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粘菌術師吉良ハガネのダンジョン博物誌  作者: 6k7g/中野在太
第六話 『友好的』な魔物
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『友好的』な魔物⑭

 ハガネはディランに向き合い、その長身を見上げた。


「やったな、ディラン」

「男前になったろ?」


 ディランはにやりと笑った。


「マーベラス。冒険者とはそういう考え方をするものなのか。治す必要はないんだな」


 ハガネは呆気にとられたような顔で答えた。


「オイオイオイオイ! それとこれとは別だろ! 奥歯全部無いんだぞ今! すぐ治してくれよ!」

「ディランは難しいことを言うな」

「うそだろ、今のどこがどんな風に難しかったんだよ」


 ちょっとふてくされながらも、ハガネはディランの肉体を癒やした。折れた骨が繋がり、割れた歯が生えてくる。


「うえっ、きもちわるっ」


 新しい歯が歯茎を押し上げる気分というのは、控え目に言っていいものではない。それが通常の何千倍もの速度で行われるのだから尚更だ。

 ディランは生えかわった歯をまとめて吐き捨て、大きく伸びをした。

 それからルヴァールとハガネに背を向けた。その先には、いとしき者たちがいる。


「ヒターリア! ハイリエ!」


 ディランが名を呼ぶと、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたヒターリアが飛びついてきた。


「うううう! ばか! ほんとにあんたは……もう、ばか! 心配した、心配したぁ!」

「悪かったよ。でも勝ったぜ。歯もきれいになったし」


 ヒターリアは何も言わず、顔をディランの胸に押しつけて泣き続けた。


 ちょこちょこと近寄ってきたハイリエが、ディランの腰の辺りをぽんぽんと叩いた。それから、頭をこすりつけた。自分がネジでディランがネジ穴でもあるかのように。


「帰ってワイン呑もうぜ」


 ヒターリアの背中をあやすように撫でながら、ディランは朗らかに言った。ヒターリアは顔を上げて、泣きながら笑った。


「ウーガルーの十五年ものでいい?」

「アイアンスケール印の無加糖ものだ」


 勝者は望む物を獲得して去り、敗者は地にまみれる。ルヴァールは砂を噛みながら、両断された純銀製六角根を強く握りしめる。


(……せめて、バンシーだけでもッ!)


「決闘は君の敗北に終わったはずだぞ、ルヴァール」


 ハガネが純銀製六角棍の先端を踏みつけた。


「このまま引き下がれば、ルーストリア国教の権威は地に落ちますな。拙僧の見立てでは、バンシーを殺し、然る後、暴徒などに八つ裂きにされるべきなのです」


 朽ちるのであれば殉教の徒として! ルヴァール、恐るべき決意!


「そんな必要はなかろう、ルヴァール氏」


 と、フィッチ議員がルヴァールに手を差し伸べる。


「これは純然たるティルトワース式の解決だ。あなたはディラン君のやり方が気にくわなかったし、ディラン君はあなたのやり方が気にくわなかった。ゆえに、殴り合った。そして、あなたは負けた。それだけのことだ。ここにいる誰もがそのように認識している」

「しかし、拙僧は……」

「ルーストリア本国には、私からよしなに言っておく。最初に言ったはずだ、政治的な問題ではないと」


 ルヴァールは唖然とした。フィッチ議員が言外に匂わせたのは、政治的な問題に『ならない』ようとりはからうということだ。


「あなたが、それをするのですか」

「個人的に、焚き付けた責任は感じている。念を押すが、あくまで個人的な責任だ」

「拙僧は……拙僧は、あなたに感謝します。ディマ・フィッチ議員」


 おずおずと伸ばされたルヴァールの手を、フィッチ議員は力強く握った。

 このあたたかな光景に、物見高き人々は拍手を送った。政治的対立の垣根を越え、超保守派の議員がルーストリア国教の者に手を差し伸べたのである。ああ、博愛と寛容!


