猶予を求めます!
「さて、兄上。さっさとこんな狭いところからでようか」
「ちょっと、あのね…今は」
いい訳がまだ浮かばないのに、ゲールは再度ギルドの外へいこうと僕の手を引っ張る。
せっかく、新しい薬を教えてもらえることになったのだ。それに、まだ城からでて、一日も経っていない。これでは、城下町に気晴らしにきたのとかわらないじゃないか!ぼくは、魔王を辞めて、旅の薬師になろうと心に決めて城を飛び出たのに!
今、夕刻だから、城をでて、まだ八時間ほどだよ!
どうにか、ゲールが僕を城に戻すのを諦めてくれないかな?まぁ、命の心配はしてないよ?僕を殺しても意味ないし。書置きに時期魔王はゲールと直筆で書いてあるからね。
まさか、飼い殺し!…もないな。僕、取り柄が薬の研究だけど、僕ぐらいは城とか城下にもいるだろうし。連れ戻す必要ないはずなんだけどな。
そんなことを思っていたら、ゲル爺が肩を掴んだ。
僕のではなく、ゲールのだ。
下手すりゃ斬られるよ?目の奥が冷えた感じになっている。
「おい、小僧。何を兄弟喧嘩しておる。外には迎えもいないのじゃろ?」
「なんで、そう思うの?俺が一人じゃないと思わないの?」
ゲル爺に、イライラとして返事をする。
まぁ、ノーマンからしたら子供にみえているようだ。子供だけで行動はさせないだろう。どこかに保護者がいると考えるのが普通だ。ちょっと前まで成人じゃなかったゲールの保護者は、公爵である叔父上ではなく、僕だったんだけどね。その前は父上が保護者だった。
ゲル爺は、面白くなさそうに鼻を鳴らしながら、外を顎でしゃくる。
「お前たちに似た魔力の揺らぎは感じんからの…魔女は近くにおらんのじゃろ?」
ゲル爺は、最後の言葉を小声にして、僕たちにしか聞こえないような声量でいってきたのだ。
魔力の揺らぎ。そういえば、この人はただの変人の類ではない。かなり魔法が使えるのだ。
オリエなどは魔力の量を見えるようだった。これは別段珍しい特技ではない。血筋や魔力操作が得意だったり、四部の魔法、火、水、風、土の理を知っていくと、自然の魔力を使うようになる。そのた自然に必要な魔力をみえるようになれば、魔法の威力が増すのだ。
僕がオリエの土魔法をほどかなかったのは、魔法の威力が思うよりも強く、解除をしている間に、ゲル爺に捕まるか…足を斬り飛ばされるのが目に見えていたからだ。
そして魔力の揺らぎ。これは、種族によって大きく決まっているそうだ。それがわかる者も非常に少ない。
例えば、ノーマンなら山の形。魔女なら、波の形らしい。僕や、ゲールは母親が魔女だから、この波の形が基本だと魔術官から聞いたことがある。城内の宝物庫は、この魔力の揺らぎ開くらしく、当代魔王の血縁でも親兄弟、子までしか入ることはできないそうだ。
一応、僕もゲールも父親の魔力の揺らぎの形を持っているそうだが、普段は母親よりらしい。魔法を使うときは、ゲールなんか魔族でもみたことのない形になるとか。
「ねぇ、お兄ちゃん。ちょっとつら…顔貸して」
口が少し悪く、っというかボロがでているけど、ゲールがゲル爺から離れる。出口を塞ぐようにマルセインとヴァルが立っているので、仕方なく、ギルドの中に戻っていく。
「おい、兄上。あのじじい何もんだ」
「えっと、ゲルミュルド・ドラグスト・ホーミルト伯爵っていうこのギルドの関係者で、確か…『風伯』のゲルミュルドっていわれているんだって」
こそこそと、顔を寄せ合って話す。
僕の知っている情報wお渡すと、本当に珍しいことに、ゲールが驚いた表情になる。
「はぁ?『風伯』のゲルミュルドかよ。とっくにくたばってんだと思ってたぜ」
「知ってるの?」
逆に僕の方が驚くことになった。ノーマンのゲル爺のことを、ゲールが知っているとは、思いもしなかったのだ。
ゲールは眉をひそめ
「有名な冒険者のことは軍にいたら噂でも聞くからな。厄介な奴がいる街にきたな…『風伯』のゲルミュルドっていえば、四部魔法でも、風の理の達人だぜ?室外だったらどこでも転移できるっていう転移魔法の使い手だ。古王国から生きて帰った冒険者たちの一人で…しかも魔術研究が趣味とかいう狂人…ちっ。兄上も俺も転移座標の『印』をつけられてやがる…めんどくせぇ」
と、とても嫌そうな顔をする。
転移座標の『印』をつけられているのは、なんだか妙な気分だったので、薄々感づいてはいた。なんというか、右肩に軽い負荷があるような気がしていたのだ。
何日かすれば自然と解除できるぐらいのものと思っていたのだが、ゲールの表情は晴れる気配がない。
「解除はできるんだろ?」
「できる。面倒なのが俺らの魔力の揺らぎを覚えている可能性だ…殺すか」
ああ、個人の揺らぎを覚えている可能性もあったのか。
最善策ではあるけど、ゲールの案は却下だ。
「伯爵位を殺すのはやめよう。それこそ戦争の元になっても困る」
「こんな小国なんざ、相手にならんぞ?左軍一翼で攻め滅ぼせる。転移なら魔術官や俺がしてやるし…」
確かにビフレストからすれば、小さい国だし、一翼の二千ほどの兵士を送れば一日もあれば滅ぼせるだろう。
でも、元は僕がここに転移してきたのが原因だ。もう戻るつもりはなかったビフレストに迷惑をかけるのは忍びない。
この国のことはどうでもいい。僕の国ではない。
それから僕の民がここにくる理由もそんなくだらないことであってはいけない。
「僕がダメっていったんだけど?」
すっと、苛立ってしまって、目が座ってしまう。
ああ、いけないな。もう僕は魔王じゃない。そもそも正式な即位もしていないというのに、つい、こんなくだらないことで兵士を使うのかと、腹が立ってしまった。国を魔物や外からの脅威から守らせるために、兵士がいる。兵士の給与や武器はそのために、国民からもらっているんだからな。
将軍が軽はずみにいうもんじゃない…だろ?
