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粘菌術師吉良ハガネのダンジョン博物誌  作者: 6k7g/中野在太
第四話 ガッルギリス’の石切場
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ガッルギリス’の石切場⑤


 カッツの拳とゴーレムの拳、果たして砕け得ぬのはいずれか?

 その答えは、今この場でただちに得られるだろう!


 石の両拳と拳骨が空中衝突! 均衡! 放射状の衝撃波が人をなぎ払い、地面に半円クレーターを作る!

 おお、カッツよ! 全身これ筋肉で鎧った偉大なる戦士よ! 君の身に一体、何が起こったというのか!

 バルゲルが手ずから魔力をふくませた棍棒の逆棘を身体に撃ち込み、魔力を流し込む身体強化バフ。これこそ兄弟魔法の秘奥、魔針覚醒に他ならぬ。

 今やバルゲルの膂力は、深層の単眼巨人すら容易く引き裂くほどに強化されている。


 カッツは筋繊維が断裂する音を聞いた。逆棘から絶え間なく供給される魔力がただちに筋肉を修復し、強化する。

 

「すごく動くものです」


 ゴーレムは合成音声で淡々と驚きを表現し、拳に力を込めた。カッツは膝まで地面にめり込みながら、歯を食いしばってゴーレムの質量を押し返す。ゴーレムの上体がのけぞる。


 神話的な力比べは膠着の様相を呈した。カッツは尺骨が焼き菓子のように砕けるのを、そして体内に張り巡らされた逆棘が強引に骨を接ぐのを、痛みとして感知する。だが魔力はカッツの脳髄から興奮物質を搾り取り、ただちに痛みをかき消すのである。魔針覚醒がカッツの身体に与える影響、察するに余りある!


 真っ赤に充血した瞳から血の涙をこぼし、カッツは膂力の限りを尽くす。


「カッツ……カッツよォー……! オマエはオレの自慢の弟だ!」


 バルゲルが吠えて、針人形を高く掲げた。


爆裂魔針バクレツマシン!」


 人形から射出された魔力針が、ゴーレムの足下に打ち込まれる。

 

「カッツ! 跳べェーッ!」


 バルゲルの言葉を耳にした瞬間、カッツは背後に向かって跳躍した。空中でバフが切れ、肩から無様に着陸したカッツに、メイが駆け寄る。


「吹き飛びやがれ!」


 爆裂魔針、一斉炸裂! 礫片が散弾のように飛び散り、凄まじい塵埃が舞う!


「や、やった……かも」


 横たわるカッツに回復魔法をかけながら、メイは呟いた。


 ああ、だが、塵埃の向こうに輝く二つの青白き光点! 散乱した魔力光はまっすぐな光線として、カッツを、バルゲルを、メイを、なめるように照らす!


「ま、まだ、生きて……!」

「これでいィーんだよ!」


 塵埃が晴れ、そこにあるのは、肘まで地面に埋まったゴーレムの姿! 爆裂魔針はゴーレムではなく、足下の地面を砕くために放たれていた! 舌を巻くべき狡知!


「足止めが限界だ! 走れ、クソども! 入り口まで全力で走るんだよォー!」


 バルゲルが一喝すると、呆然としていた観光客たちが我に返った。歯を食いしばり、入り口めがけて走っていく。

 面と向かってぶっ飛ばされたからといって、実力で負けたわけではない。いみじくもバルゲルが言った通りである。直線が使えねば裏口を往く。これこそ暗殺者の生き様だ! 


「私が動けなくなるのは不本意です」


 合成音声で淡々と不満を語ったゴーレムが、みじろぎする。しかし、肘まで地面に埋まった状況では力の入れようがない。観光客が逃げ出す程度の時間は稼げた。バルゲルは勝利を確信し、下品な笑みを浮かべる。


「キヒヒヒヒッ! カッツ! カァーーッツ! いつまでも寝てんじゃねェーぞ!」


 走りながら得意満面で振り返り、弟に声をかける。入り口はもう目の前、逃げ切れる!


「ぐふぇっ!?」


 突如として壁にぶち当たり、バルゲルはひっくり返った。


「な、なんだァー!? ふざけてんじゃねェーぞ!」


 悪態をつきながら立ち上がったバルゲルは、彼の行く手を遮ったものを見て、呆然とした。


 第三層へと続く上り階段。その入り口に、滝のようにも霧のようにも見える半透明の障壁が立ちふさがっている。


「ぼ、ボス部屋の霧……かも」


 バルゲルに追いついたメイは、閉じ込められたことを悟り、うめいた。


 ボス部屋の霧。冒険者の間の通称であるが、これほど的確な表現はそうないだろう。

 発生機序は誰も知らない。強大な魔物を階層に封じ込めるための、迷宮の自衛作用だと言うものはいる。仮説ですらないが、それで運用上の問題は生じないため、深く追求する者はいない。

 

 どのような理由であれボス部屋の霧は発生するし、メイたちとゴーレムは第四層に閉じ込められた。運用上の問題は、たしかに生じていないのだ。


「私はガッルギリス’のゴーレム。動けるようになりましたので、動くものを動かないようにします」


 立ち尽くすメイたちの背後で、ゴーレムが静かに告げた。


「冗談じゃねェーぞ! こんなところで終わってたまるかッ!」


 吠えたバルゲルが、ボス部屋の霧に背を向ける。


「ぼくも……負けない! 犯して殺して、再び犯すんだ!」


 ああ、君は見たか! バルゲルの絶叫に呼応して立ち上がるのは、満身創痍のカッツ! なんと美しき兄弟愛!


