薬師の現実を見ます!
「ここじゃ」
ゲル爺が転移で連れてきたのは街から離れた森のそばにある一軒の家だ。僕やマルセインたち、合わせて六人を転移させるのは、なかなかできることではない。疲れすら見せないのは、杖に補助の魔法陣でも仕込んでいるのだろうか。
一軒家の壁はボロボロだが、煙突から煙と、何かを煮込む臭いがすることで、中に誰かがいるのがわかる。
「あら、ここに用があったの?ここじゃなくても、街中に薬師の子いるじゃないの」
ヴァルはここのことを知っているようだ。そして、とても不思議そうにゲル爺を見ている。
「あんな偽者どもに用はないわ…おーい、わしじゃ、入るぞ」
街中にいる薬師が偽者?どういうことなのだろうか。
ゲル爺は中の人の許可もえずに、家の中に入る。すぐに、入り口から、手招きをして、僕たちもついていく。
家の中は外観と比べて綺麗であった。だが、様々な生薬の臭いが入り混じる僕にとっては、慣れ親しんだ臭いの充満するところだ。ヒューブだけは鼻をつまんでいるが、他の人たちも気にした風もなく、家の奥へと向かう。
通路に扉がいくつもあり、その一つ一つが倉庫、おそらく薬の材料を置いているのだろう。どこかの研究室なのだろうか?
そのまま真っ直ぐ進み、突き当りの開けっ放しの扉をくぐって入る。
「いらっしゃいませ…これは懐かしいお声で」
「ふん。一週間ぐらいで懐かしいとは、ボケがきたようじゃな」
中には、ゲル爺よりは数歳ほど若いだろう背筋がのび、まだ茶色い毛が混じった老人がいた。老人の前には、煮だしている最中なのか、刻んだ薬草などが置かれている。
手には何も細工のない、木の肌そのままの杖をもち、軽く薄めた目の視線はどこにも合っていない。
「盲目ゆえの無作法とご容赦のほどお願いいたします…もしや、見知らぬお客人は薬師の方でございますかな?」
「こやつがそうじゃ」
驚くことに、僕の方へと顔をむけて、薬師であると見抜いた。
目の見えない老人の前へと、突き出される。
「は、初めまして。ルーフェと申します。薬師を志す未熟者でございます」
そう挨拶すると、老人は見えているかのように、まっすぐに手をこちらにつきだして握手を求めてきた。
握手をすると、濁っている老人の目が少し光ったような気がする。
「ははっご謙遜を…始祖神の陣をお使いになられるのではないですかな?」
「えっ!…はい。その通りです」
医術をこの人は知っている?
「見えなくはなりましたが…わずかに感じるのは高位の階梯の魔力でしたので、もしやと思いましたが…そうですか、医術を使える方ですか」
老人は独り言のように「なるほど、なるほど」と呟き、僕たちに座るようにうながした。僕たちが席に座ると老人は、微笑み混じりにいう。
「ああ。自己紹介をしていませんでした。私はガーディ。元教会所属のしがない薬師の年寄りでございます」
老人、ガーディ老はそういって、胸の前に手を置いた。元教会所属の薬師。肩書は立派なような気がするが…正直、さっきのポーションを考えるとあまり信用できないかもしれない。
「お前がしがない薬師なら、街にいる奴らは、ままごとじゃろうが。あいつら、材料を混ぜることしかできんのじゃぞ。しかも教会のレシピしかな」
ゲル爺の発言に驚く。調合しかできない?研究や、治療はしないのか?
「こやつは、わしが保護している医術が使える薬師じゃ。しかし、その始祖神の陣とやら…こやつ、わしには一切口をわらんのに、小僧には情報をもらすとはな!」
「いえいえ。ホールミルト伯爵には少しは教えましたよ?」
「今更、伯爵などというな。気味が悪いわ」
二人は仲が良いのだろうか?
「ガーディとは若いころから、顔見知りでな。何度も教会から引き抜いて、その知識を知ろうとしていたんじゃ」
「ゲルミュルドさんは強引でしてね、私の同僚たちにも声をかけていたんですが、私たちは断っていたんですよ。なにぶん、秘事ですので」
ああ、ゲル爺は強引だろうな。
その場にいる全員が、ゲル爺を見る。
「それで、あなたは教会の薬師のお弟子さん…いえ、他国の宮廷医官の子息ですかな?」
「どうしてそう思うのですか?」
ゲル爺のように古王国の関係者とはいわない。
「盲目であっても、まとわりつく魔力はかすかに見えますよ…おそらく何年も医術を修めてきたのでは?そんなことをするのは、どちらかですので」
「いや、あの」
どう答えようかと困っていると、ゲル爺が代わりに答える。
「こやつは古王国関係じゃと思うぞ、ガーディ」
「ほう…魔女ですか」
ゲル爺の言葉に、ガーディ老は目を細め、雰囲気が少し変わる。とげとげしいというか、拒絶だろうか。
「なんじゃ、教会に捨てられたくせに、いまだに魔女が嫌いなのか。ええ加減教会なんぞへの忠誠は捨てればいいもものお」
「教会への忠誠はありません…信仰はいまだにありますが」
「なら、目も信仰で治せばいいじゃろうが…わしは信仰はすかん」
ああ、教会は魔族だけじゃなく、魔女も嫌いなんだっけ。堕落の象徴とか。魔王と魔女の息子である僕はかなり嫌われるだろう。しかも、今は元魔王だし。絶対に近づかないでおこう。
「あの、いつぐらいから見えないんですか?」
険悪になる前に話を変えよう。
「もう、十五年…ぐらいですかね?暦をみることはできませんし、聞くこともないので、確実ではないのですけどね」
「それぐらいじゃろう。シュラスイ平野の戦いから帰ってすぐくらいに失明したんじゃから」
「ああ…その後の鬼火の戦いまではまだ現役でついて回れたんですがね。途中で見えなくなったんでしたね…」
シュラスイ平野?鬼火の戦い?なんだそれ?
