初任給と就任求
俺がダンジョンに来て約一月が過ぎた。最近、訓練以外の自由時間は殆どアルバイトをしている。基本一日の殆どの時間が自由だ。そしてこのダンジョン内には驚くほど娯楽と呼べるものがない。
皆、娯楽が無いから仕事に励むのか、仕事が娯楽なのか、兎に角働く。まあ、何もせずに無作為に時間を浪費するよりは遙かに有用な時間の使い方かもしれない。
そして、俺にとっての初めてのまとまった収入を得る日がやってきた。
「ついに初給料日だなピット!」
「ああ、楽しみだよ。それに支給される収納の魔道具も待ち遠しかったよ」
そう、給料日である。アルバイトで稼ぐ事である程度の格玉は手に入ったけれど、家具一つ買えるかどうかの量しか稼げなかった。
実際、他の連中がアルバイトで稼ぐよりも遙かに多く稼げてはいるのだが、以前キキさんにこっそり聞いた収入に比べたら桁が違う。5桁も違った。俺も専門の仕事が欲しいと思ったよ。
「確かに、収納の魔道具無いと格玉も持ち歩くの不便だしな」
そうなのだ。格玉は地味に嵩張る。地道なアルバイトの結果、中格玉を結構な数集めた。今は財布代わりの麻袋に入れて有るのだが、持ち運ぶのに不便なのだ。
「本当、最近の贅沢な悩みだよ」
本来、自分の格を上げるために使ってしまえば良いのだが、今は格を上げるよりも部屋をオシャレに整えたいのだ。娯楽の少ない此処では、自分の部屋をレイアウトするのは数少ない楽しみの一つなのだ。
「だな、おっと、そろそろ受け渡しの時間だ。アイリス様の部屋に行こうぜ」
「分かった。遅れたらまずいしね」
給料の受け渡しは、フロアマスターから直接渡される。他の人達は、自分の仕事の空いた時間に取りに来るらしいが、俺達は訓練が終わり次第取りに来るように言われていた。
「俺の時は、時間指定なんてされなかったのになー。なんでだろ?」
「テトに分からないのに、俺に分かる訳ないだろ?初めてなんだぞ」
「だよなー、まあ行けば分かるか」
普段の対応と違うことにテトは疑問に思っているが、俺は得に気にしない。浮遊する事も忘れスキップで移動してしまうくらい楽しみなのだ。我ながら単純な思考回路だ、些細な事には気にしない。
俺達は普段の二割り増しの速さでアイリスさんの部屋へと向かった。
「テト、並びにピット、アイリス様のお呼びにより参りました!」
アイリスさんの部屋の前に着くと、リズミカルなノックと共に到着を知らせ、相手の反応を待つ。
「待っていたわ。入って来てちょうだい」
いつもと違いなんだか中が少し騒がしい気がしたが、程なくして中から入室の許可が降りた。
「失礼します!」
「お邪魔します」
挨拶をしながら中に入ると、アイリスさんの他にも数名の人が居た。何れも見覚えのある人ばかりだ。
「来て貰ってありがとう。今日は二つお話があるの。ここに居る人達の事が気になるだろうけど、先に一つ目のお話、お給料についてするわね」
俺達の視線で、疑問があるのを察したのだろう。アイリスさんは先に俺達の前に給料を差し出した。テトの前には極大サイズの格玉が一つと、大小様々な格玉が入った麻袋が置いてある。きっと雑用の仕事の報酬分なのだろう。そして俺の前には極大サイズの格玉と収納の魔道具だ。
「もう知っているでしょうけどこれが収納の魔道具よ。使い方は分かるかしら?」
「はい、テトに聞いたので大丈夫です」
俺は受け取った収納道具を装備して目の前の給料を収納して見せた。実際自分で使うのは初めてだが、聞いていた通りの使いやすさだ。収納道具を意識すると何が入っているのか分かるし、収納量もかなりのものだ。大きな体育館ほどの広さは有る。
それにしても一月極大玉が一つ。結構な収入だ。他の人と比べてはいけない。
「ふふ、大丈夫みたいね。幹部用は結構な収納量だけど、もっと大きいのが欲しかったら自分で調達してね」
「大丈夫ですよ、これだけの量が入れば十分です」
俺がそう言うと、アイリスさんは苦笑いをしながらこう告げた。
「シエラちゃんも最初はそう言っていたけど、半年で収納道具の中を一杯にしていたわ」
あの完璧メイド……いや、彼女の収納の魔道具については触れてはいけない。
「分かりました。その辺りは周りと相談して決めます。それで、後ろの方々はどうされたのですか?」
シエラさんの名前が出た事で、俺は早急に話題を変えた。彼女の耳は恐ろしく良い。危険な話はしないにかぎる。
「そうなのー、今日のもう一つのお話なのだけれど、ピット君のお仕事が決まったわ!」
