飛ばされます!
「ん…いたっ…えっ?」
全身を打ち付けたかのような痛みが襲う中、目を覚ますと、小高い丘の上に僕はいた。
転移系魔道具を使ったことは、今までも何度かあったんだけど『導きの羽箒』は使ったことがなかった。使用方法とかは『鑑定の虫眼鏡』でわかったのだけど、こんなにも乱暴とは思わなかった。
まさか『導きの羽箒』を起動させたら、あんな暴風が部屋の中で起こって、そのまま僕を巻き上げて、窓を突き破るとは思わなかったんだけど。というか、もしかして転移の魔道具なのに、物理なの?風に運ばれちゃったの?気を失っていたのか、太陽の位置的にさっきまで昼前だったのが、昼過ぎになっている。
「体中が痛いけど、不思議と怪我はしていないようだし…あんまり使わないようにしよ」
全身を軽く確認してみたんだけど、どこも異常はみられない。そこに安心しつつ、丘から見える景色を眺める。
そよそよと風がふき、少し霞むほど遠くには雪がかかっている山脈がみえる。幸運なことに丘のそばには街道があり、その街道の先にはどこかの街があるのだろう。うちの城の城壁のように高い壁が街を覆っている。
どうやら、一度城の外に出た後に転移したようだ。室内で使ったからあんな感じになったのかな?
風に巻き上げられて近場に飛ばされたのかと思ったけど、二点ほど遠くに飛ばされた証拠がある。
一つは、雪。うちの国は一年を通してほとんど春と夏で、冬になっても雪とか、滅多に降らない。年中降っている所もわずかにあるのだけど、そうだとしても、寒い環境が好きな雪女とかの種族がいる山脈は、国境の僻地。魔王城から馬で一月以上かかるような場所だ。
二つ目はあの高い壁。うちの国、好戦的な種族も多いから、売られた喧嘩は倍にして買ってしまうってのもあって、防御っていう考えをそんなにしない。だから、城壁は二か所にしかなく、魔王城の城壁が一番高くて、大公城のは少し低い。ここから見えるあの壁はどちらのでもないし、うちの城が見えないともなれば、ここは最低でも隣の国なのかな?
「とりあえず、向かうべき…っと、考えていることを口に出す癖は気をつけないと。僕は、普通の修行中の薬師…よし」
昔っから考えていると、口からポロポロ出ちゃうんだよね。考えるときこう、ぶつぶついっちゃうんだよ…あんま注意されないし、他に話すも友達いないから…いや、い、一応、魔王の息子って、王子なわけだし?学校とかいってないし、同じ年頃って従弟君ぐらいだし?べ、別に僕が人と話すのが不得意というわけじゃないし?女中とか、他の使用人とか、家臣とか話すし?
「そ、そう。研究者とか学者は口からよく言葉がでちゃんだって、本とかでも読んだし。母上もたまに呟いてたし。う、うう…外に出たけどやっていけるか、いまさら不安になっ」
「おーい、そこの人!具合でも悪いのか?」
「えっ!」
誰かに声をかけられたので、そちらに目をむけると、草臥れた皮の鎧をつけた男の人が僕にむかって、手を振っている。他にも、ローブをまとった女の人や、同じような皮鎧を着た弓を持った若い兵士の男の人がいた。
角や羽や鱗があるわけでもないその姿はどうみても、うちの国民や隣国の国民に見えない。
彼らは、ノーマン種だ。
「なぁ、大丈夫かー?怪我でもしているのか?」
「あんたが怖いんじゃねぇの?おっさん」
「ヒューブ!俺はおっさんじゃねぇ!」
「うるさい、マルセイン。ヒューブも子供みたく茶化すんじゃないわ」
「へいへい、オリエの姐さんに従いますよ、なぁ、おっさん?」
「うるせぇ!」
僕が返事をする前に、彼らはわいわいと話をしている。え、ノーマン種の人ってこんなに、友好的な感じなの?
それなら、話しかけてみよう。大丈夫、僕はもういい大人なんだし、できるできる!