 この時、フィッチ議員がほんの一瞬だけ浮かべた狡猾な笑みに気づく者は一人としていなかった。

 フィッチ議員は、ルーストリア国教の内部に駒を一つ得たのだ。


 それが如何なる事態を招くのか知る為には、歴史のページを更に捲らねばならぬだろう。そしてページは未だに空白で、フィッチ議員は望み通りのことを書き込める余白を得たのだ。



 さて、その後のことである。


 大評議会は本件後、バンシーをティルトワース郡に持ち帰らぬよう、新しい法律を制定した。フィッチ議員の提案である。

 痛ましき犠牲を悼む意味で、これは『オルダン法』と呼ばれた。

 オルダン法は異例のスピードで公布、施行された。ルーストリア国教信者のロビイングがあったが、これを先導した者こそ、レイス専門戦闘坊主ルヴァールであった。

 その後、フィッチ議員とルヴァールが蜜月であるという噂が、大評議会内部に流れた。果たして噂の発生源はどこであろうか。ただ一つ言えるのは、権謀術数渦巻く大評議会の魔手から、もはやルヴァールは逃れ得ないということであろう。

 


 銅鉄一家について。



 石造りの迷路たる第六層は、身も凍るような肌寒さである。

 松明を手に迷路を進むは銅鉄一家、だが今回の冒険にはサポートゲストが同行している。

 ヒターリアである。


「ここが……ハイリエの郷なんだね」


 ショールをかき抱き、ヒターリアは体を震わせた。そんなヒターリアに、ディランがマントをかけてやる。


「ありがと」

「冗談抜きに寒いからな、ここ」


 クエスト報酬は満額支払われ、ディランは装備を新調した。新しいギャンベソン、新しい片手剣、仕立てのいいマント、そして古今無双の魔法耐性を誇る石盾。


「ハイリエは寒くないのかな」


 ヒターリアの傍らには、ハイリエが寄り添う。第六層で出会った時と同じく、衣服はまとっていない。


「……きた」


 ティレットがうめいた。彼女の恐怖にレイスが反応したのだ。『肩たたき行動』である。


「好きにして」


 さんざん恐怖を啜りあげられたティレットは、投げやりな態度である。壁によりかかり、レイスの『すり抜け行動』に身を任せるがままだ。

 やがてレイスが実体化、群衆化する。


「ほら、ハイリエ。オマエはあっちに帰るんだよ」


 ディランは、腰を落として目線をハイリエにあわせた。分かっているのか、いないのか。ハイリエはディランの瞳をじっと見返している。


「俺たちとは、もう一緒にいられないんだ。オマエにはオマエの住む世界があるんだ。だから、帰るんだよ、ハイリエ」


 ハイリエは手を伸ばし、ディランの頬に触れた。小さな手で、形をたしかめるように、撫でた。ディランの顔に、頭をぐりぐりと押し付けた。

 自分がネジで、ディランがネジ穴でもあるかのように。

 二つのものが、対であるかのように。


「ハイリエ」


 ヒターリアがハイリエの肩に手を置き、レイスの方に押しやった。ハイリエは肩越しにディランたちを見つめた。


「楽しかったよ、ハイリエ。ありがとね。こんなあたしでも、また家族ができたみたいだった」


 立ち止まったまま、ハイリエはレイスの群れとヒターリアを交互に見た。戸惑っているかのようだった。


 レイスたちが、ハイリエを見ていた。冷たい死の静寂の内に、あたたかな共感と愛を込めた瞳で。

 ひとりのレイスが、しゃがみこんで大きく手を広げた。ハイリエはそろそろと、やがて少しだけ速く、最後には大きく駆けてレイスの群れへと飛び込んでいった。

 たちまちハイリエは、レイスの作る闇の中に飲み込まれた。


 ディランはしばらくレイスを見つめていたが、結局は踵を返した。


「よし、これで今度こそクエストは終わりだな。帰ろうぜ、みんな」

「は、はい! おなかすいたあ」

「もうレイスの調査ができないのは残念だ。このマーベラスな魔物には、解き明かすべき謎がまだまだ山盛りだぞ! バンシーとレイスの出現に存在する相関関係の原因も、まだ突き止められていないんだ」

「勝手にやってくれよ」

「だが、ティレットが怖がってくれないとレイスの調査はできないんだぞ。ティレット、僕の博物――」

「愚問」


 いつものやり取りを交わしながら、銅鉄一家は帰り道を往く。

 