アイリスさんは嬉しさを全身で表すかのように、両手を身体の前で握り、前のめりに告げる。俺はその両手を下から包み込むように握り、アイリスさんの両手を取る。
「えっ、俺の仕事ですか?テトでは無くですか?」
「ふふふ、そうよ、テト君には今のお仕事を続けてもらうことになったわ。実はピット君の仕事は、こちらの人達の要望なのよ」
先程から視界の中に入ってくる人達、それは俺がアルバイトをした先のトップに立つ人達だ。何れも製造系で良質な商品を作る工房の方々その数なんと10名ときた。こうして見ると、俺は節操なく色々な職種に手を出していたようだ。
「なるほど、ちなみにどういった業務内容でしょうか?」
10名に及ぶ工房(厨房含む)の方々からの要望など予想もつかない。なにか共通する業務でもあるのだろうか。
「各々からの要望、主に新商品開発のアイディアの提供をお願いしたいの」
「はぁ、専門的な知識も無い俺で務まるのでしょうか?」
このダンジョン内では、俺の持つ知識が通用しないことが多い。アルバイトで多少役に立ったとはいえ、本職の方々に意見できるほどのものだろうか。
「大丈夫よ。ピット君には、他の人とは違う目線から意見を言ってほしいのよ。現にここにいる人達は、貴方の意見を取り入れたことで大きな利益がでているわ」
確かに俺はアルバイトの時に色々と意見を言わせてもらった。しかしそこは職人を纏める工房の長達。遠回しな言い方をして相手のご機嫌を損ねぬように、細心の注意を払って俺の意見を採用してもらうのにかなり苦労をした。もっともそのかいあって今回の話なのだろう。今後は意見が言いやすくなっただけでもプラスだ。
「ちなみにお給料は、ピット君の案が採用された商品の売り上げから2割を貰えることに成るわ」
アイディア料が商品販売額の2割……これを特許と考えればかなり良い割合だ。しかも俺自身が製造、販売に手を取られないのも大きい。自由な時間を確保しつつ格玉を得る事が出来る。
「ちなみに、ピット君がここの人達とすでに開発した物も商品の対象になるわ」
「そうですよぉぉぉ、すでに多数の注文をお受けしておりますぅぅぅ。利益はかなりみこめますよぉぉぉ」
突然話に割り込んできたのは、魔道具開発工房のトップ、リッチの……名前はまだ無い。いや、俺が知らないだけなんだが、話し方が独特のリッチだ。
俺は彼と共同で、少し変わった物を開発していた。娯楽の少ないことに不満を募らせていた俺は、彼を煽て、褒めそやかし、更なる高みへの道を示してあげたのだ。
その結果、俺達は魔道具でチェスをアレンジしたボードゲームの開発に成功した。最初こそチェスそのものを作るつもりだったのだが、魔道具と掛け合わせることで多様性が生まれたのだ。駒一つ一つにカウンターを取り付け、一つの部隊として人数の設定。盤面そのものにも手を加え、地形の再現などもした。
結果的に簡易的な戦略シミュレーションゲームになったのだが、ステージ式の一人プレイから最高四人までプレイできるマルチゲームまで熟せる多様性の高いゲームとなったのである。最初こそ人間の兵種で駒を作ったのだが、販売直後から多くの要望が寄せられ、各種族の駒を目下作成中らしい。
うん。ゲーセンで見かける様なゲームのオフライン仕様だなこれ。
因みに、金額を度外視して作ってしまったので、俺には購入する事が出来ない。これも格玉を使わずに溜めている一つの要因だったりする。
「ふふふ、そうね。他にも貴方が携わった商品は軒並み製造待ちなのよ?是非ともその力をダンジョンの為に役に立ててほしいのよ」
アイリスさんの後ろでは、各工房のトップ達が、頭を物凄い勢いで縦に振っている。ここまで期待されてしまうと、期待に応えたくなるのが人情(霊だけど)ってもんだ。
「分かりました。何処まで出来るか分かりませんが、ご期待に応えられる様頑張らせて頂きます」
アイリスさんを含め工房長達も、俺の応えに喜んでくれる。俺も内心かなり嬉しかったりする。人に期待されるのはむず痒くも嬉しいものだ。
「本当よかったわ~。あ、ピット君の役職名は『商品開発部長』になるからよろしくね」
なんといきなり部長クラスである。もっとも工房や統括区のように活動拠点が決まっていないポジションには『部』がつくらしい。なんでもダンジョン内に拠点が無くても、役職付きが所属していることを主張するために付けるとか。
兎にも角にも、俺は今日このダンジョンの中で新しい立場を確立した。一月前までとは大違いだ。みんなの為にも、自分の為にもこれからも頑張ろう!
俺は決意を新たに固めた。
「お前、いつまでアイリス様の手を握ってるんだ?」
何時までもですよ。




