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駆けっこ

 初任給を貰い、仕事も貰い、順調なダンジョンライフを送っている今日この頃。アイリスさんの手を巡って一悶着あったが、それは些細な事だろう。


 商品開発部長を任された事により、先月の売り上げ分から追加で給料が入った事により、手持ちの資金が数10倍まで膨れ上がった。物によっては売り出して数日の物もあるのに、凄い売り上げを誇っている。ほとんどがチェスの金額だろう。


「ところでピットは給料どう使うつもりだ?」


「うーん、正直少し迷ってるかな」


 当初の予定よりも多くの格玉が手に入ったので、色々と選択の幅が広がったのだ。


「テトは何に使うつもりなの?」


 一人で悩むより先人の知恵を借りる。これが賢い選択だろう。


「俺は極玉は質の向上に使うぜ!やっぱり今のままじゃ移動に時間がかかりすぎる」


「移動?」


「ああ、それはな—————。」


 テトが言うには、浮遊主体で移動する俺達の様な霊体種は質を向上させることによって移動速度を上げる事が出来るらしい。質を上げずとも高速で移動するとは出来るが、短時間で身体の形を維持出来なくなり、一定時間その場で形が戻るまで待たなければいけなくなる。その間は何も出来なくなるそうだ。戦闘中に何も出来なくなるなど恐怖でしかない。


 そのため、戦闘など高速での移動を求められる場面で困らないように、質の向上は必須である。俺はそんな説明訓練の時に受けていないのだが……。


「ああ、ピットは定形の霊体だから優先度で言えば低いぜ。俺の様に不定形……生物の形をしていない霊体種特有の問題なんだ」


「なら俺は質を上げなくても形を維持できなくなったりはしないのか?」


「いや、あくまでも不定形よりなりにくいだけだな」


 なりにくいだけで定形の霊体も形を維持できなくなる危険性は有る。そうなると自分の限界を一度調べておく必要がある。ここは一つテトと勝負といこうか。


「テト、勝負しないか?」


「ん?何をだ?」


「俺とテトで全力疾走勝負だ!評価内容は3つ—————。」


1、最高速度

2、持続時間

3、走破距離


 この3項目で競い、内2項目以上達成した方が勝者とする。勝負の最中、疾走の妨害は禁止。敗者は勝者へ大玉を譲渡すること。


「こんな感じでどうだ?もちろん常に最高速度だぞ」


「それは良いんだが、どうやって判定するんだ?」


 確かにこの条件だと本気を出しているかどうかの判定が難しい。ほぼ主観になってしまうからだ。最も俺にはこの穴だらけのルールを補強する方法を持ち合わせている。


「当然の疑問だな、そこで判定をある方にお願いする。それは—————。」


「私がその判定をします」


 俺の話を遮り、突然声を掛けられた。俺達が声の主の方へ視線を持って行くとそこには……。


「ええ!?シエラさんいつのまに!」


 完璧メイドことシエラさんが立っていた。いや、確かに俺はシエラさんにお願いしようと思っていたのだが、お願いどころか誰に判定を頼むのかまだ口に出してす—————。


「呼ばれた気がしたので」


あ、はい。


「確かにシエラさんの判定なら確実だな。ピット、いつの間に頼んでたんだ?勝負の話を持ち出す前から頼んでたのか?」


 そんな筈がない。勝負だって今テトの話を聞いたから思い立ったんだ。そもそも俺は今日シエラさんに会うのはこれが初めて、そんなお願いしている時間なんてない。


「気配りはメイドの嗜みです」


 気配り?未来予知ではなく?


 そこからはシエラさんが仕切り、俺達の勝負の場は着々と準備が進んでいった。テトなど勝負の承諾すらしていないのに、既に決定事項のように・・・・。いや、シエラさんが動いた時点で決定事項なのだろう。


 俺達の質だと墓城内では距離が足りないらしく、城外のメイン通り(墓石が無いだけ)の直線で勝負することになった。そして何時の間にか来ていた、キキさん、半蔵さん、工房長の面々、そしてアイリスさんまでもが見学に来ていた。それにアイリスさんからは先程—————。


「あらあら、こんな面白そうなこと始めるなら、先に教えてくれないとこまります」


なんてお小言まで頂きました。各自お菓子やお弁当、酒盛りなどし始める連中もいる。


 墓しか無かったはずの城外には何時の間にか大きなスクリーンが設置され、どうやら中継が入るらしい。カメラマンはなんと半蔵さんだ。自慢の鍬を片手に、左肩には立派なカメラが担がれていた……。って!自分の頭はどうした!?そんな俺の疑問をよそに半蔵さんはシエラさんからテープを受け取ると、何処かからか取り出した頭をなんとカメラの上にテープでぐるぐる巻きに固定し始めた。テトが「あれ?半蔵さん自分の頭、収納の魔道具に入れてたのか!?」なんて話は聞こえない。本人は自分の頭をしっかり固定できたことになんだか満足気のご様子。


 そんなシュールな光景を見て唖然としていると、どこかからか黄色い声が聞こえてきた。何だろうかと顔をむけると、そこにはチアリーダー達が居た。そのチアリーダーを指導しているのは、チアの衣装を着たピック色の豚の着ぐるみを着て、ライオンを模した帽子を被っている少女だろう。顔は見えないが少女であることは間違いないと思う。見た目はな!