「…わかったよ。でもどうにかしないと、うちの国まで来るかもしれないぜ?転移座標は知られるわけにはいかねぇんだから」
あー。落ち込んでるな。僕の悪い癖だからな。
それに、ゲールのいうことは最善策であるし、対処を考えるのもわかるのだ。
ビフレストに、ノーマン種がくる手立ては二つ。
一つは荒れ狂う、魔物も多い海から。
一つは翼を持つ魔族や、亜竜が多い空から。
昔話の勇者が竜の背中に乗って、飛んできたように、強大な種族の助けがなければ、普通のノーマン種は確実に来れる手立てがない。
それ以外は存在していない。
理由は単純に、転移座標になる『印』や魔道具を外から持ち込めないようにしているからだ。
ただし、ビフレストに『印』があれば、転移魔法は使える。
「そうだね…記憶分野に影響するような薬を調合しよう」
「時間かかるのか?」
記憶を司る分野にのみ、忘却をかける。完全ではなく、直近で何日か分。そういう薬も作れなくはない。
元々は、戦場や犯罪の被害者に使用する薬だ。後年になって心の傷となってしまうくらいなら、綺麗さっぱり忘れてもらう。そのように、古代の魔女が開発した薬の一つが今の僕らには必須だろう。
ただ問題もある。この薬は、僕が作る中でも時間がかかる薬の一つだからだ。
「調合だけで二日はかかる。素材自体の下準備にも、三日…そもそも素材も少し足らない」
「なら、素材を調達して、最短五日か…宰相に手紙書いてくれ。送る」
「了解。ゲールも帰れないからね」
「それは俺の落ち度でもある。対魔の魔道具でもつけてくればよかったからな…でも、勝手に抜け出したことは許してねぇから、あとで説教な」
しばらく街に滞在が確定して、ほっとしつつ、にこりと笑うゲールにぞっとする。
いつも笑顔のメリューのお叱りを受けていた母上。そのメリューそっくりの顔だ。親子だなぁ。
「…お手柔らかにお願いします」
きちんと、九十度で頭を下げる。
母上もこれで少しはマシになってたからな…足がしびれるだろうなぁ。
「えーと、ヴァルさん」
「なーに、ルーフェちゃん」
道を塞いでいるけど、残念ながら外にはでれない。
なにせ、ゲル爺がにやにやしている。あれは逃げようなら、屋敷に連れ込んでやろうとしているとしか思えない。
そうなったら、さすがにゲールを止めないかなぁ。
「ギルドの部屋はせまいですか?その…弟もどうやら一人できたようなので、泊まるところがないので」
とりあえず、二人で行動しよう。
ゲールをほっておくと、キレて血の海…いや、死体も残さないかもしれないからな。ヴァルに部屋がどんな感じか聞いておかないと。
寝台が一つとかないよな?さすがに成人したら、一緒に寝るのはお互い嫌だからな。
「そうね、大丈夫よー。二段ベッドだから。元々仮眠室なのよね。あとで案内するわぁ」
おー。大丈夫らしい。二段べっどぉ?なるものはわからないけど、二段…二つあるってことか?
「だって。べっどぉ?あるって」
「ベッドね、お兄ちゃん。寝台のことだよ」
あ、言語魔法を使っているな。いいな、それだったらわからない言葉もわかるだろう。
さっき女性に囲まれているときに、使っていたんだろうな。いいな、言語魔法。使えないから、こういうちょっとした言葉がわからないんだよな。
「なんだ?お前の弟、あんま古い言葉つかわねぇのか?」
ヒューブがそういって、少ししゃがんで、ゲールに目線を合わせる。
おー、ゲールが眉を少し動かしたけど、耐えてるな。やられておけ。今日一日、やられてたんだ。慣れておかないとな。
「お前の弟って、なんっていうんだ?」
「ゲールっていいます。ほら、ゲール挨拶して」
そういって、背中を押す。
舌打ち聞こえるぞ?
