なぜなにティルトワース 超拡大版
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ルーストリア王国
南北に細長い王国。大東洋に面し、北はヰケラ海流の冷たい流れと乾いた風が作り出す、塩屍砂漠。南は複雑に入り組んだ海岸線が特徴のアラワク地方。大陸の背骨たるカラザス山脈と塩屍砂漠に守られ、広義人類出現以降、とりわけぬくぬくと農業をしていた国家である。
ルーストリア人がアイデンティティとパトリオティズムを獲得したのは、およそ二百年ほど前のことだ。近海の無人島に存在するダンジョン内で、大規模なグアノ鉱床を発見。神話的な歴史によれば、嵐に巻き込まれ座礁した王族が、勇敢にもダンジョンを切り拓き、獲得したのだとか。
ともかくルーストリアでは、人口が爆発的に増大すると共に、唸るほどの外貨とうんざりするほどの敵を得た。魔物の糞を巡る血で血を洗う戦争の果て、領土拡大の重要性に気付いた彼らは、沿岸にぽつぽつと存在していた都市国家を呑みこんでいき、カラザス山脈と大東洋の間に細長い国家を築いていく。
その進軍の途上に、繁栄の絶頂を迎えるティルトワース共和国が存在した。
ティルトワース共和国/ティルトワース市/ティルトワース郡
ティルトワースはもって独立主義であり、もともと流れ者が多いせいか、かえって堅固な共和制が築かれていた。だが、その歴史を紐解けば、興味深い事実が数多く見られる。
刳岩宮が見つかるまでは、カラザス山脈のドワーフが、良質の石灰石を得るためにときたま訪れていたようである。痩せた土とちっぽけな入り江があるばかりで、さみしい土地だった。偉大なるドワーフ、ガッルギリス’(この’はウーガルー・ドワーフ語族言語に特有のクリック音を指す発音記号であり、知らない者にとっては舌打ちのように聞こえて感じが悪い)が、大陸最大級のダンジョンを発見し、これを刳岩宮と命名したあたりから、話が変わってきた。これこそ、前ティルトワース史と言えるものだ。
商いをするドワーフの口から口へと、やがて周辺の広義人類へと、刳岩宮の噂は広がっていく。探索の果て、ガッルギリス’が帰還しなかったという事実も、我こそは英雄たるを信じられるような楽天家にとっては、景気のよさの表れとして捉えられた。当時の冒険者はこんなことを口にしたものである。
『あのドワーフのじいさんは、欲に目がくらんでどこまでもどこまでもって今でも潜っているのさ』
こうしてティルトワースに集まってきた冒険者たちの群れは、やがて周辺都市国家との小競り合い、交易、有力者同士の姻戚関係、政治的野心の持ち込みや持ち出しなど、人類史的なありとあらゆるすったもんだの果て、『ティルトワース共和国』という政体をかたちづくることに成功する。ティルトワース、揺籃の第一期である。
では第二期のはじまりとどことするかと言えば、これはティルトワース歴131年(ルーストリア王国歴、天記6年)貴族制に関する一連の法律の制定を以てして、と言えるだろう。
元首を立てて共和制を開始したティルトワースだが、その下にあるのは、『なんかえらいひと』や『なんかお金持ってるひと』がなんとなく集まった、いいかげんな組織であった。これには『有識人民会』というたいそうな名前がついていたが、実際のところは寄合と選ぶところがない。
ティルトワースの商業規模が拡大するにつれて、まともな意思決定機関が必要であるという機運が高まってきた。刳岩宮に惹かれてやってきた広義人類は、世界でも類を見ないほど多種多様であり、中にはノームやダークエルフなど、歴史的に差別されてきたがティルトワースでは(幸運や実力によって。いずれにせよ刳岩宮のおかげで)力を得た種族も存在する。
多種多様な種族を束ね上げ、平等な意思決定機関を作るべき、という風潮には、刳岩宮の存在が背景にあった。
広義人類にはそれぞれの素晴らしい利点があり、補い合わなければ迷宮からお宝を汲み上げることなどできない。そしてお宝が手に入らなければ、ティルトワースなど、デーツとイワシと石灰岩しか取れない貧弱な土地である。
無論、歴史上の出来事というのは単一の視点から見るようなものではない。そのようなきれいごとばかりでは割り切れない事情というものが、当時のティルトワースには存在した。
「ティルトワースにおいては、人みな冒険者」
162年にティルトワースを訪れたルーストリアの商人の言葉である。繰り返すが、刳岩宮はティルトワース共和国の経済基盤だ。ふらりと立ち寄ってお宝を拾って帰ってくる冒険者もいれば、企業冒険者も存在する。ひとつの冒険計画に投資家と冒険者が募られ、クエストが成功すれば、投資家四分の三、冒険者四分の一、というのが、利益の相場であった。
こうなれば、『有識人民会』に参加できるほどの資本家が大規模な投資によって迷宮利益を独占し、市民、庶民の分け前は減っていく一方だ。平民と資本家の分断の解消こそが、当時のティルトワース共和国には求められていた。
さて、法律によって制定された貴族による、ティルトワース大評議会が設立される運びとなった。貴族を決定するその方法はといえば、小選挙区比例代表制であった。
