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粘菌術師吉良ハガネのダンジョン博物誌  作者: 6k7g/中野在太
第六話 『友好的』な魔物
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『友好的』な魔物⑫

 決闘! この言葉を聞いて心躍らぬティルトワース人がいるだろうか?

 まだティルトワースが若く、熱く、なにもかもが新鮮で獰猛で非課税だった時代から、決闘こそ冒険者の誉れであった。酒場に集う荒くれものたちは、諍いの種がかれるのを、さっき注文したワインと同じぐらい渇望していたものである。

 気にくわない者がいれば、すらりと抜刀し、たちまちの内に斬殺! なまあたたかい血とぬるいワインと熱い喝采、これぞタフな冒険者の生き様だ。


「いいぞ、やれー!」「殴り合え! 殺し合え!」「早くどちらかがバラバラになるのが見たい!」「死ぬまでやれよ! 手加減するな!」「トレント野郎をぶちのめせ!」「なんの! ルヴァール様が勝つに決まってる!」


 フィッチ議員の言葉は、ルーストリア国教の信徒までも熱狂させた。この場の全員が、ただちに決闘を望んだのである。ルヴァールは枝垂れ柳のような指でこめかみらしきくぼみを抑えた。


「……さすがはフィッチ議員ですな」

「見物人の一人が、ティルトワース人としてティルトワースらしい解決法を提案しただけだ、ルヴァール氏」


 ルヴァールの皮肉を、さらりと受け流すフィッチ議員だった。


 こうなってしまえば、ルヴァールも引き下がれない。味方であるはずのルーストリア国教信徒までが決闘を後押ししているのだ。


「いいでしょう。拙僧とて戦闘坊主。ゆめゆめ容易く斃されるとは思わないことですな」

「ティルトワース人らしい、佳い返事だ。さあ、吉良議員」

「僕はやらないぞ」

「は?」


 フィッチ議員は、ハガネの言葉に面食らって絶句した。


「今、なんと言った?」

「だから、僕はやらないぞ。どうして決闘する必要があるんだ。お互いに独自のやり方で調査を進めればいいだろう」

「……そうか。君はそういう人間だったな」


 フィッチ議員は眉をひそめて小声でうめいた。ハガネが決闘による解決を望むような人間であれば、フィッチ議員は、マーマン事件の際に一族郎党まとめて骨すら残らず消滅していたはずだ。


「だが、君を止めるつもりはない」


 演壇に飛び込んできた人影に対して、ハガネは声をかけた。


「俺が、やる」


 ハガネの声に、ディランは短く応えた。



 演壇が片付けられて囲いだけが残り、そこが決闘場となった。

 ルヴァールとディランは対角線上で静かに向き合い、開始の時を待っている。


「改めて言うが、君が出て行けばすぐに解決する問題だ、吉良議員」


 囲いの外の最前列、長いすを置いただけの貴賓席に、ハガネとフィッチ議員が並んで座っている。


「やらないと言った。二回もだ」

「……まったく、思い通りにならない男だな」

「そう言うが、笑っているように見えるぞ、フィッチ議員」

「君と再び対立した時のことを想像しているんだ。どのように叩きつぶしてやろうかと」

「そうか。だが、あなたと決闘はしないつもりだ」

「当たり前だ。一秒かからず消し炭にされてたまるか」


 ハガネとフィッチ議員が会話を続ける中、柵にもたれかかったディランは、深い集中の中に沈んでいる。

 レイス専門戦闘坊主。強さのほどは未知数だ。ルヴァールが操る魔法にしても、ディランが直接目にしたわけではない。


「おい、枝っきれ野郎。あんた、レベルはいくつなんだ?」

「そういうディラン殿は?」

「俺か? 俺はレベル24だ」


 ティルトワースのみならず、迷宮を擁する全ての土地にとって、レベルとは即ち到達層のことを指す。個人的資質、信頼のおける仲間の数、資金の多寡――迷宮攻略には、ありとあらゆる能力が問われる。総合的な指標として、到達層ほど明快な物差しは存在しない。


「24。それはそれは。深層に食い込む実力をお持ちですか」


 ディランは重々しく頷いた。


「拙僧はあくまでレイス専門の戦闘坊主ゆえ、あえて刳岩宮に挑むような機会はそう多くありませんが……レベル38です。ディラン殿とは良い戦いになるでしょう」


 ディランは再び重々しく頷いた。


 ディランがかくも真剣な表情を浮かべているのには、わけがある。

 レベル24という数字が、ハッタリでしかないのだ。


 第24層をうろついた経験はある。しかし、ハガネに引きずり回されてのことだ。襲い来る魔物は、ハガネが蹴散らすか捕集した。ディランはといえば、恐怖のあまり号泣しながら、壁にへばりつく発光性のコケを採取していたのである。

