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捜索せよ

 今日は朝からろくなことがなかった。

 めんどくさいことこの上ない雪猿(ゆきざる)の群れの討伐。

 軍旗(ぐんき)を改めることで(くすぶ)っていた反乱分子や、甘い汁を吸っている貴族の使えないクズどもを殺さない程度に痛めつけても、これっぽっちも気分は晴れない。


 一年を通して雪が降っているこのような辺境へ、いくら転移で帰れるからといってもわざわざ将軍を派遣せねばならないようなこの現状にもうんざりとしている。一刻も早く、ゴミは処理せねばならない。

 だからか、俺の耳はどうも苛立ちすぎて機能をしなくなっていたようだ。


「貴様、今なんといった?」

「はっ!…魔王陛下が出奔なされました!」


 俺は、持っていた大剣をつきつけて極めて冷静に…首をはねていないのだ…王城からの知らせを聞いた。



 朝一番に不愉快なことが起こった。

 討伐に行く予定だった将軍が、腰を痛めただとかほざきやがって。本来なら別の任務に行く予定だった俺にその老害の仕事がまわってきやがった。


「ゲール将軍。申し訳ありませんが、なにとぞ」


 俺の名前はゲール・ファルシュテイン・オーディ・アスサリル。現魔王陛下であるルーフェ・シュヴァイク・トール・アスサリル陛下の義弟だ。


「それは、俺でなければならないか?王城の守護をすべきである、この俺がわざわざ行かねばならぬような?申してみよ」


 兄上から将軍職を(たまわ)った折に、授与された己の背丈より幾分も大きな剣を、空間魔法を使って取り出そうかと思案しつつ、なけなしの慈悲で、指令を再度尋ねる。


「はっ!…雪猿が暴れたことで、蛍石(ほたるいし)の調達に支障が出始めました…魔王陛下もお心を痛められておりますゆえ、信頼できるゲール将軍をとのことです」


 荒事になれている使者をわざわざ俺の所へ飛ばしてくるなど、兄上がするようなことではない。頼み事なら、直接いってくるだろう。そうとなれば、一人しか浮かばない。


「ふん。どうせ、宰相がそのようにいったのだろう。陛下だったら、薬の素材が足りなくなるなど許さず、自ら行かれる。しかし、陛下が気にされるのもまた事実か」


 兄上は、こと病を嫌う。病の原因も、治療を拒む病人も、普段の優しそうな眼をつりあげて、治療するまでついて回る。薬の素材がとれなくなるなんてことになったら、その原因を排除しにいかれるだろう。魔物なら、程度によるが駆除されるだろう。戦闘は苦手だが、からめ手は得意な方だ。

 まぁ、その前に俺が行く。兄上は、薬でも作っている方がいい。こっちの気が楽になる。


 そう思って、装備をあらためるように部下に指示をしようと、任命書にあった地図の確認がてら、戦術室の地図をみようと、扉に足をむけた瞬間であった。


「これはこれは、末子(すえご)殿」

嫡男(ちゃくなん)殿。何故、詰所(つめしょ)などという場所に?ここは華やかな宴を開くような場所ではございませんよ?」


 派手な服装の体も鍛えていない、どう見ても兵士ではない、放蕩貴族たちが暇つぶしにきやがった。

 その先頭には特にいけ好かない服だけは高価で、顔は品位のかけらもない野郎がいたが、首をはねるのをどうにか我慢する。

 同じ父親を持つというだけの有象無象でも、大公の嫡男であるので、一応みせかけでも言葉を返さねばならない。でなければ、そのような将軍を任命した魔王は…と陰口をほざかれでもしたら、こいつどころか、兄上を罵る輩は殺す。


「なに、たまたま近くを通ったのでな。そう、魔王陛下に拝謁(はいえつ)をした帰りに、末子殿の顔を見に…はて、まだ王城にあがられぬのは、何かあったのかな?」

「簡単な討伐ですので、後ほど登城いたしますよ。陛下にも挨拶をせねばなりませんので」


 わかっていての嫌味をいいにきたようだ。この時間に王城にいないということは、普通ではない。

 なにせ、非公式ながら、俺の部屋は王城にもある。そこから任務につくことの方が多い。今日はたまたま、将軍としてもらった屋敷によったら、詰所に連行されただけだ。俺がその屋敷に居を移しているとでも、このボンクラは思っているようだ。


