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粘菌術師吉良ハガネのダンジョン博物誌  作者: 6k7g/中野在太
第六話 『友好的』な魔物
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『友好的』な魔物①


 “刳岩宮こがんきゅう”を見出した偉大なるドワーフ、ガッルギリス’。

 彼が迷宮をさまよっているという噂は、今でも後を絶たない。

 その理由は、とある魔物の存在にある。

 冬枯れに潜む、恐るべき魔物――



 石造りの迷路たる第六層は、身も凍るような肌寒さである。

 君は松明の弱い灯りを頼りに、狭く天井の低い通路を進む。ふと、何者かに肩を叩かれて、振り向けば、誰もいない。

 そんなことが何度も繰り返されて、恐怖が心をとらえたときに、彼らは現れる。

 それが、死霊レイスだ。

 彼らは君の恐怖を啜りあげて腹を満たす。一声上げた瞬間、残念ながら君の冒険はそこで終わることになるだろう。君は無数のレイスに取り囲まれ、発狂の瞬間まで休むことを許されない。


「実にマーベラスな生態だ! 非常に興味深い!」

「この場合、『生態』でいいのか? レイスって死人の魂だろ」


 そんな第六層を往くのは、中堅冒険者クラン、銅鉄一家どうてついっか。“粘菌術師”吉良ハガネが興奮すれば、“銅鉄”のディランが口にするのは、当然の疑問である。


「言葉の定義から見直すべきか? だが、『死態』はおかしいだろう」

「いや、それもそうだけど、俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな。つまり、魂っていうんだったら、生前があるはずだろ? だったら動き方なんてヒトそれぞれで、調べる意味があるのかってことだよ」

「それを含めてのフィールドワークだ。故人のライフサイクルをなぞっているのか、それともレイス特有の行動があるのか……有意義な調査だろう、ディラン」

「ま、俺は金になりゃあなんでもいいんだけどよ。そうだろ、ティレット」


 黙って前を歩くティレットに、声をかける。


「愚問。仕事は仕事」

「その通り。仕事はするさ」


 本日の銅鉄一家の仕事は、つまるところ、レイスの生態調査であった。


「しかしまあ、意外な依頼主だよなあ」

「あ、あとで、怖いかも」


 ティレットの横を行くメイは、ぶるりと身を震わせた。然り、今回の依頼主はレイスなどよりずっと恐ろしい。


 では、いかにして銅鉄一家がレイスの生態調査クエストを受注したのか、しばし時を遡ろう。



 そもそもレイスが冒険者の妨げになる機会は、実のところ多くない。

 彼らはヒトを脅かして、その恐怖を啜ると言われている。たしかに肩を叩かれ、体をすり抜けられれば多少はびっくりするが、それで死んだり、呪いを受けたりするわけではない。取り囲まれて発狂するのは、余程のヌーブばかりのものだろう。

 しかしながら、ティルトワース郡はレイス防除に少なからぬ予算を付けていた。ルーストリア国教のレイス専門戦闘坊主がティルトワースに常駐し、月に一度、徹底的な駆除を行っているのだ。


