやの木。


 ましろと呼ばれている者が、それを携え今は閉められている、小さな神社を目指し、雪を踏みしめ、踏みしめ、山を昇っている。


 凍える様な寒さが満ちてる、深山の中にも関わらず、寂しい、哀しい、苦しい、逢いたいと……痛い想いを懐いている心には、現実の身体に与えている痛みなど、さほどでもない。


 感覚が無くなる足先も、指先も、痛い程に冷え込む両の耳も、頬も、唇も、心を凍てつかせた、ましろにとってはどうでもいいこと。


 息を濃く白く弾ませ、時折木々に手をつき休み、雪に足を滑らせ転びながらも、歩みを止める事なく、憑かれた様に一心不乱に登って行く。


 麓の町では、人々は新年の祝言(ことほぎ)に満ちている。それから離れ独り進む。凍える身体にムチを打ちながら、その道を歩いている……


 ……きっと、きっと、ここに来てるね、来てるね、私にはわかるの。


 ましろはには、時が無かった。もうこうして自由に身動きが出来るのも、終わりに近づいている事がわかっていた。



 ……白く雪積もる廃村。かつては多くはないが山に従事する人々が切り開き、わずかながらの田畑をつくり、家をたて、学校を作り、店を経営し、それなりに賑やかに営みがあったその場所。


 今は杉や桧の木々に埋もれる様に、潰れた家屋敷、見る影もない田畑、礎だけが残る校舎跡……


 集落外れ、かつては小さな寺だったらしい、その廃屋の裏手には、饅頭塚立ち並んでいる。


 そして、朽ちている卒塔婆達も……共に塚達も、落ち葉に沈みれ、雪に埋もれている。とうに祀る事を忘れ去られている、哀しい存在。


 ヒューン、ざっさ、と山の中をもの悲しき鹿の声が響き、雪を跳ねる足音がそれを追う。ざざざ、と雪が葉を伝い落ちる。


 ひと一人通うのとのない、集落跡の道なき道を、ざく、ざく、と、太腿近くまでの雪を切るように進む。


 この地を離れる時に、二人も仕える御方様と共に、里の人々と降りることになった。


 かつて山の頂き近くに、二人は仲良く暮らしていた。


 訪れる村人達に守られ、小鳥達の声に耳を傾け、仕える神を護り、ましろとハクは暮らしていた。


 楽しかった。春には齢を重ねた御神木の山桜の姫神様が、その姿を艶やかに装われる頃、村人達は、ゴザを敷き手弁当を持ちより、歌い、飲み笑いさざめいた。


 さなぼりの時も、ここに集まった。大人も子供も、老いも若きも皆一同に揃った。


 夏には、虫送りの夏祭りが執り行われ、白い小さな御幣を村役達がここで作り、それを人々が頂きに参拝していた。


 秋は収穫の祭りが一番賑やかに、催された、神輿が村を練り、獅子舞いが奉納され、奉納相撲が執り行われ、芝居があり若い男女の、出会いの場でもあった。


 そしてめぐる冬には、年納め、一年の最後の年越しの夜、大きなたき火が夜空を焦がした。パチパチとはぜる音、チリチリと空に昇る火の粉……


 思い出す、思い出す、ましろは途中立ち止まり、息を弾ませしゃがみこむ。


 ……あの時がよかった、あの時に戻りたい。神様、神様、桜の神様、私の願いを叶えてください。ハクに逢いたい、きっとここに来てる、そうでしょう、神様、桜の神様、お願いします。


 別れの朝に、行っといで、わらわはここにいるからね、何かあったら戻って来なさい……と、年老いても華やかな声で、餞別の言葉をくれた御御神木様。


 お社に奉ってある、御本尊様と共に神主の祝詞の後に、軽トラに乗せられガタガタと山を下り、小さな小さな、新しく創られた朱に塗られた門がある白木のお社、そこに奉られた。


