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楽しむのは仕事の後で

 そこは大海原の様に広がる、大・草・原————ではなく、果てしなく続く広大な畑が広がっていた。右も左も見渡す限りの畑、主食になる麦やイモから、夏にとれるキュウリにナス、トウモロコシにピーマン。さらには冬の代表格、カブに大根、そして白菜、季節関係なく多種多様な野菜たちが所狭しと、植えられている。


 俺の期待を返してほしい。


 水晶で見た時のような、どこまでも続く草の絨毯を、肌で感じたかった・・・・。確かに、俺の目の前に広がっている光景も、圧巻と言える代物だ。新鮮で瑞々しい野菜たち、麦畑に広がる黄金の絨毯、激しく自己主張するスイカ。


 ただ、タイミングの問題なのだ。今見たかったのは駆け出したくなるほどの広い原っぱ。草の上でゴロリと寝転がり、草の強い匂い、花の優しい香り、そこに生きる小さな生命たち。そんな世界を俺は感じたかった!


「ピットさん、なぜ変顔百面相などしているのですか?」


 俺が胸の内で、草原への熱い情熱に思いをはせていると、シエラさんの言葉で現実に戻ってこれた。しかし、変顔百面相は酷いと思う。


「シーちゃーん、ピーちゃーん、何してるの~?置いて行くよ~?」


 遠い所からキキさんの声が聞こえる。彼女は既にかなり先に居た。俺が大草原に思いを馳せている間にずいぶんと先へ行ってしまったようだ。


「ピットさん、急ぎましょう」


 俺はシエラさんに急かされ、急いでキキさんを追いかける。


 今後は気を付けよう。


 追いかけるも、追いつくのには結構時間がかかった。キキさんはかなりの速度で走っていたのだ。なんとか追いついて理由を聞くと、目的の人物がいる場所はかなり遠く、歩いていては日が暮れてしまうらしい。これでも俺に合わせた速度だと言われた。


本当に申し訳ない。


 広大な農園の中を爆走する。普段からケン・タウロス達が走っている為か、農道なのにしっかり踏み固められている。農作業している人たちも、こちらを気にする素振りも見せない。ちなみに聞いたところによるとミノ・クリミアと言われる種族らしい。二足歩行で牛の顔、大きな体をしている。エトナさんに渡された農具が大きいのにも納得できた。


 一時間程走ったころに、一つの大きな岩が現れた。大体10mくらいの高さだろうか、不自然に岩が一つだけ置かれているのは違和感を覚える。それに自然に作られたとは思えないほど表面はのっぺりとしている。


「よーし、ここから目的地に転移するよー」


 そう言ってキキさんは岩の前で止まった。この岩は、墓城でも普段使っている様な、転移地点なのだろう。


 しかし、二人とも息一つ乱れないのは流石だ。俺は感覚的に、自分がこれ以上走ると、霊体が保てなくなると感じていた。キキさんはその辺りも含めて、速度を調節してくれたのだろう。俺のスペックはきっと筒抜けだ。


「この先が受け渡し場所ですか?」


「そうですね。正確には納品先が、いつも居る場所。ですね」


 なんだか変な言い回しをするシエラさん。そういえば俺はこの道具類を渡す相手を知らない。確認不足だったな……。


「渡す相手は誰なんですか?」


「渡すのは~、アレクちゃんだよ~」


 アレクちゃん、どんな人物なのだろうか。


「今回は第5フロアからの受注なので、納品先はフロアマスターになります。」


 アレクちゃんは、どうやらフロアマスターのようだ。キキさんのフランクな所は、は他フロアのマスターに対しても変わらない。きっとフランク王国の出身なのだろう。


 確か第5フロアのマスターはケン・タウロス族の族長だったはずだ。彼の種族は統率された動きで、見事に侵略者と戦っていた様は、今でも印象に残っている。普段から軍人のように規律の厳しい生活をしているのかもしれない。


 岩から転移したその先は、グラウンドだった。土が剥き出しになり、踏み固められている。所々に気の杭で出来た案山子や、アスレチックの遊具に似た障害物が設置されたグラウンドだ。


 そんなグラウンドを、丸太を引きずりながら走っているケン・タウロス族が見える……。ただ、俺が想像していた姿とは少し違うように見える。どれだけの時間、走っているのだろうか。顔には疲労が浮かび、息が上がっている。身体も猫背で走りにも切れが無い。そう、まるで運動音痴が長距離走で後半に見せる姿そのものだ。その走りには洗練されたものは無く、イヤイヤ走らされている気持ちが伝わってくる。