マルセインの方をみると、マルセインとヴァルが説明してくれるようだ。
「シュラスイ平野の戦いは、オーガキングが軍を率いて、教会を攻め滅ぼそうとした戦いだ。かなりの激戦で、わずか十日で、平野は血の湖ができあがったほどだ。各国の兵士連合が全滅しかけて、冒険者までかりだしたが、それでもぎりぎりでな…教会が初めて無償でポーションや司祭、薬師を派遣したぐらいだ」
「鬼火の戦いは、シュラスイ平野の戦いのあとオーガたちや、オーガに殺された人たちがアンデッドになって、この国にも攻めてきた広範囲に及んだ大規模な戦いよ。オーガレイスなんて物理特化のくせに、物理も魔法も強くてねぇ…あたしも若い花を散らす覚悟をしたわよ」
オーガキングか。鬼人族の人並に強いんだから、そりゃ国が滅びかけるような戦いだっただろう。なにせ、片手で鎧を潰せる鬼人族との力比べができるのだ。
しかし、オーガのアンデッド?うちでもみたことがない魔物がいたのか。ただでさえ強いのに、アンデッドとか、この国もよくもったな。騎士の国とはいえ、人口はそんなに多くないだろうから、防衛をするにしても人員をよく用意できたな。
「鬼火の戦いで、魔法薬を作りすぎたのがとどめでしたのでしょう。私の同僚も何人も失明しました」
「で、教会に捨てられて…始末される前にわしが回収したんじゃ」
魔法薬?ギルドでも聞いた言葉だ。どうもそれがあることで、難を逃れたのか。ちょっと実物が欲しいな。ぜひ研究してみたい。
って、始末?物騒だな。
「同僚たち同様、御使いによって神の身元へ参ろうとしたのをゲルミュルドさんが邪魔したので、生きております」
「あんな暗殺集団を御使いとかいうお前たちは本当に狂っておるわ」
「研究に狂っているあなたも同じくらいですよ」
そこはみんなも同感だ。
再度ゲル爺をみるが、ゲル爺はどこふく風だ。
しかし、魔法薬を作りすぎて…目を酷使して失明…聞いたことがあるような症例だな。
魔力を視る目…調合のときにも流れをみたりする。僕は苦手だから、ほぼ直観だ。魔女はそういう直観と目をもっているから、最適な分量と時間でもって調合する。補助として、ノーマン種なら目に魔力をこめて、魔力を視るか…もしかして。
「失礼ですが、その目はもしや『魔白病』ではないですか?」
「『魔白病』?」
「鍛冶に携わる方や、ドワーフに多い職業病の一つです。調合の際に、魔力を『視すぎる』ことで、網膜が魔力の膜に包まれ、固定化、細胞が魔力の反射で焼け付くなどで、視力が低下するのです」
同じ光をずっと見ていると、網膜に同じ像がやけつくことがある。魔力の場合、目にとどまり続けることで、視覚に影響がでやすい。しかし、魔力を視るのは低下はするが完全にみえなくなるわけではない。
おそらくだがガーディ老は普通にみることはできないが、魔力の揺らぎをみながら、生活をしているのではないだろうか。素材がわずかにもつ魔力の揺らぎをみれば、目が見えなくても見えているようにはなるだろう。
僕はそこまでできないので、しようと思うと魔道具だよりだ。
「外科的処置がはやく確実ですが…医術者はいないんですか?」
「外科的処置?」
「医術者?」
僕の言葉に、ヒューブとマルセインが首をかしげる。
「お主のいた国ではないんじゃぞ。医術者はおらん。外科的処置といっても、切断してポーションをかけるぐらいが関の山じゃ」
「ええ。私も外科的処置というのはわかりませんが、医術者の知人はこの国にはいません」
切断してポーションだけとか、乱暴すぎませんか、この国。
医術者がいるなら、みてもらえばすぐにわかっただろうが、いないから悪化したのだろう。低下した視力の補助で魔力をみようとさらに魔力を込めれば余計に悪化していく。
「あの…もしよければですが…ためしてもいいですか?」
効くかどうかはわからないが、一応治療してみようと、僕は許可を得る。
「点眼薬の用意をします。二種類用意しますので、少々お待ちを」
「なぁ、オリエ姐さん。てんがん?薬ってなんだよ」
「…目薬のようなものよ…あんたちょっとは勉強しなさい」
オリエのいうとおりだと思うぞ、ヒューブ。
部分麻酔を使う方がいいかな?抗生物質の調合もしないといけないが、麻酔と外科処置、その後、魔力で網膜が焼けてしまっているのを元に戻さないといけない。
麻酔は鞄の中に常備してある。焼けた網膜を修復するには、不活性している目の細胞を活性化させねばならない。
「さっきの魔法陣と同じなんだな」
「ええ。素材を変えるだけで、医術に使う陣は変わりませんよ」
僕が陣を描いていると、ゲル爺が鼻息を荒くしている。ふごふごいってるからね、ちょっと興奮しすぎじゃないっかな?
