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次のステップへ

 あれから、第5フロアより戻ってきた俺たちは、頼まれていたブラッティヴァインの果実を酒造工房に納品してから、エトナさんに商品の配達が無事達成できたことを報告して解散となった。キキさんは工房の人が迎えに来て、引っ張られるように工房に連行されていき、シエラさんは仕事の見回りがあると言ってどこかへ行ってしまった。


 二人とも本当によく働く人たちだと思う。


 流石に今回は色々と疲れた。アドバイスを求められたり、唐突に戦闘をする事になったりと、予定外の行動が多すぎた。今回溜まった疲れを癒すため、風呂に入って自室へと戻った。途中少しテトを探してはみたが、まだ戻ってきていなかった。一体どんな“お使い”を頼まれたのだろう?


 それからの日々は、特に代わり映えもなく、普段道理のサイクルで過ごす日々が続いた。今までと変わったことがあるとすれば、訓練のメニューに戦闘訓練が追加されたことだろう。あとは時折、キキさんの突発的な思い付き巻き込まれることもあったが、いたって平凡な日々だった。そして今日はこのダンジョンに勤めだしてから二回目の給料日を迎えた。


「これが今回のお給料よ。受け取ってね」


俺の目の前には、幹部としての給料である極玉が一つ、そしてその隣には大量の核玉が入っている麻袋が置かれていた。


「……え?これが俺の給料ですか?」


 流石に予想を遥かに超えた成果にたじろぐ。今回はテトと一緒に来なくて良かったと、この時は本当に思った。


「ええ、ピット君の頑張りが認められたのよ。あ、詳しい内訳が見たいならあるわよ」


 そう言って差し出された書類に目を通すと、お菓子関係の商品と、遊戯関係の商品の売り上げが異様に高い、それに魔道具関係の伸びもなかなか良好だった。


 魔道具の売り上げには思い当たる節があるので納得できる。第5フロアで俺が提案した改善案は多少の修正が入ったものの、見事に採用。最初こそ新しい農業体制に戸惑っていたらしいが、慣れれば圧倒的に楽になったと高評価だとか。そしてその計画に欠かすことのできない魔道具類は多くの発注を集め、売り上げが上昇に繋がったと解る。


 しかし、他二つの異様な売り上げは何なのだろうか……。


「凄いわよね~。ピット君の考えたお菓子は、どれもおいしくて困っちゃうわ」


 どうやらその原因の一つが目の前にいることは確かなようだ。今まではフロアマスターにのみ、使用が許される道具でお菓子の確保をしていたが、現在俺のアイディアを取り込んだお菓子がブームになっている。それに盛大に乗っかったのがアイリスさんのようだ。


「この遊戯がやたらと売れているのはなぜですか?」


「えっと、ああこれね。これはダンジョンの中に娯楽って文化が無かったところに、ピット君が作った商品が受け入れられたからよ」


 どうやらダンジョンの運営に関わっていた人たちは、完全なワーカーホリックとして仕事漬けの生活をするのを当然と考えていたらしい。しかし、そこに現れた一つの玩具。チェスの発想を飛躍させて、多様性のある戦略ゲームとして売り出したそれは、一月前と比べて、その存在がダンジョン内に広まり、爆発的に売れ出したらしい。元々、時間が余りある為に仕事に打ち込んでいた人たちは、核玉を相当な額ため込んでいたらしく(自己強化に使えと言いたい)、現在は三ヵ月の予約待ちになるほどだとか。それに、ただ遊ぶだけではなく、ダンジョンの防衛戦略を学ぶ上でも役に立つ事も受け入れられた用意の一つだろうとのこと、特に食いついたのがアレクさんでフロアマスター会議で各フロアでの導入を主張して、全フロアの居住区の一角にこのゲームを、核玉を持っていない者達でも自由に遊べる場所を作ろうと働きかけてくれたらしく、他のフロアマスター達も特に反対することなく可決され、発注量に拍車がかかったらしい。


 今度アレクさんに会ったときは、お礼を言っておこう。


「ふふふ、これでピット君もちょっとしたお金持ちね。よかったら何に使うか聞いてもいいかしら?」


 正直、これほど大量に核玉が手にひることは想像していなかったが、第5フロアを見て回っている時に、一つの目標を立てていたのだ。


「はい。これは自分の核を上げるのに使いたいと思います。俺も早く食事が楽しめるようになりたいんです!」


「あら、それはいいことね。その麻袋に入ってる半分も使えば、十分核は上がると思うわよ」


 正直、全部使うつもりでいたのだが、半分で済むらしい……。本当にどれだけ儲かったんだ俺?!


