閑話:テットンおつかいに行く(前編)
訓練を終えて、住民が各自に動き出す頃に、普段それほど多くの者が訪れることのない部屋に、紳士の訪れを伝える音が三回響いた。
「アイリス様の忠実なるテト、ここに馳せ参じました!」
そう、俺こそがアイリス様に忠義を捧げた男テトだ。今日は久しぶりにアイリス様からのお呼びがかかったのだ。やはりアイリス様が頼りにするのは俺しかいない!
「あら、待っていたわ。入ってちょうだい」
「失礼します!」
アイリス様からの返答を待って、屋主の品格を感じさせる扉を開いて入室する。そこには部屋の主であるアイリス様が優雅に紅茶を飲んでいる姿が見えた。今日はいつにも増して麗しい。
俺が入室すると、席に座るように促され、アイリス様の向かい側に身体を90度曲げてなんとか座る。これが結構つらい。
紅茶を勧められ、挨拶と近状報告などを交わしながら今日の用事を聞かされた。
「実は、テト君にはおつかいを頼みたいの」
真剣な顔のアイリス様も美しい。
「お任せください!何でもこなしてみせます!」
このアイリス様の忠実なる僕に、彼女の願いを聞く以外の選択肢など存在しない。
話を聞いてみると、第6フロアのフロアマスターから依頼が来ているらしい。本来ならフロア内の人員で解決するべきなのだが、急性の高い案件で、人手が欲しいらしい。そこで今回優秀な幹部である俺にお声が掛かった。
成る程、納得。やはりアイリス様の信頼厚い俺が選ばれたのは必然だな。
「あ、それと行くときにはこのお土産を持って行ってね」
そう言って手渡してきたのは、ここ最近流行りだした“チョコレート”のお菓子だった。確かチョコレートは恐ろしく苦い固形物だった物を、ピットが新しく甘いお菓子に仕立て直したとか言っていた新商品だったと記憶している。まったく俺の親友も優秀だな。
「彼女、手見上げないと怒るのよね」
「彼女ですか?」
「そうよ、第6フロアマスターの事よ」
ふむ、気難しい性格なのかもしれない。アイリス様の手を煩わせるとは許せないな。
俺はチョコレートを受け取り、収納の魔道具に仕舞う。確かチョコレートは冷たい所で保存しろとピットに言われていた気がする……。多分大丈夫だ。
「それじゃあよろしくね。きたいしてるわ」
「はい!この任務、迅速に熟してみせます」
俺は姿勢よく立ち上がると、胸を張って宣言した。この場所を離れるのは名残惜しいが、アイリス様からのお願いを遂行することが最優先だ。俺は素早く部屋を退室すると、真っ直ぐに転移門へと向かった。
「ふふ、やっぱり雑用係って便利ね」
俺は久しぶりに転移門を使って第6フロアへとやって来た。滅多に使うことがない転移門を使うときはやはり少し緊張する。昔少し間違えて立ち入り禁止エリアに転移してしまったことがある。あの時のシエラさんの説教は今思い出しただけでも震えが止まらない……。
転移門の間から外に出る。そこには木目の洞窟のように空間が真っ直ぐに伸びていた。床から壁へ、そして天井まで一切の継ぎ目が無い洞窟は、全てが木目のせいか遠近感が狂ってしまいそうだ。動いていないのに前に進んでいるような錯覚を覚える。
「あ、もしかして第9フロアからの助っ人さんっすか?」
俺が木目の錯視効果に翻弄されていると、誰かが居たのだろう。声を掛けられた。
そこに居たのは、人の形をした鳥だ。人の頭と胴体、両腕は大きな翼になっていて、足も膝から下が鳥のようだ。確かハーピィとか言われる種族だったと思う。女性しか産まれない種族だ。
「ウチは第6フロア幹部のミリィっす。お待ちしていたっす」
「こんにちは、要請を受けてきた来たテトです」
なんとも喋り方が軽い女だ。やはり女性はアイリス様のように清楚で慎み深い方が一番だな。
「ウチのフロアマスターの所まで案内するっす。付いて来てください」
そう言ってミリィは歩き出した。普通、転移門から出てくる場所には警護の人員が出迎えてくれるはずなのだが、今回は急性のある案件だから直接の案内するミリィが出迎えてくれたのだろう。
道すがらミリィとは仲良くなった。この女、話してみると最初の軽い感じとは違い、とっつきやすくて話すと面白い奴だった。見た目も結構可愛いし、楽しそうに話す姿はこちらまで楽しくさせてくれる。
今回俺が呼ばれたのは、ハーピィと言われる種族には不向きな内容らしく。一向に状況が改善しないことにフロアマスターの機嫌が悪くなり、ほとほと困っていたらしい。その為、今回優秀な人材を他フロアから借りる流れになったらしい。
可愛い女の子に頼まれては仕方がない。全力で当たらせてもらおう。
ミリィの案内の元、錯視効果満載の通路をなんとか超えてフロアマスターの部屋の前までなんとか辿り着いた。心なしかミリィも少しフラフラしている。
「こ、ここっす。この部屋にフロアマスターがいるっす」
若干目の焦点が合っていないミリィだが大丈夫だろうか?