 そしてチアリーダー達であるが、見覚えのある顔がちらほら見える。キキさんの工房で働いているスタッフの人たちだ。彼女たちはキキさんの所で働くだけあり、皆お洒落さんだったりする。チアの衣装も見事に着こなしていると言えるだろう。最も動きはバラバラでチアリーダーとしての評価は最低値である。


 自分の能力の調査の為にテトに勝負を挑んだのだが、何時の間にかこのお祭り騒ぎ。正直驚きを通り越して、楽しくなってきた自分がいる。これが諦めの境地なのだろう。


「おい、ピット。なんだか大ごとになって来たぞ!現実逃避すんなよ!」


「いやいや、まさか。俺は楽しんでいるよ」


「だったら楽しそうな顔しろよ!目が死んでて怖いぞ!」


 テトが何やら騒いでいるが気にしない。大切なのは勝負に勝つことだ。


 実際問題この勝負勝てるのだろうか?テトが不定形と言ってもこのダンジョンに勤務している時間は、俺とは比較にならない。それに俺が取り込んだ格玉は、アイリスさんから貰った中玉一つだけ。それに引き換えテトは、かなりの数の格玉を取り込んでいるだろう。


……あれ?なんで俺勝負を挑んだんだ?


いや、弱気になってはいけない。やはり勝負事は、勝ちに行くからこそ意味が有るのだ。それにこれだけの住民達が集まっているし、準備にも手間がかかっているのだ。


 キキさんは一生懸命チアリーダー達に指導し、半蔵さんは準備運動をしている。アイリスさんは俺が発案したお菓子を食べている。売り上げ貢献ありがとうございます。そしてシエラさんは今も忙しそうに、背中に看板を背負いながら何かを売り歩いている。なになに、『一口大玉一つから、このチャンスに貴方も大金ゲットだぜ!』って—————。


「ちょっ、ちょっと、シエラさんそれ何ですか!」


「はい?お二人の勝負で賭博ですよ。墓城の各所で販売しております」


 さも当然の様に言い放つシエラさん。


「ちなみに現在のオッズは此方になります」


 そう言って差し出されたものを見ると……。


テト—1.03倍     ピット—328.62倍


「って!なんですかこの倍率!皆俺の負け一択ですか!?」


 確かに俺が持つアドバンテージなど、定形の霊体であることくらいだ。


「流石にお二人には勤務歴に差が有りますので、オッズが偏るのは仕方ありませんよ。因みに、ここまで倍率が跳ね上がったのは、キキさんが大金をテトに賭けたからですよ。困ったものです」


 困ると言いながら、顔はまるで困っているようには見えない……。しかも俺の教育係であるキキさんが大口の顧客、堂本が、顧客情報を暴露するあたりシエラさんらしい。こうなれば俺も本気を出すしかないな……。


「あの、それって俺でも賭けれるんですか?」


「はい、問題ありません。しかし勝負には全力を出して頂きますよ」


「もちろんです。賭けるのは自分にですから」


 俺が自信満々に答えると、シエラさんの顔が雄弁に語る。


えっ!マジ?こいつ本気!?


 ————とでも言いたげな顔だ。最も現在の状況では、それほど俺は分が悪いのだろう。


「これで買えるだけ買います」


 そう言いながら俺は極大玉を一つ取り出した。


「……よろしいのですか?今日受け取ったお給料ではありませんか?」


 シエラさんは言葉では確認してくるが、既に極大玉を受け取り、引き換えの券を渡してくる。一口大玉一つ、極大玉一つで百口の扱いだ。俺は受け取った


「それじゃ、俺は始まるまで少しでもトレーニングしときますんで」


 そういって俺は人目のつかない場所へと移動した。









『さあー、始まりました~!テットンVSピーちゃん、鈍足は何方だ!対決~。実況はこの私、キーちゃんがお送りするよ~』


 拡声器から聞こえてくる実況者の声。速さを決める勝負だから間違ってはいない。しかしタイトルに悪意を感じるのは俺だけだろうか。


「これって早い方を決める勝負じゃなかったか?」


 どうやらテトも俺と同じ事を感じていたようだ。


『それでは~、選手入場だー。最初に入場してきたのは~、青白い身体に無限の可能性を内包する、蒼穹に流れる彗星がごとし!テッッッッットォンー!』


 キキさんノリノリの実況である。


『続いての入場は~、我らが期待の新生!黒天に輝く超金星―、ピーーーーーーちゃん!』


 渾名ではなく名前で紹介してほしいです。あ、無駄ですね。


『それでは~、両者スタートラインに立って~』


 さて、キキさんの実況に惑わされずに、気を引き締めなければならない。


『準備はいいかな~?位置について~よお~い……』


 最初のスタートから全力全開、一切の油断も無しだ—————。


『スタート!』


 俺は、開始の合図と共に全力で前に進む、肉体を持たない故、加速によるGは感じない。しかし、身体が引っ張られるように前へと加速する。霊体の身体は空気の抵抗を受けない。


その代わり追い風のアシストも無い。ただ自分の力だけが全てだ。代り映えこそないが、周りの墓石が次々と後ろに流れていく。


幾ばくかも経たず前回歩いた荒野が見えてくる。なかなかに順調な滑り出しだ。少なくとも視界の内にテトは確認できない。これは速度が俺の方が早い証拠だな。後は持久力勝負。だが俺はまだまだ余裕を持っている。


ここは一度テトを確認してみるべきだろう。俺は速度を維持したまま後方を確認する—————。


「って、遅ぉ!」


 テトは遙か後方に居た。そして—————。


「かーらーのー、早ぁ!」


 テトの身体は普段の逆雫型では無く、溶けたアイスの様にデロデロになっていた。正直—————。


「さらに、キモォ」


 俺がそんな突っ込みをしていると、遥か後方から——————。


「勝者~、ピーーーーーちゃん。鈍足はーテットンに~決定だ~」


 遠くから聞こえる独特の間延びした勝利者宣言。


 あれ?終わり?




















『ピーちゃん~、表彰式始めるから早く戻って来てね~』


 本当に終わりらしい。


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