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粘菌術師吉良ハガネのダンジョン博物誌  作者: 6k7g/中野在太
第四話 ガッルギリス’の石切場
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ガッルギリス’の石切場③

 だんびら兄弟が企てる大量殺人計画などつゆ知らず、メイは今日も迷宮観光客のツアーガイドである。

 洞窟性のこうもりが鳴き交う第四層。観光客は石切場の壮大さに見とれ、メイの解説に聴きほれる。

 マニュアル通りのジョークに、ちょっとしたティルトワース豆知識。観光客はなにかを得たような気分になって、満足して帰って行く。メイは、顧客満足度の勘所をよく捉えていた。


(……うん、やっぱり、向いてる)


 しかも、金払いが良いのだ。


 一般的に、ティルトワース大評議会が発注したクエストの報酬は、中間業者に何度も中抜きされる。クエストが冒険者ギルドに到着する頃には、多くの場合、骨すら残っていないような無残なことになる。そのくせ違約金ばかりは高額で、誰も受注したがらない。


 中抜きされてなお、一度の引率ごとに5ルースタル。破格である。一日に三度も繰り返せば、ティルトワースの平均月収と同額だ。


 観光客をゴーレムの前まで連れて行き、マニュアル通りのジョークで笑わせる。

 パッケージングされたツアーを終え、観光客を第三層の引率者に引き渡した後、メイはため息をついた。


「今日はなんだか、暑い、かも」


 額に流れる汗を拭い、ローブの胸元を指で引き下げ、風を入れる。


「平均気温が上がっているな」

「うひゃああああ!」


 背後から声をかけられ、メイは絶叫した。振り向けば、そこにはハガネが立っている。


「は、ハガネ、くん?」

「見てくれ、メイ。この一週間で第四層の平均気温が0.5度も上昇しているんだ」


 と、ハガネが取り出したのは、水銀を詰めた温度計である。


「へ、へえ?」


 しかしメイの瞳には、温度計よりも気になるものが映っていた。

 ハガネがネクタイを緩め、シャツのボタンを開けているのだ。わずかに覗く胸筋は意外にも筋肉質!


「う、ううー……!」


 メイは首を横にぶんぶん振った。


「どうした、メイ?」

「な、なんでもない! かも……そ、その、温度が、上がっているは、どうして?」

「支持できるほどの仮説はまだ組めていないが、気になることがある」


 ハガネがポケットから紙くずを取り出し、ひょいと投げ上げてみせた。すると、これは如何に! 落下する紙くずに追随する白い影!


 ハガネはさっと手を伸ばし、白い影を捉えてみせた。鳥とも獣ともつかぬものが、ハガネの手の中でもがいている。


「こ、コウモリ? え、ど、どうやって?」

「このコウモリは、超音波を蛾や昆虫にぶつけて気絶させ、落下したところを捕食するようだ。紙くずをエサに見立てれば、簡単に捕獲できる」

「へ、へええ! すごいすごい! そ、そっか! そんな風につかまえられるんだね!」


 ひとしきり興奮してしまう、メイである。


「見てくれ、メイ。顔のこの二つのわずかな突起は、眼球の名残に見える。つまり、目が退化しているんだ。それに加えて、この真っ白い体色だ。例の等脚目と同じく、本来は光の射さないところに棲息しているんだろう。実にマーベラス! 完全な洞穴性のコウモリだ!」

「うーん……あ!」


 メイにも、気づくものがあった。

 

「そ、それがどうして、こんなところにいるの?」

「一般的に考えられるのは、生息域ハビタットを逐われたような場合だ。つまり、本来の生息地に天敵なりなんなりの要因が発生し、ここまで追いやられた」

「天敵……」

「第四層は変化しつつある。それだけははっきり言えるだろう。これは更なる調査が必要だな。マーベラス! これこそフィールドワークだ!」

「は、はいっ! まーべらす、ですっ!」


 上機嫌のハガネが立ち去っていく。メイはしばらくハガネの言葉について考えていたが、やがて思い浮かぶのは、意外にも筋肉質な胸筋のことであった。メイは首をぶんぶん振った。


