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魔王辞めます!

 夢とは叶わぬから夢なのである。

 昔のどこかの誰かさんが、そんなことをいったそうだ。そして、それは当然だと思う。

 寝ているときに見るから夢なんだし。起きているときには見えないもんだろう。


 でも、ずっとなりたいと思い続ける。それならば夢じゃなくなる。

 目標になるんだ。



「諦めれるなら、諦めてるしね、実際」

「何かおっしゃいましたか?」

「いや、別に」


 そう、僕のこんな呟きすらも睨んでくるような生活なんて、決して望んでなんかいない。


「まったく…即位式が間近だというのに、そのように気の抜けた態度ではいけませんぞ」


 そいつは持っていた書類を金細工がほどこされたモノクルで、何度か読み返して、僕の机に置きつつぶつぶつといってくる。

 ()()()()()()()()()()()が、顔色の悪い男に…まぁ僕だけど…そんな風にいう姿はいじめじゃないのかな?


「そんなに怒んないでよ、頑張ってるでしょ?」


 ため息を吐きつつ、出された書類を読む。うん。何も口に出せないくらい完璧だね、毎回。御璽(ぎょじ)を押して署名すれば終わりとか、僕の存在とか必要ないんだけど。

 王様って職業は僕には不向きだって。

 あ、違った。


「頑張る、頑張らないではないのですよ!魔王陛下!」


 僕に、魔王は不向きなんだと思うんだけど。



 そもそも魔王って存在は、とある地方では悪魔の王とか、邪悪な存在といわれているらしい。何でも、神様と戦っているとか、邪神を崇拝しているとか、人間の苦痛を食事にしているとか、他にも色々いわれているそうだ。

 実際は、魔族の王様ってだけで、普通のヒト種なんだけどね。

 同じヒト種とかだと、唯の人とかエルフとか、ドワーフ、あとは種族が違うけど竜族とかの王様なんて、良い側代表で、魔族の王様は悪役率が多い。

 唯の人たち、ノーマン種って僕らはいっているんだけど、彼らからすると、魔族の見た目がよろしくないのが原因らしい。


 かっこいい角も、派手な皮膚や、どす黒い皮膚といった多様なものも全部異質であるそうだ。動物のような瞳や、多眼や単眼などの身体的な特徴だというのに。それら全てが邪悪で醜悪だとかって本に書いてあったりする。

 多文化に対して、排他的すぎませんかね、ノーマンって。

 魔族は種類が多いから、他人は他人。好みは好み。そう割り切っているからね。

 まぁ、彼らの人口は世界一だから、彼らの文化の方が絶対的に多く認知されておるのかもしれない。食文化とか凄いからね。あと、娯楽とか。


 何がいいたいかというと、魔王といっても王様ってだけで、酷いことはしません。ご先祖様とかで好戦的な魔王もいたそうだけど、それはどこのヒト種も同じだよね。

 平和が一番だよ。


「何をそんな風にぼけっとしているのですか?執務を素早く終わらせないと、陛下の自由時間はとれませんよ」

「おお!それは勘弁してほしいな。今日は、この前に作ったやつの効果を調べるんだから」

「はぁ…では、次の書類などを持ってきます。採決はある程度しておきますが、必ず最後まで目を通してくださいね?」


 そういって、大男こと、武人のような見た目に反して、我が国最高の頭脳を持つ宰相殿は執務室から出て行った。

 豪華な重い樫の扉が閉まると、とたんに虚しさが増してしまった。

 部屋の調度品も一級品だし、使っている羽ペンだって一級品。服なんて幾らするのか知らない。安物なんて何一つない。それが王様として当然の権利。


「それが凄く負担で、苦しくて虚しいなんて、父上は仰ってなかったのに…僕には無理だよ」


 王様。民をまとめ国を豊かにする。

 王様。誰よりも強く、賢く、慈愛に満ちている。

 王様。他国も羨むほどの歴史に名を残す名君であれ。


 王様。

 王様。

 王様。


 僕は王様なんてなりたくなかった。


 父上が崩御され、五年。

 喪と僕の力量の問題で五年間も正式には魔王はいなかった。僕は成人したてで、即位はできず、僕としてもまだ王子のつもりだった。何故かみんな魔王と呼ぶから、僕も魔王になったと思っているが、まだ即位式は済んでいない。

