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粘菌術師吉良ハガネのダンジョン博物誌  作者: 6k7g/中野在太
第四話 ガッルギリス’の石切場
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ガッルギリス’の石切場⑦


「以上が結果報告だ」


 レディア・リオ宮、郡長官執務室。机を挟んでハガネと向き合ったニコは、しかめ面を浮かべていた。


「どう考えていいものか分からん。つまり、その、なんだ。われわれのやったことは、正しかったのか? 間違っていたのか?」

「その質問に答えるのは非常に難しいな。少なくとも、僕たちが何をしようと思い通りになることだけはないだろう」

「強かな迷宮だな」


 ニコは椅子の背に深くもたれて天井を見上げる。


「例の、その、なんだ、コウモリの糞だが、魔力を含んだ肥料として実に素晴らしい水準だった。産業化を考えている」

「魔力の生物濃縮か。マーベラスだ」


 魔法灯火の光を浴びたコケは、微弱な魔力を帯びている。そこからはじまる食物連鎖ピラミッドを昇るほど、生物の体内には魔力が凝縮されていく。第四層の捕食者たるコウモリの糞には、濃縮された魔力がたっぷり含まれているというわけであった。


 感心したようにうなるハガネと対をなし、ニコはため息をついた。


「とてもマーベラスな気分にはなれん。たまたま満足の行く結果となっただけで、ロードマップはぐちゃぐちゃだ」

「しかし、第一層の放牧事業のようにはならなかった」

「なんだ……それは、その、あれか? 私への悪口か?」

「僕は君の悪口を言わないぞ、ニコ。刳岩宮を相手取るのであれば、どんな結果が出ても仕方ないと考えるべきだ」

「またも、思い知らされたよ」


 ニコは頬杖をついて、窓の外に広がるティルトワース郡を見下ろした。



「はい、じゅ、順路に沿ってお歩きください。お足元、お気を付けくださいね」


 刳岩宮の第四層に声を張り上げるのは、冒険者クラン“銅鉄一家”のパーティメンバー、メイである。魔法灯火がおぼつかない光を投げかける暗闇にあって、猫科の獣人たる彼女の瞬膜タペータムは、ガラス玉に閉じ込めた陽光のごとく輝いている。

 彼女に引き続き、二列になって坂道を下る集団あり。


「ははあ、これがガッルギリス’の石切場ですか。いやはや、たいしたものですなあ!」


 闇のわだかまる高い天井と、佇立する柱の大きさに目を回すのは、ルーストリア本国の資産家だ。


「ドワーフが手仕事でここまで為したというのは、まったく感服の至りだ」


 頷くのもまた、ルーストリア本国の資産家。


 こうもりが飛び交い、とかげが這い、虫の類いが逃げ回る石切場。

 刳岩宮見学ツアーにおいて、とりわけ人気を誇るのが、この第四層だ。

 第四層には、欲深いごろつきや薄汚い夜盗、あるいは他国に雇われた傭兵などからこの地を守護したゴーレムがいる。

 失われた両腕はカラザス・ドワーフの伝統的な技法によって修復され、第四層を見守るように、すっくと立っている。


 そしてその傍らには、魔力の皮膜で覆われた、一人のドワーフの遺体。

 この地に刳岩宮を見いだし、ティルトワースを繁栄に導いた伝説の聖人、ガッルギリス’その人であった。


 ティルトワース大評議会は、ガッルギリス’の遺体を彼の子孫に返還しようと働きかけた。

 彼らはことごとく、それを断った。口を揃えて、実にドワーフ流の言い回しで。


『穴掘りだったら穴ぐらの中で死ぬもんだ。ガッルギリス’のじいさんも、穴ぐらの中にいさせてやんな』


 そういうわけで、ガッルギリス’とゴーレムは、傍らにあった。人生を無事に為し終え、お互いを労るように、肩を並べて。


 いまやガッルギリス’には特定免罪対象としての価値がある。ルーストリア国教のお墨付きだ。観光客はひきもきらぬ。


「こ、こちらがゴーレムと、我らがティルトワースの誇るべき聖人、ガッルギリス’です!」


 メイの声が、高らかに第四層に響く。



 羊骨通りは、ティルトワースにあってとりわけ後ろ暗い小路である。ここでは殺人など通り雨ほども珍しくない。

 そんな小路を、バルゲルとカッツは、酔っ払って無警戒にふらふらと歩いていた。


「つまんねェー……最低につまんねェーぜ」

「犯せなかったし、殺せなかったし、ふたたび犯せなかった」


 ゴーレム事件でだんびら兄弟が得られたものといえば、これは完全無欠に無であった。強いて言えば観光客やメイからの感謝であろうが、そんなものが人生において役に立つことなどない。


 バルゲルもカッツも、違法性のある植物を漬けた蒸留酒を鯨飲していた。苛立ちゆえのことである。二人とも半ばラリっており、視界の片隅では変わった模様がぐるぐると渦を巻いていた。