「ううー! だめ、だめ! 考えちゃだめ、考えちゃだめ……」


 呪文のように呟きながら、第四層を後にするメイ。

 わずかの寂寞の後、柱の影からだんびら兄弟が姿を現した。


「粘菌術師の野郎、うろうろしやがってよォー……」


 苦り切った顔で、バルゲルがうめく。


「お兄ちゃん、まだチャンスはあるよ」


 と、そんなバルゲルを慰めるのが、心優しきカッツであった。


「あァー、分かってるさ。粘菌術師がいねェー瞬間を狙って」

「犯して、殺して、再び犯す!」

「そォーだぜ、カッツ。待ってりゃチャンスは必ずやってくる。焦らず、じっくりだ」



 しかし、だんびら兄弟の気負いとは裏腹に、チャンスはなかなかやってこなかった。

 観光客は日々増える一方だが、ハガネもほぼ一日中、第四層をうろついている。


「ふざけやがってよォー!」


 ぶんぶん飛び回るこうもりを針魔法で撃ち抜きながら、バルゲルは人気の失せた第四層で絶叫する。


「いつだ!? チャンスってのはいつ来るんだよォー、えェ!?」

「お兄ちゃん、待ってれば、必ず……」

「うるせェーよ、ウスノロ! だから、いつ来るかって聞いてんだ!」


 落ちてきたコウモリが、びくびくと痙攣している。腹立ち紛れに魔法を放てば、着弾の直前、巨大なトカゲがコウモリの死体をかっさらっていった。


「ああああああっ!」


 バルゲルが再び魔法を放つ。トカゲは壁を這い上って魔法を避けると、口にコウモリを咥えたまま、ちらりとバルゲルを見下ろした。

 小馬鹿にするような間を置いてから、トカゲは素早い動きで闇の奥へと走り去った。


「……やるしかねェー」


 バルゲルは決断的に呟いた。


「粘菌術師を、やるしかねェー」

「ええ? でもお兄ちゃん、ぼくたちは何度も……」

「カッツ! 忘れたのかよ! オレたちは暗殺者だぜ、面と向かってぶっ飛ばされたからって、実力で負けたわけじゃねェーんだよ!」


 バルゲルは弟を叱咤しながら、人形の針を高速で抜き差しした。


「クマみてェーな戦士だって、ヘビみてェーな政治家だって、オレたちはぶっ殺してきた! いィーか、カッツ! 生きて殺せりゃ勝ちなんだ!」

「生きて殺せりゃ……」


 兄が語ってみせる、頼もしい言葉である。たちまちカッツの身中に勇気がみなぎった。


「うん! そうだね、お兄ちゃん! 生きて殺す!」

「そして犯す!」

「そして犯す! 魔法使いも、粘菌術師も!」

「そォーだぜカッツ! オレたちはだんびら兄弟で、だんびら兄弟は最強だ!」


 強く言い切ってみせれば、先ほどまでの険悪な雰囲気は吹き飛んでいる。バルゲルとカッツは拳を突き上げ、粘菌術師の暗殺と観光客の大量虐殺にかける意気込みを新たにした。



 一度きり、だんびら兄弟はハガネを打ち負かしたことがある。初対面の場だ。バルゲルがハガネを逆棘付きの棍棒でぶっとばしたのである。


「あれをもう一度やる」


 第四層の湿っぽい暗闇の中、声を潜めて作戦を語ってみせるのは、バルゲルである。


「ぼくが……やるの?」

「そォーだ。粘菌術師が地下水脈に近づいたら、声をかけろ。あのクソバカ野郎はオレたちを舐めきってやがる。油断したところを、地下水脈にぶちこんでやるんだ」

「お兄ちゃんは?」

「オレは仕事をする。魔力針を細く絞るのには時間がかかるからな。カッツが粘菌術師を始末したところにあわせて、まずは魔法使いを殺す。次に観光客。完璧だろォーが」

「うん! 完璧だと思う!」


 短い打ち合わせが終わったところで、ちょうどよく、ハガネが第四層にやってきた。相も変わらず、染み出した水を眺めたり、下らないコケをむしったりしている。


「ほ、本日はガッルギリス’の石切場に、ようこそおいでくださいました! 第四層のガイドを務めます、メイと申します」


 折良く、メイと観光客までやって来るではないか。だんびら兄弟は成功を確信した。


 しばらくうろつき回ったハガネが、遂に、地下水脈の付近に到達する。バルゲルとカッツは顔を見合わせて頷きあった。


 カッツが逆棘付きの棍棒を担いで歩き出す。弟を見送ったバルゲルは、針人形を抱いて瞳を閉じた。極度の集中である。森のエルフの赤子の髪よりなお細くありながら、心臓付近の血管を吹き飛ばすほどの爆発。暗殺針魔法とは、そのように繊細なものである。


「は、ハガネ」


 いよいよカッツが、ハガネに声をかける。


「こ、これこそ、ゴーレムです!」


 メイは観光客の引率に夢中だ。


「殺す……殺す……」


 バルゲルの集中。


「カッツか、君から声をかけてくれるとは珍しいな」

「その、変な虫をつかまえたから、ハガネに見てほしくて」

「マーベラス! すぐに見たいぞ!」


 『変な虫』という言葉にハガネが反応した瞬間を、熟練の戦士たるバルゲルは見逃さない。

 バルゲルは、無言でただちに逆棘付き棍棒をフルスイングした。

 ハガネは、無言でただちに地下水脈に落ちた。


「やった。お兄ちゃん、やったよ」


 カッツが笑顔を浮かべて振り返る。

 ある異変が、カッツの笑顔を瞬時に固まらせた。


「あれは……なに?」


 カッツの目線を追えば、そこにはメイとツアー客。そして、ガッルギリス’のゴーレム。


「ご、ゴーレム、が……!」


 戦慄したカッツが、掠れた悲鳴を上げる。

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