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粘菌術師吉良ハガネのダンジョン博物誌  作者: 6k7g/中野在太
第六話 『友好的』な魔物
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『友好的』な魔物⑧

 一方、ディランたちの帰路である。


「うすのろ、あの男の顔を見たろう? 生意気な若造め、いい気味だ」


 ハイリエを背負ったオルダンが、得意げな顔をする。


「いやあ、痛快だったぜ! やるなあ、じいちゃん!」

「血の巡りの悪いやつだった。あの程度の者に持たれる金が哀れで仕方ない」

「ほんとにな!」


 ディランとオルダンは声を揃えて笑った。


「まったく……めちゃくちゃなんだから」


 ヒターリアがつぶやけば、背負うディランがにっこりした。


「やっと笑ったな、ヒターリア」

「あんなの、誰だって笑うに決まってるじゃない」


 小声にも、張りがある。ディランはますます笑顔になった。


「疲れたろ、ヒターリア。今日は仕事なんてほっといてさ、みんなで家にいようぜ」

「そうする」

「当たり前だろ! おいしいもん食べようぜ! オステリアに言ってなんか作ってもらうからさ!」


 ヒターリアは、ディランの首にほほを当てた。


「ごめんね……甘えていい?」

「おう、甘えろ甘えろ。俺、でかいからな。甘え甲斐あるだろ」

「ありがと。おじいちゃんも」

「お前を泣かせる者は許さん。誰であれ、だ。ましてあのようなうすのろなど! 嘆かわしい!」


 冬の風が吹き抜ける小路である。ヒターリアは、ディランの体に回した腕に、力を込めた。


「おおきいね。アンタの背中」

「そうだろ」

「アタシ、重くない?」

「盾よりゃ軽いさ」


 笛のように神経質な音を立てる冬の風が、一時、止んだ。


「アタシ……アンタと一緒にいていい?」

「そもそも一緒に住んでるだろ? ああ、もしかしてあのオッサンの言ったこと気にしてんのか? ほっとけ、あんなバカ! ハガネも言ってたろ、その……相関とか、因果とかさ!」

「言ってたね」


 ヒターリアは笑ったが、それは苦笑であった。この分では、気持ちをどれほどまっすぐ伝えたところで、理解されるか怪しい。

 ディランは善人だが、血の巡りの悪い男である。とくに、自分の利益になりそうなことに関しては。

 それでも、心づくしの慰めは、暖かい。冬の小路にあって、ヒターリアの胸に春風のような疼きを覚えさせる。

 相関と、因果。そんな風に思えば、佳いのだろう。ハガネはバンシーについて語っただけだが、ヒターリアの心は、ほどけていた。


「ハガネと言ったか、あの男は物の道理が分かっておる。ああいう男が金を掴むのだ。ヒターリア、あの男となら結婚してもいいぞ」

「……バカ。ディランもなんとか言ってよ」

「ハガネだけは止めとけ」


 ディランは即答した。


「いや、俺があいつのこと嫌いってわけじゃないぞ! でもあいつと一緒にいると、とにかく振り回されるんだ。付き合えるのは俺ぐらいだからさ。こないだなんか、長虫ワームのうんこを探す羽目になったんだぜ」


 ディランは、ハガネと共に繰り広げたろくでもない冒険の数々について語った。振り回されることを喜んでいるとしか思えない、熱心な語り口であった。


 ヒターリアは、得心がいくのを感じた。ディランはきっと、男友達とつるんで遊ぶのが一番楽しいのだ。気が合う同性との気の置けない冒険は、居心地よく感じられるだろう。娼婦仲間と小さなカフェに集まり、下らない話をするのが、ヒターリアにとって楽しいように。


