もめてます!
割れたビンからしたたる液体が床を汚し、染みていくたびに煙がでている。
「てめぇ!ガキがなにしやがんだ!」
げっそりとした髭面の中年の男に胸をつかまれたが、その腕をひねって打ち払った。
「あなたは、なんで、こんなもんを使ったんだ!」
頭に血が上って、目の前が真っ赤になっている。まさか、目の前で自殺志願者にでくわすなんて思ってもみなかったのだ。
「はぁぁ?いきなりなに言い出すんだ」
「ちょっと、落ち着けよルーフェ!」
追いついたヒューブが後ろからははがいじめするが、悪いけど放してもらいたい。ヒューブのすねにかかとをおとして、振りほどく。
痛みでうめいているけど、謝罪はあとだ。
「すぐに流水で洗い直すか、中和剤を使いなさい!そこの人!医術関係者がいるなら、至急呼び寄せなさい!」
中年の男の手をひいて、患部の様子をみて、たちすくんでいた売店の店員に指示をだす。
どんな対応も素早く、ほら!と、せかしているが、あたふたしていて、動きが悪い。医薬品を販売しているくせに、医術者ではないのか?多少なり、医術を修めているものかと思ったが、あまりにも対応が悪すぎる。
この店員が、間違えた可能性も頭の中にいれておこう。
「ちっ…こういうところには、毒薬は流通させないと思っていたが、患部の変化が急速すぎる…この症状は、間違いない」
「いってててて!放せって!」
暴れているけど、放すわけにはいかない。ぎちぎちと手首で音がするが、別に骨にも筋にも負荷をかけすぎてはいない。いくら、僕の力が弱いとはいえ、患者ぐらい抑えることはたやすい。
薬師として学んでいるが、医術者の元へ研修にもいっている…まぁ、護衛つきだったけど。
「ルーフェ!落ち着きなさい!」
オリエが引き離そうと引っ張る。ちょうど、診察を終えていたので、男の手を放して、治療薬に何を使うか考えているうちに、他の男がマルセインにつっかかっている。
「おい、マルセイン!どういうこった!てめぇんとこのガキが中級ポーション台無しにしやがったぞ!」
「すまねぇ、俺たちもさっぱり…ほら、ルーフェ謝れ。お前が悪い」
僕の頭を押し付けてさげさせようと、マルセインが押してくる。
人の物を壊したのはこちらに非があるが、それでもだ。
「あ、あなたたちは…寿命を短くしたいんですか?」
僕の言葉に、なにいってるんだ?とか、ガキが謝りもしねぇとか、罵声が飛んでくるが、もしかして、毎回のように、あの薬を付き合っているのか?今回使ったのが、たまたま手違いで、毒薬が混入したとか、店員が渡し間違えたとかではなく?
「それ、ちょっと、教えてくれるかしらぁ?」
僕が真っ青にしていうと、ヴァルが周囲をにらんで黙らせてからきいてくる。
うなづいて、ポーションを使った男性にいくつか質問をする。
「今、あなたが使ったポーションとかいう薬は…使用後に、皮膚のつっぱりや、身体中の倦怠感がありませんか?また、のどの渇きは?」
その質問に答える気がないのか、床に唾をはいて、睨んでくる。
代わりに答えたのはマルセインたちだ。
「あー…ポーション酔いか。誰しもあるだろ?」
「そうね…あれ、私は苦手でポーション使ったことあんまりないのよ」
「後衛職はあんまり使わねぇだろ。使っても魔法薬の方が多いだろうし」
なるほど…答えを聞いて結論がでた。
これは毒だ。
「人体には、細胞というものがあります」
「さいぼう?」
ヒューブがわからなさそうだったので、簡単に説明することにした。
「細胞は分裂することができ、傷を治したりします。もちろん、無から有はできません。身体にある栄養を使うなどをして、ゆっくりと…しかし、どうやら、そのポーションは、細胞の分裂を強制的に起こす作用があります」
オリエとヴァルは理解しているようだが、残りは…あとで説明をしてもらおう。
気にせず続ける。
「細胞は、決まった数しか分裂しません…それを越すと、生物は老化と…死をむかえます。さらに、あなたたちは…すぐに治療をしなければ、動けなくなるでしょう」
「なんで、てめえがいいきれんだよ」
手首をさすりながら、男が吐き捨てるようにいった。
「先ほどのポーションから漂う匂いの中に、百合のような匂いがしました」
強い刺激臭の中に、何度か嗅いだような臭いがするのだ。それも劇物指定素材で嗅いだ臭いだったはずだ。
普通の百合よりもさらに甘さが強く、まとわりつくような臭い。確かにその臭いが混ざっていた。
「アンバシュウム。黄昏花といわれる若返りの花の花粉。その効果は皮膚などの細胞を活性化して、新しくする効能があります。そして、人体に触れたときに、急激に加速したのは…ヴァルさん」
「なにかしらん?」
「ワイバーンの胆石の納品がポーションで行われていませんか?」
眉をぴくっとして、少し考えるそぶりをみせたが、ヴァルは言いにくそうにして
「そうね…ないわけじゃないわ」
そう認めたのだ。思わずため息をついてしまった。
ワイバーンのような飛竜種は、捨てるところがないほどの素材の塊だ。繁殖力も高く、倫理的に竜種の素材が使えない以上、亜竜種などを使うしかない。広範囲に生息し、魔族からすればそこまで脅威を感じない存在だ。
胆石の効能は、他の素材を強めたり、毒素を抜き出したりも可能なのだ。
しかし、比較的効能が安定しているワイバーンの心臓とは異なり、胆石は量を間違えると、体に残りやすくなってしまうという一面がある。
そして、厄介なことに、組み合わせが悪い。
ある程度説明したが、男たちはいまだに、口からねばついた唾をはきちらしながら、罵声を続ける。
「だ、だからってら人様のもんを勝手に割るなんざ、どういう了見だ!」
鼻息も荒く、攻撃的。典型的な症状だ。
男たちが今にも腰の獲物使おうかとちらちらと目を動かしている。周囲の空気ややはりつめている。
「アンバシュウムの怖いところが、その中毒性です…失礼ですけど…あなたたち、ちょっとした傷でも使わないと落ち着けなくなってませんか?」
けど、これぐらいの殺気にも満たない文句などで怖がるはずないだろう。
魔物の中には混乱などの状態異常をひき起こす魔物だっている。そういった魔物に医術者は対応してきたし、その場で調合だってしてきたのだ。
それに比べたら、何も怖がることなどない。僕ら医術者を…薬師を学んでいる者をなめてもらっては困る。
「そんな無茶な毒薬を使わなくても、普通の傷薬を調合すれば問題はありません」
鞄をたたき、深呼吸をした。
「ヴァルさん、どこか調合できる場所はありませんか?」
医薬品をこんなことに使うなんて、頭にきた。
まるで使用者がどうなろうと関係がないといった風にしか思えない
かなり短いですが、明日も同じくらいです。