「ガーディ。お前も小僧のようにさっさとわしに見せれば、指を折らんですんだのにのぉ」
「こんなあっさり秘事を人前で使うなど、教会ではありえませんからね…指はいまだに忘れておりませんぞ」
…治療が終わったら、ゲル爺から全力で逃げよう。明日になれば魔道具使えるし、麻酔とか噴射すればいけるかもだし。
念のためにそこそこ強い麻酔をいれてきているのを確認しつつ、鞄から、素材の一つを取り出す。
「まずはこの石を置きます」
始祖神の陣のうえに蛍石を置く。蛍石の熱さまし効果には、魔力を抜くという作用もあるので、魔力酔いとかにも使える。最近、少し値が上がってきていたので、宰相に値下げするようにいっていたが、ちゃんとしてくれたかなぁ。これ、成長期の子供がひく魔力風邪にも効果あるから、なるべく安価で流通させたいんだよね。
手のひらほどの大きさの蛍石を中央に置く。
「お待ちを!その石をお貸しください!」
「?いいですよ」
ガーディ老が焦ったように、蛍石を掴んで、持ち上げ、薄目を光らせて蛍石を観察している。治療するんだから、あまり魔力を使ってほしくないんだけど。
「これは…まさか蛍石では?い、色は何色でしょう?白ですか?それとも青混じりのでしょうか?」
「薄青いですよ?蛍石はこんなものですし」
薄青いのが蛍石だ。それ以外は、クズ石とまではいわないが、もっとたくさん使わないといけないから、在庫がないときぐらいしか流通しない。蛍石一キロにたいして、クズ石は六十キロはいるんだから、わざわざ使うのはね。
「おい、ガーディ。何を慌てておる?」
ゲル爺がそうきくが、僕も同感だ。何を慌ててるんだろう?
「慌てもいたします!このような純度の高い蛍石なぞ、雪山の頂上の一部でしかとれません!春の雪解けに時折川から採取されるのが限度で…この大きさで…金貨二十…下手すれば三十はするはずです!」
ガーディ老の言葉に唖然としている。
おい、ヒューブ。目の色かえても、これは治療に使うんだから、あげないよ?
確かに産出場所が限られているのなら、高価なものになりそうだが、あいにくと、ビフレストには産出場所がある。雪山だけど、いけなくはない。もし、なくなったら、僕が調達に行こうかと思う程度には、採取しやすい。
ここの物価は知らないが、このサイズはうちで、銀貨数枚ぐらいだし…もうちょっと持ってきてたら路銀にしてたかも。
ガーディ老は僕の手を掴むと、蛍石を握らせる。
「このような爺に使わず、若者に使っては貰えませぬか?そもそも、私は階梯の低い落伍者です。神の恩寵もなく、民も救えぬ薬師なぞより、若い者に」
「お断りします」
その申し出は、僕にとっては少し不愉快だ。
「今、貴方は治療を拒否するといいましたね。それは許しません。無理やりでも治療します。なんなら、麻酔を全身に切り替えますよ?」
どこかの誰かではなく、目の前の患者を治療できなくてなにが医術者だ。なにが薬師だ。
僕は僕のわがままで治療する。
「うわ、こわっ」
「あいつ成人したてだよな?なんであんな凄味があるんだ?」
「見た目はかわいらしいのにねぇん…男の子なのねぇ」
「私は素直に従う方がいいと思う」
一応、元魔王だったんで、命令するのは慣れてる方なんだけど。
素直に従おうね?麻酔かけるよ?
「しかし…」
「受けておけ、ガーディ」
全身麻酔に切り替えようとおもっていたら、ゲル爺がガーディ老の肩を掴んだ。
「お主が研究を重ねていたアンデッドへの魔法薬。それを完成させるのにも、目がいるのじゃろ?ならば、さっさと治すがよいわ」
アンデッドへの魔法薬?何かきになるところだ。
ガーディろうは、ゲル爺の言葉に、何度か口をひらきかけてはやめ、僕の方をみつめる。
「申し訳ありませんが…治療をお願いします」
頭を下げるガーディ老。
返す言葉は決まっている。
「もとよりそのつもりです。治るものは治しましょう」
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