「これは大変だわ」

「だろ? 大変なんだよ」


 ヒターリアの呟きを、慰めと受け取ったのか。ディランはうれしそうに、そう言ったのである。


「実に大変だ」


 と、オルダンまで、ヒターリアに付き合って皮肉を言う。ヒターリアとオルダンは顔を見合わせて、いたずらっぽく笑った。そっくりの笑い方であった。


「今日ぐらいはぶどうのワインがあってもいいだろう、ヒターリア」


 オルダンが、少しばかり甘えるような言い方をした。


「どこにそんなお金があるのよ」

「お前が4000ルースタル持っている」

「4000って……あれ、本気だったの?」

「わしはお前からバンシーを買った。帰ったら契約書を書くぞ」


 オルダンの性格である。反論しても無駄だろう。ヒターリアは頷いた。


「ウーガルーの15年ものでいい?」


 オルダンは満足そうに唇の端を持ち上げると、


「アイアンスケール印の無加糖ものだ」


 そう付け足した。



 そしてその日の夜、オルダンは息を引き取った。



 水平線に沈み行く太陽を一望できる、かさご屋のテラス席である。


「悪いなあ。そんなわけで、今日はこれからワイン呑むってことになっちゃったからさ」


 ハイリエを膝に載せ、ディランは心底申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「別に、いい」


 とは、本日のレイス調査が流れてほっとしているティレットの言葉だ。


「そ、そういうことなら、ヒターリアさんについててあげて」

「ありがとな、メイ。ティレットも。ハガネ……あれ? ハガネは?」


 テラス席に、ハガネの姿はない。


「お、お部屋にこもってるよ。調べたことを、まとめるって言ってた、かも」

「そっか。邪魔しちゃ悪いな。降りてきたらかわりに謝っといてくれ」


 立ち上がろうとしたディランに先んじて、ハイリエがぴょこんと飛び降りた。


「どうした?」


 あらぬ方をじっと見つめる、ハイリエである。ディランが背後から声をかけても、振り返ろうとしない。

 唐突に、ハイリエが手を伸ばした。なにかを叩くような素振りであった。それから、中空に向かって頭突きを繰り出したのである。


「……は?」


 意図を図りかねる行動だった。だが、ハイリエが何を考えているかなど分かりようもない。


「行こうぜ、ハイリエ。今日はなんか食えるといいな」


 両脇に手を差し入れてハイリエを持ち上げ、そのまま肩車する。ディランの肩の上で、ハイリエは尚も、中空に手を振り回し続けた。


「オイオイオイオイ! 暴れるなって! 落っこちたら痛いぞ!」


 声を上げていさめるも、ハイリエが止まる気配はない。一心不乱に手と頭を振り回すばかりだ。


「……きた」


 ティレットがうんざりしたように言った。何といえば、レイスであろう。

 肩たたき、すり抜け、実体化、群衆化。クエスト受注以後、何度となく見た光景である。ディランはハイリエを肩車したまま、面倒くさそうに剣を抜いた。


「オイオイオイオイ、今年はやけに多いじゃねえか」

「う、うん。こんなに町中に出現ポップするのは、はじめて、かも」

「ここだけ片付けてから出るわ。メイ、悪いけど頼む」

「は、はい」


 メイも、かなりあけすけにぞんざいな態度で、銅硝子に指を添えた。



「やれやれ、時間かかっちまったなあ」


 レイスを片付けたディランは、陽の落ちた街路を足早に駆けた。まず間違いなく、オルダンは激怒するだろう。ヒターリアからの小言の一つも、覚悟しなければなるまい。

 集合住宅の軋む階段を駆け上がり、部屋の扉を開ける。ディランは思わずつんのめった。


「お、オイオイオイオイ? どうしたんだこりゃ?」


 暗闇なのである。火も焚かれず、鎧戸も降りている。ディランは手探りで闇の中を這い回り、オイルランプを見つけて火をつけた。


「オルダン、ヒターリア? いるのかあ?」


 部屋中のオイルランプを付けて回る。安い魚油特有の、真っ黒い煙と悪臭をまき散らしながら、ともかく部屋の全容が照らされた。


「ヒターリア、どうしたんだよ」


 ヒターリアは椅子に座って、ぼんやりと机の上の料理を眺めていた。ディランの声に反応する様子はない。


「オルダン?」


 一方でオルダンはといえば、寝床に横たわっている。仰向けになって、腕をベッドの縁からだらりと垂らしているのが奇妙だった。


「オイオイオイオイ、なんだよこりゃ? そりゃ少し遅れたけどさ、先につぶれちまうことはないだろ!」


 努めて明るい声を上げる。不安と焦燥に、心臓が激しく動き出すのをディランは感じていた。


「ヒターリア! メシと酒だろ?」


 びくっと身をすくめたヒターリアが、ディランの顔を見上げる。


「ああ……そうよね。おいしいもの、用意したもんね」


 虚脱したような笑みを浮かべながら、ヒターリアは頭をかいた。頭をかいたその手を顔の前に持ってきて、不思議そうに見つめた。場違いな侵入者を見るような、呆気にとられた表情だった。


「オルダンも! 寝てる場合じゃないぞ、ウーガルーのワインは最高だからな!」


 声をかけるが、オルダンは動かない。

 ディランはとっくに気づいていたのだ。オルダンの胸が、呼吸に上下していないことを。


「…………な、なんでだ?」


 自分で想像している以上に、間抜けな声だった。ディランはすぐさま悔やんだ。


「分からないのよ。料理を取りに行って……戻ったら……」


 ヒターリアの声は限りなく細い。オイルランプの光は弱々しく陰気で、ヒターリアの表情をディランは見通せない。


 状況を理解するだけの時間もなく、更に信じがたいことが起きた。


「やはり、こうなってしまいましたな」


 とば口に、レイス専門戦闘坊主のルヴァールが立っているのだった。

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