辿り着いた・・・
何故かスイカを抱えた半蔵さんが現れた。
正直あまり違和感を感じない自分に軽い衝撃を覚える。何故だろうか、半蔵さんが頭以外を抱えていることの方が普通に感じて仕方がない。
「おや、ようおんさったわ」
「……」
半蔵さんは鍬を掲げて挨拶を返す。相変わらず鍬を持つ姿が様になっているな。
「半ちゃんこんな所へどうしたの~?」
「……」
「あら、ブラッティヴァインは半蔵さんの得物だったのですか」
「ありゃりゃ~、私達が先に倒しちゃったよ~」
この人達が何故会話を成立させる事が出来るのか未だに謎だが、どうやら半蔵さんは自分の畑で作物を収穫している時に偶然アレクさんが通りかかり、ブラッティヴァインの収穫依頼を先程受けてここに来たらしい。スイカはその時収穫していた物を、頭と間違えてそのまま持ってきてしまったとか。
間違えちゃ駄目でしょ。
「……」
「そうだねー、じゃあお願いね~」
「ブラッティヴァインの納品は、此方で済ませますのでお任せください」
「ほんまよろしゅう頼むは、ほんならお先にごぶれーするで」
何時の間にか話は纏まったようだ。半蔵さんは俺にスイカを渡すと、サムズアップしてブラッティヴァインの残骸に向かって歩いて行った。
俺が状況を理解できずに戸惑っていると、シエラさんが何を話していたのか説明してくれた。
どうやら俺達がブラッティヴァインを収穫してしまったことは問題なく、収穫後の後始末を請け負ってくれるそうだ。ブラッティヴァインの残骸はたいした資源にはならないそうで、燃やして畑の肥料にしてしまうらしい。最も、その大きさから処理するのにはかなりの手間が掛かるのだが、依頼を受けた身としてその作業を半蔵さんがしてくれるらしい。
俺達は当初話していた通り、ブラッティヴァインの実を届けるのが仕事だ。まあ、帰ってから引き渡すだけなのでたいした手間でもない。
ただ、後始末には時間が掛かるので、半蔵さんの相棒の様子を見てきてくれと頼まれたとか。このスイカはその手間賃らしい。
いったいあの「……」の中にはどれほどの情報が隠れているのだろう……。あと俺の除け者感がひどい、俺の意見も聞いてくれてもいいと思う。
俺がそんなことを考えている間に、三人は既にここを去るべく歩き出していた。俺も置いて行かれないように急いでその後を追うことにした。
本日何度目の移動だろうか、ダンジョンのフロアは一つ一つ広大で、各施設の距離も離れているので移動だけでもかなりの時間が掛かる。いくら転移で距離の短縮が出来るとはいえ結構な手間だ。特に、俺のように普段本丸の中だけで生活している者としては、フィールドは広すぎると感じてしまう。もっとも、三人は気にした様子も無く、お喋りしながら歩いているところを見るに、これが普通なのかもしれない。
なんだか一人黙って後ろを付いて行くのも寂しいので、話に混ぜてもらおうと近づくも、話題がミルクの話……。そう、この三人移動中ミルク談義しかしないのである。しかも、流石第5フロアの幹部だけあるのか、ミノちゃんのミルク知識は常軌を逸している。特に○○〇の所の×××のミルクの味だとか、△△△の搾乳量だとか、兎に角話が細かいうえにミノ・クリミアのミルクの話までする場所には、俺は入ってはいけない……。このダンジョンにはミルクソムリエが蔓延しすぎだと思う。
そんな三人の後を黙って付いて行く、プチコミュ障状態に耐えながら進んで行くと、何時の間にか周りに畑の姿はなく、その代わりに柵が設置されている広大な牧草地帯が辺り一面に広がっていた。
そう、俺が求めていた大草原が俄前に広がっていたのである。
遥か彼方まで延々と続く牧草地帯、そこには青々とした牧草が大地を埋め尽くし、澄み渡った青空と若草色の大地が織りなすコントラストが美しい世界が広がっていた。
俺は震えた。
いや、感動したのだろう。それこそ、先程まで感じていた小さな不満など忘れてしまうほどに、それほどまでに目の前の光景は壮大だった。
言葉で表現すれば『何も無い場所』なのだろう。しかしそのスケールの大きさに俺の心は震えていた。
気が付いた時には、俺は駆け出し、若草色の絨毯の上に四肢を投げ出し寝転がった。俄然にはどこまでも続く蒼天が広がり(注:ダンジョン内なので一定の高さしかありません。視覚効果で誤魔化しています)、背に感じる草の上に寝転がった独特の柔らかさ(注:ピットにはまだ触覚を感じる器官を備えていないので幻覚、又は妄想です)、そして大きく息を吸い込めば、爽やかな空気と仄かに感じる緑の匂い(注:呼吸は必要ないです。あ、臭いは感じます)。
注釈が煩わしい!
