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粘菌術師吉良ハガネのダンジョン博物誌  作者: 6k7g/中野在太
第六話 『友好的』な魔物
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『友好的』な魔物④

 その夜、かさご屋のテラス席にディランは姿を現さなかった。レイス調査の約束を、パーティリーダーがすっぽかしたのである。前代未聞の事態であった。


「ディランくん、な、なにをしているんでしょうか……」

「愚問」


 メイの言葉に、ティレットはとげとげしい声で答えた。ハイリエにつきっきりになっているのだと、容易に推察された。


「ディランがいなくても問題ないだろう。ティレットがいればレイスは観察可能だ」


 ティレットは黙ってハガネを睨みつけたが、きょとんとされてため息をついた。


「待つだけ無駄」


 立ち上がり、ティレットはマントを羽織る。氏族の紋章たる片翼のツバメを刺繍したマントは、メイの舌を巻くべき技前によって完璧に染み抜きされていた。


「あ、あの、ティレットちゃん、へいき?」

「……愚問」


 少し間を置いて、ティレットは言った。然り、愚問である。冒険者にとって重要なのは、とりもなおさず懐のあたたかさだ。

 だが、ティレットの表情は見る見る内にあおざめていった。昨日の恐怖、やすりがけのように正気度が削られていくあのおぞましさを、思い返してのことだろうか? 否! そうではない!

 ティレットが、氏族の宝剣たるつばくろ丸の柄に手をかける! 即ち、接敵!


「肩……今……」


 忘れもせぬ、あの生暖かさである。レイスの肩たたき行動!


「なにか、いる」

「レイスが? 刳岩宮の外でも発生するのか?」

「うーん……め、珍しいけど、ないことじゃない、かも」

「うそ」


 ティレットは絶望のあまりふらついた。


「ひゃああああ!」


 ティレットは絶叫して腰を抜かした。これは、レイスのすり抜け行動に他ならない! 巨人の舌に内臓を舐められたかのような、嫌悪感を伴う生ぬるさ!


 レイス実体化! とりとめのない表情を浮かべる、半透明の老人!


「マーベラス!」


 ハガネは椅子に座ったまま一声叫び、スケッチをはじめた。


 またもや昨日と同じ、悪夢のような光景であった。レイスが次々に実体化し、その数といえばテラス席を産め尽くさんばかり。


「は、ハガネくんっ!」

「実体化中には採餌行動を取らないのか? いや、そもそも『肩たたき行動』と『すり抜け行動』はレイスにとって食事なのだろうか? しかし、それ以外に合理的な説明がないのも確かだな。雲を掴むようだ! もっと研究したい! マーベラス! 実にマーベラス!」


 メイが声をかけるも、ハガネは聞く耳を持っていない。早口で絶叫しながら、凄まじい勢いでペン先をすり減らしている。


「ああああ……ああああっ……」


 ティレットの正気度が激減! このままでは発狂してしまう! 発狂の状態異常デバフがついたメンバーは敵味方問わず攻撃をはじめる可能性があり、非常に危険だ!



 その時である!



「天の御座におわす我らの父よ。慈しみ深き父よ。私は彼の罪を知り、私は彼を哀れに思う」


 謎めいた詠唱が寒風を裂いてテラス席に朗々と響き渡る。メイとハガネが視線を送った先には、異様な長身を誇る法衣姿の木人トレント。枝垂れ柳のような指を、身長と同じ長さの純銀製六角棍に絡めている。

 トレントが純銀製六角棍を腰だめに構え、先端をレイスに向けた。虹色のパーティクルが無から生じ、純銀製六角棍の先端に凝集した。


「父よ、慈しみ深き父よ」


 足を大きく開いて腰を落とし、純銀製六角棍を構える姿は、まるで手持ちの大砲を掲げる兵士である。


「哀れなる彼を私は導き、彼は父の御許に遊ぶを許される」


 詠唱完了と同時に、凝集した魔力が散弾のごとく放たれた! 発射反動で純銀製六角棍が跳ね上がり、トレントの体が数十センチ後退する!

 飛来する無数の魔力散弾! レイスに着弾! 虹色の小爆発! テラス席はわずかの間、曙光を浴びたかのように明るい!


 小爆発の名残の煙が、寒風に吹き散らされていく。無数のレイスは、全て霧散していた。


「危ないところでしたな」


 トレントが重々しく口を開いた。ハガネとティレットは、あらためてトレントに視線を向けた。


「拙僧はルーストリア国教のレイス専門戦闘坊主、ルヴァールと申します」

「吉良ハガネだ。よろしく、ルヴァール」


 抜かりなく装着していた偏光グラスを外しながら、ハガネは頭を下げる。


「冬枯れの時期は、死者の魂が温もりを求めてさまよい出るもの。なにかありましたら、拙僧が力になりましょう。では、これで」


 と、きびすを返したルヴァールが、立ち止まった。


「おーい、いるかあ? 遅れて悪いなあ!」


 ハイリエを連れたディランが、のこのことテラス席にやってきたのである。


「なんか色々あってさ。参っちまったよ」

「ヌッ……キエエエエエッ!」

「は?」


 これは如何に! 奇声を上げたルヴァールが、ディランめがけて純銀製六角棍を繰り出した! 舌を巻くべき速度!


