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基礎訓練

「ピットそろそろ訓練の時間だ」


 テトと製造区を回っていると、色々と興味を惹かれる魅力的な商品を見ているとついつい欲しくなってしまう。楽しい時間と言うのは、過ぎ去る時間が早く感じられるものだ。


「もうそんな時間か。じゃあ、訓練所まで行くか」


「おう!さあ訓練所に行くぞ!」


 テトがやたらと意気込んでいる。そんなに訓練が楽しいのだろうか?訓練所への移動する時、気持ち進むのが早い気がした。


「おーい、ピット早くしろよー」


 テトはまるで、散歩に行く前の犬の様に嬉しそうだ。


 俺達が訓練所に着くと、そこには先客が居た。


「あれ!?アイリス様いつもより早くないですか!?」


「ふふふ、予定より仕事が早く終わったから、早めにきただけよ」


 アイリスさんは何故居るのだろうか?フロアマスターである彼女も一緒に訓練するのだろうか?


「ああ、ピット。説明してなかったな、俺達の教官はアイリス様なんだぜ」


 なんと俺の訓練を見てくれるのは、アイリスさんだとは思いもよらなかった。フロアマスター直々に訓練をしてもらえるとは恐れ多いことだ。


「それでは早速はじめましょう。テト君は自主練しておいてね」


「えええええええ、そんなー」


 余程ショックだったのだろう。テトの身体がみるみる萎れていく……ちょっとキモイ。


「さあ、ピット君。始めましょうか」


「よろしくお願いします」


 訓練は早速始まるようだ。


「それではまず訓練の前に、私達のような霊体の身体を持つ知的霊体、通称“幽霊種”の特性について説明するわね」


 幽霊種。物質的肉体を持たず、魂と霊体のみで存在する者。生命を持たない者達。極一部の例外を除いて、意思あるものは魂と霊体を持っている。物質的肉体を持っている者達も、霊的身体と、物的身体がつねに重なって存在する。もっとも肉体を持つ者の霊体は非常にシンプルだ。それに引き換え、肉体を持たない者達は、いくつかの要素が混ざり存在している。


 幽霊種の霊体を構成しているのは、“呪”、“念”、“質”の要素で成り立っている。それぞれに複数の概念を持ち、混ざり合って肉体を持たずとも活動することが出来る身体を構成している。


 最も強くなるのに必要な知識としては、それほど詳しく知る必要は無い。“呪”は呪術を使うために、“念”は物質に干渉するために、“質”は存在の強度を上げる。各々強化する方法が違うため自分のスタイルに合わせて訓練する必要がある。


「と、言ったところかしらね」


「なんだか意外と複雑なんですね」


「ふふふ、そうね。私もそれほど詳しくは無いわ。意外と自分自身の事って知らないものよ」


 確かに、言われてみるとそうかもしれない。ただ教える側がそれで良いのだろうか?


「さて、それじゃあ本題の訓練方法を説明するわね」


「お願いします」


 各概念は複雑に絡み合っているが、各々の特性を鍛える方法は確立されている。


まずは“呪”これを鍛えるのに最適なのは『瞑想』だ。具体的には俺が身体に色を付けるときにしたことの延長線になる。俺が、自分の内側を覗いたときに見た自分の身体を、自由自在に動かすことが出来るようにする事だ。これによって呪術を使うときの強度と規模が上がる。


 次に“念”これは非常にシンプルな方法で鍛えることが出来る。それは『筋トレ』だ。特にウェイトトレーニングが重要だ。兎に角、重いものを持ち上げる。これによって物質に干渉する能力が向上する。要は重いものを持ち上げられる。


 最後に“質”これは前の二つと多少性質が異なる。これは魂の格を上げることで強化される。魂の格を上げる方法、それは大きく分けて二つある。一つは魂持つ者を倒すこと、それのよって倒した魂の一部を吸収する。もう一つはダンジョンで生成される魂の格を固めたもの、格玉を吸収すること。なんと買い物をする時の、対価として支払っているのがこの格玉、要は給料がこの格玉に当たる。それ故に給料を自己の成長に使うのか、物を買うために使うのか、判断の難しい問題だ。


「訓練の方法としては、こんなところね」


「成る程、そうなると自分がどのスタイルで行くか決めないといけませんね」


 自分がどういった戦闘方法を取るかで訓練メニューが変わってきそうだ。


「そうね、でも明確に決めるまでは両方熟した方が良いわ」


「なるほど、直ぐに決める必要もないですね」


 自分に適した戦闘方法を、一度しっかり考えてみることにしよう。


「そうね、それに質の向上も重要よ。訓練で鍛えた力も、質が伴わないと力を発揮できないからね」


 質の向上……格玉は金銭としての役目もあるからな……ん?てことは、仕事が割り振られていない俺は、相当シビアな格玉運用が予想されるな……アルバイト頑張ろう。


「そんな訳で、私からピット君にプレゼントよ。さあ、手を出して」


 そう言って、アイリスさんの手の平には、ビー玉サイズの丸い球が乗せられていた。俺は、その差し出された手を、両手で包み込むように握った。昨日触れた時と同じ、ほんのり暖かく、その肌触りは比類することのできない、いつまでも触れていたくなる。俺は再び、天女の美手(びしゅ)に触れる喜びを味わった。