兎に角、俺は三人の事も忘れ、自分の世界に浸っていた。しかし、その時間はあまりにも短すぎた。俺の世界に黒い影が差したのだ。
俺が思わず見上げると、そこにいたのは大きな猫だった。
黒に近い灰色の体毛に覆われ、首の辺りからは黒い————。
「なんだこいつ!?」
俺は思わず起き上がり構える。もう一度確り相手を確認すると、頭は大きな灰色の猫、首には数か所から黒い靄が出て、身体には豹模様と二本の尻尾……ライオン?
「おー、ラッキーだね~。ニュニュ発見―」
「巡回中のようですね」
「この子は働き者やら」
この流れ……また俺だけ知らないやつだな。今日はこればっかりだ。
「えーっと、この猫(?)は何ですか?」
「この子が半ちゃんのペットのニュニュだよ~」
ペット……先程話していた相棒の事だろう。
「正確には、半蔵さんが戦闘時に乗る騎獣になります」
半蔵さん、あんな成りして猫好きなのか……。乗ってる所を見てみたいな。
このニュニュと呼ばれた猫(?)は、ナイトキメアと呼ばれるキメラの特異個体で、半蔵さんの特殊技能によって産み出された唯一種だそうだ。元々はどこぞの錬金術師が作り出した特殊キメラ、猫の頭にヒュドラの頭、そして豹の身体を掛け合わせた未完成のキメラを、半蔵さんが拾ってきて自分の技能を使い延命させた。
半蔵さんの技能を使用すると首から上が無くなる。しかし、何故か猫の頭は残り、ヒュドラの首だけが消えた。その結果ヒュドラの消えた首の位置から出る靄が鬣の様に見え、可愛らしい顔をしたヒョウ柄のライオンみたいな姿になったらしい。
因みに、性格は大人しく、人懐っこい性格をしており、女性人気が絶えないとのこと。ただ、戦闘時は苛烈で素早く、かなり強いらしい。住民からは密かにフロアマスターより強いと噂されている。
そんなニュニュだが、普段は牧場で番犬代わりに家畜の面倒を見たり、今の様に牧場内のパトロールをして過ごしている。
何はともあれ、ここは一つ親睦を深めておこう。確か収納の魔道具の中に、魚の干物が入っていたはず。俺はそれを取り出すと、ニュニュの目の前に差し出した。
「ほーら、ニュニュ。イノシン酸たっぷりの魚の干物だよ~。おたべ」
ニュニュは差し出された干物に視線が釘付けになる。そこからゆっくりと此方に近づいてきて、入念に匂いを確認して、一舐め。円らな瞳は見開かれ、一口でペロリと食べてしまった。どうやら俺の選択は間違っていなかったらしい。
ニュニュは催促するかのように一鳴きした。
「にゅ~ん」
その鳴き声を聞いて思わずずっこけそうになる。ニュニュって名前は泣き声から来ているのだろう……。
俺は気を取り直してもう一つ魚の干物を取り出して与える。ニュニュは再び美味しそうに食べる。こんどは味わう様にゆっくりと食べるようだ。
そんなニュニュの姿を眺めながら食事が終わるのを待つ、猫は食事中に触られるのを嫌うらしいからな。
魚の干物を食べ終えたニュニュはゆっくりと頭を持ち上げる。俺はそんなニュニュに触っても良いか聞くと、「にゅん」と一鳴き、許可が下りたところで優しく頭を撫でてやる。