これには二つの理由がある。
ひとつは、前述の通り、平民と資本家の間で発生していた政治的分断を、ガス抜きするためである。平民にも議員の門戸を開くことで分断を解消しつつ、旧来の支配階級の優位は揺らがない。
しかしながらこの理屈は、ほとんど結果論と言うべきだろう。
もとは、有識人民会に参加しているあらゆる種族から数人ずつ摘まんで、貴族の地位を与える運びであった。平等たろうという高潔な政治的意志の発露である。
しかし、よくよく調べたところ、ティルトワースでは広義人類の混血が進みすぎて、もはや人種的な区分けが意味を為さなかった。平等たろうという高潔な政治的意志よりも、愛や恋や興味本位の性交渉(兎人の男のヒトって、夜はスゴイって本当?)は、遥かに先を行っていた。これこそ、ティルトワース気質というものの一端を示した歴史的挿話であり、第二の(そして本質的な)理由でもある。
かくて選挙が行われた。凄まじいお祭り騒ぎであり、町中に設けられた投票所は百六個のうち四十二個までが破壊されたという。ともかくこうして、ティルトワースにおける政治階級=貴族が決定し、得られた政治権力は世襲されることとなった。
以降の大評議会議席は、申請した者をティルトワース司法委員会が審査し、委員のうち過半数の賛成を集めることで得られるようになった。まさに、最初で最後の選挙にふさわしい狂乱だった。
さて大評議会の議員は、貴族の中でも、二十五歳以上の嫡子ということで決められた。ここで重要なのは、議員資格に『性別』が存在しなかったことだろう。なにしろ多くの魚人や甲殻人は、定期的に性転換するのだ。
それにしても、最初に交わった甲殻人とヒトは、一体どんな出会い方をしたのだろうか。どちらがオスでどちらがメスだったのか? 一部の甲殻人のオスは、メスの体の任意の一点に生殖器を突き立て、精子を血流に乗せて子宮まで運ばせる。その場合、ヒトのオスはどうしたのだろう。カラザス山脈のドワーフから買い付けた、カラザス印のナイフでも用いたのだろうか? そして……傷口めがけて? 興味は尽きないが、広義人類間における多種多様な生殖行為については、いずれまた考察の機会があるだろう。
とにかく、『性別』が資格に存在しなかったため、大評議会のメンバーは数百人から数千人までしぼんだりふくれたりを繰り返した。さて、この大評議会の役割といえば、まずは、役職者を選出することであった。元首(国会兼内閣官房)と、その助言機関である小評議会。ティルトワース司法院。ティルトワース行政院。後には、緊急時の意思決定機関である十頭会。
ここまで来れば、堅固な体制が整った。平民も貴族も、共に刳岩宮の縁に立っており、各々が持つ資本や忠誠心といった独自の手札を重ねていき、大いなる山札を作りあげる仲間であった。しばしば、各々が持つ手札は入れ替えられたのである。こうしてティルトワース共和国はおおいに栄えた。偉大なるエルフの航海士、ル=ヰケラによるヰケラ海流の発見もこのころである。
そして絶頂期を迎えたそのとき、北の蛮族、ルーストリア人が攻めてきたのである。
第三期は、ティルトワースの降伏から始まり、現在まで続いている。
カラザス山脈にそって南下してきたルーストリア軍に対して、大評議会は暫定的な意思決定機関である十頭会を立ち上げ、ことにあたった。十頭会の結論は速やかなる降伏だった。なにしろろくな軍隊が存在しなかったからだ。ティルトワース共和国は、ルーストリア占領政府に全ての権限を引き渡した。このときティルトワース共和国は消滅し、ティルトワース市となったのである。
だが、占領政府はすぐさま災厄に襲われた。刳岩宮からあふれ出た魔物と、魔物が媒介する病気によって、ルーストリアからやってきた人々はたちまちのうちに壊滅した。かかる事態を待ち受けていたティルトワース人は、ただちに政治の中枢からルーストリア人を叩き出して、政体を元の通りにしてしまった。大評議会が復活し、資本家は秘匿していた資金を投下して冒険事業を再開した。ルーストリアは何度か鎮圧を試みたものの、まったく無駄に終わった。刳岩宮を扱えるのは、ティルトワースが長きに渡り鍛え上げてきた共和制のみだった。
かくしてルーストリアは妥協を余儀なくされた。ルーストリア本国より出向した郡長官の下に、大評議会も小評議会もティルトワース司法委員会もティルトワース行政委員会も、そのまま残った。元首の存在だけはさすがにルーストリアも譲れないところであったが、どさくさに紛れて恒久化した十頭委員会は、それをあっさり認めた。「ティルトワースにあっては、人みな冒険者」。元首があろうとなかろうと、ティルトワース人は刳岩宮の縁にあって手札を分け合う仲間であった。
このようにしてティルトワースは、本来ルーストリアには存在しない行政区画である『郡』の名を冠することとなった。享楽的かつ柔軟かつ団結心が強い、この奇妙な共同体は、今後も刳岩宮を中心に繁栄を続けることであろう。いつであれ、終わりが来るまで。