 即位式をすることによって、他国にようやく僕という存在を教える。そうすることで、魔王として認知され国民も安心する。それまでは、他国は僕が魔王とは知らないだろう。

 成人してすぐに父上が病に倒れてから、僕が代理をしようにも政事に疎い。そんな状態でも、宰相や将軍たち他の忠臣たちが支えてくれた。他の王族の方たちも、僕なんかよりも立派な方々が多いというのに、継承権だけで僕が魔王になってしまった。反乱なんかも起こっても不思議じゃないのに、それもないほど平和だった。


 自分の病的に色白い肌や、剣を持つのにはふさわしくない細い指先。こんな僕が魔王になって民が幸せなんだろうか。


「父上や、お爺様のような立派な魔王になるのは、どう考えても無理だよね」


 武力が一番というわけじゃないんだけど、僕には父上のような立派な角も、お爺様のような竜になれるような力もない。どちらかというと、顔色が悪いただのノーマンの男にしかみえないだろう。


「母上のような頭脳があれば、もっと国を豊かにできたかもしれないのにな…」


 僕が幼いころに亡くなられた母上は、魔女という種族だった。雪女の種族やラミアたちのように、女性主体の種族だった。

 生まれてきた子供の性別が女の子だったら、確実に母親の種族になるのに対して、男の子が生まれてきたら、父親の種族か、母親の種族、極々まれに両方の性質を持つ、もしくは両方の性質を打ち消す可能性という…本当に男に対して厳しいと思う生態をしている。


 そうして、そんなどれがくるかわからない確立は、僕を父上のような角のある魔族ではなく、当然、母上のような魔女でもなく…箒で空も飛べない、小さな翼がある中途半端な半魔としたのだ。


 そこに対して何も思うことは…ないわけではないが、健康だし、生きる上では問題はない。母上が大量に本を残してくれたおかげで、僕の知識量は多いと思うし。

 問題があるとすれば、魔王というこの職業。これが問題だ。


「転職…できるのかわからないけど、転職したい…」


 さて、僕に何ができるか。

 力仕事。指先同様、細いし、力仕事なんてしたことがない。

 事務仕事。読み書き、計算はできるけど、立案等、させてもらったことも、したこともない。

 身売りとか?いや男娼だっけ?あれも長年の経験とか見た目が重要なんだとか、本に書いてたな。経験なんてまったくないし、見た目も貧相で、かっこよくないからダメ。


「これは、なんというか…ダメな男の典型な気がする…せめて見目がよければ…いや、この性格では無理か…」


 自分でも、内向的で根暗なこの性格がダメなのはわかっているんだけど…どうにもならないな。何かできることないか。


「炊事洗濯家事手伝い。したこともやり方もわからない。交渉したことない。外交も…ないないづくしじゃないか…つらい」


 はぁ、とため息をして、転職を諦めて、今日の予定を考えた。執務が終われば楽しい自分の時間だ。何しろ、今日は前回と違ったやりかたをして…あっ。


「そうだ…!母上のように薬師になればいい!」


 子供のころ、父上に将来どのような魔王になるかを尋ねられたとき、僕は必ず「薬屋さんのできる魔王になります!」といったもんだ。

 その夢を持ったまま僕は大人になった。

 魔王としては、微妙だけど、薬屋…薬師になるのは、無理じゃないかもしれない。調合とかは、母上の残してくれた本や、人に師事するなりして、自分なりに研究だってしてきた。効能だって悪くない。あの宰相だって、薬の研究を遊びとはいわない。