その毛並みはさらさら且つ、フワフワでとても触り心地が良い。頭を撫でながら耳の裏側を揉むように触ると、気持ちよさそうに目を細める。続いてその手を喉に添え、少し指先を立ててゆっくり撫でてあげる。しばらく撫で続けているとゴロゴロと喉を鳴らし始めた。甘えているのか身体を擦り付けてくるのだがニュニュは半蔵さんの騎獣だけあってかなりの大きさだ。このままでは力負けしてしまうので、喉を撫でる手をそのまま腹に移す。
ニュニュは力が入らないのかそのまま横に寝そべってしまった。俺はそのまま喉と腹を執着に攻め続ける。喉から鳴るゴロゴロも絶好調だ。さらにそこから撫でる手を腹と太ももの付け根に移すと、ニュニュはトロトロのチーズのように伸びきってしまった。鳴き声も先程と違って「にゅふ、にゅふ」となんだか力がない。俺はそこから更にニュニュの弱点を探り当て撫で撫で攻撃を加えていった。
それからどれほどの時間が過ぎたのだろうか、俺は一通り撫で終わると満足した。撫でている時に気が付いたのだがニュニュの尻尾は猫と豹の物が一本づつ生えていた。まあ、これはどうでもいい事だろう。
俺がニュニュと遊んでいる間も女三人衆は、井戸端会議よろしくお喋りに励んでいたようだが、こちらが終わるのを見計らっていたらしい。
「終わったかーい?」
「ピットさんはなかなか良い腕をお持ちのようですね」
「あれま、くてくてやないの」
「すみません、思わず夢中になってしまいました」
俺はすっかり三人の事を忘れていたことを思い出し謝罪した。ニュニュが可愛いのだから仕方ないと思う。
「とにかく半ちゃんから頼まれたことは終わったねー」
どうやら俺がニュニュを撫でまわしたのは結果的に半蔵さんの頼みごとを達成するのに役立ったらしい。頼み事とはニュニュの毛繕いだとか、俺は撫でまわしただけなのだか良いのだろうか?
まあ、いいか。
「それにしても~、ピーちゃん夢中で撫でてたね~」
「あははは、なんだか止まらなくなっちゃいました」
俺も自分でも驚くほどに、夢中でニュニュを撫でることに執着していたと思う。
それから俺達はニュニュが復活するのを待ち、また来ると約束してお別れをした。驚いたことに別れ際にニュニュからプレゼントをもらったのだ。みんなに言われたのが相当に撫でるのが上手かったのだろうと。ちなみにニュニュから貰ったのは巨大なムートンマットだ。一般的な部屋であれば床全面に敷いても余るほどの大きさで、触り心地も抜群だった。
そこから俺達は畑のある場所まで戻って来たのだが、どうやらミノちゃんの事をミノ・クリミア達が呼んでいるらしく、今日はここでお別れという流れになった。去り際のミノちゃんも「またいつでもおんさってや」と豪快に俺の背中を叩きながら別れを告げて去って行った。
今日は色々見て回る事が出来た。他のフロアの事を知るのは重要だ。今後の活動の方針を決めるのにも役に立つと思うし、やはり知らない知識を得るのは楽しい。また次の機会が有れば来よう。ニュニュにも会いたいしね。それに他のフロアにも行ってみたいところだ。
「ふふふ~、ピーちゃん今日は楽しかった~」
キキさんはニヨニヨした顔でそんなことを聞いてくる。俺が楽しかったと答えるとご機嫌に踊りだす勢いだ。その横を歩くシエラさんも心なしか楽しそう。日差しが少し傾いてきた農道を三人で並んで歩く。
まあ、なんだかんだ楽しかった。次はテトも誘ってやろう。