 ディランの実力を正しく問うとすれば、死力を尽くして第17層の入り口が関の山。フェアリーの一群にでも襲われれば、まずもって即死だろう。


 だが、全力の虚勢すら踏み越えてくるのがルヴァールであった。彼我の実力差はレベルにして2倍以上。このような場合、通常は戦闘が成立しない。

 ティルトワースの諺にいわく、『一尾のイワシが漁師の指を打ち』。無意味、ということだ。


「……どうしよう」


 ディランは尚も重々しい表情を浮かべながら、口の中で小さく呟いた。そして、蘇生費用をフィッチ議員からの報酬で相殺できるかどうか、真剣に計算をはじめた。


「では、はじめるとしましょうか」


 ルヴァールが純銀製六角棍の先端をディランに向けた。


(魔法を盾でしのいで斬り込む……これしかねえ!)


 ディランは大盾をがっしと構え、腰を深く落とした。


「拙僧の見立てでは――」


 ルヴァールが言葉を発し、ディランは耳を傾けようとわずかに油断……その瞬間に放たれる無数の光弾!


「うわっうわうわうわうわっ!」


 飛来する光弾をディランは盾で受ける。耳障りな軋み音とともに、大盾が内側にへこんでいく!


「冗談だろ……この圧力ッ!」


 盾を突き出し、腰を落として前進を試みるが、不可能! ディランはじりじりと後退!


「キエエエエッ!」


 奇妙なかけ声と共にルヴァールは光弾連射! 耐えるディラン!


「オイオイオイオイ……! ぐへぇっ!」


 盾の受け値が限界を迎え、のけぞったところに光弾直撃! ディランはちぎれたギャンベソンの破片といっしょに吹っ飛んだ。


「意外ですな。拙僧の見立てでは、今の攻撃でディラン殿は死んでいたはずなのですが」


 ディランは剣にすがって立ち上がった。歴戦のギャンベソンは見るも無惨な有様で、あちらこちらから木綿の下着が覗く。盾もくの字に曲がっている。


 ディランは口から唾液混じりの血を吐き捨て、再び盾を構えた。

 実力差は明白。一合にて勝負は着いたと考えるべきだろう。ここから先は、ただの悪あがきだ。


「だが、ハイリエはやらせねえ」


 ルヴァールは無言で光弾を放った。ディランは無言で吹き飛び、地面を転がった。

 立ち上がったディランだが、右手の人差し指が盾を掴めていない。脱臼ないしは骨折である。


「吉良議員、君の仲間は負けるぞ。そうなるとバンシーは殺されるわけだが、君はどうするつもりだ?」

「フィッチ議員、あなたは僕を試したがっているようだが、その質問は無意味だ。ディランは今のところ立っていて、戦う意志を見せている」


 フィッチ議員は返事のかわりに肩をすくめた。


「拙僧の見立てでは、ディラン殿には防具の交換が必要ですな」


 あざけるようなルヴァールの物言いだった。なぶり殺しにする腹づもりか。敬虔な信徒の信仰心を高める手段としては常道である。


「いらねえよ」


 ディランは右手人差し指を握り、力を込めて押し引きした。激痛に顔をしかめながらも人差し指をはめ直し、盾というよりはかつて盾だった金属片を構え直した。戦闘意志継続!


「魔法を、盾でしのいで、斬り込む」


 ルヴァールの無慈悲な光弾! 光弾! 光弾! 一撃を浴びる度、人形のように無抵抗に打ちのめされるディラン!


 盾が持ち手を残して全壊! ギャンベソン喪失! 光弾を受けたディランの顔面は凄惨に変形!


 右鎖骨開放骨折! 左膝前十字靱帯亜断裂! 左半月板損傷! 左尺骨粉砕! 


 だが、止まらぬ! 持ち手のみとなった盾を構え、剣をしかと握りしめ、それでもディランは歩みを止めぬ!


「魔法を……盾でしのいで……斬り込む……」

「蘇生費用はあなた持ちですか、ディマ・フィッチ」


 ルヴァールがうんざりしたように問いかけた。


「何故私が? だが、私が発注した個人的なクエストの報酬を、支払いに充てられるだろう」


 フィッチ議員は忌々しげに答えた。


 ハガネは無言で戦いの様相を見つめていた。


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