 これいい考えかも。

 そうと決まれば、さくっと準備だ。


 意外と荷物をまとめるのに時間がかかった。まぁ、幸いなことに宰相もなかなか戻ってこなかった。


「鞄用意よし!服の着替えも完璧…作業着だけどいいはず…普通だよね?うん。路銀(ろぎん)は道中稼ぐとして、最低限はお小遣いで賄えるはず。えっと、あとは、ああそうだ御璽(ぎょじ)とか大事なものは、机に置いて…印章(いんしょう)は、僕のだからつけっぱでいっか」


 生まれた時に贈られる自分だけの印、僕の場合は父上の印章の一部と、母上の旅の相棒を混ぜたもので、正式に即位していない今では、親しい人に送る手紙ぐらいにしか使っていない。問題はないな。


 あ、次の魔王は誰にするか書いてなかった。書置きに追加しておこう。


「我が従弟、ゲール・ファルシュテイン・オーディ・アスサリルに王位を譲る…よし、これでいい!」


 従弟のゲールは、お爺様にそっくな子だから、民も慕ってくれるだろうな。父上の弟君の大公閣下は、名君として有名だし、彼なんて大剣を軽々振るうし、何より僕の従弟君は、歴代最強の魔力とを持っている歴代最年少の将軍だ。才能の塊みたいな従弟君だけど、昔はよく一緒に遊んだものだ。僕の後ろをついて「あにうえ」なんて慕ってくれてたけど、思春期にはいってからは「あんたは本でも読んで趣味の研究でもしていればいい」なんていいだすもんで、思い出すだけでちょっとつらい。

 いざとなったら宰相が頑張って補佐してくれるだろうと思う。うん、それが仕事なんだし、いいよね。僕に対して辛辣だけど、従弟君には従うだろう。


「んー。お爺様が使っていた魔剣は従弟君に。あ、これは僕がそのまま持っていこう」


 お爺様から僕にへともらったこの魔剣はなかなかの名品だ。でも、個人の持ち物でも、さすがにこの魔剣は持ち歩けないし、僕は剣の才能もないからね。従弟君に譲渡しよう。代わりに、お爺様の形見だった魔道具『鑑定の虫眼鏡』は貰っていこう。便利なんだよね。


「あとは、王位譲渡で得られる権利…正式に即位していないけど、これが必要だから…ご先祖様どうか許してください。生活が落ち着いたら、必ず返しますので!」


 魔王が生前譲位をすると、宝物庫から一つ宝物を借りることができる。魔王としての務めから離れて離宮に居を移しても、魔王であった頃を懐かしむためとか、色々便利だから、借りてもいいよね?なんて理由で作られたこの権利。今の僕にはとてもありがたいです。

 生前譲位される魔王はご老体が多い。それでもたまには旅行したい、子供や孫の顔がみたい。そう思われる方が多い。


 宝物庫には、歴代魔王が集めてきた移動系魔道具が結構な数で置いてあった。

 そして、僕が今必要な魔道具もそこには置いてあった。


「本人の意思とは関係なく、行くべき道へ連れていく…『鑑定の虫眼鏡』いわく、旅と商人の神が祝福したといわれる…ってあったし。きっと、これなら僕が生活できるところへ運んでくれるはず!」


 子供の頃からお爺様と一緒に宝物庫に忍び…そう、整理整頓をしにいったときに、片っ端から鑑定した中にあった品の一つ。

 効果が、どこに飛ばされるかわからないっていうのは、移動系魔道具でも、使いづらいし誰も使わないな。残念なことに、旅と商人の神が博打の神の一面もあるからか、こういった魔道具もないわけではない。


「魔王はダメだったけど、これで、ようやく僕も夢の薬屋さんを目指すぞ!魔道具『導きの羽箒(はねぼうき)』起動!僕を手ごろな街へと転移してくれ!」


 光に包まれながら、胸の高まりが抑えきれない。

 これから、僕は薬屋さんになるため修行に出るんだ!