「いやいや、()()従兄弟であられる魔王陛下は忙しいお方。しかも、聡明でお優しいお方なのです。失礼ながら、末子殿のような汚れた格好で御前に(はべ)るなど、臣下として恥ずべきことかと思いますがね」


『私の』と強調するなど、自分の立場がまるで兄上よりも上だとでもいいたいのだろうか。この低能は。


「ははっ、嫡男殿。貴殿如きが、兄上を語るなど、不遜(ふそん)でありますでしょう」


 だてに兄上から物事を円滑にするために笑顔は必要であると幼いころから言われ続けていない。このような下種(げす)にでも、俺は微笑むことはできる。


「これはこれは…成人前なら笑って流しましたが、成人なされたばかりではまだまだ子供のようですな…庶子如きが魔王陛下を兄などとうそぶき、時期オーディ大公に対して、そのような態度をとるなど…図にのるなよ」


 目を細めるが、それで睨んだつもりか。

 成人したての俺は身長が低めの魔族の中でも低い。魔力が強いと老化が遅い傾向があるらしいが、成長も遅いらしく、俺は確かに魔族の成人よりも、子供のようにみえるだろう。

 そんな挑発なぞ毎日いわれれば、嫌でも慣れてしまう。


「そもそも、魔王陛下はそのうち私を宰相にするだろう。なにせ、私は魔王陛下の従兄弟にして、大公になる男だぞ?私との面会も毎回楽しみにされているご様子。信頼されているのだ。貴様とは違う」


 兄上が楽しみに?忙しい兄上の貴重な時間を家の権力を使ってもぎとるような貴様にか?ぶちっと長くないものが切れた。


「はっ!魔力も剣の腕も俺よりも劣る無冠が!陛下から直接将軍を仰せつかった俺に何をほざくか!大公の威光をもってしても、貴様など横に並べるはずもなかろう。大言壮語をはかぬ方が己のためと心得ろよ?」


 この男も後ろにいる放蕩貴族どもも、しょせんは親が貴族なだけで、王宮に居場所はない。冠位も、官職ももっていないのだ。愚かにも軍にすら入隊したことはない。


「おのれ!…ふん!気分が悪くなった!失礼する!せいぜい、()()()に大将気取りをすればよいわ!」


 そう吐き捨てると、ぼんくらは連れを引連れて出て行った。


「おい、腰を痛めた将軍は更迭するように、宰相に伝えておけ」

「かしこまりました」


 猿を相手にするのが嫌で、俺になすりつけることを承諾するような無責任者はいらないだろう。

 それに、兄上の命令に従いもせず、ぼんくらの下につくような者は必要がない。


 俺の言葉を聞くなり。使者はすっと、姿を消していった。本来であれば使者のような者は、兄上のそばにもよせたくはない。即刻たたき切るが、流行り病で里が壊滅しかけたのを救ってから、暗殺集団でもあった国の影たちも兄上に心底忠誠を誓ったのだ。この国で暗殺はもう無理だろう。



 魔族の多いこのビフレストは、古くは虹の守護者たちの国といわれた。

 異端や奇異な目で見られてきた多種多様な種族たちが集まって一つの国を作った。それも、強大な魔物が多くいる地域にだ。

 深い森林。有毒なガスが出ている火山。年中雪に閉ざされた雪山。荒れ狂う海流。

 古の死の都ル・フェに祝福されたかのような魔の大陸。その中央に、王都はあった。王都の広さで、小国の国土ほどはある。ビフレスト国は他の八つの大国を繋げてようやく同じくらいの国土だろう。


 俺はファルシュテインの産まれではなく王都シュヴァイクにあるトール城で産まれた。旧都であったファルシュテインのオーディ城で王族は産まれるが、兄上と俺はどちらもトール城で産まれた。

 俺の母親は、前王妃様と同じ魔女で、母親は王妃様の妹弟子であったそうだ。

 王妃様は臨月まで医療の研究を自分の研究室でされており、産気づきそのままトール城で出産をした。そのとき、一緒に研究をしていた俺の母親は王妃様にそのままつきそっていたら、大公に目をつけられて、俺が産まれることとなった。