「どういうつもりだ」


 まっすぐ突き出された純銀製六角棍を、ハガネが掌で受け止めた。


「それは拙僧の言葉ですな」


 一撃を止められながらも、ルヴァールは動揺を見せない。純銀製六角棍を引き、枝垂れ柳のような指をハイリエに向けた。


「なぜバンシーがここにいるのですか。人のような格好をして」

「なにか問題があるのか? あなたはレイス専門の戦闘坊主だろう、ルヴァール」

「ゆえに、バンシーをも拙僧は滅します」


 事態を飲み込めぬまま、ディランはハイリエを抱き寄せ、ルヴァールを睨みつけた。


「穏やかじゃねえぞ、枝っきれ野郎が。説明ぐらいは聞いてやるから、ためしに喋ってみな」


 挑発しながら、剣の柄頭に手を置くディランである。このお人好しが、深層の魔物と相対したかのように殺気立っているのだから、ただごとではない凄味を感じる。


「レイスあるところに、バンシーあり。レイスがバンシーを引き寄せておるのだと、拙僧どもは見立てております」

「相関関係があるのか? データがあれば見せてほしい」


 この一触即発の状況にあって、ハガネは目を輝かせはじめている。知的好奇心が他の全てに優先する、粘菌術師の習性であった。


「ティルトワース第三教区支部にお越しいただければ、お見せいたしましょう」

「マーベラス! 明日では?」

「明日は担当の者がおりません」

「オイオイオイオイ! そんなことはどうでもいいんだよ! レイス殺しの枝っきれ野郎が、なんだってハイリエまで殺すつもりかって聞いてんだ!」


 トレント特有の、木のうろのような双眼の見る先、ハイリエはぼんやりと立っている。


「バンシーのあるところには、不審死が増えるのです。なんらかのやり方で、バンシーが人を殺しているのだと拙僧らは見立てております。無論、レイスに人を殺すだけの力がないことなど、拙僧らも知っております。それでもレイス防除に予算が下りるのは、言うなればバンシーを引き寄せぬため」


 ディランは、唖然とした。


「は、はあ……? なんだそりゃ。迷信だろ、どう考えても!」

「拙僧らはそう見立てておりません」

「ばか言え! こんな小さい子が、どうやって人を殺すってんだ! ハガネ、なんか言ってやれ!」

「ふむん」


 ハガネはハイリエを見て、ルヴァールを見て、最後にディランを見た。


「宿主を殺す生物は珍しくない。好蟻性生物こうぎせいせいぶつには、蟻の巣に棲みながら蟻を食べるものもいるぞ。しかし、推論のための手がかりすらない状況だ。どちらとも取れない、としか言いようがないな」

「ああああ! どうしてオマエはいつもそうなんだ!」


 ディランは苛立ちのあまり地団駄を踏んだ。


「ご理解をいただけましたか。では、拙僧は拙僧の仕事をいたします」

「ま、待ってください!」


 純銀製六角棍を振り上げる手が止まる。止めたのは、メイである。


「なにを待たせるつもりで」

「あ、あの……クエストなんです! フィッチ議員からの!」

「ディマ・フィッチの? 失礼ながら、どういう冗談でしょうか?」

「じょ、冗談じゃないです」


 立ち上がったメイは泣きそうな表情ながら、背筋を伸ばし、精一杯、威圧的な態度である。


「フィッチ議員は、れ、レイス調査のクエストを、わたしたちに発注しました。も、もし、レイスとバンシーに関係があるのでしたら、そ、その調査も、クエストの内です」

「故に、このバンシーには手を出すなとおっしゃるのですな、白猫のお嬢さんは」

「は、はい」


 ルヴァールは枝垂れ柳のような指で、どうやら顎らしきこぶを撫でた。


「分が悪い、とまでは思いませぬが、事を荒立てるほどでもありませんな。よいでしょう、ここは拙僧が折れます。あなたがたの内だれか一人でも死ぬようなことがあれば、拙僧らの出番ですな」

「すぐに分かるさ、オマエらが間違ってるってな」

「そうであれば、喜ばしいことですな」


 捨て台詞に皮肉を飛ばし、ルヴァールは去っていった。その姿がかさご屋から消えるまで、ディランは憤然とルヴァールを睨みつづけた。

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