 僕、ルーフェ・シュヴァイク・トール・アスサリルの第一歩だ!





「こちらの書類はもう一度審議。ああ、これを提出したのは?…ふむ。即刻調査しなさい。脱税など許してはいけませんからね」


 部下たちに指示をだしつつ、もう少し頭の良い家臣を見つけてこねばならないとイライラする。このようなことに時間を割くなど、低能貴族が、噛みついてやろうか。


「いいですか?魔王様にこのような些事をお任せするなど、前魔王様や、王妃様、何より国に対して申し訳がたちません。みなもそのつもりでしょう?」

「勿論でございます。魔王様には治療薬などの開発をしていただいております。我らは我らの仕事をもって魔王様にお仕えする所存でございます」


 部下の一人の言葉に、私は当然だとうなづいた。

 矮小たるわが身を宰相として任命してくださった前魔王様、わが身にも降りかかったあの流行り病の治療薬を開発した王妃様。

 この命を捧げても返しきれない恩義あるお二方の唯一のお子で、王妃様のように聡明でお優しいルーフェ陛下。


 ああ、なんと当代の家臣は幸せであろうか。

 またも名君に使えられるというこの喜びをみなも感じているだろう。


 何よりも、自由時間として、魔王様が研究に勤しまれておられるため、この国の医薬品の質は高く、新たな治療薬の発見もあるのだ。

 なんともお優しいお方であろうか!

 不肖コドリーロ・ミュールハイム!宰相として必ず魔王様のお名を他国にも響かせましょう!


「おい、宰相閣下の目、見ろよ」

「ん?…ああ、魔王様をご家族丸ごと崇拝されておられるからな」

「だからって、魔王様のことを考えただけで、あの目になんるのは、少し…怖いだろ?」

「睨まれてるように見えるが、あれ、俺ら見えてないからな。思い出し恍惚状態だって、俺はきいたぞ」


 二人の若造たちがこそこそと話しをしているのがきちんと、耳に入った。

 ので。


「手が空いて私語ができるほどの余力があるのは結構なことです。では、追加で追加予算の再計算をしてもらいましょうか」

「「「それは横暴です!」」」


 部下たちの息の合った合唱は、これからの仕事の処理も息が合うものだろうと思わせるものです。ええ、してくれるでしょう。

 なに、予算の再計算にその照合など、明日の昼食前には終わるはずです。


「では、ある程度まとまったので、魔王様に認可を…ああ、もうこんな時間ではないですか!」


 懐中時計で時間を確認して、その時間に驚いた。こんな長くいてしまったのか!私は、部下たちが引き留めてくる声や、腕をつっぱねて、執務室へと急いだ。

 執務室を離れて、もう、三時間と十七分。魔王様の自由時間にすでになってしまっている。

 ああ、魔王様の時間を無駄にしてしまうとは!


 長い廊下を早歩きで歩く。道中、使用人の彼女たちにはすまないが、挨拶をかわす余裕すらない。

 道中に衛兵を配置しなくなったおかげで、特に気にすることもなく、急ぐことができた。王妃様が衛兵が並んだ廊下を嫌ってくださったおかげだ。宰相が急ぎ足で魔王様の元へ伺えば、国の一大事だと思ってしまうだろう。城内は賊が入る隙間などないほど安全だ。重要な部屋は魔王様の血族のみしか入室できない。

 息を整え、執務室の扉を軽く叩く。


「コドリーロです。申し訳ありません。遅くなりました…魔王様?入りますよ」


 いつもなら、どうぞと一声がかかるのに、それがないのを不審に思いつつ、扉をあけた。

 何者かと争ったような部屋には誰もいなかった。

リハビリがてらに一発書き。

毎日三千文字ぐらいで書いていきます。

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