「でも、そうなると明日からの訓練メニューは少し変更が必要かしらね」


 確か仮想体化、正確には仮想実体構築には高度な技術を要すると聞いたことがある。念、呪、質の全ての要素が高い水準で必要だとか。


「どんな訓練が必要になるんですか?」


「そうね。一言で言ってしまえば、呪いを念の力で押しとどめる。って事かしら」


 その後、教えてもらえたことをマトメると、自分の零体に『実体が得る』と効果を付与した呪いを掛けることで、零体しか持たない俺達のような零体種は仮初の実体を得ることができるらしい。しかし、呪いとは因果が絡まないものに掛けてもすぐに拡散してしまい、高い効果を得ることができない。


 例えば、人に『火傷をしろ』と呪いを掛けた場合、人は高温のエネルギーにさらされることで火傷を負う。と世界の摂理で決められていることには効果を発揮するが、『自由に空を飛べ』と呪いを掛けても、空を飛ぶ方法を持たない人間には効果を発揮しないのだとか。最も、呪いの力が大きくなれば、何某かの効果は発揮するそうだが、それが世界の摂理から外れるほど難しくなるらしい。


そんな、世界の摂理に、肉体を持たない思念体として認識されている俺達零体種だが、そこを念の力で無理やり呪いの拡散を防ぎ、『実体を得る』呪いを常に自分の零体に付与し続けることで仮想実体構築は成功する。


 本来、実体の無い者に、『実体を得る』と呪いを掛けても効果は薄いのだが、自分自身であることと、感覚と念を瞬時に同調させることで、他者に呪いを掛けることよりも難易度が低くなる。


 そういった特性もあって、仮想実体構築は実現できたのだ。


「ピット君は能力的には十分だから、あとは念の発動を感覚と同調して、瞬時に使えるようになれば仮想実体構築もそれほど難しくないと思うわ」


 アイリスさんは難しくはないと言っているが、実際にはそんなことはないだろう。これには二つの感覚が優れていないといけないのだ。一つは、零体に掛けられた呪いが拡散しだす個所を感覚的に捉えること。そしてもう一つが、その拡散しだす個所に瞬時に念で押しとどめるように働きかけること。この二つが合わさって初めて成功するのだ。


「実際、ピット君ほど早く仮想実体構築を手に入れられる条件を整えることができる人は少ないのよね。大抵、条件のうちどれかが足りていないのよ」


「満遍なく訓練を怠ったからではないのですか?」


「それもあるけど、核を上げるのに苦労してる人がほとんどね」


 確かに核を上げるには、戦闘によって相手を倒すことで得るか、核玉を使用してあげるかの二択しかない。そして直接相手を手に掛けることはこのフロアの住人であれば滅多なことではないだろう。そうなると必然的に核玉を使うことによって自分の核を上げ、如いては質の向上につながるのだ。


 俺のように、勤務早々にかなり良い条件で仕事がもらえる人など殆どいないだろう。特に幹部でもない一般の住民からすれば俺の待遇は破格と言って良い。だから基本的にみんな単純に訓練で得ることができる念と呪が先に上がるのだろう。


「ただ、ごく稀に質が先に延びる人がいるのよね。そういった人ほど仮想実体構築の習得が早かったりするのよ」


 なんと、ベースとなる零体の質が向上するほど仮想実体構築の難易度が下がるらしい。おそらく零体の質が高いほど仮想実体構築を維持しやすくなるのだろう。


「ではこの核玉全部使ったほうが、より早く仮想実体構築を習得できるってことですか?」


「それほど多くの例があるわけではないけど、過去の記録を見る限りはそうだと思うわ」


 先ほど聞いたときは使うのは半分でもいいかなと考えていたが、これは全部使うのが吉だろう。


 俺はこの後、簡単な訓練方法を聞いてからアイリスさんの部屋をあとにした。




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