「おおおおおいいいいい、アイリス様になにしてんだピットオオオオオォォォォ」


 どうやら俺の行動は、テトにはお気に召さなかったようだ。


「どうしたテト?俺はアイリスさんから、プレゼントを頂いただけだぞ?」


「あらあら、そうね。以前テト君にもあげた物よ」


 俺とアイリスさんは努めて冷静に返事をした。


「いやいや、そう言いながら、何でまだアイリス様の手を握ってるんだよ!!!」


 おや?どうやら俺がアイリスさんの美しい手を堪能しているのが気に入らないらしい。


「何を言ってるんだ?そこに美しい手があったら普通握るだろ?」


 テトが何を騒いでいるのか分からない。


「いやいや、普通に受け取ればいいだろ!」


 こやつ……美しいものを前にして、愛でる心を持ち合わせてない……だと……。


「うふふ、ほらほら騒がないの。ピット君も何時までの握ってないで、受け取ってくれないと、訓練が先に進まないわ」


 おっと、俺としたことが思わず、愛で入ってしまったようだ。


「おっと、すいません。これは何ですか?」


 十分に堪能した俺は、アイリスさんの手に乗せられていた丸い玉を受け取り、繁々と観察した。後ろでテトが「ピット後で話があるからな」なんて騒いでるのは気にしない。


「これが先程説明した格玉よ」


 その玉は、無色透明で淡い光を放っていた。見た目こそビー玉の様だが、

そこから放たれている存在感は、力強さを感じさせた。


「その格玉は中サイズなの、別名『中玉』ね」


 アイリスさんが言うには、格玉にも内包される格で大きさが変わるらしい。

他にも極小玉、小玉、大玉、特大玉、極大玉が有る。大きさとしては小さなビーズサイズ、BB玉サイズ、大きなビー玉サイズ、握りこぶしほどのサイズ、そして人の頭ほどのサイズをしている。


「できればその格玉を使って、質を上げてほしいのよ」


 訓練中に渡されたって事は、これも訓練の一環と言うことだろう。


「テト君の時は、宝物にするって言って、使ってくれなかったのよね」


 なんとテトは、初訓練を受けるときには既に、アイリスさんの下僕になっていたらしい。


「フ、俺の大切な宝物さっ」


 本人はカッコよく振舞っているつもりなのだろうが、逆雫型の身体では今一締まらない。


「ピット君は素直に使ってもらえると嬉しいわ」


 いつも笑顔を絶やさないアイリスさんの笑顔が硬い。いったい何があったのか……。俺も買い物するために残しておこう、とか少しも考えなかったと言えば嘘になるが、ここは素直に使っておくのが吉だな。


「これは、どうやって使えばいいんですか?」


「格玉を握りしめて、手を胸の前に持ってきて、交わるイメージをするのよ」


 俺は言われた通り、格玉を使ってみた。するとほんのり暖かく、自分の中の何かと交わって行くのを感じた。それはまさに真冬の冷え切った体に、暖かい味噌汁を飲んだ時の様な、じんわり染み渡るような感じだ。


「なんだか自分の中に暖かいものが交わって行くのを感じました」


「ふふふ、成功ね。それが格を上げる感覚よ」


 しかし、これで俺は強くなったのだろうか?あまり大きな変化があったようには思えない。


「召喚された子は、もともとある程度の格を持ってるから、大きな変化は無いでしょうけど、地道に上げていくことが大切よ」


「なるほど強くなるには地道な努力が大切だと言うことですね」


 格玉なんてブーストアイテムを使って、地道な努力と言うのも変だが、塵も積もればと言うことだろう。


「格を上げるノルマは無いけど、強くなることはダンジョン全体で推奨していることだから頑張ってね」


 防衛の観点から考えても、鍛えておいて損をすることは無いだろう。


「アイリス様、訓練終わりましたー」


 俺が格を取り込んだところで、テトが訓練の終わりを告げてきた。あまり時間を気にしていなかったが、結構な時間が過ぎていたのだろう。


「あら?もうそんな時間なのね。では、今日の訓練はここまで。ピット君は、今日教えたことを忘れないようにね」


 こうして、初めての訓練は終了した。本格的に鍛えるのは明日からになる。この後、二人に誘われてお風呂に行ったのだが、そこは割愛しよう。


 ただ一言添えるなら、霊体の風呂は混浴なんだ……。







 着衣だけど。

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