 山のから降りた人達が最初に作った、山際の小さな小さな集落。そこで暮らせたのはどれ程の時だったのだろう。


 せめてもと、山を降りることに渋った老人達が植えた、ひょろひょろのソメイヨシノの苗木が根付き大きく枝葉を空へ広げる……よやく訪れた見事に花咲く頃だったか、


 そう、まだその桜に、天地の気が宿る前だった。道路が出来るとヒトの話がなされていた。


 ……お金がたくさん入るから、みんな、みんな家も畑も何もかも……それに替えようと、嬉しそうに話していた。とましろは悲しく思い出す。


 そしてある日、いきなり見知らぬ神主が現れると、そそくさと形ばかりの祝詞を唱え、先ずはその若い樹を切り倒したのだ。


 そして御本尊様と、ましろ達を総本山に御返しする事になったと、神主に言い渡された。


 ………なくなっちゃった、なくなっちゃった、桜の神様、桜のかみさま、なくなっちゃったんだよ、


 ごほんぞんさまは、お山にお帰りになっちゃった。ましろとハクも、お供をするはずだったのに。


 はずだったのに、少し欠けてしまったから、ハクは修理に出されて、それっきりになっちゃった……


 座り込んだまま、はぁはぁと息白く吐きながら、地面に突っ伏して思いをこらえるましろ。


 ……残していくれれば、よかったのに、御本尊様も、お山に残して、時がくれば野に帰れたのに。


 ましろとハクは一対、なのでどちかが欠ければ、一方もやがては消え行く。


 なので探したいという、ましろの切なる願いを、主の神は許し少しばかりの力を与え、限られた時の自由を与えたのだった。



 白い白い世界、山の木々は黒々と濃く、空は重いねずみ色の雲が積み重なり、その色は徐々に密度が増して黒くなりつつある。


 風が吹き始める。ここで長の時を過ごしたましろは、雪が再び降り始める事がわかる。


 あいたいよぉ、あいたいよぉ、と気持ちが高まり、手にしているそれに顔を埋め、動けなくなる。


 ……あいたいよぉ、あいたいよぉ、あいたいよぉ、どこにつれてかれたの、どこかにすてられてしまったの、お願いだからここにきていて。


 ごう、とら冷たい風が立ち上がる様にと、ましろに吹き付ける。それに気付くとコクコクとうなづき、再び歩き出す。


 はぁ、はぁ、ざく、ざく……埋もれながら、ひたすら山の頂きを目指し進む。積もる雪が深さを増していく……白いものがチラチラと降ってきた。それは瞬く間に、風と合わさり吹雪となる。