「そもそも、俺はな」
「あ、あのー!」
一番年嵩の男性が、二人に何かをいおうとしているのを遮って、僕は大きな声を出した。
「すいません!お尋ねしたことがありますので、待ってもらえますか?」
「ん?ああ、いいぞー?いいよな?」
他の二人が頷いたのをみて、僕は少し離れていた彼らの方へと足を進める。緊張からか、かなり心臓がドキドキしている。見知らぬ誰かでも、詳しい情報がほしい。それにどうやらこのノーマン種の人たちは悪い人たちではないようだ。一応、魔族の僕がぼーっと立っているのを心配して声をかけてくれたようだし、たぶん悪いようにはならないと思う。ならないよね?
「すいません、待っていただけて感謝します」
「いいってことよ!…しかし、大丈夫か?顔色が悪いけど、やっぱり具合でも悪いのか?」
「え?いいえ、いたって健康です…顔色は生まれつきこんな感じなので」
「そうか、なんか、酷いこといったみてぇで、悪いな」
「いえいえ」
マルセインと呼ばれた男性は申し訳なさそうな顔で僕に謝ってきたのだが、僕は特に気にしていない。自分でも顔色が悪いと思っている。中途半端に顔というか肌色が白いから、常に貧血のように見える。それでも、吸血鬼とかよりは顔色がいいんだけどね。
たぶん、ご先祖に吸血鬼の魔王がいたし、父上も悪魔にしては肌色が大人しい感じの方だったから遺伝かな?
「それで、尋ねたいってなんだよ?」
弓を持っている方のヒューブという青年がそういうと、三人の目がこちらをみた。
「あの、ここの街ってどこですか?」
「はぁ?」
僕の質問に三人の息の合った返答があった。
最初にする質問を間違えたかも。
「マジかよー、いや、マジかよー」
「ちゃんとした言葉で話せよヒューブ。意味がわからねぇよ」
「だってよ、マルセインの旦那よぉ、こんな若いやつが記憶ないとか、大変そうでよぉ」
三人に連れられて、街の入り口の桟橋を渡り大きな門を潜ると、人でごったがえす大通りに所狭しと出店が軒を連ねいていた。
西方騎士連合国、第二都市オルテミュウズ。
それが見えていたこの街の名前らしい。確か元々はノーマン種の信仰する神を祀る教会の西側を守っていた騎士が、教会から離反して作られた国々の一つ、だったかな?魔王城からは大陸も違うから、かなり離れた場所に来たのだけはわかるのだけど、ノーマン種は地図とかを秘匿するから、詳しい距離がわからない。
「でも、一部の記憶がないだけでしょ?不幸中の幸いよ…それでもかわいそうね。成人したてでしょうに」
唯一の女性、オリエが僕の赤茶の髪をなでながらそういう。
三人は冒険者とかいう職業で、剣士のリーダーのマルセイン、魔法使いのオリエ、れんじゃー?とかいう職業のヒューブで、ぱーてぃ?を組んでいるそうだ。ノーマン種の訛りは独特だけど、職業とかは本で読んだことのないものはよくわからない。れんじゃー?は、狩人かな?弓を使うようだし。
依頼をこなす組織らしく、その依頼を達成した帰りに僕を見かけて声をかけてくれたそうだ。優しい人たちなんだろう。
ただ、申し訳ないけど、僕は彼らに嘘を吐いた。
「いえ、命があったのでよかったです。魔物に襲われて何とか逃げていて、疲れてあの丘にたどり着いた…と思うのですが…ごめんなさい、やっぱりよく思い出せないんです」
そう、僕は三人の驚く顔をみて、とっさに、記憶の一部がないと誤魔化したのだ。
明らかに彼らが奇異なものを見る目に変わったのと、詳しく話すとボロがでると思ったからだ。流石に、人の良さそうなノーマン種の彼らでも元魔王だと知られたら、大騒ぎになるだろう。下手をしらら町から兵士が飛んでくるかもしれないし。
そうして、浮かんだのが、魔物に襲われて命からがら逃げたのだが、恐怖で記憶が一部なくなったという設定だ。