 大公にとっては、多くの魔族の女の中で、自分の子供を産んだ女は大事にしたかったのだろう。何十といる女たちでも、子供は六人。魔族の中では多い方だ。

 けれど、母の立場が悪かった。

 魔女。その性質は産まれた子供は、女なら、母親と同じ魔女になる。男なら、父親と同じか半々の者が産まれてくる。


 普通ならばそのことで、継承争いは低くなる。しかも、母親は他に子供を産んだ女たちのような貴族の娘ではない。

 しかし、王妃様に気に入られ、王妃様が産気づいたときにそばで支えたことを前魔王陛下に直接感謝されて、王城に専用の部屋まで持っているような人だった。

 女たちは、俺を懐妊したことがわかると、母親を始末しようとした。


 兄上は父を魔王に、母親を当代随一の医術者として民から尊敬と感謝を受けているような人たちの子だった。半魔であったことで、どちらの性質も受け継いでいるとなれば、国民は喜びしかないだろう。低くはない魔力。そして魔女の得意とする医術に使う魔力操作。何も問題はなかった。


 俺は、父親を前魔王の弟に持ってはいるが、母親は普通の魔女だ。才能があるわけではなく、王妃様が妹のようにかわいがっていただけの、平凡な魔女だった。嘘偽りもなく、研究者として名を遺すようなこともなく、医術者として、研究の補佐をするのが限界な人だった。誇るとしたら、姉弟子の期待に応える努力家だったことだろう。


 俺は魔族の血が勝った。いや、勝ちすぎた。


 ときおり起こるという先祖返り。昔々にいた魔王と同じかそれよりも強い魔力を持っていたのだ。

 検診の結果、俺は王城で産まれることが決まっていた。


 兄上から何度もいわれたことだ。俺が産まれた日。俺を抱いた兄上は王妃様にいったのだ。


「母上。僕の弟ですよ!」

「こら、ルーフェ!その子は、メリューの子なんだから!あなたの弟じゃないの!」

「嫌です!弟欲しいですぅ!僕、弟欲しいですぅ!」

「ルーフェ!」


 兄上を叱る王妃様を止めたのは母親だ。


「セラリー姉さん。殿下を叱らないであげて?ずっと楽しみにされていたの。ねぇ?殿下」


 大魔女キュルラーの弟子たちは、キュルラーを母として、弟子たちはお互いを姉妹といいあっていたそうだ。

 身の危険を感じて王妃様に匿われていた俺たちは、それこそ四六時中、王妃様と兄上と一緒にいた。俺は母親の腹の中にいたが、毎日、兄上は話しかけていたそうだ。


「そうです!楽しみだったのです!ここで大きくなろうね!」


 いつもはいうことをきちんと聞く兄上が駄々をこねたので、俺はそのまま王城で育つことになった。

 おかげで、他の貴族の子供のような寂しい子供時代ではなかった。


 だが、普通の貴族の子供とは一つ異なることはある。

 母親は俺が物心つく前に死んだ。殺されたのだ。犯人は見当がついているが、復讐をする気はない。


 本当は俺も死ぬはずだった。

 たまたま兄上がお爺様のところに行くからと、俺を連れて離宮に行った日に、母親…魔女キュルラーの娘にして、魔女セラリーの妹メリューは毒で殺された。

 使われた毒は『魔女殺し』魔力操作を得意とする魔女の感覚を狂わせ、解毒する術式を組ませる前に窒息させる毒だ。現在は解毒薬があって、医術者や魔女は常備しているが、当時はそばに医術者がいて、始祖神の陣などで抽出してもらわねば、助からなかった。

 俺がいないからと、研究室に一人でこもっているときに、使用人が持ってきた茶に混ぜられていた。それも、俺の世話係として新しく雇った女中に。


 魔女殺しの毒を王城で使った犯人はすぐに捕まった。魔女が魔王のそばにいることが許せなくなったというその使用人は、王妃ともども王妃に金魚のフンのようについてまわる魔女を駆除したかったということだ。

 本人は拷問されてもそれ以上のことは吐かず、処刑された。どのような人質がとられていたのかはわからないが、平然とそんな指示をだすやつがいるのだ。


 王妃様は酷く取り乱したらしい。俺が三歳か四歳ぐらい…王妃様が亡くなるまで何度もいわれた。


「あんな毒がなくなる薬を絶対に作ってみせるから。あなたの母親は素晴らしい魔女で、そのうち国一番になれたはずなの。私よりも絶対に」


『魔女殺し』の毒の解毒薬は、王妃様が病に倒れてからも研究され完成された。

『メリューの涙』それは俺の母親が研究していたものを、王妃様が引き継いで完成させた、俺の母親の唯一の功績だという。


 俺にとって、母親というものを感じるのは、解毒薬のことを聞くときのことぐらいだ。記憶にない人を慕うのは難しい。魔王様や王妃様は親代わりのようにしていただいたが、使用人の目から、甘えることなどできなかった。甘えることができたのは、兄上だけだ。