「あまりにも下らん風習だ。我々はルーストリアの属国ではない」


 と、かさご屋のテラス席で一刀両断に断じてみせるのは、ディマ・フィッチ議員である。


「たしかに属国ではないな。ルートリア王国ティルトワース郡なのだから」


 ハガネが無神経な物言いをして、銅鉄一家の面々は頭を抱えた。フィッチ議員はティルトワース大評議会きっての保守派であり、ティルトワースの独立を訴えているのだ。


 だが、フィッチ議員は気を悪くした様子もなく、言葉を続けた。


「レイス利権に関する問題は非常に複雑で、うかつに切り込めばこちらが傷を負う。雪山郡長官は体制側で頼りにならない。と言って、竜冠組で解決できる問題でもない」

「そこで、僕の出番というわけか」


 フィッチ議員は頷いた。


「マーマンの件では吉良議員におおいに救われた。そのことを忘れるつもりはない」


 と言いながら、好戦的な目つきでハガネを見据える。メイとディランは、震え上がって言葉も発せない。


「何をすれば」


 ティレットが端的に問うた。


「生態調査だ。君たちの得意分野だろう」

「え、い、いや、俺たちが得意ってわけじゃなくて……」


 弱々しく抵抗を試みれば、フィッチ議員に目線を向けられ、萎縮してしまうディランであった。


「ただちに結果が出るとは思っていない。だが、事実の積み重ねこそが重要であると私は考える。やってくれるか、吉良議員」

「レイスの生態にはかねてから興味があった。ディラン、どうする?」

「え、俺? 俺がそういうの決めるの?」

「リーダーは君だろう」


 ディランは腕を組んで、考えるふりをした。実際のところ、冷や汗を流すのに必死で頭が回らない。

 相手は、史上最年少で十頭会に選出されると噂の切れ者である。断ればどんなことになるか、分かったものではない。と言ってやすやすとクエストを受注してしまえば、ひどく面倒なことになりそうだ。


「ディラン君。君が心配しているのは、銅鉄一家が政治的争いに巻き込まれはしまいか、という点だろう」

「えっ、あ、いやー……」


 ディランは愛想わらいを浮かべた。


「その点は安心したまえ。君たちに愛国的な熱意が無いことは理解している。それ故に、頼めるのだ。中立的な立場での調査をお願いしたい」

「殺そうとした」


 ぼそっとティレットが言って、メイとディランは青ざめた。マーマンの件で、意に沿わぬ結果を出したハガネに対し、フィッチ議員は暗殺者を送り込んだのである。


「あの時とは事情が違う。君たちを殺しても、レイス利権問題が進展するわけではないからな」


 意外なことに、フィッチ議員は鉄面皮を崩して、苦笑らしきものを浮かべたのである。


「毒も一流の暗殺者も、吉良議員に対して意味が無いことは実証されている。断ったところで君たちには何もしないと約束しよう」


 襲撃の事実があるだけに、全く信用のおけない話である。ディランは血圧が急降下していくのを感じた。


「い、いくらもらえるんだ?」

「ディラン……」

「ディランくん……」


 メイとティレットが、ディランの言葉にため息をつく。


「な、なんだよ! 人生何が起こるかなんて分からないだろ! 今の金だよ大事なのは!」


 開き直って熱弁してみせる、ディランである。しかしながら、正論であった。明日をも知れぬ冒険者にとって最も重要な価値基準は、つまるところ、財布に今どれだけの金が入っているか。


「クエスト受注の時点で、一人につき50ルースタル。経費は全て私が持つので、請求書を送りたまえ。支払いは一日20ルースタルの五日〆、期限は五十日。期日前にクエストを達成したのなら、その場で満額支払おう。吉良議員には、論文一本で100ルースタル。まあ、君にとってははした金だろうが」

「やります」


 ディランは即答した。

 ティルトワース人の平均月収は15ルースタルである。フィッチ議員の提示した金額は、うだつの上がらぬ冒険者にとって、いかにも法外なものであった。


「なにをもって、クエスト完了?」


 ディランとは対照的に、ティレットは冷静だ。


「無論、レイスに脅威は無いと判明した時点を以て、だ。しかし、吉良議員は納得しないだろう」

「結論から逆算することはできないな。そういう調査をしたいのだったら、他にも適役はいるだろう」

「オイオイオイオイ! 50ルースタルだぞ、ハガネ!」


 ディランは早くも金を掴んだ気になっている。


「君のやり方は十分に学ばせてもらったよ、吉良議員。とにかく、レイスの生態に関する論文を一本書きたまえ。それで構わない」

「フィッチ先生、お時間が……」


 傍らの議員秘書が割って入り、フィッチ議員はうなずいた。


「では、クエストの件、よろしく頼んだ。期待しているぞ、ディラン君」

「あ、は、はい! よろしくお願いします!」


 慌てて立ち上がり、背骨が折れそうなほど深くお辞儀をするディランである。彼の目には、フィッチ議員が札束にしか見えていない。


「さあ、やるぜみんな! 銅鉄一家の大仕事だ!」


 ティレットが大きなため息をつき、メイは曖昧な愛想笑いを浮かべた。



 かくして銅鉄一家は、レイスの調査に乗り出したのである。


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