魔物に襲われた恐怖で記憶がなくなるというのは、ない話ではない。恐怖が一定の量をこえると、脳が記憶の一部を消去したりすのだ。それに、魔物の中には人の記憶を餌にしている厄介なやつもいる。
それと魔物の存在は、どこでも身近にある問題だろう。
それこそ、ノーマン種の教会では、魔族が魔物をけしかけているとかいっているようだが、魔族にだって魔物の被害がある。あいつらは、なんというか、根本的にヒト種を嫌っているのか、はたまた捕食対象としかみていない。こちらのいうことを聞かせる方法もないわけではないが、魔物の全てを統一させるなんて無理な話だ。
「それにしても、まだ子供といえるのに、一人旅とはたいしたもんだ」
「いえ、一応成人はしてますから」
「いやいや、ちっせぇのが旅してるってだけで、俺はびっくりだって」
マルセインとヒューブが僕にそういう。
いや、僕、もう成人しているし。
これでも二十三歳なんだけど。
確かに、マルセインは、筋肉のついた太い腕に、日焼けした肌。つるりと禿げた頭の髭面は、いうなればおじさん。ヒューブは汚れでくすんだ金髪ながらも、色黒の青年らしい感じはあるよ。でも、ヒューブとか、たぶん歳がそんなに変わらないよな?
オリエは真っ赤な長い髪をまとめているが、僕よりも少し上ぐらいかな?雰囲気が落ち着いていて、あんまり表情にでないけど、二十六歳ぐらい?杖や汚れていてもロープの質がいいのがわかる。そこそこ魔力も高いから、もしかしたら、もっと年齢が上かもしれない。なにせ、魔力が高いと若いときの肉体期間がのびやすいからね。それはノーマン種も魔族も同じだろう。
まぁ、日頃から鍛えているだろう彼らと比べると、僕は貧相な身体だっていうのは認めるけど。あんま力も強くないし、魔力はそこそこだし。
「お前だって、成人した六年前はこんぐらいだったろうが、ヒューブ」
「俺はそん時、もうちぃとデカかったって!…マルセインの旦那はまだそん時、そこまで寂しくなかったのにな…」
「ぷっ…やめなさいよ…ふふふっ」
ヒューブはマルセインの頭上を見ながら呟くと、オリエが思わずといったように笑い出した。
ん?六年年前に成人ということは、ヒューブは二十四歳か。うん、思った通り僕と歳が近いようだ。
魔族の成人は一律十八歳と決まっている。長命種もいるのが原因でもあるが、だいたい十八になれば自分のことはできるようになっている。国に仕えるにしろ、商売をするにしろ身体ができあがっていないようでは意味がない。あっ、脱皮する種族とかもいるからある程度の区切りって意味もあったんだっけ。
僕がそう考えていると予想外な言葉をマルセインがいいだした。
「お前だって、今は十八でもな。俺みたく三十五になりゃ、少しは髪がなくなるだろうよ」
思わず、目を見開いてしまった。
ヒューブがまさかの十八とか。マルセインが三十五って、鞄の中にある育毛剤あげようか。
いや、まって、そうじゃなくって…ノーマン種って短命って聞くけど、老化早くない?まるで、無理やり成長を速めているようで怖いんだけど。
「まぁ、男なんだし、そのうち、俺みたくお前もでかくなれるだろうよ」
がははっと笑いつつマルセインが僕の背中をたたく。
少し汚れた黒いローブ、胸の所には緑色の糸で、母上の相棒の刺繍をいれてある母上のお古を着ている。赤茶色の髪は父上から譲り受け、両親の肌色を混ぜた色の肌を持ち、これまた父上の瞳の緑色だけを持つ僕。身長は悪魔と魔女は小柄が多いため、低い。
どうやら、僕は十二歳ぐらいのノーマン種にみられているようだ。
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毎日、二時間ほどで書いたものを出していけば、リハビリになる説!話はのんびり進みます。