「ちくしょう、呑みすぎた。あのクソッタレ粘菌術師のせいだ」


 バルゲルは壁にもたれかかった。ティルトワースの闇を煮詰めたかのような羊骨通りといえ、だんびら兄弟に手を出そうとする者はめったにいない。もしそんな奴がいれば、そいつは完全に発狂しているか、好き好んでむごたらしく殺されたいと考えているか、完全に発狂してむごたらしく殺されたがっている。

 それ故の油断であった。

 

 暗闇の中、不意に白刃が閃いてバルゲルを切り裂く軌跡を描いた。バルゲルとカッツは、変わった模様がぐるぐると渦を巻いているのを見つめていた。


「がぐぁああああっ!」


 発狂者さえ怯えて耳を塞ぐほどの薄汚い悲鳴が、小路に響き渡る。


「……フン」


 鼻を鳴らしたのは、誰か。

 バルゲルであった。


「ぐぅうううっ! がっ、あああっ!」


 魔法針で両手を貫かれ、壁に縫い止められているのは――おお、君は見たか。先だってだんびら兄弟に暗殺クエストを持ちかけた、スケイルメイルの男である。


 バルゲルは渦巻き模様の向こう側に苦労して焦点を合わせた。


「あァー? なんだっててめェーがオレを殺そうとした……あ-、いや、いい。てめェー、いま、秘密を明かす気はねェーって顔したよな。めんどくせェー。殺してから聞くわ」

「あなた達がクエストに失敗したので雇用主から制裁命令が出ました」


 スケイルメイルの男は即座に口を割った。その怯えようは、バルゲルの嗜虐心をわずかながら満足させた。


「失敗だァー? 冗談じゃねェーぞ。まだ殺してねェーだけだ」

「あなた達がゴーレムから観光客を救ったことで、雇用主は非常にお怒りです」

「……チッ」


 バルゲルは鋭く舌打ちした。間抜けな観光客が、だんびら兄弟の活躍を吹いて回ったのだろう。


「いや、そんなことより、だ。てめェーみたいなザコをオレたちにけしかけたのが気にいらねェー。これも全部あのクソッタレ粘菌術師のせいだ。あいつのせいで、オレたちがナメられてるんだ」

「でもお兄ちゃん、粘菌術師がいなかったら、ぼくたちは……ごめん」


 兄に睨みつけられ、カッツはもごもごと謝った。

 バルゲルはカッツとスケイルメイルの男を交互に見た。


「…………まァ、一理はあるな」


 無数の魔法針が針人形から射出され、スケイルメイルの男に襲いかかる。全身を貫かれたスケイルメイルの男は、物言わず即死した。


「クエストはキャンセルだ。前金は返さねェーからな。これで貸し借りゼロだぜ、粘菌術師。次は殺す」

「うん! 犯して殺して、ふたたび犯そう!」


 舌を巻くべきはだんびら兄弟の身勝手な倫理規範! 暗殺クエストをキャンセルし、殺さないことで借りを返したと彼らは本気で考えている!


「あァー、ついでにてめェーの雇用主についても聞いておいてやるぜ」


 外道! 兄弟魔法によって死体から情報を得ようというのか!


「兄弟魔法、死者の代弁者」


 死体が、ぼそぼそと口にする情報。それを耳にしたバルゲルは、驚愕してからおおいに笑った。


「キヒヒッ……キヒヒヒヒッ! おもしれェーなァー、えェ? そォーかよ、そりゃ生きてる間は口にできねェーわけだ! キヒヒヒヒヒヒッ!」


 耳障りな薄汚い声でげらげら笑ったバルゲルは、満足げに鼻を鳴らした。


 だんびら兄弟が後ろ暗い小路の闇の奥へと消えていく。後に残された死体に、死肉食の昆虫や追いはぎやごろつきがたちまち群がった。

 明日の朝日を浴びることができたのは、骨髄をしゃぶり尽くされた骨の欠片のみであった。

第四話『ガッルギリス’の石切場』おしまい。以下なぜなに




なぜなにティルトワース



遺体返還交渉



 ティルトワースは総力を挙げてガッルギリス’の子孫を追跡した。

 この際、ティルトワースにとって幸運だったのは、カラザス・ドワーフが小さな地域にまとまって分布していることだった。更に彼らは独特の氏族制を採用しており、子孫を辿るのは難しいことではなかった。

 カラザス・ドワーフは鉱山労働の他、キノコ畑や洞窟生植物の選択的栽培によって日々の糧を得る半定住民族だ。土地の占有権を主張するため、氏族制が採用されていた。

 ティルトワースにとって不幸であったのは、ガッルギリス’がドワーフの常として子沢山であったことと、ガッルギリス’の子孫がドワーフの常として子沢山であったことだ。

 把握できているだけでも三千八百人のドワーフがガッルギリス’の血を引いていたし、彼らは山脈に穿った穴の中をしょっちゅう動き回っていた。移動はなんらかの法則に従っているようだが、それは氏族における密教的なルールであり、決して他者に漏らされることはなかった。

 数人の調査員が洞窟の中で魔物や獣に襲われ、命を落とした。数人の調査員が発狂して洞窟の闇の中に消えた。人食いの氏族に捕らえられ、その日の食卓に並んだ者もいる。

 遺体返還に関する交渉は、並ならぬ努力と人命と公的資金が消費された結果、無事に遂行されたのである。


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