「ちわーっす。助っ人連れてきたっすよー」
ミリィは大きな声で中の住人に声を掛ける。確かに手が翼ではノックはできないだろう。
「お待ちしておりましたわ。入って下さいまし」
少しして中から入室の許可が聞こえてくる。ミリィはそれを聞いて足で扉を横にスライドさせた。どうやらこの扉は引き戸になっているらしい。しかし、足で開けるとは如何なものなのだろう。
「トゥリーさーん、お待たせっすー」
俺はミリィの後に続いて入室する。そして俺は大きな衝撃を覚えた。そこにはアイリス様に負けず劣らずな絶世の美女がたたずんでいた。
髪は美しい黄緑色がかった金髪、端麗な顔つきに長く美しい手足、整合性のとれた体は出るとこは出て、締まるところは締まる。まさに完璧な姿だった。
「お初にお目に掛かりますわ。私第6フロアマスターのThe best of treeと申します。皆様には発音が難しいと言われますので、気軽にトゥリーとお呼びくださいまし」
「え、あ、俺は第9フロア幹部のテトですっ。あ、これアイリス様からのお土産です」
俺はその美しさに思わず見とれてしまい、自己紹介するも固くなってしまった。これほどの美人を前に緊張するなと言う方が無理ってものだ。
「まあ、流石アイリスさん。気が利きますわね」
彼女はお土産を受け取ると、早速中を確認する。俺が中身は第9フロアの新商品のお菓子だと伝えると嬉しそうに笑顔が綻んだ。ミリィも興味があるのか一緒になってお土産の確認をしている。彼女達が一通り騒いだところで今日の本題を話し合う。
「今回はご協力に感謝いたしますわ。是非とも私の可愛いペットを見つけてくださいまし」
「え?ペットですか……?」
「あはははは~っす」
どうやらトゥリーさんが買っている鳥が逃げ出したので、それを捕まえるのが今回の依頼らしい。普段は大人しくて片時もトゥリーさんの傍を離れないのに、今日の朝餌をあげようとした時には居なくなっていたと。
トゥリーさんの話の節々からは、いかにペットを可愛がっているのかが伝わってくる。ただ説明を聞いている間、ミリィがずっと苦笑いしていたのが気になる所だ。
「処で、どのような姿の鳥なんですか?」
ペットに対する愛の深さは伝わってくるのだが、ペット探しに重要な情報が一つもでてこない。
「あら、そうですわね。チョンチョンと呼ばれる種族で、私はいつもチョンちゃんと呼んでおりますわ。見た目ももの凄く愛らしく、確かあれは雨の日に—————。」
またペット自慢が始まってしまった。彼女はどうやら人の話を聞かないタイプのらしい。話の長さにすでに思考が止まり始めていた時、やっと彼女の話は終わった。ミリィの目はすでに死んでいる。
「—————となるのですわ。あら、私ったら少し話こんでしまいましたわね」
彼女にとっては一時間喋り続けることが『少し』なのか……。兎に角、この話が途切れたタイミングを逃せば、更に話が続きそうなので俺は早々に依頼を受諾して仕事を始めることにした。
「わかりました。その依頼お受けします。つきましてはこのフロアに不慣れなので助手としてミリィを貸して頂きたいのですが、よろしいですか?」
流石の俺も知らない土地での探し物は一苦労だ。土地勘がある人員が居るのと居ないのでは探索効率も変わってくる。決して可愛い子一緒に居たいためではない。
「そうですわね。解りましたわ。ミリィにはテトさんのサポートに当たらせますわ」
「ありがとうございます。それでは早速チョンチョンを探しに行きたいと思いますので、これにて失礼致します」
俺は未だに意識が戻って来てないミリィを引っ張て、そそくさと彼女の部屋を退出することにした。
「ええ、よろしくお願いいたしますわ」
「お任せください。無事に見つけてきてまいります」
ずいぶんと時間が掛かったが俺達はやっと彼女の長話から解放された。部屋を出るとミリィも幾分か復活したようで、自分の力で歩くことができるようだ。取り敢えず今後の方針を彼女と話し合わなければならない。それ本丸の中は既に調べつくしていると言っていたので、外での探索が主な作業になるだろう。
「ミリィ、案内を頼むぞ。まずは本丸の外まで案内してくれ」
「了解っす。こっちっす」
こうして俺の仕事は始まった。アイリス様の為にも必ず成功してみせる!