 立ち止まったヒターリアが、肩越しに迷宮の闇を観た。レイスの群れの中に、一つの面影を探した。そんな奇跡がありはしないかと、わずかに期待を込めて。

 それから首を振って苦笑いを浮かべ、銅鉄一家の面々に追いつくよう、小走りに走り出した。


「あのさ、ディラン」


 ディランに追いついて、ヒターリアは声をかける。


「アタシ、縁談受けることにした」

「そっか。そりゃあいいことだな」


 ディランの即答である。ヒターリアは面食らった。


「え、うそ。オイオイオイオイとか言わないの?」

「オイオイオイオイ! 俺をなんだと思ってんだよ! ヒターリアがいなくなるのはさみしいけど、結婚した方がいいって決めたんだろ?」

「あー……こういうやつだったわ」


 ヒターリアはため息をついた。自分に対してである。ディランのどんな反応を期待していたのか、即答されてから気づいたのだ。


「ま、辛くなったらすぐ逃げて来いよ。俺がなんとかするから」

「いいわよ別に。アタシ、一人でもけっこう生きていけるし。こないだの4000ルースタル、貿易株でもう2倍にしたから。

 ……まあでも、おじいちゃんが選んだ人だったら、きっと良い人だと思うからさ」

「そりゃ、オルダンの選んだ男だからな。きっとヒターリアのこと、幸せにしてくれるさ」


 ヒターリアは少しだけさみしげな微笑みを浮かべた。だがそれは一瞬のことだった。


「んひゃ!」


 なぜなら、だしぬけに生あたたかさを感じ、悲鳴を上げたからである。


「なっなに? 今、なんか、ぬるかったんだけど……」

「レイス」


 ティレットが端的に答えた。


「ええ? アタシ、別に怖がってなんか――」


 振り返ったヒターリアは、目を丸くした。

 一人のレイスが、バンシーの肩に手を置き、ヒターリアに顔を向け浮かんでいた。

 ヒターリアは、そのレイスの顔を、そのバンシーの顔を、よく知っている。


「……アタシ、幸せになるよ」


 ヒターリアは涙をこぼしながら微笑んだ。


「さよなら、おじいちゃん。愛してる」


 そしてレイスとバンシーに背を向け、二度と振り返らずにまっすぐ歩き出した。


「バンシーを追いかけてレイスが地上に出てくるっていうの、さ」


 颯爽と歩くヒターリアの背中を追いかけながら、ディランが言った。


「それって、家族だからなんじゃないかな。間違ってるか?」


 ハガネは顎に手を当てて、ディランの言葉を吟味した。


「間違っていようと正しかろうと、事実が変わるわけではない」


 ハガネのそっけない答えに、ディランは頭をかきむしった。


「オイオイオイオイ! オマエほんとになあ!」


 そこでディランが言葉を切ったのは、ハガネの浮かべている表情に気づいたからである。

 実に珍しいことに、ハガネは穏やかに微笑んでいたのだ。


「だから、信じることは僕たちの自由だ。そうだろう、ディラン?」


 ディランは満面の笑みを浮かべて、ハガネの背中をばしばし叩いた。それから、ヒターリアを追いかけて走り出した。



 ヒターリアはその後、嫁ぎ先で末永く幸せに暮らした。

 ときおりティルトワースの方角を見つめて寂しそうな顔をすることもあったが、一人目の子供ができてからはそんなこともなくなったと言う。

 十五日に一度の頻度でディランのところに手紙が届いたが、二人目の子供ができてからは滞りがちになり、やがてなんの前触れもなく途絶えた。

 ディランはそのことに少しの切なさを覚え、そしておおいに満足した。


 切なさを覚えたのは、どうやら自分がヒターリアのことを愛していたらしいと気づいたからで、おおいに満足したのは、ひととき愛した女性がいま幸福の内にあるからであった。

 ディランは善人だが、血の巡りの悪い男である。とくに、自分の利益になりそうなことに関しては。

第七話『『友好的』な魔物』おしまい。


舞台設定を公開する『なぜなにティルトワース 超拡大版』更新ののち、『アックス』が出た後の『ガロ』ぐらい超不定期更新になります。あしからずご了承くださいませ。

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