「やるしかねェーぞ、カッツ。通じるかは分からねェーが、あれをやるしかねェ-」

「わかっているよ、お兄ちゃん」


 瞳に強い力をこめて、兄弟は見つめあった。決して曲げ得ぬ一流暗殺者としての矜持が二人の心を支えている! 偉大なる精神性、大地を割り岩盤を呑む大樹の如し!


「カッツ、行くぜ!」

「行くよ、お兄ちゃん! 兄弟魔法!」

激震爆裂魔ゲキシンバクレツマ――ぐぶぇっ!」


 詠唱途絶! 薄汚い悲鳴を上げて地面と平行に吹っ飛んだバルゲルが、ボス部屋の霧に叩きつけられる!


「ガッルギリス’のゴーレムは、動くものを動かなくするのに、いささか本腰を入れなければなりません。よって武装を順次解放し、動くものを動かなくします」


 なにが起こったというのか? 解答はゴーレムの右腕にある。肘から先が失われ、かわりとばかりに細い鎖が垂れているのだ。

 その鎖の続く先を目で追えば、地面に転がっているのは、ゴーレムの右拳である。なにかしらのギミック!


 鎖が音を立てて巻き上げられ、右拳が再びゴーレムの肘先に収まった。強烈な推進力で持って右拳を放ち質量兵器としていたのである! 舌を巻くべきドワーフの技術力!


「お兄ちゃん!」


 カッツは兄を案じながらも、ゴーレムから視線を切れなかった。ゴーレムが片膝をついているのだ。なにかしらのギミックの発動準備に入ったことが明白!


「第二武装を解放することで、更に効率よく、動くものを動けなくします」


 膝頭が上下に開き、火薬の爆ぜる音を立てて紡錘形の物体が射出された! 紡錘物体は空中で尾翼を開き姿勢を制御すると、末端から青い炎を噴いてカッツに襲いかかる!


「うおおおおッッ!」


 カッツ絶叫! 転がっていた逆棘付棍棒を拾い上げて投擲! 空中で逆棘付棍棒と接触した瞬間、紡錘物体は轟音と熱波を伴い階層まるごと揺るがすほどの大爆発!


「……間に合ってッ! 綿璃硝子ワタリガラスッ!」


 “玻璃”のメイ、咄嗟の機転! 硝子繊維の魔法盾が爆轟の衝撃から観光客を守る! ナイフを刺せば切れそうなほど分厚い爆煙が押し寄せ、視界を塞ぐ! 爆発の吹き戻しに背中を叩かれながら、メイは敢然と立って魔法盾を維持!


 やがて煙がゆっくりと晴れれば、だんびら兄弟の二人が、ボロ布のごとく無造作に転がっているのが見える。メイ、そして観光客の精神を、絶望が支配した。


「とりわけよく動くものが、動かなくなりました。さして動かないものも動かなくします」


 合成音声で宣言したゴーレムが、慌てる必要はないとばかり、ゆっくりと近づいてくる。腕の一振りで硝子雲を砕く。組んだ両手を振り上げる。


「ああ……ああ……!」


 メイは根源的な恐怖に全身を凍らせた。歯をかちかちと鳴らし、涙をこぼした。ゴーレムの両眼から放たれる青い光が、メイの体の上を無遠慮に這った。


 ゴーレムの両腕、圧倒的質量と速度を掛け合わせた破壊力が、メイめがけて降り注ぐ――



 その時である!



「ガッルギリス’?」


 ゴーレムが突如として動きを止め、戸惑ったような合成音声を出力し、あさっての方向に顔を向けた。

 メイがゴーレムの視線を追ったその先では、ひとりのドワーフが、宙に浮いていた。


「ガッルギリス’を感知しました。私はガッルギリス’に状況の説明を要求します」


 ドワーフが滑るように平行移動してゴーレムに接近した。眼前にドワーフを捉えたメイは息を呑む。肌は透けるように白く、まるで蝋のようだ。瞳は堅く閉ざされている。

 つまるところ、そのドワーフは死体であったのだ。


「彼はもう喋れない。説明は僕が代わりにしよう」


 ドワーフの死体の背後から現れたのは、粘菌術師、吉良ハガネであった。


「は、ハガネくん……? どうして、ええと、なにが……?」

「見ての通りだ」

「え? あ、ええと、そ、その、見ても分からないんだけど」

「そうか。それでは順序立てて説明しよう」


 ハガネが語るのは、今ここに至るまでの驚愕すべき冒険譚であった――

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