 そんな中、一人だけ元気の有り余っている人馬がいる。


「どうしたー、こんな為体だから侵略者共にしてやられるのだ!しっかり走れー」


 周りのケン・タウロス達に、活を入れながら一人だけ爆走している。他とは一回り大きいその身体からは、滲み出る気迫を感じる。


「おーい、アレクちゃーん。遊びにきたよ~」


 ここにも元気な人が一人いたな……。


 キキさんの声に気が付いたのか、彼は他のケン・タウロス達に引き続き走るように指示をしてから、こちらに近づいて来た。


「おお、これはキキ殿にシエラ嬢ではないか。久しいではないか!」


 元気なケン・タウロスは声が大きい。


「あはは、ご注文をお届けにきました~」


「ん?キキ殿に頼んだものは無かったはずだが……?」


「お届け物は、エトナさんにご注文されていた品ですよ」


 シエラさんに補足されて思い出したのか、彼は満面の笑みを浮かべる。


「おお!道具が届いたか。これで復旧作業が捗る!」


 やはり復旧作業は順調とはいい難いのだろう。色々な事が重なり物事の流れが滞っていたからな、今回届けた道具で少しでも改善されることを願おう。


「所で、そちらの御仁はどなたかな?」


「初めまして、第9フロアの新人で、ピットと申します」


 彼がこちらに気が付いたのを見計らい挨拶をする。


「おお、そうであったか。私は第5フロアマスター、ケン・タウロス族族長、アレクサンドラ・バイアリー・マレーゴだ。名が長いのでアレクとでも呼んでくれ」


 後に聞いた話では、アレクサンドラが名で、バイアリーが姓、マレーゴは部族長であることを示すために名乗るらしい。この第5フロアでは、代々一番逞しいケン・タウロスがフロアマスターを任される。その中でもアレクさんの就任期は最も長いようだ。


「早速だけど~、お届け物は何処に出せばいいかなぁ?」


「うむ、復旧の為の仮拠点がある。そこで出してもらいたい。案内するので、しばし待て」


 そう言い残し、アレクさんは訓練中のゲン・タウロス達に向かって声をかけた。


「本日の訓練はここまで!各自、片付けをして解散だ」


「「「「イィヤッホー」」」」


 そこからの彼らの行動は、まさに水晶で見せた統率の取れた行動より遥かに迅速で、瞬く間に片付けを終わらせると、元気よく走り去っていった。


「……まったく、あいつら……」


 そう呟いたアレクさんの背中には、哀愁が漂っていた……。







 その後、俺たちはアレクさんの案内で、復旧現場の仮拠点へと向かった。到着したその場所は、畑が無残にも荒らされ、いくつかの建物は破壊され、もしくは火を点けられたのか燃えた跡が残されていた。


 見たところ確かに復旧が進んでいるようには見えない。木材の加工や畑を耕すのにも、みな手作業で行っている。本当に道具が足りていなかったのだろう。俺は指定された場所に、持ってきた農具や工具を出すと、作業者達が皆集まってきていた。


「皆、聞いてくれ。先日注文していた道具類が届いた。今まで皆には苦労を掛けてすまない。ここからは作業も捗るだろう。もうひと踏ん張りだ、頑張って作業に努めてほしい」


 アレクさんは演説するかのように、声を張り上げる。その言葉に作業者達は聞き入っている。流石フロアマスターなだけはある。


「今回、我々の不手際で流通に支障が出ている中、協力してくれたのが彼ら第9フロア幹部メンバーだ。皆も、後程彼らにお礼をしておくように」


 流れるように俺達の事も紹介するあたり、配慮のできた人なのだろう。同じダンジョンの中とはいえ、他のフロアに貸しを作れば、どんな無理難題を押し付けられるか分かったものではない。


 しかし、今回の被害はそれを考慮した上でも看過できなかったのだろう。そういえば以前シエラさんから、第5フロアのフロアマスターは他の上位フロアマスターのまとめ役だと聞いたことがある。適任だとは思うがアレクさんは真面目そうな性格をしているから、きっと苦労しているのだろう。


 作業者達からはお礼の言葉をもらい、今回の御遣い任務は無事終了だ。できればこの後は、第5フロアを見学したいところである。そんなことを考えていると、アレクさんからあるお願いをされた。


「すまないが御三人方にお願いがある。うちの幹部たちに会ってもらいたい」


 こうして俺たちの御遣いクエスト、延長戦が始まった。


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