 俺の兄上は確かに、凄い人だ。わずか、十二歳にして、医術者として認められ、十五歳にして新薬の開発、新しい医術の開発をされた。

 ただ、凄く勘違いや、思い込みが激しいく、しかも、俺が思うにかなりわがままな人でもある。


 医術者として認められたのは、王子であったからだとか、新薬は部下の助けがあっただとか。本当に、自分の価値がいまいちわかっていない。実力主義の多い医術者が、わざわざ王子に頭を下げて、新薬の開発を頼むわけがないというのに。

 しかも、成人する前の俺を将軍にするという案をみなが否定する中、兄上が賛成しただけで通ったのは、俺の実力よりも兄上が家臣にそれだけ信頼されているからだろう。まぁ、そのあとで千人斬りと亜竜討伐という試験を受けたが、それは簡単だった。

 あと、悪癖で考えていることが、時々口にだす。少し前なんて。


「ゲールが魔王の従弟らしくないって聞いたから…これからは従弟君と呼ぼう。そうすれば、…ゲールのことを僕の従弟と思ってくれるはず。ゲールも将軍になったんだし、呼び捨てよりは部下に示しが…」


 などと、俺の横でぶつぶつといっていたくらいだ。

 魔王の従弟らしくないっていうのは、兄上のような高貴な者の(かたわ)らに庶子がいることへの当てつけだ。

 本人は無自覚、そしてこのななめうえの思考。気を抜いているときにすぐにでる。俺がいるからと、気を抜いてくれるのは嬉しい反面、いままで弟として接してくれていたのを辞めるのかと思ったら、呼び方を変えただけで、あとはそのままという無計画ぶり。


 だからこそ、兄上には俺のような弟が必要なのだ。

 こちらが気をつけて、なるべく兄上と人前でいわないようにしているというのに。


「それで、兄上がどこに行かれたのか、早く申せ」

「それが人にものを訊く態度ですか、将軍」


 得意じゃない転移魔法で、単独で帰ってきたというのに、宰相は仕事を放棄するらしい。

 兄上が出奔など、また暴走をしたのを止めれないような愚臣を足払いして踏みつけて何が悪い?お前の背丈がでかすぎて、首が疲れるのもあるんだぞ?


「ふん。宰相などよりも兄上の身の方が数億倍も大事。比べるのすら不敬だ。で、兄上はどこに?」

「今、急いで解析させております。ああ…陛下…どれほどの心痛があったのでしょうか!」


 足をどかせば、服をたたいてほこりを払う。

 落ち着いているようで、宰相の目をみればわかる。どうせ、泣きわめくなどをして、文官たちを困らせて、一周まわって冷静になったのだろう。こんなでも頭の回転は国で一番の男だ。それぐらいしかできないが。


「即位式前だったからな。兄上も疲れていたのだろう。俺を指名してきているが…兄上のような魔王にはなれん。仮に魔王になってもそく譲位して、再度兄上に即位していただく。即位するつもなどはないけどな」


 兄上の書置きから、唐突に思いついたというのがわかる。

 研究が行きつまったときに、馬たちと駆けっこと称して、城を走るのまではまだいい。城下で季節の病が流行れば、お爺様が教えてくれた抜け道とかを使って、何度も抜け出して、治療するような人だ。本当にすぐにいなくなる。


「宰相、魔王陛下からの許可が書いてあるから、俺は魔剣を借りていくぞ…お爺様の剣を俺にくださるのは嬉しいが、せめて兄上自らの手で下賜(かし)していただきたいのでな」

「はぁ…ゲール将軍。やはり、あなたは、魔王陛下に似ておりますよ」


 宰相が当たり前のことをいう。こいつもまだ混乱しているのか?


「当たり前だ。兄上の弟だぞ?」


 さてと、早く居場所がわからないか。もしも兄上に何かあれば、全力の魔力と『剣王』であったお爺様の剣技をもって復讐してやる。

ぎりぎり間に合った…九時より前でかかないと間に合わないと判明したので、明日ははやめに書きます。

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