「ゲールといいます。よろしくね」
微笑んでるけど、それ冷笑になってるぞ、ゲール。やっぱり、潜入は苦手か。
宰相に送る手紙に書いておこう。
「俺はヒューブってんだ。何歳なんだ?」
「…何歳に見えます?」
ゲールは答えるのは悪手と判断したようだ。その判断は間違っていないだろう。彼らの目では、二十三歳である僕が、ノーマンの成人である十二歳ぐらいに見られている。そんな僕よりも、少し背が低く、魔族の特徴が強く出ているゲールは、年齢より若く見られる可能性の方が高い。
「んー…多めにみて九歳?」
「うわー正解ですー!ヒューブさんは何歳なんですか?」
うわー!ゲールの目が死んでるー!昔から子供扱いされるの嫌ってたけど、実年齢の半分はやっぱり苦痛か。
僕も同じだったけどな!
「俺か?俺は十八だ」
「十はっ…マジか」
「ん?驚くことか?」
素になって、また僕の肩を掴むなり早口で話し出した。
「おい、兄上。ノーマンって老けやすいのか?昔、ビフレストに子供の勇者がきたとかいうのは、作り話だったのか?」
「いや…確か成人する前だったというから、子供がきたのには間違いないだろう。逆徒王ハーン・ヴェルシムの時代だから千年以上前の話だけど、ご先祖が負けたのをわざわざ子供だったって改変するのもおかしいからね」
魔族にして、魔族に非ず。そういわれた歴史上の人物が魔王ハーン・ヴェルシム・オーディ・アスサリル。ヴェルシム王朝最後の魔王にして、魔族をも滅ぼそうとした逆徒王の異名を持つ、僕やゲールの遠いご先祖様だ。
この魔王、とにかく気性が荒く、目につく全てを憎んでいた。なぜそうだったのかはわからないが、生まれた自分の赤子すらも憎くて、塔に閉じ込めたくらいだ。
ノーマン、エルフと何度も戦争をし、ドワーフを奴隷に、竜種を食料にするなど、やりたい放題だった。
そんな魔王を成人前のノーマン種の勇者が、竜種の王族と共に、打倒したのだ。
伝説だと勇者は十六になる子供だったという。魔王を倒したことで、世界どころかビフレストも平和になった。逆徒王ハーンを倒したあと、勇者はビフレストを滅ぼすことなく、故郷の東の島国へと帰っていたのだ。
ビフレストでは悪いことをハーンの悪事といって、子供がいたずらをすれば「ハーンの悪事をすれば勇者がくるよ!」といわれるのだ。
僕もよくいわれたものだ。ゲールはとくに勇者が嫌いだからそういわれたら、一発で謝っていた。
「まぁ、ノーマンというか、彼らが老けている理由は心当たりがあるから」
「ふーん…で、どういう段取りなんだ?」
「あとで部屋で説明するよ。彼らも気にしているようだから適当に相手をしておこう」
さてと、こちらをじっとみていたマルセイン。彼はずっと僕の行動をみてきた。
それこそ、最初に僕に気づいて話しかけてきたぐらいなのだ。ただのお人好しでかとも思ったが、今の彼の目は、うちの宰相に似た強さがある。
「で、ルーフェ。記憶がないってのに色々あったわけだが…そろそろこの街にきた本当の目的ってのを教えてくれねぇか?」
記憶がないという嘘もわかっていて、僕から情報を引き出そうとしていた彼は、腕を組みつつも。重心は下にいったままだ。いつでも、踏み込めるだろうな。
ゲールは興味なさそうだ。
マルセインが剣を抜く前に、ゲールなら真っ二つにできるだろう。
「あらぁ、マルセイン。いつもは酒場に連れて行って聞き出すのに、今日は早いのねぇ…夜にはまだ早いわよぉ」
「夕飯前に聞いておく方がいいだろ?一応、俺は保証人だからな」
ゲル爺が愛用していそうな、そんなどんなものが混ぜているかわからない酒を飲むよりも、普通に雑談をする方がいいだろうと思うんだけどね。
まぁ、しばらくこの街にいなくてはならなくなったのだから、きちんとしないといけないだろうな。
「わかりました…全てお話します」
ゲールが大丈夫かよ?とこちらをみてくるが、任せてくれ。お前が小さいころだって、絵本を読み聞かせてきたんだ。
語り手になるのなら、ちょっと自信があるんだよ、僕。
アドリブには弱いけど。
少し書く時間が遅れました。申し訳ないです。
また、アクセスやブックマークが増えてます。一日ずつ驚いています。ありがとうございます。