三話「姿を消さない理由」
三話「姿を消さない理由」
「・・本来であれば私達精霊は姿を消しておくのが常識なのです」
精霊は公安部のメンバーに語りかける。精霊の常識と何故自分が
その常識を守らないのかを。正確に言えば守れない理由がある。
「姿を消せないんです」
「姿を消せない?」
「一種の力の封印・・ですね。契約主が打ち込んだ楔で私には制限
がかけられているんです」
輝彦達は黙った。精霊戦争以降のこの世の中ではそんなことは常識
にすらなってきている。精霊戦争以前の人と精霊は友人であった。
だがあの戦争がその関係を一変させた。精霊と契約主の関係は以前
の協力関係から主従関係へと変化した。もちろん人間が主である。
精霊の力に制限をつけ、精霊を無理に従属させるなんてことも実際
に起こっている。
「・・君の契約主は?」
「それは・・」
精霊は黙る。確かに名前を言えば彼女にとってかなりまずい状況には
なるだろう。だからといってこのまま放っておくわけにもいかない。
「契約主と話し合いをすれば・・」
「話など聞いてくれません・・。あの人は精霊が大嫌いなんです」
「ではどうして精霊と契約を・・」
「家の都合というやつだろう。輝彦」
そう発言したのは公安部副部長である成瀬達彦。成瀬家と言えば日本
では五指に入るほどの家柄だ。達彦自身もかなりの実力者だ。ただ性
格は家柄に相応しいとはいえない。
「親に押し付けられての契約なんてことはよくある話だ」
「・・本当か?」
「ああ。・・ヤマト家なんてところじゃ日常茶飯事だろうな」
その言葉に精霊が反応する。それを見て達彦は笑う。どうやら達彦の読
みは正しかったらしい。もしこの精霊が二学年以上の生徒と契約してい
るのであれば公安部の誰かが知っているはず。この精霊に関しては誰も
知らなかった。ということは一年生である可能性が高くなってくる。そ
こで浮かんできたのがカズキだ。
「お前・・名前は?」
「リン・・です」
「契約主と話がしたいっていうんなら手伝うぜ?」
達彦の言葉に輝彦も頷く。だがリンはその申し出を断った。理由も明ら
かにせずリンは生徒会室を出て行く。
「このままだと消されるだろうな・・あいつは」
「・・健太、お前は明日、カズキ君にこのことを話してくれ。成瀬、久々
に大仕事になりそうだな」
輝彦の言葉に達彦が微笑んだ。公安部の仕事はほとんどが雑務だ。たま
に今回のように事件が発生する事もあるが、それは本当にたまにである。
ここ一年の間公安部は雑務だけをこなしていた。何もそれは悪い事では
ない。むしろ良いことだろう。ただ達彦のような人間にしてみれば少し
つまらないとなってくる。
「・・さて・・じゃ、俺達も準備を進めるか」
「ああ・・」
そのころカズキは男子寮の自分の部屋で舌打ちしていた。カズキは自らの契
約精霊の行動に不満を抱いていた。
「こんなことになる前に消しておくべきだったか・・」
誰もいない部屋の中でカズキは呟く。これまでは何の問題もなかった。
契約を解除しているかのような状況であったが、それでも両者に対立
はなかった。精霊もカズキも無駄な争いを望んではいなかったから。
互いに干渉することはなかった。今回も精霊にその意思はないだろう。
だが、公安部が絡んで来るとなると厄介だ。
「・・遅すぎた処置だが・・仕方ない・・。これ以上面倒事が増える前
に摘んでおくべきか・・」
カズキは音も無く立ち上がった・・