 目に、口に、それらはつぶてとなり入る。冷たさに痛みが走る。息が出来なくなる。


 止まるとそこで終わってしまう。ましろは懸命に願いを捧げるべく、山桜の姫神様の元を目指した。


 視界が白に包まれていく。右も左も何もかもが雪のつぶてに覆われる。


 もう少し、もう少しとかすかに風の止み間に見上げる、視線の先に見え隠れする。


 そこにはくすんでいるが、朱の色の門が浮かび上がっていた。


 ごうごうと空が鳴いている、びゅうびゅうと風が雪を巻き上げ、四方八方に渦巻き拡がり、煙になり、地吹雪を産み出している。


 ……かみさま、かみさま、桜のかみさま。もどってきたよ、ごほんぞん様からもらったお品の力も、もうない、動けるのもここまでなの。


 ポケットにしまいこんだ、懐紙に包まれたそれを確認すると、感覚が無くなって来た手に握られた、かしの木とかやの木に、


 もうちょっと力を貸してね、と、願いを込めるとしっかりと胸に抱き進む。


 深い深い雪は腰の辺りに迄に迫っている、水の中を歩く様に進んで行く。この姿でないと、ましろに残された時に、間に合わなかった。


 杉山の中にぽっかりと丸く空いた、そこのたもとへとようやくたどり着く、階段が有るはずなのに、雪に埋もれて斜面と化していた。


 はあ、はあ、と最後の力を振り絞ってそれを登って行く。転びながら、埋もれながら懸命に、一歩一歩進む。


 ……かみさま かみさま、やっと帰ってこれたよ。ごほんぞんさま、これをお使いって、ご自分のひと房を切り取られて……だから今まで動けて来れたの。


 ぜいぜいと、息を飲み、たどり着いた、白に包まれているかつての境内を見渡す。


 ……いるの?いないの?来てないの?桜のかみさまは、どこなの?ハクは来てるの?教えて欲しい。


 切なる思いを込めて、霞んできた目に、力を込めて眺め見渡すましろ。


 ……鳥居は……あるよ、お社もどちらも半分埋もれてる……でも、どこなの、どこなの、桜のかみさまが見えないよ、みえないよ。


 懸命に見渡し、探すましろ、そして有る場所に気が付く。かつては、大きく天にそびえ立っていた、御神木が、変わり果てた姿で埋もれてる姿に。


 かみさま、かみさま、かみさま、かみさまと鳴き声を上げながら近づくましろ、既にその姿は、元の小さなお使い狐に戻っている。


 雪原に散らばる、かしの木、かやの木、コート、帽子、手袋、ブーツ……ヒトの姿の時にまとっていた衣類。


 ……桜のかみさま、かみさま、眠ってるの?死んじゃったの?ここまできたよ、ここまできたよ。


 ましろはふらふらとしながらも、懸命に力を振り絞って駆け寄り近づく、


 そして半分程に折れてしまった、桜の老樹にたどり着く。幹に触れると、優しい声が響く。


 ……ああ、お帰り、お前が来ると御本尊様が風にのせ知らせてくれたよ、だから待っていたよ……私も年だからね、中が空洞になってしまい、こうして半分に折れてしまったのだよ。


 生きてるの、生きてるのとましろは声をかける。少しだけね、と声が再び流れる。


 ましろは泣きながら、あいたかった、あいたかったの、ハクはどこなの、来てないの、と話す。


 その哀しい声が風にのり、辺りを回る。そしてそれが、届いたかのようにその時、ぎぃと音が立った。


 閉められている、社の扉が軋みながら開かれた。一寸先も見えぬ白い吹雪の中、軽い体躯のハクが、雪を含む風に煽られつつ、ましろの名前を呼びながら、相方のハクがヨロヨロと、近づいていく。


 ……ましろ、ましろ、ましろ、待ってたよ、棄てられそうになって……力を無くす前に、ここに何とかたどり着いて、お社で……待ってたよ


 あいたかった、あいたかったよ、とハクがましろに、時をかけ近づいている。


 声を上げながら動こうとするましろに、ハクは動かないで、桜のかみさまが場所を教えてくださってるから、と話す。


 白に煙る世界で、おいで、おいで、こっちだよ、と、かつて共に暮らした、可愛い子達に御神木が、この時の為に、残しておいた最後の力を使い導く。


 あいたかった、あいたかった、と、ようやくたどり着き、倒れこんだハクに、慌てて寄り添うましろ、うんうんと首を振るハク。それを確認する御神木。


 さぁ、最後の大仕事をしようかね、と山桜の年老いた姫神様は、自身の根に力を込めてわずかながらの地面をあらわす。


 太い根元に近い幹に、ちょうど二匹が入れる程の(うろ)が口を開けている。


 お入り、と優しい声を残すと彼女は深い眠りについていく。


 言われた通りに、御神木の(うろ)に潜り込み、仲良く丸くなる小さな二匹の狐。彼等もまた、全ての力を使い果たして、ここにたどり着いた。


 深く、深く眠る神と呼ばれた山桜と、お稲荷様にお仕えしていた一対、ましろとハクの小さなお使い狐達。


 白い雪が、全てを白に封じて行く。ごうごうと音を立てて、無慈悲だが美しく、穢れのない白へと世界を創る。


 もう、誰も詣ることが無いであろう、山の頂きのお社は、真の静かな眠りの時を迎えた。


 やがてぽっかりと丸く空いた境内も、やがては鳥や動物が、運んだり埋めたりしている、様々な木の実達が、


 春になり芽吹き、雨に育まれ、夏の日差しに、天高く枝葉を伸ばし……秋冬を乗り越え、


 再び春には、目覚め、大きく育って行く……深い山の木々に混じるのは、そう遠い未来ではない。



 しかし今はただ……白い、白い雪が埋め尽くしている……それだけの世界。


『完』



























 











 








 




























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